アペリティフ 三杯目
――□――
アキバに向かい、東進する人々。
夜であるにもかかわらず、その人数は少なくない。
そしてその周りを、数名の〈冒険者〉の塊がいくつも囲む。
護衛として〈大地人〉の商人に雇われた〈冒険者〉達だ。
その中に、かなり変わった面々がいる。
本来であれば、敵である〈モンスター〉を多数従えた〈冒険者〉だ。
ただ、彼は単独で殿軍を務めていた。
何しろ、彼の後ろを来るのは。
乾いた骨をがしゃがしゃと言わせる骸骨の集団や。
実体がなく、ふよふよと漂う“影”など。
まさに魑魅魍魎が跋扈するリアル百鬼夜行の様相を呈していた。
現実化した今では嫌われる職業ビルドダントツぶっちぎり独走五馬身差で一位。
オッズが低すぎて買うともれなく更に払う必要まで生じる少数派ビルド、〈死霊術師〉だから誰も寄り付かないのだ。
だが、周りからの声などお構いなしに。
彼と彼の“従者”は気楽なものだった。
「主殿! 早く走りなんし!」
夜のためか、はしゃぐ寸前まで興奮している〈吸血鬼妃〉を、〈獅子女〉の上で横になっている〈召喚術師〉は、少しだけ眠そうな様子でその姿を眺めている。
「走ってへんのはワシやないもん♪
それに慌てんかて、夜道に陽は暮れへんし、アキバも祭りも逃げへんて」
茶化してみせるが気にした様子もなく、満面の笑顔を向ける。
「違いんす! アキバには、あの“二人”がいるでありんす!
わっちはあの“二人”に、久方振りに会えるのが楽しみでしょうがないでありんす!」
「あの“二人”? アキバにおる?」
〈吸血鬼妃〉の言葉に、思い当たる節があった。
ちょっとした悪夢も付随していたため、思い出すのに少し時間はかかったが。
「……ああ、あの鼻モゲロ、やのうてヤッチャッターマンの一号二号かいな?
そーいや、随分と意気投合しとったなぁ」
そこで初めて、
「……私は“あのエルフ”は苦手で御座います」
〈獅子女〉が口を開く。
〈召喚術師〉は〈獅子女〉の上で少しだけ身じろぎすると、手元の毛をいじり、考える。
“あのエルフ”と、〈獅子女〉のパーソナリティはそこまで酷似しているわけではない。せいぜい、堅物なところだろうか。
だからこそ、
「……ホンッマ分からんわー」
眠さも相まって、適当に思考を放り出す。
考えたって分からんも~ん、などと歌い出す契約主に、契約従者達は半眼になる。
〈吸血鬼妃〉は〈獅子女〉に並ぶと、こっそりとつぶやく。
「(……だから、いつまで経ってもダメなんでありんす)」
先日は少しだけ見直したのに、と思うが決して口にはしない。
「(……そこは同意致しますゆえに)」
〈獅子女〉もこっそりとつぶやく。
そして、揃ってため息を吐く。
契約従者達の苦悩を知らない契約主はのんきに周りを見渡すと、ただの感想をつぶやく。
「しっかしー? ホンマ人多いなー」
自分も辺りを見て、そこは同意する。
かつて、このヤマトを代表するタウンのひとつ、ミナミにいたこともある。
そこでは多くの人を見た。だが、それは人が住む街だったからだ。
これだけの人数が移動しているのを見るのは初めてだった。
だからこそ。
この疑問に思い至るのは必然だった。
「……のう、主殿? 気になることがありんす」
少しだけ、神妙な面持ちの契約従者に、変な鼻歌をやめる。
「なんやいな?」
何かを言いよどむように、しかし好奇心を押さえきれないようにして、聞いてくる。
「……主殿はどこでも寝れる、特異な存在でありんす。
じゃが、他の人間は屋根がないと寝れないとも学びんす。
では、これだけの人間が泊まれる場所とは、どんなところでありんす?」
そう、問われ。
「……」
「主殿?」
「どうされました、御主人様?」
血の気が、引く。
「わ」
『わ?』
契約従者達の声がハモる。
だが構わず、叫ぶ。
「忘れとったー!!
せやなそうやなそうやんな! こんだけ人がおったら、いくらなんでも宿屋なんてパッと行って泊まれるわけあらへんがな!
しっかも目ん玉飛び出るくらいふんだくられそうやしな!
