グラス 一杯目
Tips:
だいたいのことは『私家版 エルダー・テイルの歩き方 -ウェストランデ編-』、
『第参歩・大災害+47Days 其の弐』 http://ncode.syosetu.com/n4000bx/60/
を参照のこと。
こちらを読んでおけば、だいたいの人間関係は理解できる……はず。
――●――
夜通し作業をしていたエルヴィンは、ギルドホールから外へと向かう。時間的に夜明けを迎えたため、休憩がてら、外の空気を吸いに来たのだ。
体を大きく伸ばすと、
「……くぁ」
情けない吐息が口から漏れる。その息は薄く濁り、しかしすぐに空気中に溶けて消える。
夜明けとは言ってみたものの、まだこの時間では辺りは暗く、そして寒気を感じる。
〈天秤祭〉と名付けられたアキバを上げてのお祭りを間近に控えていても、生産系ギルド街の裏手まではその明るさや騒がしさの恩恵には与れない。
実際、エルヴィンが立っているこの通りを行き交う人間はおらず、閑散としている。
それも当然だ。
何しろ、
(……この辺は、〈月光〉が“地上げ”したからな。この時間帯は静かで結構だ)
眠気に侵食され始めた脳裏で、そんなことを思う。
何も私利私欲ではない。そして、“地上げ”とは言っているが暴力的にではない。どちらかと言えば、用地整備のための立ち退き要請だろう。この周りに元いた商店や住人とはきちんと協議を重ね、この辺の地価と建物の価値に色を付けた額、そして引っ越し費用を支払って出て行ってもらった。
それには、正当な理由がある。
エルヴィンはその元凶、左斜め前にある屋号を見上げる。
そこには、〈お酒のバッカス〉と書いてある。
〈月光〉が酒の販売を行っている商店、その一号店だ。
高価で品薄だが非常に質の高い酒を扱う店として、アキバではそこそこ有名だ。
決まった日にしか開店しないものの、そのたびに長蛇の列ができるため、出来た当時は周りの商店や住居の迷惑になってしまい、そのために移転をしてもらったのだ。
空いた分の建物には、元々は別のところで看板を掲げていた醤油専門店である〈ツキカゲ本舗〉、味噌専門店〈ゲツレイ〉を移転してきた。
Tips:
〈月光〉では先見の明を最大限発揮して、発酵食品を促成製作できるようにした。
また、後発の発酵食品販売を行うギルドや組織を『M&A』して完全傘下に置き、『法律? ナニソレオイシイノ?』、『独禁法くそくらえ』、『違うもーん〈冒険者〉入れてないもーん』と《円卓会議》を挑発しまくった。
それだけでない。
エルヴィンは感情を込めずに、自分の周りの建物の屋号を確認する。
〈ツキカゲ本舗〉の右隣、屋台調の店には、『焼鳥専門店〈鳥華族〉』。
〈ゲツレイ〉の左隣、ちょっと小洒落たレンガの外装の店には、『イタリア料理〈紅と〉』。
その右隣、テラスのある洋風の佇まいの店には、『ドイツ料理〈あ、弗符〉』。
『ドイツ料理〈あ、弗符〉』の正面、純和風の漆喰の壁を持つ店には、『割烹〈HIDEKI〉』。
その右隣、質素だがしっかりとした作りの西洋風の店は志津香が独立して立ち上げた店舗の一つ、『仏蘭西亭〈バッカス〉横店』。
そこはかとなく現実で聞いたことがあるような名前や、集まるとマズいような名前の店が並ぶ。
(……怒られねぇかな、この並び)
そうは思うものの、〈あ、弗符〉で出る平べったいカツレツが好きなのであまり強くは言わない。
久しぶりに、自分で金を払って食べるか、などと考えていると。
「こちらでしたか、エルヴィン様」
後ろから妙齢の女性の声が聞こえる。
そちらを向かなくても分かるのだが、一応顔を向ける。
そこには、栗色の髪をショートカットにして、リムレスの眼鏡を掛けた女性が艶然と微笑んでいる。
ただ、着ている白いブラウスは、少しだけ着崩されている。
髪の毛も、普段であれば綺麗に櫛が入れられ、整えられているが、今は軽く乱れている。
〈大地人〉の彼女、シエナ・メイフィールドはくすり、と笑いと照れを混ぜ込んだような表情で、口を開く。
「つれないお方ですね。
……一晩を共にした相手を置いていくだなんて」
その言い方と言葉に、軽く表情を歪める。それが更に相手を喜ばせる対応だと分かっている。分かっているのだが、疲れと眠気の所為で自重が効かない。
