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剣呑天秤祭 ザ・アキバ・タイブレイク  作者: オヒョウ【検閲済】
4/66

アペリティフ 二杯目

 ――■――


 〈西風の旅団〉というギルドのことをアキバの〈冒険者〉に聞いた場合、おおむね三つの返答がある。


 一つは、中規模ながら、他のギルドとレイドクエストでの先陣争いを演じてきた、著名な戦闘系ギルドという答え。

 一つは、アキバの《円卓会議》の一席を預かる、ある意味権威のあるギルドという答え。

 そして、最後の一つは、ギルドマスターのソウジロウ=セタを中心とする、ハーレムギルドだというやっかみを含んだ答え。

 そんなギルドの入っている、通称“ハーレムタワー”は今日も騒がしかった。


 とはいえ。

 事の発端はギルマスではなく、サブマスである〈狐尾族〉の女性だった。

 女性にしては長身の彼女は、旧アキバ駅で貰ってきたというチラシを大事そうに抱え、宣言する。


「これ行く。つぶれるまで飲む」


 この宣言に対し、彼女の(酔うと脱ぐ)癖を知る女性陣全員がストップをかけた。

 だが。

「たまにはいいんじゃないかな? 僕も行きたいし」

 というギルマスの気楽な言葉と朗らかな笑みに、その場のほぼ全員の顔が綻び、一人が鼻血をまき散らしかけた時。

「あ、ダメです『局長』。ここ、見てください」

 幕末、京都の守護を仰せつかっていた部隊の陣羽織を羽織った少女が、ギルマスにそのチラシの一番下を見せる。

 すると。

「……<月光(キアーロ・ディ・ルナ)>、か。

 『僕』は彼らに対して、そこまで問題あるとは思わないけど、『先輩』は難しい顔するだろうからね。

 それに《円卓(僕ら)》未承認だから……今回はあきらめて」

 ギルマスの悲しそうな表情とその一言に、やはり鼻血を吹く者や失神する者、どさくさに紛れて失神した者へとセクハラするものやギルマスに抱き着こうとする者が更なる混乱を生み、いつも通りの騒がしさとなる。

 そんな中。

 久しぶりに、昔の仲間に会いに来ていた“残念な連中”が〈狐尾族〉の女性の持ってきたチラシを囲んでいた。


 ――○――


「うわー、飲み会だそうですよ!! この“僕”にとっては未知の領域ですよ!!

 ふっふっふ、僕の右手が疼く……っ」

 いつものテンションの1.25倍(当社比)で嘯く、女性にしては背の高い〈暗殺者〉。

 いつも通りとはいえ、少し面倒くさいので。

 法儀族の〈付与術師〉である自分は、何も言わずに『指定された』右手を掴み、『軽く』ひねる。

 すると。

「ひぎゃあああ!! ぼ、“僕”の右手がぁ!!」

 もう少し強くひねり、黙らせてから話し出す。

「……疼くんですよね?

 『私』達は大学生ですから、飲めると言えば飲めますけど……節度を保って、ですよ。それに、参加するとしても“朝ちゃん”はお茶ですよ?」

 その言葉に、手を何度も叩かれるので同意したのだと思う。

 素直で何よりだ。いつもこうだと気苦労は減るのだが。

 ……タップ? そんなものは知らない。どんなローカルルールだ。

 作務衣姿の〈吟遊詩人〉はその様子を見ながら、いつも通りの口調でつぶやく。

「固いこと言わずに~♪ 偶にはいいんじゃない~?」

 チラシ中央あたりに書かれた“無料”と言う言葉に非常に惹かれているようだが、さりとて〈吟遊詩人(彼女)〉もそこまで酒に強いわけではない。

 むしろ、自分としてはメインである野外(予定)ビアガーデンの方が小さく書かれているのかが気になる。

 こちらの力が緩んだからだろうか、右手を拘束されていた〈暗殺者〉が前転することでホールドを外して復帰する。

「ま、まだだ!! まだ終わらんよ!!

