ジョッキ 十二杯目
――●――
ユストゥスは手元のグラスを握る。
中身を煽ることなく、くるくる、と手首で回す。
そして、一人で言葉を紡ぎ出す。
「……わざと、なのかな?
ふぅん。
聞いてはいたけど、本当に〈ハウリング〉の人達といろいろ伝手があるみたいだね。
にしても、“彼”も泳がされているには違いないけど……いまいち《円卓》の考え方が分からない。
有象無象が過ぎて、読めていないのは否定しないけどね」
手元にある紙片を掴み、その内容に目を通す。
「……ふぅん。
“彼”は先日のザントリーフでは先行打撃部隊に抽出されている。
……単純な実力、で選んだんだろう、と思えるね」
だが、
「そこに選ばれる? まかり間違っても、それを名誉だなんて思わない」
ユストゥスは、文字通り吐き捨てる。
ザントリーフという戦場は最低の戦場だったと言える。
最悪、ではない。最低だ。
何しろ。
援軍なし。
補給なし。
砲撃なし。
航空支援なし。
挙句、まともな情報もなし。
そして。
「……『死にたくもなし』、と。
くはは、“六無斎”殿ほど才能がないのにねぇ。闇弱な上層部に蟄居申し付けられてろよド無能どもが」
例え、〈冒険者〉が死なない、否、死んでも生き返ると言っても。
何もなしに、死地に向かわせるのだ。
死ななければいい、という前提論で向かわせるのは。
「ただの努力不足を、脳筋共が勢いだけで納得しました、としか思えないよね。
……〈エターナルアイス〉で脳筋トップが喚いた通り。だから舐められるってのにさぁ。
本当にどうしようもない」
ユストゥスは嗤う。
――●――
後に〈ザントリーフ戦役〉と称される、〈ゴブリン王の戴冠〉前哨戦。
その前の、ツクバでの話。
三名の〈冒険者〉が、ツクバの「学院」、中規模の通路を行く。
ダッドリーは大きな体を小さくして、ユストゥスとハルの後ろを行く。
そうせざるを得ない。
何しろ、貴族相手に、自分の得意分野で“惨敗”を喫したのだ。
しかも、それを門外漢……とまでは行かないまでも、決して専門ではないユストゥスに救われた。
自分の“領域”を、土足で荒らされたのだ。
しかも、文字通りだ。
助かったのは事実だ。
だが。
決して心穏やかにその結果を飲み込むことなど出来ない。
理解はしている。
“自分”は負けた。
理解はしている。
だが、“〈冒険者〉”としては引き分けに持ち込めた。
ユストゥスの、勝利だ。
だから、肩を落として彼の後ろを進む。
そんな彼に対し、ユストゥスは苦笑を浮かべる。
(ダッドリーの心構えは分かるけどさ、こっちのことも考えて欲しいよね。
アキバなら上位ギルドとしての“能力”を保持しているとはいえ、この場では小規模の“戦力”しか有していないんだからさ?
その判断を忘れてなければ、プライドを賭けてやってもらっていいんだけどね)
現実では弁護士である田所には、現代としては珍しく、勝敗がきちんと決する戦いがある。
それは法廷という、人の人生を左右する戦場だ。
彼自身にはそこまでの事案を担当したことはないが、人によっては人の生死すら決するような裁判を担当することがある。
経験したことがないとはいえ、覚悟はしている。
だからこそ。
彼は、自身に対して甘くなれない。
そして、そんな自分に誇りを持っている。
そんな彼に対し、
「でもさ?」
ユストゥスはひらひら、と手を振る。
「……別にさ、勝たなくてもいいんだよね。
ダッドリーはさ、その辺どうしても概念として理解がないよね」
「当然だ。俺が、人の命を奪うことになるんだぞ」
その、絞りだすような声に。
「……でも、この世界では俺達は生き返るんですよ、ダッドリーさん」
ハルはなんともないような口調で答える。
「確かに、現実ではそうかもしれません。でも、今ここにはルールを理解して無茶やらかす、最強クラスのペテン師が揃っているんですよ。
なんでもかんでも、一人でやろうとしないでください」
その言葉に、ダッドリーは軽く息を吐き出す。
対して。
「……最近大きく出るね?」
「『そうあれかし』と教えてくださった方がいましてね?」
「ほう? そいつ、後で折檻しないとな」
「それは素晴らしい。ちなみに、自傷行為になるんですけど大丈夫ですか?」
「……“代理人”が二人もいるから大丈夫」
「二人で済みますか?」
「……なんとか済ませたいね。なんでこう……この世界の人間関係って、戦闘よりも恐ろしいよね?