正しておくが、彼女が言うような、色っぽい話はこれっぽっちもない。
ただ、いつもの様に資料作成を夜通し行っていて、彼女には整理を手伝ってもらったのだ。
その際、ずっと体を動かすような仕事を主に頼んでいたため、着衣や髪が乱れたのだ。
エルヴィンが置いていった、と彼女は言うが、
「……オマエが途中で盛大に寝落ちしたからだろうが」
そのせいで彼女自身、エルヴィンが出て行った瞬間を知らないのだからしょうがない。
だが、彼女も引かない。
「あら、でしたらなぜ私の肩に毛布がかけられていたのですか?」
「そりゃオマエ……多少は、その……手伝ってもらったしな……」
最後の方は小さく、ごにょごにょ、とした口調になっていく。
その様子に、シエナはくすり、と笑う。
だが、それ以上何も言わず、
「さて、私は少々休ませていただきましたから、続きにとりかかりますけど。
エルヴィン様は流石にお休みになられたらいかがです?」
言われ、エルヴィンはあくびを噛み殺しながら頭を掻く。
「……まぁ、疲れてんのは確かだ。
だがよ、明日から〈天秤祭〉だから仕事はできねぇ」
その言葉を、シエナはきっぱりと遮る。
「お休みください。よい仕事はよい休息が生み出すものですよ」
「……たまにはいいこと言うな?」
「ユストゥス様の受け売りです」
途端に、げんなりとした表情になる。
「……感心して損した。
その名前を聞いたらなんか疲れたわ。言う通り、休ませてもらう。
あ、朝食ん時に起こしてくれ」
「かしこまりました」
そんなやり取りを経て、エルヴィンがギルドホールに体を向けた時だった。
左手側、〈ブリッジ・オブ・オールエイジス〉の方が騒がしい……気がする。
奇妙を感じ、そちらに視線を向けると、仄かに明るくなってきた空に、薄く煙のようなものが浮かんでいるのが見える。
しかも、薄く見えていた煙は、徐々に濃くなってくる。どうやら、だんだん近づいてきているようだ。
「……なんだぁ? こんな朝っぱらから」
「……なんでしょうね?」
二人で顔を見合わせる。
同時、音も聞こえてくる。
それはまるで、
「かなりのスピードで街中を牽かれる幌馬車の車輪音……みたいですね」
シエナによる、説明のような言葉に頷く。
「的確な説明あんがとさん。だがその通りみてぇ」
だな、と続けようとした時。
二つ先のブロックから、この通りに入ってきた大きな影を見る。
ヒュージ種の〈ダイアウルフ〉だ。見紛うはずもない。
「な!?」
エルヴィンは絶句するが、体はすぐにシエナをかばうように前に出る。
疑問が矢継ぎ早に浮かぶが、今は対応することが先だ。
一切の思考を切り捨て、戦闘態勢に移行する。
(距離は40メートル程度、敵速……一歩で八メートル、ってとこか)
〈口伝〉扱いの〈高速詠唱〉と〈早抜き〉があればなんとかなるか、と自問する。
Tips:
ここでエルヴィンが口にしている〈口伝〉とは、“ゲームに元から登録されている特技”ではなく、“現実あるいはこの状況下における個人の経験から編み出したワンオフ、あるいはごく少数が再現できる特技”の意味。
だが、タウン内のため、武器はおろか防具もない。この身ひとつだ。
正直、シエナよりは防御力はあるだろう。〈大地人〉15レベルの女性と〈冒険者〉92レベルの男性の体は“ボール紙”と“チョバム・アーマー”くらいの差がある。
だが、敵の攻撃は“劣化ウラン弾”だ。とてもではないが太刀打ちできないし、あの大きな口でがぶり、とされれば何も出来ずに“心中”、なんて可能性だってある。
加えて、〈高速詠唱〉を行っても、ヒュージ種の〈ダイアウルフ〉に単独で対応できそうな従者を投入することはできない。
Tips:
〈テウメーッソス〉
エルヴィンの奥の手とも言える従者。
絶対に捕まらない運命を持つ狐の化物で、彼女ワンオフの奥義として〈原初の火〉という“戦術級魔法”を使用できる。
最速でも喚ぶのに三秒、〈原初の火〉発動に二秒だ。
その頃には〈ダイアウルフ〉の腹の中に二人と従者が一緒にいることになる。
正確に状況を把握し、結論を下す。
すなわち、
(詰んだー!!)
