ジョッキ 三十八杯目
ユストゥスは単調な動きで回避し続ける。
傍から見れば事務的な動き、あるいは手詰まりで次を仕込むために、回避しながら思考しているように思えるだろう。
実際、今のこの状態は手詰まりなのだ。
本来であれば攻撃的オプションである〈天割右翼〉と〈地裂左翼〉すら防御的に使っていたほどなのだ。
どちらにでも使える適性の高さは評価すべき点だが、今この場においては打開のために攻撃的に使いたい、というのが本音だ。
だが、出来ない以上は高望みしない。
身の丈にあった行動こそ、状況を打開できる。
とはいえ。
徹底した遠距離攻撃の前に、〈偽王の財宝〉で対応しようにも先の攻撃で手持ちの武器は全て使い果たしてしまった。
攻撃手段は拾って口に咥えた苦無しかない。
そこでふと、思った事がある。
(……苦無しくぁない)
口に咥えているのできちんと発音できない、ということも込みで思ってみたのだが……非常にしょうもない。
嫁の影響もあっての所業だ。
素直に反省する。
――●――
「今誰かがすごく面白いことを思った気がするわ!! 思いだけに!!」
「(……どういうことだ?)」
「(何に何がかかっているんですか?)」
「(……きっとセージュンが余計なことを考えて、イアハートが受信したんだろう。で、思いが通じているだけに重い、と。
あるいは思い過ごし、『想いが過ぎた』から、か?)」
『(あー?
………………言われても分からない)』
「あら皆どうしたの?
緊張をほぐすためのジョークなんだから、我慢しないで笑っていいわよ?」
『……あ、はい……』
「あいやダメね、声出したらバレちゃうから、こっそりね?」
『……あ、はい……』
――●――
余計な雑音が届いたような気がするが、気の所為だと割り切る。
気にしたら、負けだ。
気を取り直し、それでも単調に避け続ける。
ただし、胸中は焦りでいっぱいだ。
(くそ、もう時間がない!!
だってのに、全然喰い付く素振りすらない!! ……ってのはこっちの都合か。
にしても、ちょっとは興味持とうよ!! 人としてダメじゃね!!)
勝手な言い草だが、ユストゥスが〈狼王〉でいられる時間は、もはや30秒を切っている。
その間に、何とかして近付いてもらわないと勝算が薄れる。
――■――
違和感を拭えないまま、こちらからの単調な攻めと、向こうの単調な回避が続く。
だが、痺れを切らしたのは、
「埒が明かない!! 出るぞ!!」
攻め手である、こちら方だった。
待て、と言いたかったが、待ってどうなるものでもない。第一、待たせても明確な攻め方がない。
ならば。
膠着を打開するなら、まだオプションが多数残っているこちらが動いた方がやりやすい。
相手に打開策がないのなら、こちらが攻めやすくなる。
言葉の通り、前衛である〈守護戦士〉二人が前に出る。
それに合わせ、本命の一撃を担う二人もじわじわと前に進む。
――●――
当然、その声は聞こえていた。
そして、ユストゥスは内心でほくそ笑む。
(予測通り、っと!!)
だが、それでも単調に回避を続ける。
もう少し引き付けなくてはならないためだ。
――■――
前に出ることには問題ない。
むしろ、こちらの攻撃オプションが増え、それだけ有利に働く。
だが、〈狼王〉が何かを企んでいるとしか思えない以上、その接近は最小限にしなくてはならない。
「あまり出過ぎるな!!」
「分かってる!! それよりもっと密度上げてくれ!!」
前衛の要請に、遠距離攻撃班は矢を更に番え、魔法職は無遠慮に牽制となる魔法を放つ。
その分、〈狼王〉の回避速度は上がるが、
(……回避がパターン化したな)
森の小道に釘付けしたことで回避できるスペースが減ったために、避ける動きも画一化せざるを得なくなったためだ。
ならば。
彼我の戦力を比較して、攻勢に出るタイミングを計る。
(こちらの矢もMPも限界が近い)
実のところ、“空中回廊”を形成するのは相当のリソースを必要とする。
魔法攻撃のためのMPは当然として、相手を特定の場所へと誘導するためには間断ない矢衾の形成が必要となる。
先に一回仕掛けているため、双方ともに尽きかけているのが現状だ。
だからといって攻め急ぐのはまずい。
恐らく、それを待ち構えているのだろう、とまで邪推する。
そのためにも、仕掛け時を見極めたい。
だが。
相変わらず、ユストゥスの動きは速い。
速いだけだ。
パターンに入ったことを確認できたなら、
(……仕掛けるなら、今だな)
決断を下す。
「よし!! 狙い放て!!」
こちらの声に、本命の一撃を放つ二人が足元の槍に手を伸ばす。
――●――
「よし!! 狙い放て!!」
その言葉に、ユストゥスは咥えていた苦無を吐き捨て、思い切り地面を斜めに蹴り飛ばす。
上へと。