……それに今からお願いしようにも、〈黒剣〉は今忙しすぎてアカンやろし、“ロデ研のお二人さん”トコかてこんなおっさん、今から行って泊めたって! てそりゃいくらなんでもアカンやろし……。
初めてのリアルなア・キ・バの夜が、野宿やなんて……悲しすぎて眼ぇ瞑ったら何も見えへんやん!
どないしよ? 突然ゴメンやでー!って押しかけても、大丈夫そうな木賃宿みたいなトコって?
麗しきやんごとなき元青年のこのワシが、紛れ込んでもオッケーなギルド……って……。
……ん?」
急にスイッチの切れた主に、〈獅子女〉が不気味を感じる。
「……如何なさいました、主殿?」
だが、
「な、なんでありんす、わっちの顔を見て」
どうやら自分以外の『従者』を見ていたようだ。くそぅ。
「お手柄やで! せや、あそこなら大丈夫やろ! “約束”したったしな!
そうと決まれば、さっさと〈念話〉せな!」
「……どなたにですか? 私、皆目見当がつかず」
「決まってんがな、ワシと顔見知りで、アキバに居を構えとって、一人くらい紛れ込んでもオッケーなくらいそこそこ人数おって、〈料理人〉おって、しかも三食タカっても怒られへんような、そんな金持ちのトコや!!」
「そんな、主殿に都合のいい方々などそう簡単におられ……まさか!!」
思い当たる。いや、その面々しかいないだろう。
案の定、契約主は明るく宣言する。
「せや!!」
――●――
フォーブリッジの街外れ。
アキバに向かい、南下する二頭立ての幌馬車。
だが、その幌馬車は様々な意味で異様だった。
二頭立てなのに一頭で幌馬車を牽いている。それにもかかわらず、その速度は普通の二頭立ての幌馬車よりも明らかに速い。
それもこれも、繋がれている一頭の馬が異様なのだ。
否、正確には馬ではない。額に一本の角がある馬は、また別の呼び方をする。
〈ユニコーン〉だ。
勇猛で足の速いその生物は、〈大地人〉にはなかなか見ることのできない幻想生物だ。
だが、〈冒険者〉の〈召喚術師〉なら一度は契約するほどありふれている。
だからといって、〈ユニコーン〉は組し易い幻想生物では決してない。総じて、モンスターと契約するのは並大抵の労力ではない。
〈ユニコーン〉もその例に漏れない、一種のステータスとも言えるような存在だ。
だが。
この幌馬車に乗っている者達は少しではなくかなり、幻想生物への扱いがぞんざいだった。
具体的には、〈ユニコーン〉の角に、赤々とした人参を結わき、ぶら下げているのだ。
〈ユニコーン〉は目の前の人参を食べたさに走る。
だが、届かない。
遮二無二走る。
だが、届かない。
そうやって、かれこれ四時間は走っていた。
……そろそろ気付いてもよさそうなのだが、この〈ユニコーン〉はその点、かなり大らかだった。
そして。
幌馬車の中にいる、〈ユニコーン〉の召喚主である〈召喚術師〉を含めた〈冒険者〉達には、ちょっとした問題が起きていた。
「ちょっと!! 流石にゆっくりしすぎたんじゃない!?」
金髪ロングのエルフの女性は、御者台に座る狼牙族の青年に食って掛かる。
右肩に手を置き、軽く揺さぶる。
「そうですよ!! 間に合わないんじゃないですか!?」
やや赤の混じった黒髪ショートカットのハーフアルヴの女性もまた、御者台に座る狼牙族の青年に食って掛かる。
こちらは左腕を自身の、ふくよかな胸に抱きこむ。
だが、それでも大したリアクションも起こさず、御者台に座る狼牙族の青年は必死の形相で手綱を操る。
それはスピードを出しすぎていることによる恐怖、そして乗り物酔いによる緊張からだ。
吐き気を意志でねじ伏せながら、二人に届くように叫ぶ。
「もう一泊する、って言ったの二人じゃん!!
うぉえ!! ……アブネー喉まで来た!!