あいや、そっちの“戦闘”は未経験だけどね? 経験したいけど、どうなるか分からないから出来ないよね」
「もうもげろよ。
一度も使わずに、一物抜いて笑顔で死ねよ」
ユストゥスとハルはあくまで気楽な調子でやりあっている。
だからこそ、尋ねる。
「……どうする、つもりなんだ?」
「その答えは、私は今のところ持ってない」
ユストゥスは普段のように笑う。
そして、自分達が進む先を指差す。
「だって、そちらさんがお持ちだからね?」
そこには。
「おや、ユストゥス殿?
……これは“奇遇”ですねぇ?」
先日まで、ユストゥスやガーフォードと“世間話”を繰り返していた〈大地人〉の貴族が立ち塞がる。
「なんでも、すぐにツクバをお立ちになると伺いまして。いやぁ、最後の最後で“偶然”お会いできてよかった」
「いえいえ、こちらも“急”なお話でして。
いやね、“先日”から申し上げている通り、“我々”も何の因果か《円卓》に連なるギルドでしてね?」
よくもまぁどの口が、と思うが、完全にこちらの尻拭いをさせた形になっているので何も返せない。
代わりと言ってはなんだが、
「(……よくもまぁどの口がそんなこと言うんでしょうね?)」
ハルが小声で言った。
――●――
ユストゥスは文字通り、ダッドリーの“戦場”に“土足”で押し入った。
そして、“交渉”を物理的にぶっ壊したのだ。
ハルは軽く憤る。
「(俺どうしようかと本気で焦ったんですからね。急にドアぶち破ったと同時、でかい声で『はい終~了~!!』って。
その後テーブルにダイヴしてチ○コ打って真顔になってもんどり打ってテーブル破壊しましたからね。
……芸人か!? 芸人なのか!? というか恥過ぎるだろ!! マジでどうすんだよ!! どんな顔しろってんだよ!!)」
「(……いや俺も見てたから説明はいいんだが。
そうだな、笑えばいいんじゃないか?)」
そう言うと。
ハルは、微塵の余裕も見られない、完全に引き攣った笑顔を浮かべ、こちらを向く。
少なくとも、九死に一生を得て浮かべたような、友好的なものではない。
それを見て、
「(……すまん。俺が間違った)」
素直に謝罪する。
ツクバと〈月光〉が進めていた“交渉”は、〈月光〉にとって、ひいては〈冒険者〉にとって極めて都合の悪い内容だったのは確かだ。
だからといって、いきなり〈月光〉側から全て白紙にすれば〈月光〉の汚名となる。
何しろ、こっちに都合が悪いから会議そのものをなかったことにしてね、というのだ。
そんなことをするのは救いようのない脊髄反射、あるいは爆撃機への特攻思想以外何者でもない。
だが。
自分達は《円卓会議》の意向を重視する、と突っぱねることで、
『〈月光〉としてはその条件を受けざるを得ないけど、そこまで進んだ“交渉”を破談にさせたのは《円卓会議》』
という印象を植えつけた。
貴族社会において、格上、つまり上位の爵位を賜る家の意向を無視することは絶対にできない。
だが。
当然、現実日本社会の考え方に準拠する《円卓会議》にそんな考え方はない。理解すら怪しい。
日本は少なくとも、見た目の上では階級社会ではないからだ。
取りまとめをしているのが《円卓会議》なだけで、上も下もない、というのが《円卓会議》の掲げる“建前”だ。
だが、貴族にはその“建前”が分からない。言うなれば、中世の人間が現代の社会制度に理解がないのと同じだ。
だから。
ユストゥスは敢えて、貴族達と同じように、〈冒険者〉の間にも階級があるように振る舞った。
特に、〈月光〉は《円卓会議》の中でも最下位にあり、虐げられてばかり、だと。
そんなデマを、ハルや♪ヒビキ♪、朧やイザヨイ、そしてタチアナやファビオラ、マルカントニオを使って流布した。
彼らは“わざと”貴族の耳には入らないよう、下働きや下位の従者にそういう話をする。
自分達と同じ立場にあると分かれば、勝手に距離感を縮めてくれる。
そして、どの世界においても、多少の距離感があったとしてもその手の噂話には食いつきを見せ、詳細を知りたがるようになる。
すると、入手した話を勝手に尾ひれを付けて拡散する。
それが、“なぜか”より上位の従者の耳に入る。
