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001 プロローグ



 ――ドクン。



 ――ドクン。



 ――ドクン。



 ふざけたくらいに心臓が高鳴っている。俺は緊張しているのだ。


 もうすぐだ、もうすぐ……。


 この瞬間のためにこんな山に命がけで登ってきたんだ。いま、この瞬間だけが俺が勇者に勝てる絶好のタイミングだ。


 山頂は不自然にくぼみになっていた。


 それはまるで古代の円形闘技場のようで――中央では巨大なドラゴンが雄叫(おたけ)びをあげている。そのドラゴンと勇者のパーティーが戦っているのだ。


 よくやるよ……と、俺は少しだけ勇者を見直す。


 俺にはあんなに巨大なドラゴンを倒すことは出来ないだろうし、そもそも戦おうとすらしない。


 それでも勇敢に挑んでいくあの男は、根がどうあれやはりちまたで言われる勇者なのだ。


 勇者のパーティーでは武道家の女がかなりの深手をおっている。それを僧侶の少女が必死で治癒魔法をかけている。あと一人、魔法使いの女もいるがこちらは魔力が溜まっていないのだろう、つらそうに肩で息をしている。


 勇者が聖剣を構えた。


 剣に魔力が集まっていく、刀身が輝く光りを放つ。


 必殺技を放つつもりなのだ。


「覇者一閃――グローリィ・スラッシュ!」


 それは魔法によって放たれる強力なビームだ。そのビームがドラゴンをとらえる。あんなに大きなドラゴンが一瞬にして消滅した。


「うおおおっ! やったぞぉ!」


 勇者のあげる歓喜の叫びはここまで聞こえてくる。


 両腕を振り上げて、強敵の撃破を喜んでいる。


 いま、やつは自分こそが勝利者であると確信しているのだろう。


「よし、行くぞ」


 俺は一緒に身を隠していたシャネル・カブリオレに言う。


「ええ」と、シャネルは優雅に頷いた。


 黒と白のゴシック・アンド・ロリィタのドレスはこんな場所にいても汚れ一つないようにみえる。美しい横顔には俺のような緊張の色もない。


 それを見つめていると俺はちょっとだけ安心する。


「なあに?」と、シャネルは甘ったるい声で俺に聞いてくる。


「いや、ぜんぜん平気そうだなと思って」


 クスクスとシャネルは笑う。


「だって私は他人事だもの」


 自分だって命をかけるというのに、こんな事を言ってのけるシャネルは大物だ。


 俺とは大違い。もしも俺がこんなにも図太かったら……あちらの世界でもイジメになんてあわなかったのだろうか?


「シンクもね」と、彼女は俺の名前を呼ぶ。「緊張じゃなくて喜ぶべきよ」


「喜ぶ……?」


「だってとうとうでしょう。貴方の復讐が果たされるのだから」


 ああ、と俺は頷く。


 そうだ。そのためにここまで来たのだ。復讐するは我にあり。俺にはその権利がある。


 俺は剣を抜き、ゆるやかな斜面をおりていく。


 ゆっくり、ゆっくりおりていく。


 俺の姿はこれで勇者の方からも丸見えだ。


「てめえ、榎本(えのもと)!」


 勇者はすぐ俺に気付いたようだ。


 榎本真紅(しんく)とは何を隠そう、この俺の名前だ。


「よお」


 勇者は俺の握る剣を見てバカにするように笑った。悪役の笑い方だ、嫌な笑い方。


 俺はその笑い方が嫌いで、嫌いで、嫌いで。


 だから殺してやるために剣を構える。その構えはさっき勇者が必殺技のビームを放った時のものとまったく一緒だ。


「なんだてめえ、ふざけてんのか!」


 勇者もそれに気付いたのだろう。


「どうだろうな」と、俺は適当に答える。


 自分の生命力を絞り込むように魔力を剣に込める。


「キモいんだよ、真似してんじゃねえ!」


 勇者も迎え撃つつもりだ、同じ構えをとる。


 周囲に魔力が渦巻く。俺の黒い魔力と、勇者の白い魔力。


 先に動いたのは勇者の方だった。


 剣を振り抜き――


「覇者一閃――グローリィ・スラッシュ!」


 光のビームが。


 俺も一歩遅れて剣を振る。


「隠者一閃――グローリィ・スラッシュ!」


 闇のビームを。


 俺は勇者のように陽気な人間ではない。学校でも陰キャだった。だから俺には陽属性も魔法なんて使えっこない。だから俺が使えるのた陰属性の魔法だ。その陰属性のビームが勇者のビームにぶち当たる。


「うおおおっ!」


 負けない、負けられない。


 俺は復讐の怒りを込めて魔力を放出する。


「くそおおおっ!」


 勇者が悔しそうに叫ぶ。


 押している――たしかに俺が押している。


「死ね、()()()()!」


 そして俺はそのまま押し切ってみせる。


 勇者の体が俺の黒いビームに飲み込まれた。


 勇者が台風のような俺のビームに巻き込まれて、上空へと巻き上がる。そして、ドテン――と、地面に向かって落ちていく。


 そのままもう動かない。


 勝ったのだ。


 俺の方が強かったとは思えない。勝敗を分けたのはただ単純に勇者がドラゴンとの戦いで疲れていたからだ。だからこそ、この時を狙っていたのだ。


「ははは」


 俺は小さく笑う。


「あっはっはっは!」


 その笑いは次第に大きくなる。


 勇者は動かない。完璧な勝利だ!