 そこは自称20歳ということで!! それに、お酒を飲むことで、“僕”の隠れた“才能(ちから)”が開花するかもしれないじゃないですか!!」

「飲酒で開花する能力って……お酒が飲める程度の能力とか、お酒で身上を潰す程度の能力だと思いますよ?」

 律儀に返事をするものの、気の利いたことは浮かばなかった。

「“朝ちゃん”~、自称20歳なのはいいけどぉ~♪、胸に~手を当てたら~?」

 つい。

 その言葉を受け、隣の〈暗殺者〉につられる形で胸に手をやる。


~擬音イメージ~

 ぺたり×2。


『……ぐはっ!!』


 ダメージエフェクトが重なる。

 たったの一発で体力ゲージは赤表示だ。

「……飛び火しましたよ!? 表出ろ!!」

 ひらりひらりと自分の手をかいくぐる作務衣姿の〈吟遊詩人〉に本気で殺意を抱くが、

衛生兵メディック~♪ 衛生兵メディーック~♪」

 のんびりとつぶやく相手の言葉には緊迫感のかけらもない。

「ぼ、“僕”復活!! (嫉妬)の心がメラメラと!!

 で、デカくたって使わなきゃ意味がない!!」

 〈暗殺者(トリガラ)〉が力説するも、むしろ〈吟遊詩人(そこそこ勝ち組)〉は残念なものを見るような目つきになる。

「いろいろ無視するけどぉ~、本来の目的は赤ちゃんへの授乳だからね~♪」

「……な、ない人もいますよ!!

 今日〈変人窟〉近くで見た白ゴスの人、むっちゃきれいでしたけど全然ありませんでしたし!!」


 いろいろ端折ると。

 その白ゴスの人には股間に余計なものがついているので、本来の目的以前の“仕込む”側だ。


「そ、それに生産系ギルドの裏手にいたエルフの女性もなかったですけど、狼牙族のオトコがいましたよ!!」


 いろいろ端折ると。

 その狼牙族の隣には勝ち組のハーフアルヴの女性や、更にそれを上回る人間の女性が二人、出るところがしっかりと出ているドワーフや控えめだがスタイルのいいエルフとそこそこ大きいエルフ、これまたスタイルのいい狐尾族もいたのだが、それらは彼女より全員“大きい”ので目に入らなかったようだ。

 ちなみに、そこには男性陣もそれなりにいたのだが、どうやら目に入らなかったようだ。


「……そんなところに何しに行ってたんですか、まったく」

 やっとダメージから回復してきたので、自分の胸(まな板)から視線を逸らし、隣に声を掛ける。

 そこには、でかくてでかい〈神祇官〉がいる。

「(……くそ、脂肪なんだから燃焼しろ!!)

 ……って、“ヨシ君”? さっきから青くなったり赤くなったり、どうしたんですか?」

 すると、思った以上に低く、そしてぼそぼそとした返答があった。

「……この飲み会、《円卓》未承認だから怖いし、やめとこう」

『(……豆腐)』

「(安定のクオリティですね!!)」

 だが、急に声のトーンが少しだけ高くなる。

「と言いたいんだけど、でもなぜか心躍る文句が書かれてて……平成のご時世に『大江○捜査網』だなんて!! スギ様~!!」

『(……ツッコミ早かったかー)』

「(これは面白い展開ですね!!)

