ジョッキ 十七杯目
――●――
〈零〉の言葉を受け、ステージ脇の階段を昇る。
普段の装備は杖だのメイスだのを装備していて、正直そっちの方が重いというのに、意外に腰の日本刀は重く感じる。
キャラ作るのも大変だわ、と胸中で苦笑する。
ステージの端にたどり着くと同時、可動式のガス灯がこちらを照らす。
今まで暗かったステージが照らされれば、観客の視線がこちらに向いてくるのが分かる。
ちょっとこっ恥ずかしいのはあるものの、なんとなく気分がよくなる。
そのままステージの中央を目指すと、こちらを注視する視線が多くなるのを感じる。
緊張はしている。なのに、ゆるゆると頬の筋肉が緩み、自然と口角が上がる。
他の人間から見たら自然な笑みに見えるのだろう、と思いながら、ステージ中央(だと思う)で立ち止まり、体を四分の一回転させる。
そうすれば、正面を向くことになる。
口を開き、普段の倍以上の声を張り上げる。
「お待たせしました!! これより『オクトーバーフェスト』を、開催致します!!」
自分の声に合わせて、怒号のような歓声が上がる。
ノリいいなこいつら、と思いながら笑う。
ユストゥスではないが、こういうのは好きだ。
皆で、ひとつの目標を目指すことは楽しいし、達成したら一入だ。
だから、声を張り上げる。
「さて皆様!!
ご存じの方も、そうでない方も!! たったひとつだけ、このお祭りには掛け声、そして歌があります!!」
言って、ビールがなみなみと注がれたジョッキを掲げる。
「それは、“乾杯の歌”です!! 今ジョッキがない方は急ぎ近くの店員にお申し付けください!!
最初の一杯は、我々のおごりです!!」
更なる歓声が上がる。
全員が一体化していく感覚がみなぎる。
これが、大事だ。
――○――
ステージから大きく離れた席にいるにも関わらず、はっきりと聞こえたその言葉に。
「あ、乾杯だ」
朝右衛門は反射的にジョッキを見る。
妙に甘ったるくて、ビールとはこんなもんか、と半ばまで飲んでしまっている。
とはいえ、改めてオーダーするほどではない。
そのことを確認し、ジョッキを掴む。
そして、
「乾杯くらい、皆さんと一緒にしていいですよね!!」
先に言われていた、『乾杯の時もここを離れるな』という言葉をすっかり忘れ、席を離れる。
「ええと、確か……“G-26”とかなんとか……」
つぶやき、とてとてと歩き出す。
――●――
笑みをこぼしながら、ぐるりと見回す。
見える範囲では、ほぼジョッキを掲げている。
これ以上待つと泡が消えてしまいかねないので、素早く済ませることにする。
後ろの楽団に目くばせすると、今だけギター係のキルエリーヒが軽く顎を引く。
本来はアコーディオンなのだが、流石に誰も弾けないのでギターで流用する。
「歌詞はドイツ語なので、そこに関してはフィーリングで結構!!
『Eins,zwei,drei,g'suufa!!』の後、『乾杯』を示す『Prost』を宣言して乾杯します!!
さて、行きますよ!!」
指を鳴らし、キルエリーヒへの合図とする。
キルエリーヒはきちんと理解し、一音を鳴らす。
軽く頷き、口を開く。
――●――
ちょうど、その時だった。
「……は?」
〈零〉は、思わず間の抜けた声を上げる。
その正面に立つ権六は息を荒げたまま同じ言葉を繰り返す。
「と、『トリガラ』が逃げました!!」
〈零〉は思わず右拳を机に叩きつける。
感情からの行為ではなく、思考を切り替えるためだ。
本気なら、この程度の机は木っ端微塵だ。
空いている左手で、顎をさする。
「よりによって、乾杯の時とは……」
〈P-1〉から、探りを入れられているという報告は受けていた。
だからこそ、敢えて隠さずに企んでいる、と教えた。
こうすれば、相手は逆に慎重になり、ことが起きるまでは静観していると踏んだのだ。
実際、キルクノンからの報告では動くことなく、女子会よろしく朗らかに話をしている、と聞いていた。
しかし。
「まさかノーマークの『トリガラ』が動くとは……」
〈零〉は臍を噛む。
朝右衛門が明確な意図を持って動いている、とは考えにくい。
否。
「まさか、私が余計なこと言ったから?」
行動を起こす前に考えろ、などと言うんじゃなかった、と反省する。
だが、起きてしまったことだ。
考える。
「どうしましょう!?」
尻をつねられたままの〈Q-1〉が、軽くうろたえたような声を上げる。
ちなみに、権六には〈零〉と〈Q-1〉のプレイ内容は見えていない。
この場合、事態に対してなのか、今自分が置かれている状況に興奮してきたのかが分からないのが困る。