 しかしまだ勇者のパーティーはいる。そのうちの一人、僧侶の少女にシャネルが後ろから接近していた。そして何をするかと思えば、後ろから僧侶の少女を羽交い締めにして、手早い動作でそのか細い指を順番に折っていたのだ。


 ゴギッ、という耳を覆いたくなるような音がする。


 僧侶の少女は泣きわめく。


 だがシャネルは涼しい顔をしている。


「お前、なにすんのよ!」


 気の強そうな魔法使いの女がシャネルに叫び、氷の魔法を放つ。


 それに対してシャネルは火属性の魔法を――。


 どれだけ優秀な魔法使いでも、シャネルの敵ではないようで、押し負けた魔法使いは消し炭にされた。


「あらごめんなさい、私が殺しちゃったわ」


 シャネルは俺に謝ってくる。


 別にいい、俺のターゲットは勇者だけだ。他は全て俺の行く手を邪魔するだけの障害だった。だから生きていようと死んでいようと極限ではどうでもいい。


「べつにいいよ」


 さて、それではメインディッシュといこう。


 俺はボロ雑巾のように倒れた勇者様に近寄っていく。よしよし、まだ生きている。あれしきの攻撃では死なないと信じていたぜ。そうでなくちゃ俺が殺せないんだからな。


「頼む……命だけは助けてくれ」


 勇者がみっともない命乞いをする。


 だが俺は何も言わない。命を助けろだって? いやだね。


「なんでもするから、命だけは助けてくれ。金もやる、この聖剣もやる。クリスも好きにしていい……」


 クリスって誰だよ? と、思ったらそこにいる僧侶のことだ。まさか自分の女まで差し出すとはな。俺にはシャネルがいるから別にどうでもいいけどさ。


 こんな男に俺は――。


 うさばらしに勇者の顔面をぶん殴ってやる。


 こんな男に俺はイジメられていたのか――。


 それなりにイケメンだった勇者の顔もボコボコになって、ああ哀れだ。でもざまあみろってなもんだ。俺だってこういうふうに殴られたことがあったさ。


 反応のなくなった勇者に俺は飽き飽きした。


 殺そう、と剣を振り上げる。


 僧侶の少女がわめいている。助けてほしいと、なんでもするから助けてほしいと。他人の命乞いをできるなんて素晴らしいね。でもダメだ、こいつは殺す。


 俺は自分の行為の正当性を思う。


 こいつにはイジメられていたから、これは復讐。


 剣を突き刺す。それに呼応するような叫び声。


 一つ。


 ――最初は無視から始まった。


 二つ。


 ――次に陰口。


 三つ。


 ――そして暴力にまで発展して。


 四つ。


 ――お金もとられたなあ。


「やめて、もうやめてください!」


 僧侶の女が叫んでいる。


「おい、シャネル。そいつうるさいから黙らせろ」


「ええ」


 シャネルが僧侶の女の首を締めた。気道をしっかりとしめたのか、僧侶の女は何も言えずに酸欠でジタバタとする。


 五つ。


 ――そういえば、お母さんが作ってくれた弁当をゴミ箱に捨てられたこともあった。


 六つ。


 ――不登校になってからは家に無言電話なんかも掛かってきた。ま、こいつがやったかは分からないが、こいつのグループの人間がやったのは確かだ。


 七つ。


 ――そういや服脱がされて写真とか撮られたことあったけど、あれって何が楽しかったんだろうな。バカじゃねえの。


 八つ。


 ――あとさ、あとさ、土下座とかさせてさ。無意味にさせてさ、あれも何が楽しいの?


「なあ、何が楽しかったんだ? 人のことイジメてよ」


 だが反応はない。叫び声ももうしない。


 死んだか?


「……くそが……死ね」


 ははは、まだ生きてる。


「バーカ」と、俺は勇者に言う。「そんな言葉一つで人が死ぬなら、お前はもう100回も1000回も死んでるよ!」


 そうだ。人を呪ったところで人は死なない。


 だからこうして殺すのだ。復讐するのだ!


 俺はトドメとばかりに首に剣を突き立てる。勇者はビクンビクンと最期の動きをみせたが、すぐに物言わぬ死体となった。


「はっはっは!」


 俺は狂ったように笑う。


 笑う。


 笑う。


 笑う。


 空を見上げると薄明るい月が浮かんでいた。月は俺のことを監視するように見つめている。


「やったぞ! 馬鹿野郎、死ね!」


 俺は子供のように叫んだ。


 こうして俺は最初の復讐を終えたのだった。



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