そこでもまた勝手に尾ひれを付け、“不思議な事に”更に上位である家の者へと伝わる。
立場の違う者達による“伝言ゲーム”が行われ、かくして“自分達が見たい現実を事実として誤認する”運びとなる。
そこまで読んで、お膳立てをした上で、普段なら馬鹿にして鼻で笑うだけの、『《円卓会議》の掲げる建前』を悪用した。
『《円卓会議》の掲げる建前』を『素人の掲げる綺麗事』に仕立て上げ、一気にこき下ろす“道化”として使い潰したのだ。
だが、それではまだ、〈月光〉の汚名を雪ぐには足りない。
だから、〈大地人〉が知り得ない、〈ゴブリン〉の進軍情報、そして《円卓会議》が取りうる作戦内容をぶちまけた。
ただし、流石に完全にひとつには絞り込むことは出来なかったため、エルヴィンと朧、イザヨイによる現状からの戦術予測を行い、ツクバへの派兵をも視野に入れた《円卓会議》が取りうる作戦を三つにまで絞り込んだ。
ひとつは〈月光〉暗号名、『シェリーフェン・プラン』。
ザントリーフ半島を亜大陸として見立てて、ぐるりと包囲殲滅を行う。
通称『効率厨乙』。
結果として、《円卓会議》参謀部が採用したのはこれだ。効率厨乙。
ひとつは〈月光〉暗号名、『ヴェーゼル演習』。
航空戦力による予備爆撃を経て、〈グリフォン〉などで空挺兵を輸送、そして〈オキュペテー〉を上陸用舟艇でなく、攻撃オプションとして利用した陸海空総動員の侵攻作戦。
通称『近代戦』。
ただ、最初からこれはないと考えられていた。
運用のノウハウがなさすぎるのだ。
そして、〈月光〉暗号名、『ツィタデレ』。
〈ゴブリン〉を大平原に誘導して、〈冒険者〉を城壁に見立てた、要は策も何もない殲滅戦。
通称『べ、別にアンタのためじゃないんだからね!!』。
……賭けが行われ、主席参謀である狐がひんひん泣く羽目になったのは違う話だ。
これらを、内股になったユストゥスは〈月光〉の名前で公表したのだ。
同時、『|《円卓会議》が《・・・・・・・》どの案を採用してもツクバに被害が及ぶ』、と誇張して。
この話を懇切丁寧に解説したおかげで、〈月光〉と進めてきた“交渉”を破談にすることにはしぶしぶ納得したツクバの貴族だが。
しかし、その後が良くなかった。
懇切丁寧に解説までしたというのに。
それでもまだ自分達のことを優先した考え方しかできなかったツクバの貴族に対し。
完全に蔑んだ目をしたユストゥスは吐き捨てるように宣言した。
「自分達は、アキバの人間だ。
アキバにわざわざお伺いを立てる気はないが、だからってアキバを蔑にするようなことはしない。
諸兄らにとって、この地が父祖の地、守らねばならぬ土地であるように、我らにとってアキバは寄る辺、重きは違うが諸兄らのこの地と同義だ。
……そのアキバを蔑むような表現を平然と言い放てるような、父祖の地を守れないようなゴミどもに払う敬意は持ち合わせていない。
父祖に恥じることなく、領民から蔑まれ、そして豚のように死ね」
つまり。
「(“無茶振り”を“無茶振り”で返した挙句、めんどくさいことは全部《円卓》に丸投げして、ツクバの貴族のメンツ潰しから徹底的な遺恨までこさえるなんて……)」
なぜか、ハルの口調にユストゥスへの憧憬のようなものを感じ取ってしまい、ダッドリーとしては教育を間違えたと反省しきりだ。
――●――
そして今に至る。
「(これで、俺達が《円卓》からの派兵が到着するまでのつなぎ、なんて面倒事を背負わされることはないわけですからね)」
「(だが、それで困るのはさっきまで相手をしていた連中ではない)」
そう。
ダッドリーは知っている。
(……少数かも知れないが、蹂躙されてしまう街や村がある)
先ほど、それを突かれての“惨敗”となった。
弱者は、為政者によって常に弱くあることを義務つけられてしまう。
自分はある意味で、そのことを理解している〈冒険者〉なのだ。
負けるわけにはいかなかった。
そこに、付け込まれた。
だから、破談にしてくれたユストゥスには感謝すら覚えている。
そして。
それを理解しているのは、今目の前にいる連中だ。
ダッドリーは気付く。
今までとは違う、“彼ら”の様子に。
忙しなく動く眼球、そして。
(……額に汗。
焦っているのか?)
