グラス 二杯目
――●――
〈月光〉、ギルドホール二階に設置されたリビング。
早朝にも関わらず、大きな机には既に何人かが座っている。
その中の一人、叩き起こされたギルマスのイザヨイは、早朝にも関わらず素っ頓狂な声を上げる。
「お客様が来るんですか!? こんな早くから!?」
「……いや、普通じゃないですかね?」
「“うち”もこのくらいだよね?」
久々に朝食に来ていたキルクノンとイヴォンヌが突っ込む。
Tips:
キルクノンとイヴォンヌ
元〈シルバーソード〉で、ユストゥス達の派閥に所属。
メアリの件で〈シルバーソード〉と袂を分かち、〈月光〉へ。
その後、《円卓会議》を『いわす』ために脱退し、独自のギルドを創設。
だが。
「俺と♪ヒビキ♪さんはいつもこの時間より前ですけど」
「ねー?」
空気を全く読まなくなった二人が口を挟む。
「お前ら相っ変わらず『仲』いいのな?
あーホント久しぶりに見たわー」
Tips:
ハルと♪ヒビキ♪は仲良し。
キルクノンの僻みにも近い言葉に対し、二人揃って首を傾げるのもお約束だ。
そんなやりとりを生暖かい目で眺めながら、ユストゥスはイザヨイへの返答をする。
「うーん、厳密にはお客じゃないかな? どちらかというと、厄介な御仁、かな?」
その言葉に、ほぼ全員の表情が変わる。
「待って、“従者”はお客様よ?」
「うぇへへへ……えへへへ……」
Tips:
葉月は真面目だが、反動でどエロス。しかも男女どちらもイケる。
中二男子が知ったら股間が爆発するレベル。
――●――
三者のリアクションがあまりにもあまりなので、
「……ふあぁ~……ぁふ、アレだ、ギルマス。
俺達がイズモ行った時やら何やらで出会った御仁がいてな。〈天秤祭〉合わせで来るんだと。
俺は要件を聞いてねぇが、恐らく宿屋がねぇから〈月光〉に泊まりたい、て話だろ?
ただその御仁のことだ、それ以外に何か厄介を抱えているような気がするぜ?」
大欠伸を披露しながら、エルヴィンが注釈を入れる。
「……その方って?」
そんな様子を気にした様子もなく、ハルが慎重そうに聞いてくる。
傍らの♪ヒビキ♪は興味津々といった表情をしており、その手はハルの肩に置かれている。
これで二人とも無自覚なのだからかなりの重傷なのか大物なのかだな、と思いつつ、エルヴィンはもう一度欠伸をする。
「……あふ。
その御仁ってぇのは西武蔵坊レオ丸殿って言ってな。このゲームはかなり長い。
オフ会の主催としてもそこそこ名が知られてる。いくつかのサークルを主催したり理事だの統括だのやってる……まぁ有名人、て奴だな?
で、俺はレオ丸殿が理事をしている、〈せ学会〉つー探究系のサークルに所属している。
……まぁ、どこかの誰かも、この方関連のどっかのサークルに所属しているんだが、触れると痛い目に会うんで割愛するぜ。
あとは……まぁ全員いるときに再度共有するが、ちょっとした要注意人物だ」
Tips:
頭が上がらない。信じたい。
葉月が震脚を踏み出したのを尻目に、キルクノンが口を開く。
「……ユン先輩と、どっちが危……要注意人物ですか?」
「……あれ? これ、実は褒められているようでけなされている?」
「うっせ。オマエなんざ誰も褒めねぇよ」
確実に後で危機になる物言いであるのだが、眠気で充満している状態のエルヴィンではそこまでの危機管理は働かなかったようだ。
適当に、適切な文言で纏める。
「ユンは自己完結するが、レオ丸殿は自分だけに留まらないからな。何しろ、ミナミやロマトリスの“立役者”だ。
……危険度、ってぇんだったら断然向こうが高いわな」
Tips:
そろそろ胡散臭くなってきた。
内容の割にあっさりとした言葉に、その場にいるほぼ全員が息を飲む。
だが、その言葉に対して、息を飲まなかった面々もいることを、エルヴィンは視界の端で捉える。
そのうちの二人、イアハートと、その胸元に顔を埋めて泣き真似をしていたユストゥスは顔を上げ、少しだけ呆れた表情をダッドリーに見せている。
そのダッドリーも似たような表情を浮かべているのに気付く。
こちらはそれ以外の感情も見えたが気にしないことにする。
基本、気にしたら負けだ。
「(私知らないからね? 本人、絶対ショック受けるからねその評価。特にエルヴィンからだと)」
「(やっぱりそうか。フォローしないからな?)」
二人の言葉に、眠気の所為でハイになっているエルヴィンはさも愉快そうに笑う。