あー違う、体の洗いっことか、楽しかったけどさ!!」
『でしょう!! おぅえ!!』
即答と同時、二人も嘔吐感に苛まれてえづくが耐える。
なぜかは不明だが、この三人は乗り物にとことん弱い。人に強く当たるのが好きだから、自分の体への攻撃には弱いからなのだろう。
狼牙族の青年は叫ぶように、二人に対して声を掛ける。
「じゃあ全員の罪でしょ!?」
『……はい』
しゅんとする二人がおかしく、だがフォローはきちんとする。
それが『夫』の役目だ。
「楽しかったからいいよ。また行こう。
で、今日は……夜通し行かなきゃならないかな?」
そろそろ〈ユニコーン〉も休ませないと、などと考えていると、もう一人の同乗者が荷台の後ろの方から声をかけてくる。
「仕方ないの、“余”が少し代わってやろう」
かなり細身の老人で、言葉の通り威厳はあるものの。
なぜかシャンプーハットをかぶりっぱなしのため、かなり残念な感じだ。
Tips:
冠は族長の証、と教えられた。
だが、狼牙族の青年は丁寧な言葉で返答する。
「“陛下” のお心遣い、感謝致します。
そうですね……ここから、ヒロセかワラビまではお願いできますか? その先は〈大地人〉も多く、やや目立つかと」
その言葉の割に、遠慮なく頼む。
そしてその言葉に、老人は鷹揚に頷いて応じる。
「よかろ。
じゃが、馬でなくてもよいか?」
「Yes, Your Majesty.
“陛下”のお心のままに」
だが、エルフの方が半眼になる。
「ちょっと待って。
……呼ぶのって何かしら? ただの〈ダイアウルフ〉?」
老人は首を横に振る。
「あやつでは遅い。それに余が“騎乗”するのじゃぞ?」
今までのことを考えると、もはや嫌な予感しかしない。
「……じゃから?」
ハーフアルヴが釣られて、妙な口調で問い直す。
すると、
「当然〈真神〉じゃな。確か、この辺が地元じゃろう?」
言って、老人は胸を張る。シャンプーハットをかぶりっぱなしで。
ちなみに。
〈真神〉とは狼が神格化した、ガチの神様である。
この《エルダー・テイル》では、供え物がなくて拗ねて村を襲うという、ちょっとアレ……寂しがりな神様なのだが、一撃で熟練〈冒険者〉を屠る攻撃力を振るい、でたらめな回避性能を駆使するという、自己主張の激しい〈レイドモンスター〉だ。
供え物がなくて、ということがクエストの発端になることから、レアドロップは極めて質素で、〈幻想級〉はおろか〈秘宝級〉も落とさないため、誰も気に介さない可哀想な神様でもある。
『〈レイド〉クラスはダメ!! 絶対!!』
エルフとハーフアルヴの“妻妾”は声を揃えて否定する。
それを受け、老人は心底驚いたような表情を浮かべる。
「なぜじゃ? あ奴はかまってやらんと拗ねる」
答えたのは御者台の“夫”だ。
「畏れながら、“陛下”。
“陛下”の“お願い”聞いてくれるのはいいんですけど、食費が馬鹿にならなくて……」
先ほどと違い、やや砕けた口調になっているが、老人は気にした様子もない。
むしろ、
「そっちか!?
じゃが確かに、余もそうじゃからな」
老人は驚きと同時、理解も示す。
自身が細身に似合わない大喰らいであり、同時にかなりの美食家であることを自覚しているためだ。
御者台の“夫”は続ける。
「それに、“陛下”の所為……あいや、おかげでこの辺、動物はおろかモンスターもいなくて」
老人はかつて、〈イズモ騎士団〉に危険視されていた〈レイドモンスター〉だ。
そのため、レベル差が大きすぎてほとんど遭遇しない。
だからこそ、〈ユニコーン〉に無茶な走行をさせることもできたのだ。
だが、流石にそろそろ限界だろう。
明らかに速度は落ち、こちらにちらちらと非難の目を向けて来ている。
どうやら“人参に届かない”不具合に気が付いたようだ。
「……なら、〈ユニコーン〉を下げて、このまま行きましょ?」
「私達も御者、代わりますから」
「……そうするか」
〈冒険者〉三人はあっさりと普通の選択をして、御者台の“夫”が老人に謝罪する。
「“陛下”、また今度お願いします」
「うむ。何なりと余を頼れ。
あと、いつでもよいから余を連れて〈真神〉を訪れよ。必ずや貴公らの助けとしよう」
「御意」
そうして、再び荷台の後ろ、入口に腰掛ける。
それを確認してから、エルフが小声でつぶやく。
「(……“機能”したためしがないわね)」
その言葉を、ハーフアルヴがたしなめる。
「(……ダメですよ!!)」
だが、一人御者台の青年は手綱を引き、〈ユニコーン〉を止めつつ、二人に小声で告げる。
