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剣呑天秤祭 ザ・アキバ・タイブレイク  作者: オヒョウ【検閲済】
62/66

ジョッキ 四十杯目

 ――□――


 エルヴィンは死んだ魚のような目をしたままで口を開く。

「……ちょっーと厄介事が起きてまして」

 あっさりと問題が起きていることを認める。


 この事実に、むしろレオ丸が驚きを隠せない。

(あっさりと認めよった。なんやろな?)

 友情だのなんだのという部分での共有、というわけではなさそうだ。

 それに、レオ丸としてはエルヴィンにはリアクションを期待していたのだ。


 肯定にしろ、否定にしろ、起きていることに対して隠したいことがあるならそれなりのリアクションをするのが人間だ。

 確かに、エルヴィンはその辺の機微がないに等しい、つまり腹芸のできない笊の人材だ。

 対人関係より、自身で考えることに没頭してきたからだろう。

 事実、それだけの実力を備えた逸材だ。

 だからこそ、レオ丸としては信頼に値する人物だ。

 同時、情報源とできる人物だと考えていた。


 実際、このように今、彼らの想定していない、あるいは想定はしていてもうまく機能していないことは分かった。

 だが。

(……いかん。それで終わったらこれ以上聞けへん)

 先ほど、想定外の面倒が起きているのか、と聞いた。

 その答えとして、『Yes』と言われてしまった。

 否。


 応対の下手なエルヴィンには、明確な返答を求めていなかったのだ。


 そこで濁すような言葉があれば、それを起点として散々いじり倒し、その上で現状を聞き出すことができた。

 だが、あっさりと『Yes』と言われてしまえば、それ以上追及できない。

 正確には、追及はできる。

 だが、今度はエルヴィンがそのことに違和感を覚えるだろう。

 それはまずい。


 エルヴィンは相手のパターンを読み、それに合わせた応対をすることができる。

 状況判断とそこからの考察、そして論理的結論の導出の早さ、決断の速さが彼の最大の強みだ。

 常に変動する戦場を相手にしていることを理解し、自分の持つ知識から現状使える施策を繋ぎ合わせることが彼の持ち味なのだ。

 その事実に、内心で焦りを得る。

(マズいで。昨日かなり話し込んだから、こっちの思考はだいぶ読まれとるやろな)


 こちらの思考パターンは既に、彼が周知しているということだ。


 つまり、こちらが追求しようものなら、エルヴィンから逆に「なぜそこまで気になるのか」追及される。

 違和感に気付いていることを匂わせれば最後、エルヴィンだけでなく仕掛け人のユストゥスにまで伝わる。

 それはまずい。

(……ん?)

 否。

 ユストゥスには既に様々なことを知られ、そして既に警戒されている。

 ならば、今更エルヴィンに知られても構わないのではないか?

(いや、そ-やない)

 あくまで、ユストゥスに知られているのは企んでいることだけだ。

 今行われていることが滞り気味であることに気付いていることを伝えれば。


 顔をちらり、と同席者に向けると、目が合う。

「?」

 だが、それだけだ。

 そのことに安心する。


 自分の好奇心だけで、エンクルマを巻き込むわけには行かない。


 正確には既に巻き込まれてはいるが、自分が巻き込んではない。セーフ。

 ヘルメ……サツキ達のように、結界のシステムに組み込まれているわけではない。

 となれば、下手をすれば実力で排除される可能性がある。

 彼が実力で後れを取るとは思っていない。

 だが、

(質と数やったら、数の勝ちや。そこはどーやっても覆らん)

 当然の理解と、それに伴う諦めくらいはある。

 そして、この場にいる連中は数だけでなく、質もまた揃っていることも理解している。

 厄介なのは、自分達が暴力に長けていることを熟知しているだけでなく、

オツムも優れておることを理解していることや)

 内心で歯噛みする。

 気付いたのだ。

(いかん、動けへん)

 二つの意味でだ。


 ひとつは、席の問題だ。

 ちょうど会場の真ん中あたりに位置する場所であるこの席だと、どこからでも動きを確認できるのだ。

 しかも、

(“ステージ”は高所にあるから、こっちをすぐに確認できる)

 300名以上収容できる会場だから、と思ったのだが、周りの四人席は埋まっているのに真ん中近くだけ二人で座っているのは非常に目立つ。

 加えて、こちらのことを知らず、〈冒険者〉の様にステータス確認できない〈大地人〉であっても、真ん中付近の男二人の席、と言われればどこかすぐ理解できるため、監視も容易だ。

 お手洗いに動いたとしても、ほぼ全員の視線に晒されるだろう。

(なんやねんその羞恥プレイ)