残像すら浮かべるような脚力を持つユストゥスが、思い切り地面を蹴り飛ばせばどうなるか。
物理法則を無視したかのような、とんでもないジャンプを生み出すことができることは想像に難くない。
とはいえ、空を飛べるわけではないので、限界はある。
だが、これだけ木々に囲まれていれば、足場はいくらでもある。
逃げ道がないと思わせ、そして狭い場所で回避を単調にしたのはこのためだ。
人間は見たい現実を見たがる。
相手は、こちらが追い込まれたと錯覚したに違いない。だからこそ、分かりやすく本命へと攻撃命令を下したのだ。
それは正しい。
ただ、読み合いという観点で言えば、ユストゥスの方が一枚上手だっただけだ。
体を飛ばした先にある、やや細めの幹へと足を付けると、次には思い切り蹴り飛ばす。
思い切り蹴り飛ばしたため、みしり、と湿った破砕音がするが、気にしない。
次の次に足場にしなければいいだけの話だ。
そのまま水平に体を飛ばしながら、体を半回転させて向こう側の幹に着地する。
やはりその幹を蹴り飛ばし、再度幹に着地するや、再度蹴飛ばす。
それを数度繰り返した後。
今度は地上目がけて蹴り飛ばす。
やはり体を半回転させ、足から着地できるようにする。
ただし、今回の着地場所は地面ではない。
前衛役の一人の頭上だ。
生木を蹴り折るだけの脚力で、構えも何もない人間の上に落ちればどうなるか。
――■――
「げぅ」
前衛の〈守護戦士〉は妙な声を上げて、落ちてきた〈狼王〉に文字通り、踏みつぶされる。
相応の速度を保った質量が降ってきたのだ。
いくら前衛の〈守護戦士〉であっても、たまらず地面に叩きつけられる。
対する〈狼王〉はきれいに着地して見せ、そのついでとばかりに、地面に寝転がった〈守護戦士〉の首を踏みつぶす。
そこまで、ほぼ一連の動きだ。
気付く。
〈狼王〉が狙っていたのは、逃げ切ることではなく防御に徹していたこちらを切り崩すことだったのだ。
城壁となる〈守護戦士〉の一枚が斃れ。
しかし、誰も反応できないまま。
それでも、〈狼王〉は動きを止めない。
着地した〈狼王〉は、本命の一撃を放つために長槍を構えていた〈武士〉のわき腹に、無造作に蹴りを入れる。
「ご?」
こちらも妙な声を上げ、体をくの字に折り曲げる。
そのまま横倒しになった〈武士〉は背骨が折れたらしく、下半身の制御が利かなくなったために股間がじわじわと濡れ、同時に有機臭が漂う。
だが。
そこで我に返ったのか、もう一人が槍を捨てて〈狼王〉へと襲い掛かる。
長すぎて取り回しの利きにくい槍より、自身の使い慣れた剣の方が有利だと思ったのだろう。
その判断は早計だった。
遠距離ならともかく、近接戦闘では〈狼王〉に分がある。
腰の長剣を抜き放つ前に。
〈狼王〉は〈武士〉の首を小脇に抱え、その後ろに立っていた。
「じょうじ」
その首を投げ捨てながら、次の相手に狙いを定める。
その視線の先には、ふくよかな胸をした女性〈妖術師〉がいる。
その顔には恐怖しか浮かんでおらず、既にどう対応しよう、とも考えられていないような状態だ。
へたり込み、股間を濡らす準備が整ってしまっている。
戦闘系として慣らしたとは思えないような有様だ。
それを止むを得ないと捉えるか、情けないと捉えるかは〈狼王〉に相対しなければ評価できない。
だから。
「やらせない!!」
猫人族の〈暗殺者〉は、放棄された長槍に手を伸ばし、地面に石突を突き立て。
穂先を彼女の前に置く。
こうすれば。
甘かった。
「がっ!?」
構えていた左腕も、そして長槍もへし折られ。
「あっ!!」
次の瞬間には、短い悲鳴と共に、彼女の胸に左手が付き込まれている姿を確認した。
その手に縋るように腕を絡める彼女の目には、涙が浮かんでいる。
嫌がるように、それでも〈狼王〉の左腕をかき抱く動きを見せる彼女に対し、〈狼王〉の表情は全く変化がない。
揉まれて嫌がっているのではない。いくらなんでも、戦闘中に女性の胸を揉むとかないだろう。
Tips:
常識に囚われるようではまだまだだな。
何しろ、彼女の背中には、見たことのない赤い突起が生えていた。
それはまるで、〈狼王〉の左手の先端部分のように見えた。
実際、その通りだろう。
圧倒的な戦闘力を目の当たりにして。
だが、まだ終わらない。
終わらせない。
へし折られた長槍の穂先は、まだ空中にある。
それを、無傷な右手で掴むと。
体に引き付け、右の腰だめに構えて、
「往生せいやぁ!!」
体ごと〈狼王〉へとぶつかっていく。
――●――
「往生せいやぁ!!」
後ろから掛けられた、往年のヤ○ザ映画の台詞を聞いて。
ユストゥスは腰だめに刃物を構えているんだろうな、と推測する。
一番避けにくい攻撃を仕掛けてくる猫人族だったが、
(そりゃ相手が同じ人間ならね?)
