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剣呑天秤祭 ザ・アキバ・タイブレイク  作者: オヒョウ【検閲済】
9/66

グラス 四杯目

 ――▼――


『特に何も。面白いことを思いつく方につくだけだよ』


 相手の言葉に、絶句する。

 これだけ聞けば、享楽主義、あるいは刹那主義とも取れるだろう。

 だが、シロエには分かっている。

 ユストゥスには、シロエの知らない何かを知っているからこそ、そんな態度に出られるのだと。


 それは傍観者の視点であり。

 世界を愉しむ、《道化師トリックスター》の視点だ。


 臍を噛む。

 相手はこちらのことなど、気にしている様子もない。

 そのまま、言葉を重ねてくる。


『……まさか、『朝霞』の意味を知らないのかい? 『千代田区』と『朝霞』の関連を理解していないのかい?

 向こうは、明確に理解していた。その上で、私を指名してきたんだよ』


 Tips:

  現実の朝霞には陸上自衛隊の駐屯地があり、首都防衛部隊が着任している。

  千代田区は言わずもがな日本の政治・経済の中心となる地区であり、皇居がある。

  朝霞とはほぼ一本の道で繋がっている。

  ちなみに秋葉原は皇居へと至る道の途上にあるため、それを模しているセルデシアでは当然、アサカとアキバも道一本で繋がっている。


 しかも、敢えてこちらを煽るような文言だ。

 だからこそ、重みがある。

 先ほどの言葉の通り、『面白いことを思いつく方につく』つもりだという言葉に、偽りはないことを示している。

 同時、アキバとミナミを天秤にかけて図るだけの余裕がある、ということだ。

 つまり。


 どちらを敵に回しても戦える(・・・)、と言っているようなものだ。


 気が触れているんじゃないかと思うほどの傲慢さだ。

 だが、〈念話〉の先の相手はそれだけのことをやらかせる(・・・・・)

 その可能性を理解しているからこそ、答えることができない。

「……」

 無言を返すしかないこちらに対し。

 相手はこちらのことなど、気にしている様子もない。

 そのまま、言葉を重ねてくる。


『とはいえ、最後は突っぱねたから、もしかしたらまた違う攻め方をしてくるかも知れないしね。

 ただ、もう一度いろいろな『話をする』分には無下にはしないよ。『事故』で伝わっていないこともありそうだし……何しろ、『向こう』はわざわざ私を指名してくれたんだからね。

 ……今回は不幸な行き違いがあったけど、次は誠意を(・・・・・)見せても(・・・・)いいかな(・・・・)、と思うんだ』


 答えに窮する。

 最後の最後で、ミナミには加担していない、とは明言している。同時、アキバにも加担していない、と明言された。

 だが、これは当然とも言える。

 どちらかに加担したかなど、加担していない方には明言しないのが普通だ。

 ただし、ユストゥスはどういう形であれ、ミナミからの情報を引き出したのだ。それだけでなく、《円卓会議》に損をさせていない上に、敵情を暴いた。

 ただし。

 自分達はミナミに加担する、という余地を残したことも確かだ。

 つまり。


 アキバにとってプラスは多い。だが、ミナミにとってマイナスになっていないのだ。


(……)

