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トガギン  作者: 水上 弾
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 いらっしゃいませ。ようこそ。

 わたくしは支店長の八木沼(やぎぬま)と申します。

 お客様、当店のご利用は初めてですね。口座のご開設に?

 ……あぁ。融資のご相談。

 もちろんよろしいですよ。いくつか審査をさせていただきますが。

 まずはこちらにご記入を。


 それで――お客様は、どういった理由から、罪をご希望で?

 オレはただ、我慢なく自由に生きただけなのに。

 それがどうしてこうも、かえって(わずら)わしいことになる?

 オレはただ。自由に生きたかった、だけなのに。




「――クライム・バンク?」


「うん。なんかそういう、銀行があるんだってぇ」


 銀行。

 役に立つかもと言い置いたくせに、なんだそれは。


「逃走資金でも借りろってのか? それとも保釈金(ほしゃくきん)?」


「じゃなくてぇ。お店の先輩から聞いたんだけどさ」


 女が言うにはその銀行、金は一切扱わないらしい。

 代わりに、罪、を預かるのだそうだ。

 (おとず)れた客の身から罪『そのもの』を取り出し、金庫に入れる。後に残るのは潔白になった客だけだ、と。


「なんだそりゃ。デマにしてもひでぇな」


「でもでもぉ、先輩の彼氏がクスリ見つかってちょっとヤバかったんだけど、そのクライム・バンクに(ツミ)預けたから、捕まらなかったらしいよ」


「ふーん……」


「信じてないでしょぉ」


 そんなもの、信じろと言う方が土台(どだい)無理だろう。

 だいたい都合が良すぎる。罪を取り出すとか、ところどころ頭がファンタジーだし。


「ねぇ、場所も教えてもらったからさぁ。行ってみれば? ダメ元でいいじゃん」


「くだらねぇ与太話(よたばなし)だろ、んなもん」


 しな()れかかってくる女の香水が鼻につく。酒が回ったのか、目がとろんと(うる)んでいた。

 よくもまぁこんな安酒で酔えるものだ。こちらはまだ体温も上がらないというのに。

 つまらない女。する話もつまらないものだった。


 真面目なところ、アルコールをかっ()らってる場合でもなく、本気で身の振り方を考えなきゃいけない。

 手元に金はあまりないし、本気で借りる()てを探さなくてはならないだろう。もしくは盗んでくる当てか。


 捕まるのは御免だ。

 不自由は絶対に嫌だ。

 (つな)がれるなんて、(おり)(へい)なんて、絶対に。


「ねぇ。明日はお店来れる?」


「サツがうろついてなければな。連絡しろ」


 上の空で、口だけが自然に答えていた。


「うん、わかった……マサ、好きだよ」


「あぁ。オレもだ」


 ……で。

 この女、なんて名前だっけ。


>>>>>>


 驚いたことに、クライム・バンクとかいう、例の銀行は本当に存在するようだ。


 まずネット検索に引っかかる。それも『クラ』まで打ち込んだだけで予測変換(サジェスト)が表示されるほど。

 全国に支店があって、確かにこの街にも一つあるようだ。

 そしてホームページの説明には、あの……誰だったか名前は分からないが、女の言った通りのことが文章で書いてあった。


 けれど。


「いたずらにしては手がこんでいるな」


 その時はまだその程度の認識だった。

 だって、罪を預かるなんて話、どうやって信じろっていうんだ?


>>>>>>


「クライム・バンク? あぁ、知ってるぜ」


「……マジすか」


 だがついに、仲良くしてもらっている飯塚さんと話をして、どうも、信じざるを得なくなってくる。

 こちらの顔色を見てか、飯塚さんは目元をおかしそうにしながら新しい煙草を(くわ)えた。


「マジマジ、大マジだ。うちの事務所もよく世話んなってる。信じられねぇか?」


「まぁ、正直言うと……。

 罪を預けるとか、そんなのどうやるんすか。なんかの比喩(ひゆ)ですかね?」


 ライターの火を差し出しながら言うと、飯塚さんは「そらそう思うわな」と(うなず)く。


「でもマジなんだよ。あいつら罪を取って、こう、すぽっとな? んで、金庫に入れるんだよ」


「……あの、ちょっと意味が」


「意味もなにも言ったまんまだ。

 いや、俺もいろんなもん見てきて、大抵のことじゃ驚かなくなったけどよ。あれにはたまげた。あの、罪を取り出す瞬間ったらよぉ。

 世の中ぁ不思議なことってのは、あるもんだな」


「……」


 んな馬鹿な。

 取り出すって、罪は物でもないだろうに。


「マサ、お前も行くのか。トガギン」


「……? トガ、?」


「クライム・バンクのことだよ。『(トガ)』の『銀行(ギンコウ)』でトガギン。俺らはそう呼んでんだわ。で、行くのか」


「そりゃあ、話が本当なら……」


「いいんじゃねぇか。お前はやることブッ飛んでるけど、(ツラ)も頭も腕っぷしもいい。お前が警察にしょっぴかれたら、俺もつまらんし」


「うす……」


 だが、口が裂けても言えないが、これでもまだ半信半疑だ。

 飯塚さんが冗談を言うような人ではないと、分かっていても。


「歯切れが(わり)ぃな。信用できんか」


「そういうわけじゃないんですけど。

 ……いや、本当にその、トガギン、ってのがあるってのは分かりました。

 でも、ってことはそこ、犯罪者が(かよ)ってくるんスよね? ……サツが()ってたりしません?」


「お前、やっぱ賢いね」


 そうだろうか。当然浮かぶ懸念(けねん)だと思うが。

 飯塚さんは、また驚くことを言う。


「大丈夫。トガギンと警察には不可侵条約があるからな。トガギン張るどころか、おまわりは同じ町内にも入れねぇ」


「……マジに何者なんすか、トガギンって」


「悪魔だよ」


 あまりにさらりと、飯塚さんはそう口にした。


「は……?」


「悪魔だよ、悪魔。あいつらは悪魔さ、間違いなくな。

 だからよぉマサ。お前、普段クールなわりにキレやすいけどよ――連中にはケンカ売るなよ。俺たちもそうしてる」


 そう言って飯塚さんは、全て金にした歯を見せて、笑った。


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