I want to stay with you in the future ... ...
増量してしまったぜ_:(´ཀ`」 ∠):
勇者一行は勇者の生まれ育った村に着く。これは決戦前の緊張をほぐすものではなく、ただ単に勇者が里帰りをしたいと申し出たからである。
仲間は戦士の男、狩人の男、薬師の女、盗賊の少年、そして勇者の恋人である魔女。
地域が変われば風土も変わる。村を出た二人をまず驚かせたのは、魔法を扱う忌み子と村で呼ばれた存在が外ではむしろ崇められる存在であったということ。だからなのか、勇者の恋人であるメイレーは欲に目を曇らせた者に狙われることが旅の途中で何度かあった。
そんな旅だからこそ休憩が必要だとユウは考えた。
「いや〜ここがユウ君とメイレーちゃんの故郷か〜結構長閑で過ごしやすい環境ね〜」
薬師の女は大きく仰ぎながら心地好さそうに言う。
「確かに。大地に恵まれた良い土地だ。隠居するときはここに俺は引っ越そう」
狩人の男は腕を組み、考えながらそう言う。
「おいおい、おまっ……はぁ、お前、けえこう良い腕してんのに王宮仕えねえのかよ……」
戦士の男は狩人の男の発言に溜息をこぼす。
「確かに勿体無いよ! せっかく勇者様の協力するんだから、終わった時に王様に願い事を叶えてもらえるかもしれないじゃんか!」
「そうそう。このガキの言う通りだぜ?」
「なっ! ガキゆーなし!」
「ははっ、俺はそう言う生活は考えた事がないからなぁ……正直言って想像もつかなくて恐ろしい」
明るい勇者の仲間。誰も成功を確信する。
「みんな良い人…ね……」
「そうだね……この仲間と出会えて本当に良かったと思うよ。王宮に出会った人達みたいな嫌な感じがしなかったし」
「そうなの?」
ワイワイと騒ぐ仲間の少し後ろを歩くユウとメイレー。二人は腕を組みながら賑やかな仲間たちを見て歩く。村に向かうまでの道のりは、馬では通ることができないほど険しかったため、仕方なく馬を放した。
「ああ。それはそれは、欲に塗れた気持ち悪い目だったよ。でも、メイレー……君からのそう言う視線は嫌いじゃ無いよ」
ユウはニコッと表情を作り、自分の腕に組みついている愛らしい彼女の方を向く。そして抱き上げる。
「えっ? あ、ちょっと!」
「こーらー! 二人ともー! そんなにイチャイチャしてたら置いてくよーー!」
薬師の女が、仲睦まじい二人の方を向いて声をかける。笑いながら二人を見守る仲間たち。
「待ってー! 今そっちに行くー!」
ゆったりと歩いていて離れてしまった仲間たちとの距離を、ユウは抱き抱えたメイレーの顔を見て満足した後、走って追いつく。
長閑な村へと続く、人が歩くことで作られた道はそろそろ終わる。目視できる距離に、村の建物らしきものが見えてきた。
しかし、ここでユウは疑問を抱く。
「……あれ?」
「どうしたの?」
ユウの反応に薬師の女は反応する。
「いや、ちょっと変だなーって思って」
「変?」
メイレーも仲間と共に首を傾げる。
「いや、気のせいかもしれないけど、放牧している家畜たちを見なかったんだよね……普段なら村の大人たちやリーアが面倒を見ている時間なんだけど、鳴き声は村の中から聞こえるから……」
「そりゃあ、勇者が故郷である自分たちの村に一時的に里帰りをするって知らせたからじゃねえのか?」
「それでサプライズする気なら良いんだけど……」
「別に心配しなくても良いんじゃない? ユウさんの話によれば、平和な村みたいだし」
「……そうだね。僕の余計な心配なのかも知れないね……」
少し空気が白けてしまった。ユウのその心配は杞憂なのかもしれない。
「じゃあ、私はここで……」