 ……というか、平成にもやってましたよね」

「……認められる?」

「ありえませんね!!」

『よし!!』

 ぐっ、と握手を交わす。

 二人のやり取りは正直どうでもいい。おっさんのどこがいいのだか。

 ただ、未成年である〈暗殺者〉が行く気満々であることだけが問題だ。

 だから。

「……私達としては、行かない方向でいいですわね」

 行かない方向でまとめる。


 その言葉を受け、対する〈吟遊詩人(自分)〉はというと。

 〈付与術師(彼女)〉が様々な葛藤というよりは、単純に生真面目な部分で否定したことを見てとる。

 だから、

「そうねぇ~♪ でもぉ~“面白そう”、だけどねぇ~?」

 苦笑しつつ、同意する。

 だが。

 ふと、一番下のギルド名を見て、その中心にいる人物を思い出す。

 それはかつて、皆が《大災害》と呼ぶ、私達が《エルダー・テイル(ここ)》にいる原因となった出来事の、その直後のことだ。

 目の前で繰り広げられるあれやこれやを眺めながら。

 正直、混乱の坩堝とはこんな感じなのだろうか、と思っていた矢先だ。

 ふらりと〈黒剣騎士団〉に現れた狼牙族の〈盗剣士〉だ。落ち着き払ったその姿は、完全にこの世界に順応しているようなふるまいだった。

 ……猫人族もいたような気がしたがよく思い出せない。

 当時はまだこの名前のギルド(キアーロ・ディ・ルナ)は存在しなかったし、そこまでの接触はなかったものの。

 彼から漂う“金”の匂いは覚えている。

 だからこそ、考える。


「(……“あの”〈お酒のバッカス〉が、“お金”のことを考えていないわけがない。しかも“無料”?

 そんなバカな。何を企んでいる、|《道化師(トリックスター)》?)」


 その様子に、長い付き合いの友人から声をかけられる。

「……どうしたんです?」

 一瞬で思考を切り替え、“いつも通り”に戻す。

「ん~♪ 別に~?

