5
頬がだらしなくニヤけるのが止められない。
このまま走り出してしまいそうだ。
落としたナイフを、拾う手が震える。
いつの間にか寒くない。心と身体が高揚して、むしろ涼しくて心地良い。
疼く。
疼く。
「では本田様、いくつか申し上げておくことがございます」
「あん?」
「まず一つ目。ここ、禁庫に入れた罪には、時効が適用されません」
「いつの間にか無くなってたりしない、ってことか?」
「その通り。
とはいえクライム・バンクに預け入れの期限はございませんので。本田様にお引き出しの意志さえ無ければ、御身は無罪潔白のままでございます」
「じゃあその時効うんぬんに何の意味があるんだ」
「お引き出しの際にご留意いただければ」
「はっ」
鼻で笑ってしまう。
「ありえるわけぇだろ、そんなこと!」
罪を引き出すなんて、そんな奴いるのか?
なんでせっかく取った罪を、わざわざ。お尋ね者に戻るなんて御免だ。
「左様でございますか。
では二つ目。お預け頂いた罪には、利子が発生いたします。禁庫内に納めた罪の大きさ、期間に応じまして、相応の」
「……罪が増えるってことか?」
「えぇ。利子分の罪は直接受け取ることも出来ますが。とりあえずの設定は、こちらの禁庫に追加していく形、でよろしいですか?」
「よろしいに決まってんだろ! 禁庫に入れときゃ利子分も合わせてオレは潔白なんだろ? こっちに持ってきたらぶっ殺すぞ!」
「失礼いたしました。それから、」
「なぁ、八木沼ぁ!」
せっかくハイになっているのに。
聞く意味の分からない諸々は、こう、水を差された気分だ。
「んなこといいからもう出ようぜ! オレはオレの罪がオレからさっぱりこの禁庫に移ってくれてりゃ、それでいいからさ!
このオレが、知らない間に罪人に戻ってるなんてことは、ねぇんだろ?」
「あり得ません」
「じゃあ後はなんだっていいよ!」
「かしこまりました。では上へ戻りましょうか。なにかお訊ねになりたい事がございましたら、お手数ですがその都度お問い合わせください」
「はいはーい」
八木沼の先導で禁庫を出ると、背後で痩せっぽちが扉を閉める。
……その軋む、重苦しい音の、なんと心地良いこと。
来るときと比べ、帰りは扉の解錠も、心なしかスラスラと進むようだった。
地上へのエレベータに乗りこんだときに、ふと思い出したことを八木沼に訊ねる。
「なぁ、八木沼」
「はい、なんでしょう」
「もしも、だけどよ。もしだよ?
これからオレがまた、罪を犯したとしたら……それも、また預かってくれんの?」
にやりと、悪魔は笑った。
「えぇ。もちろんにございます」
「……やったね」
オレも、同じ顔で笑っていた。