「(ケケケ)」
そして。
「(いいんじゃない、こっちが楽しみなのはアマミYさんだけだし!! アレには辛酸嘗めさせられたから、そこらに吊るしておくわよ!! 坊主だけに!!)」
「うぇへへへ……えへへへ……」
Tips:
イアハートが楽しみなのはアマミYとの再会であり、様々な話がしたい。
そこにエロス思考はない。
ただし葉月は狙っている。
イアハートと葉月は通常運転なので気にしない。『先日』のことを根に持っているようだ。
そして、なぜかユストゥスはいたたまれないように俯く。
まるで、同じことを何度も聞いたかのように。
だが、気を取り直したかのように顔を上げると、イアハートの頬に軽く唇を付けて軽い破裂音をさせる。
「さ、さて。
……きっと迷子になっているだろうから、迎えに行くかな」
「ええ、行きましょ。あ、でも私ベッドの方がいいかも」
「ズルいですよ、私にもちゅーを!!
……あいえ、私は別にちゅーじゃなくていいです。フェ」
『もげろ』
「……少し、自重しようか」
少しだけ反省したユストゥスと浮足立つイアハート、そして葉月は階段の方へと向かい。
「……しゃあねぇ、俺もだな」
ことを招いたエルヴィンは眠気の残る頭を抱えて立ち上がる。
――□――
一方。
アキバの面々をぎょっとさせたり、邪魔そうな顔を向けられたりしながら。
〈獅子女〉に乗った男は、ユストゥスの予想通りに大絶賛迷子……いや、迷い人中だった。
「……アカン、雑多過ぎや……」
愚痴っぽい独白に対し、〈獅子女〉は何も言わない。
当然のように、襟元の〈吸血鬼妃〉も何も言わない。
(……そうか。分かった。
ワシの地位が相対的に下がってるんやな?)
先ほどもあれだけしつこく言われたのに、結果はこれだ。
(……アカン、泣きそう)
流石に凹む。
そんな折、『従者』達が何かに気付いたような反応を如実に示す。
〈獅子女〉は顔を左側に。
襟元の〈吸血鬼妃〉はなぜか実体化する。
そんな“彼女ら”に声がかかる。
「そこの道行く〈獅子女〉さん。
上のおっさん落っことしてウチでお休みしません? 〆たてピッチピチの生肉ありますよ?」
「……ご無沙汰しております、ユストゥス様。
心躍るご提案ゆえ、即座にも実行したい所存にて」
〈獅子女〉に歩み寄るのは狼牙族の〈盗剣士〉。
そして。
「アマミYさん!!」
「お久しぶりです!!」
「久しぶりでありんす!! イアハート!! 葉月!! 息災か!!」
〈吸血鬼妃〉に駆け寄るエルフの|〈施療神官()〉とハーフアルヴの〈召喚術師〉の二人。
あれだけ日中は調子が悪い、と嘯くのに、〈吸血鬼妃〉は陽の光を意に介していないような満面の笑みを浮かべている。
それらの光景を見ながら、
「……誰もワシに声かけへんのな」
一人マジに泣きそうになるレオ丸に対し。
「……お久しぶりです、レオ丸殿。
東海道を東進なされた以外にも、様々なところを巡られたと伺っています。
長旅、お疲れ様でした。我々〈月光〉はレオ丸殿を歓迎します。どうぞゆっくり、旅の疲れを癒して下さい」
エルヴィンが真摯な態度でレオ丸に声を掛ける。
Tips:
頭が上がらない。よかった証明完了。
その態度に、さしものレオ丸も感じ入るものがあり、素直に頭を下げる。
「……おおきに、エルヴィン君。ワシは今、人の温かみに涙しそうや……」
だが。
「さて。
麗しいお嬢様がたと、ついでに人生に迷っていそうなおっさんも回収したし、ギルドホールに向かいますか」
ユストゥスの言葉に対して、下げた頭が上がらない。
決して、良心の呵責に苛まれたわけではない。
「……アカンわ、エルヴィン君。ワシは今、人の冷たさに涙しそうや……」
……それ以前に、太陽が眩しいからだろう。
「……いずれ慣れますよ」
いろいろとあきらめた表情のエルヴィンは、レオ丸にそう返すことしか出来なかった。
――□――
揚々と歩くアヤカOとユストゥス。
談笑するイアハート、葉月とアマミY。
そしてエルヴィンと彼の肩に掴まり、泣き崩れたレオ丸がたどり着いたのは、生産系ギルド街の裏手、五階建ての廃墟だ。
その前で待っていたのは、
「ようこそいらっしゃいました、西武蔵坊レオ丸さん。
わたしが〈月光〉のギルマス、イザヨイです」
落ち着いた、芯の通っていそうな狼牙族の女性〈暗殺者〉。
Tips:
誰もが忘れているけど、〈月光〉のギルマスはイザヨイ。テストに出ますよ?