 あ、そういえば~♪、『エン兄』と『彼女』、〈天秤祭〉合わせで会うんだよねぇ~」

「正確にはここの皆で、ですけどね。

 だったら今日はショッピングにしましょうか」

「……高いのよね~オールユニク○が懐かしい~」

「……それは女性としてはどうかと思いますよ?」


 今日も今日とて、残念な面々はかしましかった。


 ――▲――


 シブヤ。

 アキバから最も近いホームタウンでありながら、現在この街に住む〈冒険者〉は少ない。

 単純に、利便性が悪いからだ。

 望むサービスやモノが全て存在しているところに住む方が便利だ。

 〈トランスポート・ゲート〉が機能していない昨今、シブヤの価値はほぼないと言っても過言ではない。

 ただし、それはあくまで〈冒険者〉に限った話だ。

 シブヤに住む〈大地人〉がいる以上、街であることには変わりがない。

 そして、偏狭な、あるいは何らかの理由を持ってシブヤに住まう〈冒険者〉がいることも確かだ。

 だが、今は昼間であると同時、

「皆アキバに行ってるんだろーな」

 年若い〈冒険者〉の言葉の通り、シブヤに住まう〈冒険者〉のほとんどが移動していることだろう。


 生きるためにはどうやってもお金が必要となる。稼ぐなら、人の集まるところに行けばいい。

 シブヤと違い、アキバは《円卓会議》のお膝元ということもあり、とにかくモノもカネも集まる。

 生活するためにはモノもカネも必要となる。そのための外出も含まれているだろう。

 だが、

「そうだな。明日からお祭りらしいからな」

 お祭りの準備のために駆りだされているということが一番の理由だ。

「とはいえ、だ」

 青い長髪を後頭部の高い位置で結んだ少年は、ぐるり、とシブヤの街並みを見回す。

現実の渋谷(・・・・・)を知っている身としては、なんつーか、こう……」

 言いにくそうに、というよりは見当たる単語が思い浮かばないように頭をかく。

 対して、

「郷愁の念、か? キミには最も似合わないものだな」

 白の長髪をまとめることなく背に流している少年がにこりともせずに言い放つ。

「おお、そっか。こういうのをキョーシューってのか」

「……わたしが、今のキミの感情を理解していると思っているのか?」

「さぁ?」

 そんなやりとりをしながらも、彼らの視線は忙しなく街の様子を確認している。

 その様子は落ち着かないように見える。

 だが、そんなことをしても見えるのは建物だけだ。

 姿を見せてこちらを見る者はいない。

 否、正確には不思議そうにこちらを見る〈大地人〉はいるが、その視線には妙なことをしている〈冒険者〉がいるな、程度であり、計られているようなものはない。

「(……やはり、ヨソモノだからなぁ)」

「(……というか、“監視”しています、と露骨に表明する馬鹿もいない、が正解だな)」

 二人はひそひそと言葉を交わす。

 だが。

「お」

「どうし……」

 青髪が向いている方を白髪が見ると、そこには白い狼牙族が歩いている。


 正確には白く長い髪を風に遊ばせているだけで、暗色系のアウターを着込んだ女性だ。

 狼牙族と分かるのは、顔横からこれまた白い、幻の耳が現出しているからだ。

 その両手を掴む子供達のされるがままになっていて、困ったような笑顔が男の庇護欲を誘う。

 だが、誰かに守られなければならないような弱さは見えず、むしろ芯の強さが窺える。

 実際、その両手を子供達に引かれながら、しかしその華奢な体は引かれるような素振りはない。


 街中で〈大地人〉の狼牙族を見かけることはまずありえない。

 彼らは人間至上の考え方にある貴族社会においては迫害される対象だ。人間が住まう街で見かけるのは稀だと言える。

 すなわち。

「…………綺麗な〈冒険者(ひと)〉だな」

 白髪から、端的な感想込みの解答がつぶやかれる。

「ほう? お前から女性を褒める言葉が出るとはなー。

 そうかー、ああいうのが好みかー。いいよなぁ、オトナの魅力ってのはなぁ!!」

「……違うぞ。わたしが言ったのは一般論であって」

「またまたぁ」

 じゃれあっている二人に対し。

「ほーら、二人とも。

 先方(・・)を待たせているんだから、早く」

 明るく高い声が、シブヤの街に響く。

 その声の主は、小柄な女性だ。

 年の頃は二人の少年とそう大差がないだろう。

 控えめな起伏の体を、カーキ色の服に包んでいる。

 そして、腰には大振りなナイフがくくられている。

「それに、わたしだってかわいいでしょ?」

 くねり、と出来の悪いしなを作ってみせるが、

『……ソーデスネ』

 二人は揃って視線を外す。


 確かに、自分で言ってしまうくらいにはかわいいのだが、ずぼらで手がかかるので、二人からすると妹か、年下の従妹のようにしか見れず、それを本人の前で口にしてしまいずっとめそめそ泣いていたことを思い出すと胃がキリキリ痛くなるので正視しないことにしている。


「話を戻すが。

 待たせているというけど、まだ時間になっていないはずだが?」

 無理やり軌道修正した白髪の言葉に、

「気分の問題。それに」

 少しだけむくれた彼女は少しだけ声を顰める。

「(……ここは既に“勢力圏内”よ。気を引き締めて)」

「(……わーってるよ、“第四小隊隊長”殿?

