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010 お風呂を覗こう!


 さてさてさて。


 食事が終わりましたよ。その後どうするかって言ったらもちろんあれね、お風呂。


 そうです、お風呂です。


 しかしわたくし榎本シンク。もうすでにお風呂を入り終えました。


 いやあ、すごかったね。お風呂。やっぱりお金持ちの屋敷っていうのはお風呂もすごいもんだよ、だってめちゃくちゃ広いもん。もうね、銭湯かよって感じ。


 最近水浴び程度しかしてなかったからね、本当に良かった。極楽でした、生き返ったってのはこういうのを言うんだろうね。


 そしてわたくし、今はこうして部屋に戻ってきております。


「いやあ、いい湯だったな~」


 独り言。


「おや、シャネルはまだ帰ってきてないのか」


 独り言。


「そうだなあ、女の風呂は長いって言うからなあ」


 聞きかじり。


 シャネルのベッドに寝転がる。ちょっと匂いとか嗅いでみる。シャネルの匂いは……まあしないな。


 っていうかシャネルってなんか甘い匂いがする。なんでだろ、不思議。横にいるだけで脳髄がとろけちゃいそうになるんだよ。


 ふと、部屋のすみにある俺たちの荷物が気になった。というよりもたいていはシャネルの荷物だ。俺が持っているものなんて適当に()ってきた剣くらい。あとは着の身着のままだった。


 ちなみに、服装はよくわからない簡素なものになっている。俺の着ていた制服はスケルトンが洗ってくれるそうだ。ありがとう、骨たちよ。


「シャネルのやつ、いったい何を持ってたんだろうな」


 荷物は俺が持たされてたけど、けっこう重かった気がする。


 悪いと思いつつ少しだけ中を覗く。着替えとか、なんとか。旅に必要そうなものが入っていた。下着とかなかったね、もしかして履いてないのかな?


「おや、なんだこれ」


 底の方に巾着袋(きんちゃくぶくろ)が。


 中にはコインがずっしりと入っていた。


「へえ、この世界のお金だ」


 勝手に見てもシャネルのことだから怒らないだろうと思い、ちょっとテーブルの上にコインを並べてみる。なんだか種類が多い。


「金貨、銀貨、銅貨。あと……なんだこのくすんだ色の。墨でもついてるのか?」


 色で分けて四種類。しかしそれ以外にも大きさとかがある。


 こうして見てもよく分からない。けど一つだけ大きな発見があった。


 数字だ。


 この世界でも1、2、3というアラビア数字を使っているようだ。


「ほうほう……つうか言葉も通じるし、もしかして文字も日本語なのか?」


 どうだろう、それはなさそうだが……。ここまでこの異世界の文字を読む機会がなかったからな。どういうものかまったく分からない。ま、言葉が通じれば文盲でも良いか。


 今度シャネルにコインの価値を聞いてみようと思い、並べたものを片付ける。でもなんとなく、一番小さなくすんだコインを手に持つ。


 それを暇つぶしに弾く。


 表か裏かも分からない。けど、絵柄の方がでた。ひし形が描いてある。裏は「1」という数字。たぶん、表だろう。


「よし、表だな」


 前途洋々である。


 コインをポケットにしまい、俺は部屋を出る。向かったのは風呂場の方。何をするかってそんなのは決まっている。風呂を覗くのだ。


 なにがすごいってこの屋敷の風呂には露天風呂があるんだ。少なくとも男用の風呂にはあった。だから女性の方にもあるだろう。


 つうかすごいよね、風呂って。なんか古代ローマとかからあったらしいし、すごい風呂が。そういえば中世って衛生観念低そうだけど、どうやらこの異世界はそこらへん違うらしい。きれい好きなのは良い事である。


 露天風呂を覗くには当然、外に出る必要がある。なので適当にそこらの窓から――


「とうっ!」


 外に出た。


 なあに、靴は履いたままだから平気平気。


 そして風呂の方へ歩き出す。


 月が奇麗だ、そういえば最近は雨が降っているところを見たことがない。異世界だしな、まさか妙な色の雨が降ったりして。


 なんて事を考えていると、露天風呂を囲む石が見えてきた。これで温泉だったら竹垣なところだが、この屋敷の場合は石でできた塀のようなものだ。


 見た感じ、よじ登ることは可能そう。


 ふむ、その場で立つ。


「よし、やるか」


 深呼吸をして気合を入れる。すると、横から気配がした。


 ツンツン、と横腹を叩かれる。


「なんだよ、いまから真面目な場面なんだから」


 横を見ればスケルトンが一人。しかも槍を持っている。


 どうやら警備のスケルトンらしく、俺に向かって槍を構えた。


 ――しまった、丸腰だ!


 と、思う瞬間には槍でつかれる。


「うぎゃ、死んだ!」


 と、言ってみたものの死んでいない。むしろまったくの無傷だ。それどころか槍の先がなくなっている? なぜだろうか、驚いて目を閉じていたのでまったく分からない。


 しかし、まぶたの隅に白い残光がある。シャネルやフミナが魔法を使ったときに同じような光を見た覚えがある。


 スケルトンは先っぽの無くなった槍を実に人間らしい動作で見た。『あれ? 槍の先はどこにいった?』と、それは俺の方も聞きたい。


 だがチャンスだ。


「うらっ!」


 とにかくがむしゃらに殴りつける。かなりのテレフォンパンチ。しかしワンパンでKOだ。


 よしよし。しかしこれからどうするか。二つに一つ。覗きを強行するか、さっさとトンズラして何食わぬ顔で部屋に戻るか。


「そこに誰かいるの!」


 シャネルのきつい声。どうやら物音でバレたようだ。これで決定した。


 昔の人は良いことを言った。曰く、三十六計(さんじゅうろっけい)逃げるに()かず。たぶん意味違うけどね。


 しかし逃げ出そうとする俺に、何かがタックルをしてきた。


「ぎゃっ!」


「バウバウバウ!」


 骨だ!


 違った、犬だ!


 いや、というか犬の骨だった。


 どうやらスケルトンというのは人間だけではないようだ。さしずめこいつはドーベルマンなのだろう。


 犬の骨は俺に噛み付こうとしてくる。俺は犬というものが昔から苦手だ、幼い頃に近所の犬に噛まれたトラウマがあるのだ。


 だから戦う気力もわかず、ここは逃げを優先する。


「ついてくるな!」


「バウバウ!」


「このくそ犬!」


「バウバウ!」


「バーカ!」


 けっきょく犬を巻いたのはそれからしばらく走り回ってだ。俺はヘトヘトになって部屋に戻るはめになった。その頃にはシャネルもさすがに風呂から帰ってきていた。


「どこに行ってたの?」


「ちょっと運動」


「良いことね。でもお風呂に入る前にしたら良かったんじゃない?」


「まったくだ」


 それで自分のベッドに寝転がると、疲れからかすでにまぶたが重い。そのまま眠気に任せることにする。


「寝るの?」


「うーん」と、曖昧な答え。


「おやすみなさい」


 シャネルの声がずいぶんと耳元で聞こえた気がした。でも、もしもそれが本当だとしたら彼女は俺の耳にキスするような距離にいることになる。目を開けようかな、と思ったがやめた。疲れていたからだ。


 どうでもいいけど、ポケットに入れたはずのコインがなくなっていた。走り回っていて落としたのかも知れない。シャネルに謝っておかないと……。


 でも今は、そんなことよりも眠たかったのだった。



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