グラス 三杯目
――◆――
朝食後。
志津香さん達がいらっしゃった。
「おはようございます。
あれ、イヴォンヌ先に来てたの?」
「朝ごはんたかりに来たのだー」
「お前らなぁ」
「固いこと言うなって」
「……」
「そうだよな、ロクは何も言えないよな」
「え、タカってんの?」
「……うちは〈料理人〉いなくてさ」
久しぶりに皆さんが全員揃うことに、少しだけ懐かしさのようなものを感じる。
「あ、おはようございます、銀薙さん。
ユン先輩達とは本当に久し振りですね」
メイリンさんの声に、全員がユンさんと銀薙さんの方を向く。
「おはようございます。確かに、なんか久しぶりだね、ホント。私らはずっとソノハラだからね」
「……おはよう。
個人でだと、だいたい週二くらいで会っているんだがな」
皆大きく頷き、笑いが起きる。
「で、だ。
みんな自分のところがあるにもかかわらず、お願いして申し訳ない」
「いっすよ、そんなん。こっちも軌道に乗ってきましたし、そもそも乗せられたのはユンさんのおかげですから」
キルクノンさんの言葉に、やはり全員が頷く。
「あでも、繁盛させているのはあたし達の力ですから」
イヴォンヌさんが少し含みを持たせた言い方をすると、今度はユンさんが苦笑する。
「くはは。立ち話もなんだし、座ってよ。
ハル、♪ヒビキ♪、お茶お願い。あ、他のみんなも呼んできて」
今のメンバーも、そして〈大地人〉メンバーも全員揃ったことを確認し、銀薙さんが話を切り出す。
「……今回やることは、いわゆる『オクトーバーフェスト』。かつてバイエルン王国の王太子の結婚式にかこつけて新ビールの樽開けを行ったことから広まったものだ。
とはいえ、俺達の場合はただ単にビール飲み大会でもやるか、というものだ」
「そだねー。せっかくビール作っているんだし、それにお祭りだからね。
突発参加は『惡の華』、ってね?」
……いろいろ台無しだよな。なんでこう……まぁいつも通りか。むしろ、全くぶれないことに敬意を表する。策謀担当め。
「褒め言葉だよ、ハル。
で、実は……会場決めてないんだよね、コレが」
……。
さん、はい♪
『そこからかよ!?』
全員が突っ込む。
ユンさんは腕を組む。
「しょうがないだろ、私ずっとソノハラにいてずっと忙しかったんだもん」
何が“だもん”だ。気色悪い。
「情報網の再構築やってる最中にいろんな連中に付け狙われるし恫喝されるし狼の餌にしたし」
……最後がすごく物騒な気がする。まぁいつも通りか。
「……まずいなぁ。どうしよっかなー」
言いつつも、なんとなく次に口にする言葉は分かっている。
だから、先に言う。
「……困った時のシロエさん頼り、でいいんじゃないですか?
どうせ“取引材料”なんて山のようにあるわけですし」
だが。
「うーん、話すればロデリックさんでもいいんだけど、あの人絶対にお祭りに興味なさそうだし、アイザックさんは警備とかなんとかで忙しそうだし。そもそも、あの人達はそういうことには疎そうだし」
Tips:
ロデリックとは利害の一致から裏でいろいろやりとりをしている。今でもずぶずぶ。
アイザックとはゲーム時代の知り合いで、《大災害》早々に情報交換を行った。今は疎遠。
……あれ?
気にした様子もなく、ガーフォードさんが少しだけ顔をしかめて続ける。
「カラシンさんもダメ。例の〈生産系ギルド連絡会〉で身動き取れない。こっちから連絡したら絶対に手伝え、って言われるしね」
……無視?