 しっかし、なんというか)」

 青髪は再び、軽く見回すように顔を左右に小さく動かす。

「(……“監視”と思しき者の姿は見えないが、視線だけはしっかりと感じるぜ。

 だから落ち着かないんだけどさー)」

「(……相手へプレッシャーを与えるのが巧い。それに、わざとこちらに探れるかも、と思わせるように隙を見せてくる)」

 露骨に自分達へだけ視線を向け、しかし時折分かりやすく気配を振りまく。

 誘いと同時、こちらを図っているのだ。

 こちらに気が付いているか、と。

 だからこそ、気を抜けない。常に三人の視線は、互いの死角をカバーするように動いている。

 そんな折。


「『シブヤに何か用か?』」


 声を掛けられた三人は、体を軽く固める。

 その棒読みのような台詞の声の主は、彼らの前から現れた。

 白い狐尾族だ。

 先の狼牙族は髪の毛だけだったが、目の前の彼女は髪だけでなく、着ている一枚布の衣服もまた白だ。

 その女性に言葉を返したのは、三人のうち小柄な女性だ。


「『あら、お祭りがあるんじゃなかったかしら』」

「『ああ、その通りだ。よく知っているな』」


 二人とも、下手くそな棒読みの台詞を口にする。しかも、会話こそ噛み合っているが内容は全く事実と異なる。

 だから。


「あのー……」


 狐尾族、そして三人も掛けられた声に驚きを見せ、声の方に顔を向ける。

 四人、しかも初対面の人間から驚愕の表情を向けられ、しかし白い狼牙族の女性はしっかりとした表情で全員の顔を見る。

 そして、

「す、すみません、突然お話に割り込んでしまって。

 ……お祭りがあるのはアキバですよ」

 何か言おうとした青髪を、しかし白い狐尾族が制する。

 そして、苦笑しながら口を開く。

「そうか。それは知らなかった。ご教示痛み入る」

「い、いえ、とんでもないです」

 恐縮する彼女に対し、白い狐尾族は緩やかな口調で問いかける。

「ちなみに、どんなことをやっているのかご存知かな」

 わざとらしい(・・・・・・)質問に、しかし白い狼牙族は丁寧に、そして素直に返答する。

「ええと……秋冬物のバザーとか、食べ歩きスタンプラリーなんかがあるって聞いてます」

「へぇ、そいつは楽しみだ。

 ……ススキノじゃそんな余裕なかったなぁ」

 その言葉に、白い狼牙族の女性に少しの余裕が生まれる。

「そうなんですね。あ、それでしたら、はるばるアキバへ……ここシブヤですね。

 お祭りはアキバなのでアキバと言ってしまったんです。でも、」

「あー、ニュアンスは理解しましたから、大丈夫です」

「……すみません。

 えっと、ススキノということは、いろいろな苦労があったと思いますけど……」

「あ、いえ」

 青髪の少年は簡単に返すと、ちらりと自分の隣りにいる小柄な少女に視線を向ける。

 それを受けてか、少女は少しだけ神妙な表情を浮かべるが、言葉を選ぶようにして、ゆっくりと話す。

「いえ、アキバの皆さんが思っているほどではありませんでした。何しろ、アキバからの救援もありましたし」

 すると、なぜか自分のことのようにホッとした表情を浮かべる狼牙族の女性は、

「そうですか」

 心底からよかった、と表情で表現しながら、にこやかに頷く。

 そんな彼女に対し、三人は微かに複雑な表情を浮かべるが、それも一瞬だ。

 気を取り直したように言葉を作る。

「お話、ありがとうございます」

「お時間を頂戴してしまい、申し訳ありませんでした」

 感謝というより、どちらかというとこれでおしまいに、という雰囲気の言葉に対し、

「あ、いえ……すみません、失礼します」

 白い狼牙族の女性は意図を正確に汲み取り、申し訳無さそうに頭を下げる。

 そして、こちらを見ることなく、〈大地人〉の子供達の手を引っ張ってその場を離れる。

「……なんか、悪いことした気がする」

「……ああ」

 大いに反省する男達に対し、

「もうちょっと自己主張してもいいですよね」

「そうだな」

 女性陣の評価はやや辛めだ。

 だが、

「困っている人に、迷わず手を差し伸べられるというのは、そう軽々にできることではない。それは彼女が背負ってきた経験を表している。

 ……優しい性根の持ち主なんだろう。そして、同時に自分のできることをきちんと把握している。