「あら? メイレーちゃんは村に入らなくて良いの?」
「……はい」
バツの悪い顔をするメイレー。ユウ以外はその表情の理由を知らない。
「そうだった。僕も後からそっちに向かうよ」
ユウは仲間たちに理由を話す。隠していたわけではないが、村でのメイレーの存在を話した。
「そういう事なら仕方がないね!」
「そうだな。それに、結構俺たちが近くにいることが多かったし二人だけの時間は必要だな」
「ガハハハハッ! 溜まってる分発散すると良い!」
「メイレーちゃん、くれぐれもやり過ぎないようによ!」
後半からはほとんど成人済みの人たちの茶化し。それに顔を赤くする二人だが、嬉しいという感情が二人の笑顔から溢れ出ていた。
そして一時的に仲間と別れる二人。
二人は村を迂回するように森に入った。森に入ると、メイレーのお陰か、森の植物が自ずから避けて道を作る。二人は身を任せて案内されるように森を進むと、信じていた通りの場所に出た。
「…………ただいま」
二人が始めて出会った場所。この悲しい彼女の結末の原点。走馬灯のように走る彼女の記憶では、まだ鮮明に見える。
聳え立つ大樹。それを円の中心にしたように広がる芝。緩やかな小さい丘を木々が囲む。
「……今思えばここの景色って、あの物語に登場する景色に似ているね。あの花は咲いていないけど…………」
「…………」
メイレーは何も言わず、大樹に向かって立っている。そして肩の力を抜き、黒に染まっていた髪の色を白に、紫色の瞳を赤に戻す。
弱い風に吹かれて優しく髪が靡く。髪の毛一本一本が活き活きとして、それがユウを魅了する。
彼女は彼が立っている方へ、先ず顔だけ振り返ると、笑顔を見せた。
「〜〜ッ!」
不意打ちに受けた彼女の笑みは、彼の本能を刺激する。動物としての本能、彼女に対する情慾、彼女との肉体的繋がりを求める――。
「ハァ…ハァ…ハァ……」
ユウは拳を作り、それを強く握ることで無理矢理自分の欲望を抑える。今まで旅の途中に何度かしていたが、その時よりも今回の自身の欲望は激しく暴れ回る。
「…………我慢しなくっても……良いよ?」
身体ごと振り返り、優しくも妖艶な笑みを浮かべメイレーは愛する人の理性の錠前を砕く。
ユウは勢いに身を任せてメイレーを押し倒した。彼女は抵抗しない。余裕を持った表情で彼を受け入れる。自身は愛する人のモノ。ただそう思う事で、自分の不安を和らげる。
「今日こそは……君を――」
ユウがメイレーの唇を奪い、二人は交わり始める。
深い、ただ本能のままに求め合う
「ハァ…ハァ…ハァ……フゥゥ………」
ユウは、はだけた自身の衣類を正す。自分と交わった心から愛する相手はまだ、余韻浸っているようだ。彼女はまだ、あられもない姿のまま。流石にそのままだと風邪を引いてしまう。
ユウは肩にかかっていたマントを外すと、彼女に羽織わせるように身体を起こさせる。
「ちょっとタオルと水を持ってくるから待っ――⁉︎」
メイレーの顔を覗き込むようにして語りかけていた為、腕を突然捕まれそのまま彼女に唇を奪われる。
そして彼女は、
「ふふっ、行ってらっしゃいのキス」
ふやけた可愛らしい赤い顔でそう言い、彼を見送った。
「……遅い」
ユウがタオルと水を取りに村へ戻って行ってから結構時間が経っていた。お昼頃に着いて、行為をした頃から大体二、三時間もメイレーはユウの帰りを待つ。既に陽は傾き始めている。
「すぐ戻ってくるって言ってたのに……まさか村で何か悪いことが?」
嫌な予想が次々と彼女の頭を過る。その中でも一番あり得なくて、信じたくもない一つの予想が何故か離れてはくれない。かつて友人と思っていた優れた容姿を持つユウの幼馴染。その友人の裏切り。