プレイの幅広いなぁ、と他人事のように思いながら、しかし腹は決まっている。
「……荒っぽいが、できると信じてやるしかない。
権六くんはそのまま捜索、『乾杯』前に排除して」
――●――
「Ein Prosit,Ein prosit」
歌いだした、その時だった。
『〈零〉より各位、イレギュラー発生』
このタイミングで、と叫びそうになるのを堪える。
もう、始まっているのだ。
歌う前なら、なんとでもできる……と思う。
だが、声を出した以上は引き下がれない。
焦るが、しかし続けて告げられた言葉を聞く。
『〈零〉より各位、私が対応する』
言葉の意味は分からない。
だが、長年の友人として。
(アイツ自らが動くのね、じゃあいいわ)
信頼し、自分のやるべきことをやる。
――▲――
「なんだと、今頃移動だと!?」
小柄な体躯を、ドイツ親衛隊のような黒服に包み、右目に眼帯をつけたショートカットの女性が叫ぶ。
左手には丸々一本のソーセージを刺したフォークを、右手にジョッキを抱えて、右の唇の端にビールの泡をつけたままであるため、
「(……ぷっ)」
「(いや笑ってやるな)」
「(でもちょっと……あ、あはは!!)」
「(舐めた方が早いね!!)」
「(あれそういうキャラ?)」
「(自重しろ)」
同じ席に着く面々は小声だが、口々につぶやく。
対するヴェンタは数々の言葉を無視し、
「もう始まるんじゃないのか!?」
ある程度、何をやるかを共有されているため、焦ったようにステージを見上げる。
しかし、対するメイリンは状況が分かっていないため、その問いに答えることができない。
だから言われていることを告げる。
「ヴェンタさんだけでいいので、とにかく“K-15-2”へと走って欲しい、とのことです」
参謀職として、一瞬見せられただけであっても地図は頭の中に入っている。
だから叫ばずにいられない。
「“K-15-2”!! 対角線じゃないか!!
……イレギュラーでも発生したか、ったく!!」
それにはメイリンも答えられる。
「分かっているなら言わないで動いてください!! もー私だって何がなんだか!!」
「あとでユンの股間蹴り上げていいぞ!!」
「……股間の“観察日記”にします!!」
地味に売り上げがありそうだ、と内心で思いながら。
逃亡した『トリガラ』の穴を埋めるべく、ヴェンタは走り出す。
――○――
「はっくちゅん!!
……考えてみたら、どこが“G”ってゾーンなんでしょう?」
――□――
「何ね? こん歌?」
「オクトーバーフェストで歌う歌、みたいやで?」
「……そいや、さっきユキさんがそげん言っとった」
――○――
「ドイツ語、だよね?」
「ええ、確か、『さあ乾杯だ』、だったと思いますわ」
「ほら、皆さんも!!
♪~ der Gemutlichkeit」
『うわ巧!!』
――●――
二小節目を歌いだした〈P-1〉の声を聞きながら。
一旦〈パーティ念話〉を切断した〈零〉は矢継ぎ早に〈念話〉をつなげ、指示を投げる。
「イヴォンヌちゃん、手すきの〈冒険者〉を“C-5”に逐次派遣。何としてでも『乾杯』させて」
『はい、“ヘンゼルとグレーテル”実施中です』
「……イザヨイ、龍くんとボロちゃんとで出入口を封鎖」
『承知しました』
「……メアちゃん、アルくんとでトイレの確認。もう乾杯するから急げ、って」
『大丈夫です、もう男女ともにいませんから』
〈念話〉を切ると、天幕から出る。
そして、懐から一枚の紙片を取り出す。
それは明らかに高レベルの素材を用いたことが分かる、箔押しの紙片だ。
加えて、書かれている文字は日本語だが、使っているインクは光の具合によってぬめって見える。
天幕から出ると同時、大柄で色黒の〈K-1〉が正面から急ぎ足で向かってくるのが見える。
「任せろ」
「任せた」
〈零〉はあっさりと箔押しの紙片を〈K-1〉へと渡す。
「派手になるだろうから、トイレの方でお願い」
「……遠いな!!」
「ダッシュ!! なんてね。その天幕から抜けられる」
〈K-1〉は言葉を背で受け、天幕を潜る。
それを見届け、ステージ、そして会場を一瞥して、〈K-1〉の後を追うように天幕へと戻る。
その場にいるのは〈Q-1〉だ。
彼女は彼に、一枚の紙片を手渡す。
それは、
「……こんなこともあろうかと作っておいた、予備」
例の【盟約】が書かれた〈契約書〉だ。
〈零〉は〈Q-1〉から受け取った〈契約書〉を握りしめ、何の躊躇もなく宣言する。
「『盟約に誓って』」
自分で、“一角”を担うために。