 だからこそ、でしゃばらない。そして、自ら引ける。

 そんな人物が、こんな世界に押し込められてしまうとはな……」

 白い狐尾族は、全てを押し殺したような声を漏らし、三人は揃って軽く俯く。

 だが、彼らの目には力がある。

「……それでも、わたし達は探さなくてはならない」

「……例えそれが、何かを犠牲にしなくてはならないとしても」

「……俺達は、後戻りしない」

 白い狐尾族は軽く頷き、その口は言葉を作る。


「その通りだ。

 そのために我ら、そして〈静かに街に降り注ぐ銀の光〉はいる」


 その口端から、短いながらも鈍い光を放つ牙が浮かぶ。

「“対象”は?」

「アサクサで一泊しています」

「その時に、怪しげなやつからあんた達のことを聞いた、ってわけだ。

 ……“餅は餅屋”、ってな」

 牙を見せたまま、白い狐尾族は微かに目を笑わせる。

「これから、ちょっとした“余興”が始まる。貴殿らもゆるりと楽しむがいい。判断はそれからでも構わぬ。

 ……“依頼”の件は、後ほど我らの手の者からお渡しする。しばし待たれよ」

「かしこまりました」

 それだけの言葉を交わすと、双方共に背を向ける。

「シブヤもまた、ススキノとは違い刺激があろう」

「ええ、期待しますよ」

 言葉を交わすと、それきり双方は見向きもせず。


 “今”、自分達の行くべき先を目指す。


 ――◎――


 〈大地人〉の子供達と別れ、自室にて。

 考え事をしながら、その合間に先ほどのことをふと思い出す。


 さっきの人達、アキバのお祭りのことを全然知らなかったみたいで、つい口出ししてしまった。

 いつもならそんなことしないのに。

 妙な雰囲気だったのと、お話している内容が変だった。


 まるで、出来の悪い劇みたいにちぐはぐで、でも物語をきちんと紡いでいる感じ、というのだろうか。


 ……思ってて分からない。要は、何か意図があってそんなやりとりだったのかな、と思う。

 それに、あの三人組が見かけた時からずっとキョロキョロしているのも気になっていた。

 後で聞いたけど、ススキノから来た、というならそうなっちゃうかも知れない。

 でも、私としてはその仕草に違和感を感じた、ということが一番大きい。

 知らない街に来た時、キョロキョロしてしまうのは当然というか、理解できる。

 でも、彼らはなぜか妙に落ち着いていた。

 普通、キョロキョロしている時は不安や興奮など、大きく感情が動く。感情が動いているから、それは表情や態度にも現れる。

 だけど、あの三人にはそういうものが一切なかった。

 押し殺しているのではなく、単純に自分達を抑えていた。その上で、何かを探すように辺りを見渡していた。


 探しているものは分からないけど、見つけるものは分かっているかのように。


 だから気になったのだけど……見ず知らずの人達に声を掛けるのはやりすぎだったかも。

 私も驚いたけど、あの人達も驚いていたみたいだし。

 ……悪いことしちゃったかな?

 でも。

 ちょっとだけ言い訳をさせてもらうと。

 私がらしくないことをしてしまったことと関係がある。

 それは、私自身が明日からの〈天秤祭〉をとても楽しみにしているから。

 だから、間違った情報を持っている人達に反論……とは違うか、少しだけモヤモヤした思いがあったからこそ先走ってしまったというか。

 ……このゲームで仲良くなった、“あの四人”や、現実(リアル)知り合いの“美容師”さんと一緒に回る予定を立てていることもあって先走った、とも言う。


 ……知り合い、ですよ?


 ……もう。

 なんで私しかいないのに一人で突っ込んでいるかな?


 とはいえ。

 実は、向こうから“お誘い”があるまで、そんなお祭りがあるなんて知らなかった。

 だからこそ、さっきの人達にも教えたかった、というのもある。


 シブヤにいると、どうしてもすぐには情報が入ってこない。

 住んでいる〈冒険者〉が少ないから、というのもあるのだけど。

 やっぱりというか、〈大地人〉の人達って、自分達の住むところの情報には精通しているのだけど、それ以外となるとほとんど知らない、というよりあまり知ろうとしない。

 当然個体差、というか、人にもよるのだけれども、だいたいの人達には知ろうとしない傾向が強い。

 ……これって、この世界では普通なのかな?