「き、きっと気の所為よね! 気の所為……気の…………せい…………」
無理矢理ポジティブな思考に切り替えて、湧き上がる不安を抑えつける。
しかし、どんなに頑張って押さえつけても、愛する人を友人と思っていた人に奪われる恐怖と苛立ちは溢れてくる。
――あの子は確かに綺麗で可愛い……でも………
初めてメイレーがリーアと出会った頃、彼女はリーアにあまり良い好感を持てなかった。本能的に彼女が恐ろしいと思った。特にリーアが彼女を褒める時が、メイレーは彼女に一番恐怖した。
「容姿がいくら優れていたとしてもね……貴女は内側が恐ろしいほど醜いの……」
メイレーは立ち上がると、羽織っていた彼のマントを少し正し、髪を瞳の色を黒と紫に染めて夜に呑まれ始めた村へと急いで向かった。
口から零れる生温かい息。小さく上下する景色。汗が首筋を優しく撫でる。
もう少しでユウの、愛する人の村に着く。
対して距離が長いわけではないはずなのに、森は彼女を村へと行かせようとしない。
「――ッ!」
この森では育つはずが無い荊棘が肌を引っ掻く。道ではない所を通るしかもう、村に降りることが出来なくなった。だから森は、彼女を傷つけてでも止めようとする。
「もう少し……もう少しなの…………」
荊棘の密度が増す。
「もう少しなの……だから………」
荊棘が壁を作る。そしてその壁の隙間を埋めるように、さらに荊棘が生えてくる。
「だから退いて!!!!」
彼女のその一声で荊棘の壁は塵と化し、風に吹かれて夜空に散り泳ぐ。
やっと、森から出ることが出来た。やはり村の方向からは何も聞こえない。ゆっくり歩いて近づいているが、宴の騒がしさも、羽虫の雑音もない。耳には弱く吹く風の音だけが響いている。
少し息を整えてから再び進む。
「……誰も…居ないの?」
村の入り口に着いたが、人の気配がしない。あるのは重く、甘ったるい空気。まだ弱いが、おそらく村の広場を中心に広がっているものだろう。
メイレーは走った時の疲労が溜まっている。しかし、彼女は重くなった足を無理に動かし、奥へ進む。
民家には明かりがない。ただメイレーの、彼女の足音が物悲しく響いているだけ。
広場に近づけば近づくほど空気は重く、息がつまるほど臭い。この村には何か異常が起きてしまったのは、ユウの予感が気の所為では無かったということ。
「でも……やっぱりユウ以外の事はどうでも良いわ……」
月光は広場に続く道を照らす。たまに雲が月の一部を隠してしまうが、照明具で照らされた様に地上は明るい。
もし村の人達が死んでいたとしても、それは彼女にとって些細な問題ですらない。
「……広場から………明かり? じゃあやっぱり!」
慌てて走り出す。粗く揺らめく人影からして光源に使われているのは松明。この村で松明を使うとしたら、それは魔物を追い払う時。
「私が……私が魔物ってこと?」
広場の入り口には誰もいない。しかしその向かい側、メイレーの正面にはユウとリーアを先頭に村人たちが固まっていた。
「あら、遅かったじゃない」
陽気な声でリーアはメイレーに声をかける。しかしメイレーは黙ったまま、ただゆっくり広場に歩み入るだけ。
その様子にリーアは舌打ちする。
「チッ。それで、何の用?」
丁度メイレーが広場の中心辺りまで来たところで、彼女は歩みを止める。そして優しく微笑みながら言う。
「ううん、貴女に用は無いわ」
「――ッ‼︎」
リーアの目に怒りが映り出す。しかしそんな彼女に目もくれず、メイレーは黒と紫色に染めていた自身の髪と瞳の色を戻す。
「…………は? な、何よ……何なのよその姿は! ッ、そ、そんな目で私を見るな!!!!」