「そうねぇ、おねーさんとフロにゃんが普通の格好で歩き回って見た感じ、広い場所は結構埋まってるわねー」
「そうだったわね。後は狭いところとか。そこにしたって、下手すれば当日埋まりそうよ?」
藍那さんは軽く頬を膨らませて、フロレンスさんはいつも通り少しだけの笑みを浮かべて、現状についての報告をする。
「駅前の広場もダメでした……」
「確かに、駅周辺とその近辺はダメすね」
続いて♪ヒビキ♪さんとオリゼーさんも状況を伝える。
それを受け、今度はエルヴィンさんが腕を組む。
「いや、駅の方はいい。〈月光〉から遠いからな。それに、例のレイネシア嬢主催の食事会が“大使館”であるだろ? あれとバッティングさせるのはさすがにまずい」
「しかも、駅前はコーウェン家の名義で使用許可が為されています。これに干渉すると、いくら〈月光〉でも相応以上のペナルティを課せられます」
シエナさんの言葉に、エルヴィンさんは軽く顎を引く。
「……そうなんだよなぁ。『連中』は使えない、てぇかそもそも『格』が違うから何も出来ねぇ。むしろこの程度で使うには旨味がねぇからな。
まず、こっちの状況から考えると、〈月光〉から近いところ、ってなるわな。
俺達の展開に時間がかからず、また占拠しても大きな問題にならない、あるいはなりにくいこと。
次に祭りに大きな障害とならない、またはなりにくいことだ」
「導線を無視してはダメ。人の流れを阻害せず、でも足を止めてもらえるようなところ、ってなるね」
ユンさんの言葉に、エルヴィンさんは片眉を上げる事で答える。
「……そこ行くと、公園だとか広場だとか、その場で“完結”するような場所がベストなんだが……全然ねぇ。
いやそこでいうと現実のアキバだってそこまで景観よくねぇけどよ」
エルヴィンさんの愚痴に対し、ダッドリーさんが静かに口を開く。
「ならば、一つしかないだろう」
言うと、目の前に広げられたアキバの地図の一点に指を突きつける。
その箇所の重要性を認識する、俺と♪ヒビキ♪さん以外の全員がうめくように声を上げる。
『〈トランスポート・ゲート〉……』
確かに、今は起動していないから邪魔にもならないし、そしてその場で『完結』する。
だが。
「いくらなんでも、そこはまずいんじゃないですか?」
「逆に聞くが、ハル。何がまずい?」
問われ。
「だって、今は動いていないかもしれませんけど、何らかの偶然で動いてしまったら」
懸念を告げるが、エルヴィンさんは高笑いを上げる。
「ケケケ、そうなりゃ俺達の手柄にすればいい。
それに、〈トランスポート・ゲート〉は〈妖精の輪〉と違って、目的地はきちんと設定されている。“玄関開けたら二分で大神殿”とはならねぇさ」
玄関じゃない。
……そうかもしれないけど。あいや、現象としてね。でも、それでいいんだろうか?
「気にしなくていいわよ」
言ったのはイアハートさんだ。
「むしろ逆なのよ、ハルくん。
皆、〈トランスポート・ゲート〉に対して構えて考えているからこそ、手を触れにくいの。
こちらがやることを《円卓会議》に通知しておいて、それをしても稼働しないとなれば調査の幅は広がるわ。
逆に、その通知した内容をこなしている途中で〈トランスポート・ゲート〉が稼働すれば、それこそエルヴィンさんの言った通り私達の手柄よ」
丁寧に教えてくれたのは葉月さん。流石教師。たまには役立つ。
「あら、ハルくん。そんなこと評価なんて……〆るわよ?」
……こ、怖くなんてない!! だっていつも〆られてるから!!
「……♪ヒビキ♪さんの前で【検閲】するわよ?」
前言撤回。いつも素敵です。素晴らしいです。だからやめて!!
「では、便宜上の『試験』内容はわたしとキリーさんで、通知する文言はダッドリーさん、ガーフォードさんにお願いします。
ユンさんはシロエさんに連絡をお願いします」
よかった、話が元に……ではなく。
ギルマスであるイザヨイさんの許可が出たなら、こちらの総意として振る舞わなくてはならない。
でも、大丈夫なのかな……。
「良かったね、ハルくん。みんなから無視されてたわけじゃなくって」
……ゴメン♪ヒビキ♪さん、それすごく抉る一言。
「最悪、ハルの『伝手』も使おうか。“向こう”の方がシロエより遥かに使いやすい」
……うるさいよ。そして悪かったよ。
「それと、ハルくんの処遇は葉月さんに一任します」
「拝命致します、ギルマス」
なんで!?
なんでそこで許可出ちゃうの!?
え、それも総意なわけ!? 相違だよね!?
「……うまいこと考えたわね」
イアハートさんほどじゃないよ!!
Tips:
イアハートは笑えないギャグを言って、無理やり笑わせようとする。
無理しないで、笑っていいぞ?
――●――
『……なんでしょうかね、ユストゥスさん』
数日間、きちんと休んでいないような声が脳裏に響き、思わず苦笑する。
「お願いがあってね」
『……すみませんが、要件を端的に仰っていただけませんか?』
お願いの切り出しにすら文句を言うとは。
よほど余裕がないのか、少しばかり殺気立っているように感じる。
こちら、特に自分との会話を極力したくない、という態度もあるだろうが、一番の理由はただ単に休めていないことだろう。
(休まないといい仕事はできないよー)
だが、止むを得ないだろう。
〈記録の地平線〉は《円卓会議》の一席を預かるものの、総員八名の零細ギルドだ。
おまけに、《円卓会議》の厄介ごとは全て彼に降りかかっている。
彼以外の人員には情報の精査ができないためだ。加えて、彼自身の探究心もあって、なるべく情報を自分に集めるようにしているようだ。
ならば自分のところのことくらい他のメンバーに振ればいいではないか、と思うが、それもできない理由がある。
半分は経験不足の新人だし、にゃん太以外のメンバーであるアカツキと直継は脳筋だ。管理系業務はまずこなせない。
少人数、そして専科を持たないゆえの苦労は絶えないだろう。
とはいえ。
正直、誰にも振れないなんてくだらない、と思うが、それは人によりけりの考え方なのだろう。
(私にも、一人でなんでもできると思っていた時期がありました。
……童貞の時だがね!!)