頭を抱えて舌打ちしそうになるが、後ろの〈大地人〉を不安にさせるようなことは出来ない。
軽く腰を落とし、腰の辺りで拳を握る。
〈テウメーッソス〉ではなく、この場で使えそうな〈召還生物〉を思い浮かべながら、次の手を考える。
(まずは〈雷撃鷲〉か〈氷結鷲〉で足止め、そしてシエナを避難させ…………あん? 待てよ?)
Tips:
エルヴィンの従者は鳥にちなんだものがほとんどだが、例外として前述の〈テウメーッソス〉、そして自身のあやかり元である“エルヴィン・ロンメル”に関連した従者として〈百虎の王〉がいる。
そこで、思い出す。
ここはアキバの街の中だ。このタウンゾーンは、非戦闘地域として設定されているため、戦闘はできない。加えて、モンスターの侵入もできない。
それはかつて、自分が提唱した理論だ。それ以外の様々な前提をも、すっかり忘れていた。
つまり。
あの〈ダイアウルフ〉は敵ではないと認定されているため、このアキバに入ってこれているのだ。
「え、エルヴィン様!! なんとかしてください!! いくらなんでも、貴方と心中なんて死んでも死にきれませんわー!!」
非常に物議を醸す一言だが、それはそうだろう。そこまで貶されると嬉ションしそうで怖い。
Tips:
エルヴィンは自他共に認めるドM。
だが、既に理解はあるのでしなくて済む。
何しろ。
よく見ると、背中ではなくもはや腰の辺りに無理やり幌馬車を括り付けているのが見えたからだ。
(……あー)
全て、理解できてしまった。
安堵の所為で、軽口として状況を伝えることにする。
「安心しろ、ありゃウチの馬鹿どもだ」
「……ユストゥス様がご帰還されたのですね!!」
馬鹿イコールユストゥス、という理解は大変結構だが、その言い方は多少引っかかる。
……いや、すごく。
ヒュージ種の〈ダイアウルフ〉は徐々にスピードを落とし、エルヴィン達の前にゆっくりと止まる。
現実のバスほどの大きさのあるヒュージ種の〈ダイアウルフ〉だが、相当酷使されたようでぜいぜいと肩で息をしている。
だらしなく舌が口内からはみ出し、そこから真っ白な湯気が立ち上る。
その荒々しい白煙は先ほどの自分とは違い、あっさりと消えていかない。
それを見たシエナはバケツを取りに、急ぎギルドホールに戻る。
入れ違いに馬車から降りてきた三人は同時に地面に四つん這いになる。
そして。
『うおえぇ……!!』
揃って、胃の内容物を地面にぶちまける。
その姿を見て、当然だ、とエルヴィンはほくそ笑む。
馬で牽くことが前提の馬車は、馬の動きに合わせて製作されている。だが、〈ダイアウルフ〉は狼に近く、馬とは走り方が異なる。
具体的には、ほとんど腰の位置が変わらずに走れる馬に対し、狼は腰を上下に跳ねさせるようにして走る。
走る目的が異なるためだ。
馬を始めとした草食動物が“逃走”であるのに対し、狼などの肉食動物は“追跡”だ。
“逃走”は、長く走らざるを得ない。そのため、体を大きく動かさないようにして極力消耗をしないように走る。
対して、“追跡”は短距離、とにかく一瞬の速さを追求する。体の挙動が大きければ、それだけ全身のありとあらゆる筋肉を使うことが出来、結果筋力の分だけ速度が捻出できる。
その分、体の揺れは大きい。
しかも、この辺の道路状況はささくれたアスファルトや細かい石がむき出しの土の道がほとんどで、現代の日本の道路状況とは異なり、整然と整理、あるいは舗装などされていない。
高速で走行するためには、走行路面が整地されていることが必須だ。
例え小さな小石であっても、高速走行を行っている自動車などが踏めば、その車体は大きく跳ね上がる。
自転車で坂道をノーブレーキで下っている時、小さな枝を踏んでしまい、体が軽く浮くのと同じだ。
一歩で八メートルを行くほどの速度で、全く整備のされていない土の道や、石畳を疾走するのだ。
その揺れは最早筆舌に尽くせない。下手すればシェイカーの中身とそう大差ないかもしれない。
そんな馬車に乗る連中はドS連中でなくても酔う。いくらエルヴィンが筋金入りのドMであっても、流石にその状況だけは本当にお断りしたい。
(……『T○XI』見なかったのかよ、ったく)
Tips:
SE○Aの『クレイジー』な方でも可。YA-YA-YA-YA-YA-!!