それはそうだろう。
ツクバそのものは、今回の〈緑小鬼〉の侵攻ルートの上にはない。
そして、明確に《円卓会議》からの戦力提供を受けることが可能になった。
だが。
目の前にいる、数名の貴族は理解している。
領地が守られようとも、領民全てが守られるわけでないことを。
戦闘が行われなくても、“戦死者”が出てしまうことを。
だからこそ。
なりふり構っていられない。
口調こそ“奇遇”だの“偶然”だの並べているが、その実今回に関しては完全に逃さない構えに入っている。
普段の“前提”すら守れていないのだ。
そこまで事態は逼迫し、〈冒険者〉の助けを求めていることは明確だ。
だが。
軽々に助ける訳にはいかない。
そう、先ほどの流れで理解した。
理解を、強制された。
ならば、自分が言葉を作る訳にはいかない。
ここは、ユストゥスとハルの出番だ。
――●――
彼らの目は、もはや笑っていない。
だからこそ。
結論からは伝えない。
「……騎士及び従士の三割を“掌握”しました」
ユストゥスは笑う。
否。
嗤う。
「……それでは、足りませんよねぇ?
田畑は荒らされ、焼かれ。街や村を繋ぐ街道は寸断され、雲霞の如く湧く〈緑小鬼〉に蹂躙される。
……ただでさえ自分達で生み出せる作物も、そして稼ぐ額も少ない、言い換えれば税収の少ないツクバは、外からの物資をなるべく定額で得たい。でも、今は限られた街道を使わざるを得ない。
だというのに、金もなければ道もズタズタ。いつも以上に費用も、そして時間もかかってしまう。
領民は安全とは程遠い状況に置かれざるを得ない。
……さて、どうします?」
そう。
物が滞り無く流れるからこそ、人々は生活できる。
土地を、自分達の暮らしを守ろうという気風が高まる。
だが、それができなければ?
しかもそれが、自分達の土地を安堵する貴族が安全の享受を放棄した結果と知れば?
彼らの目は、もはや笑っていない。
だからこそ。
結論からは伝えない。
「非常時として、貴方方に掌握した騎士達への命令権限行使を許可します」
彼は続ける。
「金と、当面の“大前提”をお伝えします。
そして」
一度言葉を切り。
今度こそ。
結論を伝える。
「武器を振るうのは貴方方にお任せします、〈冒険者〉殿」
彼らは、領民を守るために軍権を手放した。
そして、あろうことか〈冒険者〉に手渡した。
そのことに。
その、意味に。
ハルは息を飲み。
ダッドリーは軽く目を瞠り。
「くはは。よくぞ申された。
というか、やっと思い出したのかよ?
どいつもこいつも、この呆け具合はほとほと呆れるな。
だがしかし、これこそ、由緒正しき『シビリアン・コントロール』ってヤツだよね。
元々、〈冒険者〉は〈冒険者|《傭兵》〉だっつーの。
どいつもこいつも、ぐだぐだぐだぐだ。何考えてんだか。アホじゃねぇの。
ばかなの? しぬの?