それと、
「は、初めまして。
サブマスターのハルと言います」
やや緊張した様子の真面目そうな年若い狼牙族の男性〈盗剣士〉。
そして、
「お初にお目にかかります。ダッドリーと申します、レオ丸殿」
大柄で色黒の、人間の男性〈守護戦士〉だ。
そして。
その後ろから、
「……太陽がまぶしいすね……」
白ゴスのところどころを黒やら茶色で汚した見目美しい、だがえらくアルコール臭く、声の低い女性と、
「……あれ☆ まだ深夜54時だと思うんだけど……」
エプロンのところどころを焦がし、えらく焦げ臭いドワーフの少女が現れる。
思わず突っ込む。
「いつからセルデシア標準時は、ゾウの時間になったんや? 警視庁に後30時間も働かすんかい!?」
そのツッコミに、うっすらとしか開いていない目をこちらに向ける二人。
「……葵さん、あの肉食系で僧職系男子、知ってます?
……“せいぶくらぼうれおまる”、だそうす」
Tips:
ロマトリスでの邂逅の際、龍之介が『西・武蔵坊』を『西武・蔵坊』と読んだ。
「……あはは☆ 知らないねぇ……黒幕になりきれない小悪党なんて☆
ちなみにボクは学生時代、ソフトボールやってたんだよ……」
完全に意識が飛んでいても『本質』を見抜く二人に、少しだけ恐怖を覚える。
「オリゼーくん、それは二度ネタ。それと葵、お前はどこの『 』の片割れだ。
二人とも寝るように。これからが忙しいんだから」
Tips:
『 』
「絶ッ~~~~~対に負けんのだぁーーーッ!!」が口癖(嘘)の兄妹。
でも最近負けた。
『は~い……』
「……オリゼーくん、一緒に寝る?」
「……そっすね、ユンさんとこで寝ます……全裸で!! しかも仰向け!!」
Tips:
オリゼーは女装男子。そりゃもう『立派』な。
なぜかユストゥス(のとあるパーツ)を付け狙う。
「来るな」
「……そーだねぇ……新しい“川の字”?