 もうひとつはエンクルマの存在だ。


 先の通り、彼らは暴力でも知能でも相手に干渉できるが、レオ丸に対してはそこまで露骨な行動制限などはなかった。

 ふと、昨日突剣(レイピア)を突きつけられて首下に短刀を突き付けられたことは……とりあえず記憶の片隅に置いておくが、今回の話題とはやや趣が違う。

 急な訪問にも関わらず、それなりに手厚くもてなされているし、何より飯がうまい。

 恐らく、古参であるエルヴィンの知己であること、そしてフィクサー気取りのユストゥスが礼節を尽くしているから、他の面々もそれに倣っているのだろう、と考えている。

 ……ユストゥスの嫁二人は相変わらずの平常運転だが、それは今後旦那を通して注意してもらうとして。

 それに、何かあったとしてもソロ気質のレオ丸はなりふり構わず逃げに徹すれば危機を脱することができる。


 だが、〈黒剣騎士団〉という組織に所属するエンクルマはそうもいかない。

 組織にいる以上は逃げられない、とそこまで考え。

(違う。それはワシの事情であって、彼らの事情とは異なる)

 自分の思い違いに、頭を軽く振る。

 そう。

(何かあった時に、ワシを逃さない(・・・・)ようにするためか)


 そう思い至ったのは、彼らの置かれている状況の理解があったからこそだ。

 〈敵対ギルド〉のトップランカーである〈月光キアーロ・ディ・ルナ〉であっても、《円卓会議》を構成する〈黒剣騎士団〉とことを構えるには入念な準備が必要だろう。

 このお祭りのためにギルドの総力を挙げていることは先日の朝食の時に知り得た。準備はできていない以上、確実に仕掛けることはない。


 ユストゥスやエルヴィンの性格として、基本的には物事には正攻法で当たる。

 ユストゥスは勝てる戦いでは策を弄せず力でねじ伏せ、工夫しなければならない場合はとにかく策しか使わない。勝つことだけを考える、巧者の思考だ。

 エルヴィンの場合は奇を衒っていることが多く散見されるが、それとて奇襲としてはセオリー通りでまっとうなのだからややこしい。


 というよりは、ことを構える前に終わらせているはずだ、とレオ丸は思う。

 終わっていない、ということは始めてもいない。

(歯牙にかけとらん、とも取れるなぁ)

 ならば、自分の使いどころと言えば。


(何かあった時はワシを人質として、エンちゃんに活路を開かせるつもりやな?)


 その逆もまたあるだろう。

 今回、エンクルマの縁者もいるため、レオ丸が何かしたら彼女達を楯にすれば、エンクルマは動けない。

 彼らにしてみれば、全ての参加者が人質とできるのだ。

 こんなにおいしいことはない。


 だが。

 レオ丸はその思考を即座に否定する。

(……らしくないなぁ。こんなセンスの欠片もない力技、誰でも思いつくで?)

 むしろ、あまりにも短絡的過ぎて、今の今まで考え付かなかったくらいなのだ。

 それに、それはユストゥスらしくない。


 人質は自身が人質であることを自覚しないように扱い、最後まで気付かせないようにするのが最良であり、それこそ“悪役の矜持”というものだ。

 その筋の演出をやらせたらアキバでも五本の指に入るだろう本物の悪役(ユストゥス)が、矜持も何もない企みを講じるだろうか?

 世界を手玉に取れる《道化師(トリックスター)》が、そんな狭い了見でいるだろうか?

(否、断じて否やな)

 レオ丸はお手拭きで手を拭い、腕を組む。


 袋小路に陥ったため、考えをフラットに戻す。

 何かが見えていない。それに気付いたからだ。

(監視下に置かれとるのは事実や。エンちゃん達を利用しているのもまた事実。ワシらが動かないようにしとるのもこれまた事実。人質っぽいような、そうでないような感じなんも事実やな。

 ……それで彼らは何を得るんや?

 何もない、てことはないで。ユストゥス君は経営者やーゆーとったし、経営者が慈善事業に走ったらそれは事業の終わりか、新しいろくでもない何かの始まりやからな。


 この契約の詳細? この結界の仕組み?

 そんなもんはできた時点で半分は終わっとる。あとは契約文言の確認くらいしかすることあらへんやろから、ワシがどうこう出来ることやあらへんし。


 このイベントの収益?

 これは……どうなんやろ? ワシが動くと明確に減るんか? そないなことあらへんやろ。酒頼んでへんし、そもそもワシのお会計はタダなんやから。

 これもおかしいといえばおかしいんやけど、結構儲かってるとは聞いとるし、言-てもタダにすとるんは10人かそこらやろ? 誤差、てぇ訳やないが、そこまでの額ではないしなぁ。


 あー……なんやろなー。

 あんだけ露骨に嫌ーな顔しとったんやし、絶対に何か仕掛けとるはずなんや。

 なんもない、なんてことはあらへんはずや……と断定だけは出来るんやけど、その論より証拠の論だけあって証拠がいったいどこにあるんやら……)


 レオ丸は、考えては手元の料理を口に運び、運んでは考える。

 すると当然、料理は減り、

「お、お待たせしました、ローストチキンです」

 危なっかしい手つきでエルヴィンが新たな料理を運んでくる。

 すると、つい、

「お? おお、すまんなおおきに」

 その手つきを危ぶみ、つい手を出してしまう。

 皮目からアツアツの脂が滲んでいるローストチキンを受け取り。

 そこで、気付く。


(ま、まさか……ワシに給仕のできないエルヴィン君を押し付けるためってかっ!?)