むしろ死ねよ。
端金で殺して殺される。
それが〈冒険者〉なんだよ。
死ぬこと目当てで戦場に行くのは日本人の悪癖だよねぇ。そればっかりは80年前から変わらない“美徳”と来た。
……『菊と刀』、あるいは『武士道』の影響なのかね?」
言いながら、ユストゥスは破顔する。
そして。
「……いいだろう。結ぶぞ、その“契約”」
途端、いつの間にか現れたタチアナとゲルベルトがその場に進み出る。
ゲルベルトがユストゥスの肩に丈の長い、黒を基調としたコートを掛ける。
対し、ユストゥスが短く答える。
「ご苦労」
「もったいなきお言葉」
肩に引っ掛けただけの、夜闇のようなコートを翻し。
ユストゥスは矢継ぎ早に告げる。
「ではまず地図を。戦術目標を提示してもらわんことには話にならん。
それと最も位の高い騎士と参謀……はいなければ補給担当の文官か、それに類する人間、地図が理解できて、その土地を見たことのある者を至急手配してくれ。
作戦本部は……ここから北に設置。
これからは時間との勝負だ」
ぽん、とダッドリーの背が叩かれる。
その手の主、ユストゥスは普段と変わらぬ笑顔を見せる。
「任せた、総大将」
言うと。
ユストゥス、そしてハルは歩き出す。
自分達の、“戦場”へと。
――●――
ユストゥスは笑顔のまま、手元の紙片を手繰る。
「……。
確かに、別にアキバの情報なんて、文字読めれば誰でも入手できる。
となると、それ以上……あ、なるほど、両方とも“釣れる”のを待っているのか。
攻撃的な割には待ちの要素が強い。シロエくんらしからぬ……逆だな、シロエくんは選んでいないのか。
……なるほどなー。それはそれで厄介だなぁ?」
すると。
「……済みません、〈冒険者〉の〈ギルド〉には、なかなか手を入れられず」
彼の後ろに、申し訳無さそうな表情のタチアナと、仏頂面のラリサが立つ。
タチアナは普段通りの格好で、ラリサは他の女性達と同様ディアンドル姿だ。
「そっちは大丈夫。〈冒険者〉の情報網を使うさ?」
ちらり、とそちらに顔ごと向ける。
「よく似合っているよ、ラリサ」
「……ふん」
珍しく、体ネタを振ってこないことに、むしろ、こちらの機嫌を伺うような言動に軽く戸惑う。
「これからが本番だからね。頼むよ」
「……わーっと」
「お任せください!! ついでに(むぐー)」
「だからなんでそこで姉様が出てくるん? 今はウチとそいつが話しとんねんで」
「ぷはっ!! ……ラリサが独占欲を出すなんて!! でも大丈夫!! 姉妹ともどもでお世話になれば」
「ぬぐあー!! 目ぇ覚ましてって!!」
仲良く(?)騒ぐ二人を見て、くすり、と笑う。
だが、
「……」
何も言わず。
「…………まだ、いいか」
考えることをそこで止め。
時期は来ていないし、と胸中でつぶやき。
顔を戻し、椅子に背を押し付ける。
「……いずれにせよ、情報が足りない」
「私達が至らず、申し訳ございません」
「いやウチらが悪いわけやのうて」
「この場合はラリサが正解。お前達はよくやってくれているよ。
ただ、どうにも足りないんだよね。
“世界”のピースは揃っているけど、なぜか当てはまらない……そんな感じだね」
その言葉に、ラリサが吐き捨てる。
「そんなん簡単やろ? 合わんピースを削って合わすなり、新しく作ったらエエやんか。
得意やろ、自分?」
その言葉に。
「この、不忠者!!」
タチアナが憤る。
そして、ラリサの頬を張るためか、手を大きく振りかぶる。
反射的にラリサは衝撃に備えるために目をつぶり、体を縮こまらせる。
しかし。
「タチアナ、いい。
……そうか、そういう考え方もあるね」
再度椅子に体重を預け、納得したように頷く。
「しかし!!」
言葉通り不満そうな表情のタチアナに対し、軽く笑いかける。
「いいんだ。
そういう気付きを、私は求めているんだよ。
どうにも、殺したり殺さなかったりで麻痺しちゃってるんだよなぁ……」
「……つまり、新たな刺激を与えればいい、と?」
わきわき、と。
タチアナは手指を動かしてユストゥスに近付く。
「……その手の刺激は毎晩受けているから、ちょっと控えたいなぁ」
