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冬の空は厚い雲に覆われている。
「……降りそうだな」
ついに来てしまった、クライム・バンク。
その不可思議な銀行は、まったく怖じることも恥じることもなく、大通りに面してあった。
看板にはずばり『犯罪銀行』。……ここまで堂々とされると頭痛がしてくる。
もう間違いなく、トガギンはそこにあるわけで。
なのにオレは、事ここに至ってまで拭えない猜疑心のせいで、まだ入店できないでいた。
「……」
通りを挟んでこちら側で、銀行を見張ること、もう十五分ほどか。
と。
大きめの紙袋を抱えた少女が、銀行へと向かっていく。
遠目にもずいぶん細い子だ。十歳くらいだろうか。
ドアノブに手をかける前に足を止めた。こちらに気付いたのだ。
少女は逡巡する様子を見せ、そしてぺこりと頭を下げてから、店へと引っ込んでいった。
「客だって、バレてんのね」
そんなに悪人面だろうか。……いや。こんなところに突っ立って、じっとあの銀行を見つめていれば分かるか。
じゃあもう尻込みしていても仕方がない。
子どもが入って行って、なにか、安心したというのもある。
道を渡って、トガギンのドアに触れると、静電気が跳ねた。
「いてっ、」
「――ようこそいらっしゃいました、クライム・バンクへ」
扉は、内側から開けられた。
現れたのは……女だ。
二十代半ば、オレと同世代と思しき美人。
端正極まる顔立ちだが、まぁ好みではない。目元が鋭く、頭も切れそうだから。こういう女は大方において使いづらく面倒だ。
胸元の名札には、『蟹沢』、とある。
「どうぞお入りください。外は寒いでしょう」
ニコリともしないで言う。
「……どーも」
招かれた店内は暖房が効いて暖かかった。
外から見るよりも、中はこじんまりとしている。
案の定と言うべきか、他に客の姿はない。
装飾のつもりなのかあちこちにサボテンの鉢が置かれ、中には人の身長より大きいものもある。
それらから突き出た無数の針は威嚇のようで、まったく落ちつかない。
銀行を名乗っているくせに、窓口はたったの一つきり。
「こちらにお掛けになってお待ちください。ただいま担当の者を呼んで参りますので」
「あぁ。えーっと、蟹沢さん? ここに、小さな女の子が入ってくの見たけど」
どうということのない世間話。
「あの子も、ここの人?」
「あれは小間使いです。すぐにお飲物を持たせます。何がよろしいでしょうか」
「ジントニックできる?」
「すぐに」
冗談のつもりで酒を頼んだら。
女は一礼して、踵を返して行ってしまった。
「ドライだなぁ」
やっぱり、苦手なタイプだ。
革の椅子に深く座り直し、ポケットの中の重みを確かめる。
店には奥があるようで、だから何人のスタッフがいるかまでは分からない。
万一のとき――この銀行自体がやっぱり罠で、さっきの女に呼ばれた警察が踏み込んで来たときとか――こんな、ちゃちなバタフライナイフ一本で何とかなるだろうか……。
とはいえ刃物を使うような荒事にはならないだろうな、とも思う。
少々無理矢理に会話してみたところ、女は本当にこちらを客として扱っていた。
これまでの経験から、敵意とかそういうのには聡いつもりだ。
ここに来た時点で、自分は犯罪者ですと喧伝しているようなものなのに、あの女は怯える風だとか咎める風が微塵もない。……ついでに愛想も全くなかったわけだけど。
少しだけ、肩の力が抜けた。
窓口の、カウンターの上にも小ぶりのサボテン。
「――お待たせいたしました、お客様!」
声がしたので顔を上げてみれば、カウンターの向こうに立つのは……。
ガキ?