序盤、こともあろうに『急いでくれ!!』と伝えたが最後、ターボ付きのタクシーがとんでもないところをとんでもないスピードで走り回り、到着と同時にその乗客がどうなるかを思い出す。
(……うぉえ)
あれは“フィクション”だからマイルドな表現だ。
現実は非常にリアルだ。特に音。
そんな状況を目の当たりにしたくない。
「……掃除、しとけよ?」
「……うんんぉえぇ……」
「……やっとぉおぇ……」
「……きますぅうぇ……」
「吐瀉込みで返事するな」
エルヴィンは耳を塞いで御者台の方へと向かう。
そこには案の定、同道しつつも降りてこなかった最後の一人、澄ました表情のヴァルケンハインが鎮座ましましている。けろりとしたその顔には、余裕すら伺える。
“本性”なのか『化身』なのかは分からないが、自身も〈ダイアウルフ〉のでかい奴なので平気なのか、と推測する。興味はあるが聞きはしない。
なぜかシャンプーハットをかぶっているが、気にしない。きっと気にすると負けな気がする。
「出迎えご苦労」
「遠路はるばるようこそ、とでも言えばいいですかね?」
エルヴィンのその言葉に。
ヴァルケンハインはにやり、と口端を歪めてみせる。
――●――
現状、ユストゥス達はアサカに住んでいる。
アサカからアキバは馬でも一時間かからない程だが、“例の件”もあってアサカに住むユストゥス達やヴァルケンハイン、〈月の子〉の面々はアキバには寄り付かない。
また、ユストゥスは自分の体のこともあるため、ソノハラの宿で湯治と称して長逗留が主となっている。
Tips:
金があるユストゥスはソノハラにある旅館ひとつを人員ごと購入した。
そのため、アキバに“戻ってきた”、というよりは“来た”、という印象の方が強いのだ。
後ろに控えるような格好のシエナも同じ感想のようだ。
「『陛下』、久々にご尊顔を拝し、恐悦至極に存じます」
「うむ、苦しゅうない。近う」
……なんで西洋風の顔立ちに名前の連中がここまで時代がかった日本語なんだろう、と思うが、その辺を気にし始めるととてもではないが時間が足りない。
言葉の通り、シエナは水をいっぱいに湛えたバケツをヒュージ種の〈ダイアウルフ〉の前足の辺りに置く。
ヴァルケンハインはシエナがエルヴィンの隣にまで戻るのを見てから、
「よし」
一声掛ける。
お預けを食らっていたヒュージ種の〈ダイアウルフ〉は許しを得て、鼻っ柱を突っ込まんばかりの勢いで水を飲み始める。
そこら辺に水を飛ばしまくりながら、本当にうまそうに飲んでいる〈ダイアウルフ〉を横目に、ヴァルケンハインが口を開く。
「そうじゃ。
なんでも、貴様らに縁ある奴ばらめが来るそうじゃ」
「我々に?」
「詳しい話は奴らに聞け」
ヴァルケンハインは親指を立てて後ろを指す。
まだ水っぽい音を立てている連中の復帰にはまだ掛かりそうなので、もう少し情報を得ようとする。
「……恐縮ですが、どのような縁だと言っていましたか?」
「イアハートが『きちんと礼を施し、吊るす程度の縁』だと言うておった」
「……あー」
分かった。
そしてきっと、最後に『坊主だけに!!』とか言ったに違いない。全然笑えない。
Tips:
エルヴィンはかつてこの状態でレオ丸と邂逅しており、それ以降何度か連絡を取り合っている。
現実でも知り合いであり、頭が上がらない。
それで分かってしまう自分が果たして有能なのか。それとも、イアハートにそこまで言わしめるようなことをやらかしている相手が非凡なのか。
(……どっちもどっち、てぇことで)
嘆息を飲み込み、思考を切り替える。
(さて……どういう意図でアキバに来るのか)
恐らく、目的の一つとしては〈天秤祭〉だろう。
だが、
(……何しに来るんだ?)