絞られすぎて多分反応しないだろうしなぁ、とは言わない。
そんなことを言ったら、『では試してみましょう!!』とか言われるに決まっている。
そんな分かりやすい墓穴は懲り懲りだ。
――●――
「お楽しみのところ、恐縮だが」
ユストゥスの股間めがけて手を伸ばすタチアナと、それを必死になって阻止するユストゥスに対して、声が掛けられる。
「まだ、受付は締め切られてないんだろう?」
小柄な体躯を、ドイツ親衛隊のような黒服に包み、右目に眼帯をつけたショートカットの女性だ。
それを見たユストゥスは少しだけ間の抜けた声を上げる。
「あれ? ヴェンタ?」
「私だけじゃない」
言う通り、彼女の後ろには大小三人が立っている。
「すみません、ユストゥスさん」
白のロングワンピ、黒のローファーに身を包んだ、〈月光〉関連ギルドの“男の娘”枠その二こと遼河春姫は困ったように眉根を下げて。
「くじ引きで休暇を得たんです」
抜群のプロポーションを、シンプルな白のサマーセーターと赤のミニスカートで彩り、薄茶色のロングブーツを履いたエンディアは軽く微笑み。
「俺達が、な」
黒のTシャツに白のジャケット、ごついベルトを腰に巻いたツカムはあまり興味を示した様子もなく、つぶやく。
普段はほとんどアキバには来ない、加えてアサカに住んでいる〈月の子〉の四人を見て、ユストゥスは目を丸くする。
「珍しい組み合わせだね」
「ああ、俺もそう思う」
「キミが真っ先に返事するのも珍しい」
「くじ引きが導いた、粋なはからいだと思っている。
それに、たまには稼いだ金で飲みたい、という気分もある」
「……なるほど。他の連中に聞かせてやりたい言葉だ」
耳が痛いヴェンタ達は耳を塞いでいる。
そして。
「ん? あれぇ?」
「なっつかしいねー、〈月の子〉の諸君じゃないかー」
ピエロのような格好をした女性と、ライトブルーのオータムコート、白のミニスカートにニーハイソックスという出で立ちの女性が声を掛けてくる。
その二人に、ヴェンタが声を上げる。
「レスにヴィーラ、か。確かに久しぶりだな」
「“あの時”以来、か」
ツカムが少しだけ、何かを思い出すようにつぶやく。
その場にいるユストゥス以外の〈冒険者〉にとっては、“あの時”の記憶は忘れたくても忘れられない。
『……』
自然と黙りこむ皆に対して。
「……わーったよ。そこまでが“仕込み”なんだろ?
いいよ、今回は慰労込みで私のオゴリで」
ユストゥスの、少しだけ反省を込めたようなその言葉に。
「……いや、地味にいろいろ思い出して浸っただけなんだが……いいのか?
それに、レスとヴィーラは本当に偶然だぞ?」
「おいよせツカム!!
……ユストゥス、後悔からの言質は頂いたぞ!!
ま・さ・か、今更撤回なんてしないだろう?」
「わ、ありがとうございます」
「ご相伴に与ります」
「わ? それって私達も?」
「うっしゃー飲ーむぞ―」
「…………フロレン……え、今日は『チーフ』? どっちでもいい、空いてる席に六人ご案内だ!!
え、席がない? 空いてる椅子持ち寄って無理くり突っ込め!!」
そこで、気付く。
自分の思いと、彼らの思いの相違に。
彼らにしてみれば、“あの時”ことはそこまでのことではないと。
既に、過去のことなのだと割り切っているのだ。
その事実に安心を感じながら、しかし思うところはある。
もともとが、自分の蒔いた種だ。
だが。
ユストゥスとしては、自分の思い込みを認めて悩むより、相手が構築してくれた“落としどころ”に甘える方が諸々(・・)有意義だと理解し直した。
だからこそ。
「……いいよ。わざわざ私に“追い打ち”かけないでさっさと行けよ畜生」
半分拗ねたような口調で、“自分の負け”を装う。
果たして。
『よっしゃー!!』
ほぼ半数が喝采を上げ、アキバの外へと走り去り。
更にその半分がこちらに恐縮するように頭を下げ、〈ブリッジ・オブ・オールエイジス〉へと向かう。
彼女達の背中を見て。
だからこそ、安心する。
(……いや、弱みを見せるのは別に構わないんだけどさ?)
