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トガギン  作者: 水上 弾
2/10

2

 冬の空は厚い雲に(おお)われている。


「……降りそうだな」


 ついに来てしまった、クライム・バンク。

 その不可思議な銀行は、まったく()じることも()じることもなく、大通りに面してあった。

 看板にはずばり『犯罪銀行』。……ここまで堂々とされると頭痛がしてくる。


 もう間違いなく、トガギンはそこにあるわけで。

 なのにオレは、事ここに(いた)ってまで(ぬぐ)えない猜疑心(さいぎしん)のせいで、まだ入店できないでいた。


「……」


 通りを挟んでこちら側で、銀行を見張ること、もう十五分ほどか。


 と。

 大きめの紙袋を(かか)えた少女が、銀行へと向かっていく。

 遠目にもずいぶん細い子だ。十歳くらいだろうか。

 ドアノブに手をかける前に足を止めた。こちらに気付いたのだ。

 少女は逡巡(しゅんじゅん)する様子を見せ、そしてぺこりと頭を下げてから、店へと引っ込んでいった。


「客だって、バレてんのね」


 そんなに悪人(ヅラ)だろうか。……いや。こんなところに突っ立って、じっとあの銀行を見つめていれば分かるか。

 じゃあもう尻込みしていても仕方(しかた)がない。

 子どもが入って行って、なにか、安心したというのもある。

 

 道を渡って、トガギンのドアに触れると、静電気が跳ねた。


「いてっ、」


「――ようこそいらっしゃいました、クライム・バンクへ」


 扉は、内側から開けられた。

 現れたのは……女だ。

 二十代(なか)ば、オレと同世代と思しき美人。

 端正(たんせい)(きわ)まる顔立ちだが、まぁ好みではない。目元が鋭く、頭も切れそうだから。こういう女は大方(おおかた)において使いづらく面倒だ。

 胸元の名札には、『蟹沢(かにざわ)』、とある。


「どうぞお入りください。外は寒いでしょう」


 ニコリともしないで言う。


「……どーも」


 招かれた店内は暖房が効いて暖かかった。

 外から見るよりも、中はこじんまりとしている。


 案の定と言うべきか、他に客の姿はない。


 装飾のつもりなのかあちこちにサボテンの鉢が置かれ、中には人の身長より大きいものもある。

 それらから突き出た無数の針は威嚇(いかく)のようで、まったく落ちつかない。


 銀行を名乗っているくせに、窓口はたったの一つきり。


「こちらにお()けになってお待ちください。ただいま担当の者を呼んで参りますので」


「あぁ。えーっと、蟹沢さん? ここに、小さな女の子が入ってくの見たけど」


 どうということのない世間話。


「あの子も、ここの人?」


「あれは小間使(こまづか)いです。すぐにお飲物を持たせます。何がよろしいでしょうか」


「ジントニックできる?」


「すぐに」


 冗談のつもりで酒を頼んだら。

 女は一礼して、(きびす)を返して行ってしまった。


「ドライだなぁ」


 やっぱり、苦手なタイプだ。


 革の椅子に深く座り直し、ポケットの中の重みを確かめる。

 店には奥があるようで、だから何人のスタッフがいるかまでは分からない。

 万一のとき――この銀行自体がやっぱり罠で、さっきの女に呼ばれた警察が踏み込んで来たときとか――こんな、ちゃちなバタフライナイフ一本で何とかなるだろうか……。


 とはいえ刃物を使うような荒事(あらごと)にはならないだろうな、とも思う。


 少々無理矢理に会話してみたところ、女は本当にこちらを客として扱っていた。

 これまでの経験から、敵意とかそういうのには(さと)いつもりだ。

 ここに来た時点で、自分は犯罪者ですと喧伝(けんでん)しているようなものなのに、あの女は(おび)える風だとか(とが)める風が微塵(みじん)もない。……ついでに愛想も全くなかったわけだけど。


 少しだけ、肩の力が抜けた。


 窓口の、カウンターの上にも小ぶりのサボテン。


「――お待たせいたしました、お客様!」


 声がしたので顔を上げてみれば、カウンターの向こうに立つのは……。

 ガキ?


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