「どうして? こういう出迎えをするって事は私は魔物なんでしょ? 魔物が獲物を見るのと何も変わらないわよ?」
狂気的な赤。二つの眼がリーアに向けられる。穏やかな表情とは思えないほどの殺意を孕んだ眼差し。首筋に冷たい刃物を当てられた様な錯覚に、リーアは陥る。
「っ、っ、ゆ、ユウ、わ、私を守って! あ、あと、あああなたたちもあの化け物を逃さない様に、か、囲みなさい!」
生気を失った様な顔のユウが、メイレーとリーアの間に立つ。そして村人全員がメイレーの退路を断つ。
「ユウどうしたの? なんであの女の命令に従うの? 貴方は私の事を好きだって言ったのは嘘なの?」
「………………」
ユウは何も答えない。ただ、腰に下げた剣を抜き、メイレーに向かって刃を向ける。
「私、貴方を怒らせる様な事したの?」
「………………」
「……そう。じゃあそこを退いて。あなたを殺したくないの」
「ヒィッ」
メイレーが一歩踏み出す。彼女から溢れ出てきている何かの重圧に、リーアは強張る。
「あ、貴方達!」
だから、命令を下す。あの『女』を、あの『魔物』を、あの『魔女』を“殺せ”と。
メイレーに、村人が一斉に襲いかかる。中にはまだ幼い子や、家畜も混ざっている。
「……ごめんなさい。私、貴方達の事なんて全く興味無いの。だから、邪魔するのなら……【死ンデ】」
襲いかかってきた人形達は、メイレーの最後の一言で、プツリと糸が切れた様にその場に倒れる。
誰も息をしていない。少年も、少女も、老人も、誰も彼もが腐敗を待つただの肉でできた人形へと姿を変えてしまった。
メイレーがまた一歩、ユウに近付く。その一歩で踏まれた地面には、土地と気候の関係上決して咲くことが叶わない黒百合の花が咲いた。
「……っ、ゆ、ユウ」
「………っ! ぐっ、あ"、ぁ"あ"あ"あ"あ"あ"!」
リーアは目の前で起きた幻想的で不快な現象に恐怖し、ユウに助けを求める。しかし、剣を構えていたユウは、メイレーの起こした現象に目を奪われてしまっていた。だからリーアは、呪いを強める。
剣を落とし、頭を抱えて勇者は叫ぶ。忌々しい呪詛が彼の頭の中で駆け回り、正常な思考をさせる為のタイミングを作らせない。
「チッ、なら!」
メイレーの脇から短剣が生える。深く突き刺さり、刃物との温度差で一瞬だけ冷たさを感じるが、すぐに痛みと熱が込み上げてくる。
「くっ……うぐぅぅぅう!」
「っ!」
メイレーは自身に刺さった短剣を素早く抜き、短剣が飛んてきた方向に投げる。すると、すぐに盗賊の少年の断末魔が聞こえた。
「私の…邪魔をしないで……!」
「え? どうして……? ユウ、どうしてなの!」
盗賊の少年に呪詛を吐くメイレー。それと同時にリーアがユウに向かって何かを訴えかけていた。しかし、ユウは片手で頭を必死に抑えながらリーアに剣先を向ける。
「っ……僕…は、めイ……リーあ………違う! ぼクはメいれーを殺…アイシテ……――っ!!!!」
「………………え?」
――どうして…なの? 私は世界で一番美しい……はず。なのに……?
ユウはリーアに目掛けて剣を振り下ろした。突然の事でリーアは困惑するが、最後まで考えて考えて……意識が途絶えるまで痛みも気にせずに考えた。
彼女が最期まで首から下げていた小袋から宝玉が転がり出る。その宝玉は、回転しても内側のオブジェクトは同じ姿勢のままだった。大アルカナの恋人の逆位置。
「ユウ……?」
「メイレー…………ごめん」
ユウとメイレーはお互い向かい合う。そしてユウはメイレーの腹部を涙目で蹴り飛ばした。メイレーは確かに自分の肋骨が折れた音を聞いた。そして気を失ってしまった。