文字通りではなく、それなりに経験を積んだ、という意味だ。
それだけではない。
育てる方でも、シロエよりも優位を得ている、という自負がある。
何しろ、ユストゥスは当時の新人に仕事を振りまくり、見事ユストゥスを“脅す”ほどに“成長”させた。
Tips:
ハルとユストゥス達
普段は共に行動し、事業を行うが実は静かな敵対関係にある。
若いからこそ、きちんと導けば成長はするのだ。
……方向性はともかくとして。
その点での優位は疑いようもない。だが事ここに至ってはそれをひけらかすことはマイナスだ。
だからと言って、むしろ下手に出過ぎないよう、注意する。
「〈月光〉で催しをしたくて」
『特定のギルドに優先権を与えることはできません』
余裕がない、というよりはこちらへは不信感しかない、というところなのだろう。まったく隠すことをしないで、苛立ちをあらわにしている。
正直、現在進行形でそれだけのことをしでかしているのだから、当然と言うよりない。
ユストゥス本人の考え、と明確に区切るが、彼にとっては《円卓会議》、特にシロエとクラスティは最終的な仮想敵であることを否定しない。
利害が明確に対立するなら、ユストゥスは自身の利益を追求する。
例え、このまま利益を追及し続ければこの世界から消え去る、と目の前で示されたとしても、だ。
ユストゥスにとって、世界は自分達だけで完結しているのだから。
明確な敵候補である、シロエの人物像の調査は終わっている。
(……清濁を飲み込めない程度の正義感を持つ。やや独善的、と言い換えてもいい。
それ自身は素晴らしい。この現代日本で、よくもまぁそんな人間に育ったものだ。いや、逆だね。そうでもしないと保てなかったんだろうね。
その点では、“夢想家”というか“革命家”、だね。
自分の盲信を他人に押し付けたがる。
歪過ぎるね、全く)
それとて舌打ちしない程度には、否、小躍りするくらいに予測通りだ。
『政治屋』でないならいくらでも崩せる。
否。
“革命家”を倒すのは、いつでも“同志”だ。外側で騒いでいればいずれ倒れる。
ユストゥスは内心で嗤う。
最早、何かをする段階でもない。
(気楽なものだ。これだから“黒幕”気取りはやめられない)
オーダー通り、端的に告げる。
「その場所、〈トランスポート・ゲート〉でやりたくてね」
ほんの少しだけ、間が空く。
次に来る言葉は、
『使用許可は出せません。
特にあなた方が動く、となるとややこしいですから』
予想通りだ。だからそのまま続ける。
「今はおとなしくしてるからいいじゃない? それに、いくつか実験するからさ」
だが、相手も経験を積んでいる。
『どの口で言ってます? 〈お酒のバッカス〉以下、いろいろとあるじゃないですか』
しかも、こちらと言葉を重ねるたびに苛立ちが増加しているようだ。
「当然だろう? 商売だし、ここには法律なんてものはない。それはキミが一番よく分かっているだろう?
だからこそ、付け狙われる」
相手が黙ったことを確認して、“本交渉”に入る。
「アキバはミナミからの敵意を向けられている。それに気が付いているかい?」
相手は黙る。
どうやら気が付いているようだ。それは当然として、こちらが知っているという事実に対し、そしてなぜ今それを口にしたのか、こちらの真意を推し量っているのだろう。
だから、“押して”やる。
こちらが、どんな立場にあるのかを。
「先日、私にも話が来た」
『……』
相手は黙っている。
「発想そのものは面白いと思ったよ。着眼点も、そう悪くない」
『……』
相手は黙っている。
「ただ、やはり思考の差異が大きい。
いや、そもそもの発想が時代遅れなんだけど、相手はそれでなんとかなると思っている。
この辺はやはりというべきか、“ゲームの設定”に即している」
『……』
相手は黙っている。
「というわけで、向こうが攻め方を教えてくれたから、こちら……正確には《円卓会議》の手の内を明かしておいたよ」
『何を、考えているんですか』
ついに我慢ができなくなったようだ。
先程までとは違う声色だが、感情は抑えている。それでも、ユストゥスには困惑が手に取るように分かる。
戸惑い、攻めあぐねているような感触。
まかり間違ってもシロエのことだ、こちらの考えは読めている。
手の内を明かす、ということは相手にそこ“だけ”を攻めさせる、ということだ。
ユストゥス好みの言い方に直せば、“そこしか見ないように仕向けた”、だろう。
そうすれば、攻められる側はそれに合わせた防衛策を講じることができる。
そう。
ユストゥスは敵に内通していると見せかけ、結果として《円卓会議》に多大な恩を売ろうとしているのだ。
だが、シロエにはユストゥスの戦略が見えていない。
選択肢をひとつにまで絞り込めていない。
攻め込んでこれない。
だから、ユストゥスは更に相手を混迷させる。
そのために、口を開く。