やだ、私真ん」
『来るな!!』
ところどころ食い違う二人はのろのろと、そのままおとなしく引っ込む。
「……何なん、あん二人……」
レオ丸は恐る恐る話の通じる、エルヴィンに聞く。
「出迎えの人間じゃないですからね、念のため。
ちなみにウチの稼ぎ頭です。あの二人とも、今までで金貨500万枚は稼いでますよ」
エルヴィンはあっさりと口にすると、
「ちなみにユンがその次の次くらいですね。それでも金貨100万枚いくかどうかなので、あの二人に比べれば大したことないですよ」
これまた簡単に金額を口にする。
そして、名指しされたユストゥスも、
「私は皆の協力あってこそ、ですからね。大したことないですよ」
本当にそう思っているような口ぶりで話したため。
「………………きゅう」
レオ丸はその場でぶっ倒れた。
――●――
「また古臭い擬音付きでぶっ倒れたな。
……しょうがない。イザヨイ、お客用の部屋って掃除してある?」
「ええ」
「いつもありがとう。
アマミYさん、アヤカOさんもそちらでいいですか? 後で何か食べ物差し入れますね。
それと……この様子じゃ今すぐ、というわけには行きませんね。夜にでもウチの面々紹介しますね」
「あい、お世話になりんす。
それと…………欲を言えば血が」
「恐悦至極。
…………差し支えなければ生肉を頂きたく」
「承知しました。後程差し入れます。
……ハル、♪ヒビキ♪。食事の後でいいから肉屋で生きた鶏三羽買ってきて。“壺抜き”の予行演習やろう。
それと、今度はくれぐれも落ちてるおっさん拾ってくるなよ?」
ユストゥスの言葉に。
年若い二人は顔を一気に赤に染めて、ただただ頭を縦に振るだけだった。
Tips:
ハルと♪ヒビキ♪は肉屋への道すがら、半死半生のウォードを拾った。
――◆――
アサカに住んでいる、トモエさんをはじめとした人達、そして〈大地人〉の方々も合流して、久しぶりに〈月光〉のメンバーが全員揃った。
Tips:
〈月光〉の人員の約半分はアキバに、残り半分はアサカに在住。
ちなみにギルド会館の各種サービスは全く使用していない。
物資も金貨も売るほどある。
そこにキルクノンさん、イヴォンヌさんも加わっての朝食は久しぶりだ。
特に、さっき仮眠から起きてきたユンさん達はアサカから出てこないし、先日まではソノハラに逗留していたから顔を合わせるのも本当に久しぶりだ。
……まぁ、対して変化はない。ないのだけど……“ああいうこと”があった後だというのに、意外とけろり、としているので心配はする。
「はー、朝っぱらからゲーゲーやったからお腹空いたね」
……前言撤回。
こーゆー人だった。
もうちょっとこう……慎みとか気遣いとか、そういうものがあってもバチは当たらないと思うんだけど。
……気を取り直して、ぐるり、と食卓を見回す。
ここ最近は誰かしらいない、という状況が続いていたので、俺も♪ヒビキ♪さんもつい力が入ってしまった。
……だからこそ、少し反省する。
その内容を、ユンさんが苦笑交じりに口にする。
「……ちょっと多くないかな?」
ユンさんの仰る通り、いつもの倍近く作ってしまった。
今はそこまで人数がいないので、ちょっとというかかなり余るかもしれない。
正直、食をバカにするようなことをした時のユンさんはもはや怖いとか、そういうレベルではない。
フラットな声色だったので、素直に謝る。
「その……すみません」
「ごめんなさい、久しぶりに皆さんいるので頑張っちゃいました」
だが、ユンさんは笑いながら手をひらひらと振る。
「いいって。今日あたり皆こっち来るだろうから。というか、陛下が召し上がるから問題ないかも?」
「余を充てにするな。だが確かに、ハルの料理は久方ぶりじゃな。楽しみじゃ」
……食べる気満々だよね、その物言いだと。
……あと、なんでシャンプーハットかぶっているんだろう? 部族の長のつもりなのかな? というかドコの?
俺以外の誰かの注意してもらいたいんだけど、俺以上の常識を持つのは銀薙さんと♪ヒビキ♪さんしかいないから無理だろう。
「……毎回思うんですけど、わたしの」
「にしても、♪ヒビキ♪は随分と料理うまくなったよね。最初の頃の卵焼き乱舞は胸やけしそうになったよ」
「たはは……アタシお菓子しか作ったことなかったですから。それに、当時は卵が貴重品だって知らなくて……ガーフォードさんからの請求書見て、思わず言葉失いましたよ……」
あ、イザヨイさん拗ねた。あの人も随分と面倒くさくなったよな。
「ハルもずいぶんと上達したし、いろいろ作れるようになってるしな」
「おいしいごはんて、いいよねー。『うち』の子もできるにはできるんだけど、ハルには劣るしなー」
久々に〈月光〉に来たキルクノンさんとイヴォンヌさんも褒めてくれる。
……なかなかに照れる。
「……では、す」
『いただきます』
……こと挨拶に関して、銀薙さんは学ぶことをしないので少し困る。
普段は素晴らしい先輩なのに。露骨にエロくないし、理知的だし常識的だし。
なのになぜか挨拶だけはマイペース過ぎる。
ちなみに。
……余らなかった。いつもの倍近い量だったのに。