「(……うーん、でも。
そこも込みで、私は結構気に入ってるけどね、『陛下』のこと)」
だが。
『えぇ~……』
“彼”の“妻妾”は揃って遺憾を表明した。
そんな時だった。
狼牙族の青年は自分にだけ聞こえる鈴の音に、顔をしかめて後ろの“二人”に尋ねる。
「……あのさ?」
「どうしたの? 苦虫噛み潰したような顔して」
「取りましょうか? 口で!!」
ハーフアルヴの女性は目を輝かせながら、彼ににじり寄る。
……虫を口で取るのはちょっとシュールすぎる。
「いやないから。
……でも後で試してもらおうか。二人に」
「ハイタッチー」
『Yaeh!! うぉえ!!』
昨日も今日も散々したが、別に減るものではないし、と思いつつ、話を進める。
「今さ、出たくない〈念話〉がかかってきてさ? 居留守使いたいなーって……」
「誰よ、出たくない相手って? そもそも〈念話〉って居留守使えるの?」
「……使えないよ」
例の“戒名”の件があり、明確に声に出したくない。
加えて、以前“嫁達”が『お世話』になった。ある意味では自業自得とは言え、この件は“非常に遺憾”を示しておかないと命に関わる。
この世界には亜鉛が少なすぎるのだから。
だから、諸々濁す。
「うーん、お前達は“従者”には会いたがるだろうけど……。
しゃあない、“約束”したしなぁ!! “ぶぶ漬け”も“箒”も用意してないけど、出るしかないかぁ!!」
『……ああ!!』
“二人”が気付き、同時に声を上げる。
そして、
「出なさい!! “主”にはきちんと先日の“お礼”施して軒先に吊るわ!! 坊主だけに!!
“従者”は私達のアキバの部屋でいいわ!! あゴメン“潤”はその時は他所ね!! だからって“ヴィー”や“ギュエス”のところに行ったら抜くわ!! 使えなくなるのは困るから性的に!! 中学生記録を更新させてあげるわ!!」
エルフの女性はとんでもないことを言い出す。それに軒はない。
あといろいろ笑えない。ちなみに今の記録は過日更新された。
(“ロアナプラ形式”だったら本当にひどいことに……)
アキバの入り口、〈ブリッジ・オブ・オールエイジス〉が一転、地球最悪の街の入り口になりかねない。
ハーフアルヴの女性はというと、
「また違う“川の字”ですね!!
……うぇへへへ、えへへへへ……!!」
目が既にビーストモードだ。散々“発散”させたというのに、もう“充填”したらしい。
もう少し自重して欲しい。自分以外に対しては。
「……なんだろうね、私も“あの人”いじるのは好きだけど、ここまでではないなぁ。
……まずは出るか」
あきらめて、〈念話〉に出る寸前。
彼はふと何かを思いついたかのように目を軽く見開き、次には底意地の悪い笑みを浮かべながら、
「ご無沙汰してます。
……いえいえ、すみませんねー。ちょっと立て込んでたんですよ。“嫁達”相手で忙しくってー」
声色だけは申し訳なさそうに、〈念話〉を受けた。
「と、いうわけで」
「……ある意味ぶれないわね」
「そこは言わない約束で」
「でも、どっかの誰かは『もうやらない!! やらないったらやらない!!』ってダダこねてませんでした?」
「その時のどっかの誰かは、確かにいろいろあって“SAN値”を削られまくって書く気分をなくしたんだけど、時間経過と共に“SAN値”が快復してね?
で、地味に書きたいかも、と思っている時に、“信頼できる筋”と焼き肉に行ったらね?」
「ああ……ならしょうがないわね」
「焼き肉は正義!!」
「……でも、“私達”を知らない方々もいるんじゃないですか?」
『……』
「な、なんでおふたりとも完全に沈みきった表情になるんですか!!」
「……いや、分かっているよ?」
「……でも、改めて言われるとね?」
「そ、そのためにこんなコーナーを用意しているじゃないですか!!」
「……必要かなぁ?」
「……必要だと、そう思いましょう?」
「でも、地味に話す内容がないんだよね。
あ、多少変わっているのはあるけど」
「……それでも基本、状況説明だけよね?」
「……あいや、ありますよ、言わなきゃいけないこと」
『……あったっけ?』
「あります。
なんかいただいているんですよ、どっかの誰かから。
……ええと?
「“以前”を知っている方のために、話の内容を大幅に書き換えます。
というか耐えられない。むしろ新しく書いた方が精神安定上問題ない。
……流れは当然、オチも変えるかもククク」
って」
『…………えええぇ!?』