 Tips:

  それは考え過ぎです。


 こちらを信用して様々な機密情報も共有してもらった相手だ。

 こちらとしては、ほんの少しの打算はあっても、これからもいい付き合いをしたいと思っている相手だ。

 決して蔑ろにはしない、と先ほど決意した手前、覆すわけには行かない。


(エルヴィン君がここにいるのは、そういうことか。

 顔見知り相手やったら粗相しても『手屁☆』で済ませる気なんやな!?

 なるほろなるほろ、物的証拠は目の前にありました!ってことでオッケーっやな、コンチクショーめが!

 いやはやこいつはなんとも脚下照顧、灯台モトクラシーやねぇ)


 Tips:

  だから考え過ぎです。


 レオ丸は〈月光キアーロ・ディ・ルナ〉の、正確にはユストゥスの精神攻撃(嫌がらせ)に戦慄する。

 だが同時、

(なかなかに手の込んだコスイ策を弄するやないか、ユストゥス君よ!

 しかーし、策士策に溺れて僕ドザエモンってのは歴史を顧みりゃ幾らでも例はあるさかいな。

 啄木鳥戦法だだスベリの第四次川中島の戦いしかり、泣いて馬謖を首ちょんぱの街亭の戦いしかり。

 ふ、ふふふ……やったろうやないかい!!

 ワシが、我が友の汚名を雪いだるわい!!)

 新たな決意をするに至る。

「あ、あのレオ丸殿……?」

「エエんやで、エルヴィン君。自分の名誉はワシが守ったるさかい」


 Tips:

  いやだから……まぁいいか。


 こうして。

 レオ丸はユストゥスの姦計|(?)に自ら飛び込むという、例によって例の如くの“地雷原鼻歌スキップ”を敢行するのだった。


 ――●――


 鼻息の荒いレオ丸に対し。

 エルヴィンは死んだ魚の目のまま、その様子からレオ丸の考えを推測し。

 胸中でつぶやく。


(……いや、ユンの野郎は何も考えてないんですよ、法師。

 そうやって深読みさせて動かないようにするのが本当の策なんだから)


 何かやっていることを認めつつ、分かりやすく悔しがって見せて、それでも積極的に干渉していないのも。

 ソロプレイヤーであり、自身一人で意思決定を行う必要があり、そして好奇心の塊、知識の虫であるレオ丸に深読みさせるための方策なのだ。


 ――●――


「レオ丸さんは確実に気付いているね。癪なことに。

 それ自体は……癪だけどまぁいい。ああクソ癪!! よりによって!!


 ……あの方が動くのは別に構わないんだけど、問題は彼が動くことで関連を持つ他の人達も動くことだ。

 ひとりふたりなら行動予測は簡単だけど、そこから余計な関連が動き出すと非常に厄介だ。

 彼の交友関係の広さと深さは決して侮れないし、どこに繋がっているかも分からない。

 バタフライ効果だの、風が吹いたら桶屋が儲かる事象は私達にとっては回避不可能な潜在的課題だ。


 レオ丸さんの存在は蝶かもしれないけど、その羽ばたきは看過できない、顕在化した課題に該当する。


 分からないことだらけで戦うのは私の主義主張に反する。

 戦うなら、戦う前から勝っていなくてはならない。

 戦わずに済むなら何でもする。


 だったら、中途半端に隙を見せて、自分の脳内って思考の檻に閉じ込めよう♪」


 底意地の悪い笑顔で言い放つユストゥスに対し。

「……任せた」

 渋い顔でこちらに全権委任したのはダッドリーだ。

 文句を言おうにも、それが最適であることを理解している。

 だが、言っておかなくてはならない。

「俺、飲食店の経験ないんだが」

「大丈夫。言われた通りに動けばいいから」

「いや俺、クレーム対応はご褒美なんだが」

「大丈夫。何か言われたら頭下げればいいから」

「……俺、あまり器用じゃないんだが」

「大丈夫。お皿割ったら志津香から怒られるだけだから」

 最後は完全にご褒美なので納得する。


 ――●――


 そして、今に至る。

 レオ丸が完全に自分の世界に沈み込んでいることに、多少の満足はある。

 思った以上にうまく進んでいることに、エルヴィンはやはり死んだ魚の目のまま、胸中でつぶやく。


(なかなか皿って割れねぇもんだな……)

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