まさか物見遊山、というわけではないだろう。
例え物見遊山であったとしても、何を見るかによって対応が異なってくる。
自分達に“益”となるならよし、ならなければ。
(……ユンが何やらかすか)
ユストゥスは最近、自身の敵となると見境なく“喰わせて”しまう。
この世界において、死は絶対でない以上、それはある意味で正しい。
だが、相手は自分にとっては師のような存在だ。
軽々に、“生け贄の羊”とはできない。
しかし相手の思惑が分からない以上、エルヴィンとて軽々に動けない。ユストゥスの“お眼鏡”に叶わないことを切に願うだけしかできない。
すると。
とんとん、と申し訳程度の強さで肩を叩かれる。
そちらを向くと、シエナが不思議と興味を足し合わせたような表情を向けている。
言われることは分かっているので、聞かれる前に答える。
「ああ、俺にとっては師みたいな方でな。それにユンやイアハート達とも顔見知りだ。
……あーんと、そうだな……」
考える。
“彼”のことを誤解なく、そして正確に伝えるにはどう表現するべきだろうか。
(……“生臭坊主”、ってのは違うな。そもそも失礼だろうが。
それに、こちらで言う神職は神殿関係かユーララ神てところか。なら通じないな)
考える。
(なら、こっちでの役職とか、そんなんで伝えた方が早そうだな。
……あの方を端的に表すとなると)
こちらでのメイン職は〈召喚術師〉だ。だが、それだと後ろの“マーライオン”三号と被る。
〈学者〉というサブ職もあるが、しかしそれでも、“彼”を示すには足りない。
(なら二つ名、だな)
そこだけはあまり考えず、口を開く。
「とある厄介な|《死霊術師》、てトコだな」
Tips:
頭が上がらない。そのはず。けなすなんてもってのほか。そのはず。
なかなかに分かりやすい表現に納得するが、シエナは嫌そうな顔をする。
「やだ、屍体嗜好なんですか?
……流石エルヴィン様のお知り合い」
「ユンとも知り合いだっつってんだろ!!」
「……ユストゥス様の温情によって為された、仮初のものでしょう? 一緒にしないで下さいます?」
……そろそろ怒っていい頃だと思う。十倍以上言い返されるがそれも愉悦だ。嬉ションする程度に。
――□――
「はーっくしょん!! あーちくしょうめ!!
おっそろしくひどいこと言われた気がするで!!」
流石に10月の早朝は冷える、とレオ丸は襟を正す。
そこで、思い出す。
「……主殿?」
襟元から聞こえる、底冷えする声。
昼間は得意ではない(自己申告)、〈吸血鬼妃〉が襟元にいることをすっかり忘れていた。
思わず居住まいを正し、恐る恐る声をかける。
「……くしゃみは、不可抗力やと思うのであえうからして。なんせ、にんげんだもの」
「…………頭に響きんす」
なぜか不機嫌さが増したように感じるのは気のせいだろうか?
そこで、ようやく助け舟が出される。
「……まずは謝罪が必要なのでは?」
やや突き放したような言い方の〈獅子女〉に窘められる。
「せやったね。ホンマに申し訳ない、アマミYさん」
「……あい」
あっさりと許してくれた“従者”に、おや、と思う。
昼間で弱っているから、と言うわけではないだろう。
加えて、彼女以外の“従者”も、自分に対して多少ではあるものの当たり方が以前と変わってきた。
具体的には、
(……なんやろうな? 具体例が思い浮かばれんのやけど。
優しなったともちゃうし、ワシへのあたりが弱なったのんともちゃうし……?)
〈獅子女〉の上で器用に腕を組む。
これがもしも声に出ていたとすると、今召喚されている契約従者達からは揃って、
「いつまで経ってもダメ」
と言われるのだが。
ふと前を見ると、アキバの入口、〈ブリッジ・オブ・オールエイジス〉が見えてきていた。
思考を切り替えて、連れの『従者』達に告げる。
「さーってーと♪
そろそろアキバだっせ。着いたらそのまま、例のギルドホールに向かいまっせ?
心の準備は宜しぃおすか、お嬢さん方?」
「承知致しました。私はアキバは初めてゆえ、きちんとした、くれぐれもきちんとした道案内を願いますゆえ」
「合点承知の助や♪」
この気楽さに、やはり『従者』達はこっそりと嘆息した。