 判断は、非常に難しい。

 個人的には、アキバにとってマイナスになっていない以上、温情を示しておくべきと考えている。

 配下(・・)に寛容を見せるのは為政者としての器の大きさであり、それだけのことをしでかしても統治能力は衰えない、という意地を見せる結果にも繋がる。

 特に、彼らの持つ経済力や影響力は無視しがたいものがある。

 そのためにも、『飴』でも『金』でも与えて『手綱』は握っておきたい。

 偽らざる思いだ。

 実際、こうやって許可を得るために自分《(円卓会議)》に頭を下げてきているのだ。

 だがその実、この行為には重要な意味が内包されている。


 《円卓会議》と〈月光キアーロ・ディ・ルナ〉、双方の面子を成立させることができるのだ。


 〈月光キアーロ・ディ・ルナ〉は『上役』として《円卓会議》を立てる。

 対して、《円卓会議(こちら)》も、功績のあった『配下』として〈月光キアーロ・ディ・ルナ〉を扱う。

 今回の功績に関して、あまり褒められるような功績でないことは向こうも承知しているし、こちらだってその考えでいる。

 例えままごとのようなやり取りであったとしても、この関係性でいいのだ。

 相手の使えるところは使い、利用できるできるところは利用する。

 こちらの使えるところは相手に少しは使わせてやる。

 それが『円滑』な社会、というものなのだ。

 年がら年中いがみ合うのは散歩中の犬同士だけでいい。

 自分達は犬ではなく、人間なのだから。

 だが。

 その考え方を、あろうことか『弱腰』と捉える者がいることも確かだ。

 それこそ、目下に舐められては為政者たらん、という『権力病』という妄執に取り憑かれた者達だ。

 《円卓会議》を構成するギルドとしての立場を明確にしているわけではないが、そのような立場に近い面々は決して少なくない。


 そして、そういう連中が実際に彼ら(キアーロ・ディ・ルナ)をはじめとした『敵対ギルド』に対して『私刑』を与えていることも知っている。


 大抵は『誠意ある説得』やら『みかじめ料』やらで終わっているのでまだ黙っていられる。

 だが、彼ら(キアーロ・ディ・ルナ)相手では二回『私刑』を執行し、その二回とも失敗している。

 しかも、二回目の失敗では《円卓会議》の主要ギルド構成員の一部から見限られた挙句、彼ら(キアーロ・ディ・ルナ)の手中に収まってしまった。

 失敗などという甘いものではない。

 大失態だ。

 だからこそ、今その『一派』を『穏健派』の自分達が抑えていられる。

 彼らの失敗を公言しない、というカードをちらつかせ、黙らせているのだ。


 そういう輩達は、三角コーナーの隅にこびりついた野菜くずのようなプライドこそが自身達の誇るべき面子だと思い込んでいる。

 そんなものに喜んで触れる奴はそういない。

 だからこそ、勘違いしてプライドを保てていられる。

 否。

 自分達が、三角コーナーでも特段嫌われていることに気がつかない。

 それを畏怖と勘違いし、更に嫌われるよう更に汚れた油ジミなどを引っ掛ける。

 余計触りたくないので、触らない。

 この繰り返しだ。

 『虎の威を借る狐』ならまだいい。

 狐には狐の知恵があり、それを実現するための説得力の補充に虎を利用しているのだから。

 だが、野菜くずや油ジミにはそんな知恵などない。

 ただ、いろいろなものが入っている三角コーナーにあるだけで、誇れるとでも思っているだけなのだから。

(……それじゃあ僕達が三角コーナーってことになるか)

 どんよりとした気持ちになりながら、思考を切り替える。


 敵というと少々異なるが、まだ〈月光キアーロ・ディ・ルナ〉相手の方が気楽でいい。

 『軽蔑すべき味方よりも、尊敬すべき敵を見よ』とはよく言ったものだ。

 ……発言者はなぜそれを自分に照らさなかったのか。

 何しろ、〈月光キアーロ・ディ・ルナ〉であれば読み合いこそ面倒くさいが、それさえ済んでしまえばあとは『イエス・ノー』で片がつく。

 非常に気楽で、そして分かりやすい。

 胸中で嘆息しながら、今更ながらに気付く。


 《円卓会議》は一枚岩などではない、ということを。


 だからこそ、今のシロエとしては厄介なのだ。

 例の『一派』が大人しくしている、正確に言うと『させている』だが、とにかく《円卓会議》と〈月光キアーロ・ディ・ルナ〉の間に入ってこなければなんだっていい。

 ただ、黙っていてくれればそれでいい。

 その間に、『一派』の力を削いで『手綱』を操れるようにすればいいのだから。

 どういう形式かは分からないものの、ミナミからのちょっかいがあるというなら、なおのこと形だけでも一枚岩にしなくてはならない。

 それこそ、形だけでも為政者としての振る舞いとなる。

 だからこそ。

 シロエは息を吸い、吐き出すと同時に答えを告げる。


「許可は、できません」


 今回は、例の『一派』の顔を立てる。

 立てざるを、得ない。


 形の上であったとしても。

 何も理解していない、馬鹿な集団であっても。

 『最低』であっても。

 《円卓会議》に所属している以上、こちらの味方であることには変わりがない。


 形の上であったとしても。

 何もかも理解しているような詐欺師のような連中であっても。

 『尊敬』できても。

 《円卓会議》に歯向かった以上、こちらの敵であることは翻らない。


 対して。

 〈念話〉の向こうから聞こえてくる声は、至極あっさりとしたものだ。


『ほう?

 分かったよ。では実力でなんとかしよう。

 あ、あと。

 念のためになんだけど、『誰か』に何か言われて困ったらキミの名前を出す。それでいいね?』


 それだけを言う。

 まるで、こちらが断ることを最初から希望していたかのように。

 再度絶句するが、相手には伝わらない。


『じゃ、そういうことで』


 あっさりと〈念話〉が途切れる。

 あまりにもあっさりとしすぎて、未だに言われた内容に理解が追いつかない。

(……実力で、っていうのはどういうこと?)

 だが、それ以上に。

(困ったら……いや、困るようなことばかりなんだけど)

 そこまで考え、ひとつの可能性に行き当たる。

 それは。

「…………まさか」

 最後の方は言葉にならない。

 というか呆れ果てて何も言えない。

 しかし、だとすればまず間違いなく、動きがある。

 そのために、こちらの名前を出すとすれば。

「…………明らかに、か」

 どっちもどっちだ、と諦め。

「……ふぅ」

 もう知らん、とばかりに机に突っ伏した。

 どさどさ、と書類が束で落ちたような音がするが、知らん。

(……やってられっか)

 素直な気持ちだった。

 そのまま、自身の意識を手放す。


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