例外となったツカムが、こちらの肩に手を置く。
「複雑、だよな」
そして、
「分からんでもない」
ヴェンタも同様に、ツカムが手を置いた側とは違う側の肩に手を落とす。
「俺達は、お前の思考がなんとなく分かっている」
「全て読めている、とまでは言えないがな。
だが、少なくとも私達はお前の“味方”でいるつもりだ。利害を抜きにして、私達はお前の考えに従おう」
「だから、少しだけでもあいつらのことを理解してやってくれ」
言われ。
苦笑を見せる。
「……かなわないなぁ」
対して、
「ふん、そんな軽々に“叶う”とでも思っていたのか?」
ヴェンタは小柄な体を大きく反らし。
「安心してください。理解が伴っていますよ」
ツカムはリアクションに困る返しをしてくる。
二人の言葉に、素直に笑い。
「じゃあ二人のオゴリということで」
「あーあー聞こえなーい」
「……理解が伴わない言葉だな?」
「ああもう無料でいいから。
その代わり、ちょっと協力して?」
――●――
最後の最後で“一角”を確保し、その二人を見送る。
「これで、なんとか“発動”にはこぎつける、か。
さて」
ユストゥスは立ち上がるが、
「……っと」
立ちくらみをしたように軽くふらつく。
「ユストゥス様!?」
その様子を大袈裟に騒ぎ立てそうなタチアナに手の平を見せる。
「大丈夫。
ちょっと、ふらついただけ」
「しかし、」
「大丈夫。
……“綻んだ”わけじゃない」
胸元にある一枚の〈契約書〉を、ジャケットから引っ張り出す。
その一番上には、“経歴詐称”と書かれている。
細かい内容など暗記している〈契約書〉は、今のユストゥスにとって“延命措置”だ。
この〈契約術式〉により、“あの時”から常に変動し続ける自身のステータスを固定化しているのだ。
特に、“能力”の高い〈冒険者〉が揃うと変動が激しくなる。
常に“強者”を求める、“狂者”の所業の所為だ。
本来であれば、そんなことは進んでやらない。やるわけがない。
だが、“自分達”の目的と合致したのだ。
全てはこの世界を“自分達だけで”解き明かすため。
そのために進んで受け入れたのだ。
それは、今後必要となるだろう、とある存在を“鎮める”と同時、“使いこなす”ためでもある。
そのことは、“理解”し、“納得”し、そして“受け入れた”ことだ。
今更何かを思うことはない。
だからこそ、苦笑を濃くする。
「……皮肉なものだね。
“真理”を追い求める者ほど、“真理”からかけ離れ、“囚われる”。
『深淵を覗きこむ時、深淵もまたこちらを覗き込んでいるのだ』、か……」
嗤う。
「だからどうした?」
〈狼牙族〉は獰猛な笑みを浮かべる。
そして。
「試してみよう」
幻の耳が、頭頂部に現出し、実体化する。
幻の尾が、腰の下あたりに現出し、実体化する。
だが、以前のような筋繊維の膨張はない。
人の形を保ったまま、狼となる。
戴冠した、〈狼王〉の力を示す。
同時、黒い靄のようなものが、〈狼王〉の体にまとわりつく。
最初は気体のように漂うだけだったが、それは徐々に明確に質量と、そして粘性を帯びて〈狼王〉の体を覆い尽くそうとする。
戴冠した、年若き〈狼王〉はその様子を黙して眺めるだけだ。
その頬には、笑みすら浮かんでいる。
だが。
「ユストゥス様!!」
「姉様!!」
タチアナが叫び、ラリサが小柄な姉を押さえつける。
「離して!!」
「あいつらが言ーとったやろ!! アレに〈大地人〉が触れるのはアカンて!!」
「分かってる!! でも、でもユストゥス様が!!」
半狂乱になりながら、妹の手から逃れようとする。
だが、体格に劣るタチアナの抵抗も虚しく。