 かなり……ではないけど昔、世界史の授業で、先生が余談として話していたことだけど。

 イタリア人は国としての帰属が薄いんだという。

 だから、イタリアの人は自分達のことを“イタリア人”というのではなく、出身地、例えばナポリ出身の人は自分のことを“ナポリっ子”というのだそうだ。

 これには理由があって、かつてイタリアには多くの国がひしめき合っていたのだという。

 だから、正確に言えば昔の“国”としての帰属意識はあっても、今の“国”への帰属意識はあまりないという。

 日本でいうところの、江戸っ子とかハマッ子とかそういうことなのかな、と当時は思ったのだけど。

 今の状態は、それに近いんじゃないか、と思う。

 帰属意識、というか、まさしく〈大地人〉なのかなぁ、と思いながら。


 とりあえず、下着姿のまま、胸の下で腕を組む。

 あまり床は見たくないものの、現実逃避は終了してしまったし。

 やむを得ず下を見て、嘆息する。

 そこには泥棒に入られた後のような惨状が広がっていた。

 だが、重要案件を前に、そんなことは些末事に過ぎない。


「……お祭りに、何着て行こうかな?」


 少しだけ弾むような調子の独り言に、少しだけ顔に血が昇るのを自覚する。

 そして。

 言い訳のように、取り繕うようにいろいろと考える。

 ……お祭り用、だから。

 うん、お祭り用……。

 ……す、少しは、“飾って”も、いいかなぁ……なんて。

 そ、そしたら、少しは……、って。


 誰に言い訳してるのかな、まったく!!


 さて。

 クローゼットをひっくり返す作業に戻ろう。

 ……そのあとは原状復帰させなくては。


 ――○――


 明日から、アキバん街で〈天秤祭〉ちいう、名前ん通りお祭りば開催される運びんなっちょった。

 メインは生産系のギルドで、聞いたんはファッションショーや食べ歩きぃのスタンプラリーなんちもんもあるらしい。

 儂はそん祭りん期間の警備やら見回りば担当するげな。

 当たり前ばってん、いつまでん当番とちゅうわけやないけん、今はふーてんごとぷらぷらしちょる“後輩”達やシブヤん住んじょる現実(リアル)知り合いの“お客様”と一緒(いっしょん)回る計画ば立てちょる。


 ……知り合いやね。

 それ以上でん、それ以下でんなか。

 ゲームん頃はよう、二人で素材集めやらクエストやらしよったばってんが、それは、ふーてんごとぷらぷらしちょる“後輩”達や〈黒剣〉ん仲間にちょくられたりもしたけんが、別にそげんこつはなか。

 ……なか、思うばってん。


 っちゅうか。

 あんま、しかっと考えたことはなか。

 よう、儂ん業界でんお客さんと良か仲んなるっちゃいうんはようあるちゃ聞くし、実際スタッフん中でん付き()うちょる、とかいうんもたまにあるけんなぁ。

 ばってん、儂はどげんか。


 ……どげんやろう、ちゃ思う。


 確かん。

 話しばして楽しいし、共通点ちゃそこそこ多か。

 こっちがてれーっとしちょたちゃ変な顔ばせんし、笑ち気にもせん。

 だけん、そげな分も含めて認めてくれちょる。

 素顔げなもんば見せてくれることもあるけん、素直にうれしいちゃ思う。

 ばってん。


 それば、儂んだけ向けられちょるかいっちょん分からん。


 分からんけん、困っとう。

 だけん。

 いろいろ考える。

 ほいで。


「何ば着て行きゃよかかい……」


 祭り用やろ。

 法被と褌か何かやろうか?


 Tips:

  祭り=山笠と認識。


 ばってん、そらまじかろう。


「……普通でよかか」


 最近のアキバやったら、現実で見かけるげな服飾がようけ出てきちょる。

 それんおかげで、ゲームん頃んごと、耐久性はあるし放たっちょけばきれいになるいうファンタジー要素ん強か服だけやのうて、解れりゃ繕う必要も、汚のうなれば洗濯せないけん服も出回るようになっちょう。

 まだ比較的高価やけど、ばってん街ん中で鎧やローブでおるよかでたん楽やし、街ん雰囲気に()うちょる。

 たまぁに、新作ち言う言葉ん惹かれて、何着か()うてある。こげん処は職業柄か、どげんしたちゃ敏感になっしまう。

 ばってん、そら相手だっちゃ(おんな)しやん。

 だけんが、手ば抜けん。


「……うーん」


 ……。

 ここはぐるっちして、法被で褌でんよかげな気がするんばってん。


 Tips:

  くどいようですが祭り=山笠と認識。


「あの、さ?

 ……なんでエンクルマさんは『ギルド内でも服を着る!!』って標語の前で悩んでいるんだ?」

「シッ!! いろいろあるんだよ!!」

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