まだ数歩後ろにいることを匂いで確認してから。
後ろを向いたまま、地面を蹴り飛ばし、その体当たりの軌道上から逃れる。
空中に逃げてから、時間いっぱいまで逃げることにしたのだ。
何しろ、残された時間は数える程度だ。
戦闘状態のままで時間制限を迎えるより、多少余裕を残してタイムアップを迎える方がいいに決まっている。
――■――
やられた。
率直に思う。
見ればわかるくらい単調な回避は、こちらの意識を引くためだった。
〈狼王〉は平面での回避を固持したことで、それ以上の行動ができない、と思ってしまった。
恐らく、自分だけではなく、周りの仲間も同様に捉え、考え。
その隙に付け込まれた。
仲間に左手をぶち込んだ〈狼王〉が手を振りつつ、大きく地面を取り飛ばすのを見る。
その背中は、当然の様に遠ざかる。
あと数歩というところだが、今までの速度からすれば、当然間に合わない。
こちらが届いた頃には、〈狼王〉は手の届かないところに逃げてしまう。
またしても。
あと一歩。
目前で敵を逃す。
逃してしまう。
悔しいとか、そんな程度の低い感情はなかった。
ただ、自分と、仲間がベストを尽くせなかったことに憤る。
(徹頭徹尾、投擲であれば負ける気はしないんだがな……)
そこで、ふと。
自分のビルドを思い出す。
残念を思った通り、これまで自身が投擲ビルドでやってきたことを忘れていた。
だが、手にあるのは折れた長槍の穂先のみだ。
お世辞にも、投擲武器とは言い難い。
だが。
なぜか数年前に話題となったドラマの主人公の台詞と、その日本人離れした濃い顔が浮かぶ。
(……なぜベストを尽くさないのか!?)
Tips:
「うるさい上田。風呂に入ってろ平ったい民族の癖に濃い顔め」
腰だめに構えた長槍の穂先を確かめる。
軽くはない。
先端側がやや重く、バランスはプルムバタに近い。
手で弄びながら、思う。
(……これなら、何とかなるかもしれない)
右手だけで、折れた柄の部分を握るように持ち、
(宙に浮いたとなれば、軌道は読める)
偏差射撃などしたことはないが、〈狼王〉に一泡吹かせるにはこの一撃しかない。
覚悟を決め。
走りながら、右手をサイドスローの要領で、外側から内側へと思い切り振るう。
最小限の動きで行える、投擲だ。
果たして。
――●――
どん、という鈍い音が体内で響く。
同時に、右足の太ももに鈍痛が走る。
何が起きたかは理解できた。
以前脛を割られた時と同様、あまり経験したくない痛みだ。
逃避しても意味がないので、右太ももを見ると。
「……あー」
太ももの後ろから入った穂先の先端が、貫通して前面に突き出している。
よくこの速度で動く自分に当てられたな、という感心と。
槍の穂先が埋まっていることを確認し、その事実にユストゥスは苦笑を漏らす。
――■――
猫人族の〈暗殺者〉は吼える。
「はっはー!! やったどぉ!!」
――●――
対し。
(今までの流れだとその台詞私じゃね?)
ダメージを負ったというのに、ユストゥスとしては納得を含んでいた。
だからこそ、余裕があった。
否。
足掻くことをやめたのだ。
彼は最後の最後で、直接攻撃に見せかけた投擲を行い、ユストゥスを騙してみせた。
その結果は、ユストゥスにこれ以上の回避をさせないための、たった小さな一撃だ。
そして。
ユストゥスに残されていた時間は、その攻撃を受けた瞬間に尽きた。