粘性を帯びた半透明の黒いそれは、年若き〈狼王〉の体を完全に覆い尽くす。
それが、全体を揺らすことで音を発する。
『懲リナイナ、貴様。
我ニ喰ワレルタメ、我ヲ喚ブトハ……推シ量レヌ阿呆ダナ?』
だが。
『残念ながら、貴様ほど阿呆じゃない』
半透明の黒の中から、くぐもった年若き〈狼王〉の声が響く。
『何!?』
粘性を帯びた黒いそれが、焦ったような音を出す。
すると、次の瞬間、
『グゥ!?』
苦悶するような音を発し、大きく表面を波立たせる。
そして。
『……クソッ!!』
捨て台詞を残して、内側から弾けることで、年若き〈狼王〉の体を解放する。
だが、それは飛び散ると同時、質量を持った黒い靄のようなものへと変化し、そして年若き〈狼王〉の体へと吸い込まれるように戻っていく。
「……ふん」
胸を押さえ、軽く俯くものの年若き〈狼王〉は、伸びた犬歯をむき出しにする。
そして、嗤う。
「残念ながら、俺は生きている。そして、“抑えこむ”方法もある。
……人は成長するんだよ。そして、克服する。取り残された貴様らには理解できないだろうがな?
第一、貴様より不活性化している時の貴様の残滓が起こす“発作”の方が脅威だ。他の連中を心配させるからな。
流石に、まだ貴様を使いこなすまでには至らないが、しかしいずれ“攻略”してやる。
……散々使い倒して、ボロ雑巾のように捨ててやる」
吠える。
「それまでせいぜい寝ていろ。〈典災〉」
「さて」
「……なんだか分からない流れになっているわね?」
「きちんと整理しないと分かりませんね」
「頑張れ。そして大丈夫。書いている方はもっと分かってないからね」
「これが事実だから恐ろしいわよね」
「だいぶ中身変えているからね」
「書き直す、って決めた時は結構気楽だったんですよね」
「せいぜい“排除”して、そのまま活かすだけ、なんて考えてたんだけど」
「……どっかの誰かの悪い癖が出たのね?」
「リメイクって、苦痛以外の何者でもないんだよね。何が悲しくて同じ物語を書かなきゃならない?」
「流石、『釣った魚に餌はやらない』主義。でもそれ、数ケ月前の誰かに聞かせてやればきっと滂沱するでしょうね」
「…………すげー刺さるから止めてあげて。
でもさ、実際楽しい?」
「それは書いている方? 読んでくださる方?」
「両方」
「……確かに、ほぼ全く同じ物語よりは楽しいでしょうけど」
「でも、書く方は苦労ばかりじゃないですか」
「ぶぶー。書いている方が楽しければそれでいい、が正解だね」
「……まぁ、そんな奴よね、どっかの誰か」
「基本、快楽主義者ですしね」
「にしても、やっぱりしっくり来ませんね」
「大幅に変えている部分もあるからね」
「実はここまでは以前、書き上げていたのよね」
「え、そうなんですか?」
「どっかの誰か換算で“第三稿”では、この次の序盤までは書き進めていたんだよ」
「……あれ、“やらかした”時期と合わなくないですか?」
「“SAN値”の快復度合いが違うからだね」
「……今思ったんだけど、やっぱり素直に休息してたらよかったんじゃない? なにかが黙りこむまで」
「んー、それは“結果論”だよね? 当時、そこまで考えられないくらいのっぴきならなかった以上、自分の選択が“最善”だとしか思えないわけだよ。そうしたら、どうする?」
「でも、大人げないですよね」
「…………それは言わないで。ガツガツ抉るから」
「反省というか、早まったって思いはあるんですね」
「あーもうお説教は懲り懲りです!!」
「ほら大人げない」
「大丈夫です、私が慰めてあげますから!!」
「…………しばらくそっとしておいて」
『アッ、ハイ』




