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ずっと、朱だった。  作者: 空。
6/6

歪んだ願望。


「はぁ、もうおなか一杯。」



食べ過ぎたのか少し険しい顔をしている。



クレープを食べ終えた後も彼女は、


美味しそうなものを見つけては購入して食べていたのだ。


女子の胃袋とは思えないほどの食べっぷりにひどく驚かされた。



「一度でいいから好きなものをおなか一杯食べえてみたかったの。」



付き合わされたこっちの身にもなってほしいが、


どこかすっきりした顔の彼女に来てよかったなどと思ってしまう。



「さて何しよっか。」



彼女の発言に思えばここに来たのは、


バイト探しのためと望遠鏡を見るためだということを思い出す。



結局意見がかみ合わず後日に持ち越されたわけなのだが。



そんなこんなで用は済んだが、時計を見るとまだ二時半だった。


このまま帰ってしまっても良かったはずなのだが、


その選択肢が彼女にないことがどこか嬉しかった。



「君のしたいことをしたらいいよ。」



そういえば彼女は前に屋上であまり外出したことが無いと言ったことがあった。


基本は家で本などを読んでいると言っていたからインドア派なのだろうか。



そんな彼女がわざわざ外に出てきたのだから、


この時点で帰ってしまうのがもったいないとでも思ったのだろう。



「なら映画でも見ない?」



うん、と返事をする前に彼女は動き出していた。


彼女らしい一面だったが、少しむっとした。



映画館に着くと、一番にチケット売り場に向かう。



「見たい映画があるの。」



うねった列に並びながら彼女が指さした先は、泣けると話題の恋愛映画だった。


あまりにも女子向けの映画なだけに少し躊躇いが生じる。



「入りにくいよ。」



「大丈夫だよ、カップルで見に来る人も多いみたいだし、男子でも楽しめる映画だと思うよ。」



そういうと列の順番が回ってきたので彼女は有無を言わさずチケットを購入する。


しかたなく金額を支払ってから、面白くなかったら絶対に文句を言おうと決めた。



だが、映画が始まるとその思いは一蹴された。


ストーリーは主人公の女の子が余命半年と宣告され、


絶望だった時にある男のこと出会う話なのだが、



それがまたありきたりな展開だとわかっていても涙を誘った。



主人公の心情が繊細に表現されていて、


最後のシーンなんかは男の子視点でストーリーが進んでいたのだが

その切なさに涙が止まらなくなっていた。



こんな姿を見られたくなかったが、


溢れ出る涙を拭う姿が視界にでも入り、隣にいる彼女はきっと気付いているだろう。


そう思ってちらりと彼女のほうを見ると、彼女は映画をゾッとするほどの無表情で見ていた。



心の内では何か思っているのかもしれないが、全くの関心がないといった風だったのだ。


もともとこの映画を見たいと言っていたのは彼女の方だったはずだが、それさえも感じさせない。



一人で泣いている自分が馬鹿みたいだった。




映画が終わると、彼女はしばらく無言だった。


「面白くなかったの。」



「ううん、よくできた話だなあって思ったよ。」



「じゃあなんでそんなに不機嫌そうな顔をしてるんだよ。」



彼女はその言葉に首をかしげてはたといった。



「いや違うの、ただ不思議だなあって。


人が病気で死ぬってなったら可哀想とか涙を流すじゃない。



でも自殺とかだと可哀想だとか思っても意味が違ってくるでしょ。」



「そりゃあそうだろ。まだ生きられた命を捨ててしまったんだから。」



「その人にとったらもう生きられないくらいだったのに?」



そういうと彼女は近くのベンチに腰掛ける。



「自殺って世間一般的にはいいことじゃないかもしれないけどさ、


私は時の流れにただ身を任せてる人よりかっこいいと思うの。」



どうしてこんな話になったのだろうか。


それに何より、彼女は自殺はだめだと初めて会った屋上で言っていたではないか。



「どういう風の吹き回しだよ。」



少しあきれた口調で言った。


彼女が何を伝えたいのかがさっぱり分からなかったからだ。


そんな僕の意図を察したのか、彼女は何かを思い出すように俯く。



「あの日…屋上に立つ君を見た日ね、


君の行動にド肝を抜かれると同時に、どこかかっこいいと思ったの。



危うくて、それでいて凛としていた。大胆な行動が羨ましいと思った。


でも、投げ出すにはもったいないと思って声をかけたんだけど。」



「へえ。」



憂いとした目で僕を見つめる彼女を横目で見る。


僕があの夕焼けに感動している間に彼女はそんなことを思っていたのか。



別に身投げをしようとしていたわけではなかったが、


ただあの時は夕焼けに呑み込まれそうになっていただけだというのに。



それこそただ時の流れに身を任せていた。


けれど、あの時それだけではない、越えられない何かがあるような気もしていた。



踏み出せそうで踏み出せない、


でも踏み出してしまえば生まれ変われるのではないかという歪み切った願望。



そのために何もかも投げ出せるようなそんな気がしていたのも確かだった。


それを彼女は見抜いていたのだろうか。



「そろそろ帰ろっか。」



何もなかったように彼女は歩き始めた。午後4時51分。


高校生にしては少し早い帰宅だと思ったが、今はどこか安堵していた。



あの重い空気に耐えられなかったからだ。



帰りの道中では、彼女の心境が分からなくてもやもやと僕の心の中で渦巻いていた。




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