ジョッキ 八杯目
――◆――
ヘルメスさんが指差しながら説明しているが、大柄な狼牙族の女性はまだ要領を得ない、というような表情を浮かべている。
だけど、当のヘルメスさんはすっきりとしたような表情になっている。
それを見てか、ユンさんが口を開く。
「で、いかがです?」
「これこそ、“一般論”が適用されます?」
「おや、私の正気は貴女が請け負ってくださると?」
……この人って、ホント人に喧嘩売るの好きだな。
ヘルメスさんはわざとらしく息を大きく吐き出す。
そして。
「……『盟約に誓って』」
あっさりと、しかも急に宣言したものだから……あれ?
…………。
「しかし なにもおこらない」
つい口に出してしまった。
“電気鼠”が大人気なアレかよ。
じゃなく。
……どういうこと? 何か、劇的な変化とか起きるわけじゃないの?
「ふぅん、何の相談もなしで、とはね。
結構。では『トリガ……」
全く動じた様子のないユンさんの言葉が、徐々に小さくなる。
……うん、多分返事できないと思うね。
だって綺麗に白目向いているから。
「……ヨシくん?」
「い、いや、そんな強く絞めたとは思ってなくて……」
なんか急に弱々しくなったな?
「しょうがないですね♪ じゃあ~、」
「ダメ~♪」
ヘルメスさんがどさくさに紛れて、朝右衛門さんをそのまま“連行”しようとするのを、ユンさんがヘルメスさんの口真似をして、こやかに止める。
相変わらず似ない。というか本人目の前にしてよくやったな。
Tips:
ユストゥスは似ないモノマネをする。伝わりはするが皆からはスルー。
そして。
「約束は約束。争うなら」
言って、ひらひら、と〈契約書〉を指先で揺らす。
その様子に、ヘルメスさんがぐ、と黙りこむ。
「そっちが了解を示したんだよ? それを反故にするってことは」
「あーもう!! ねちねちねちねち!! 分かりましたわよおいてきますわよ!!」
なぜか法儀族の女性がキレた。
……あ、いや、争点はそこじゃなく。
「待ってていただいて構いませんよ。ただ、受付を塞がないで欲しいだけで」
その言葉に、自分達が徐々に横に広がり、受付を半ば塞ぐような形になっていることに気が付き。
「……失礼しました」
全員……ひとりぶら下がってだけど、顔を俯かせながら、受付の横へとずれる。
「こんなにたくさんの二つ名が……はっ!?」
どっからどう聞いてもマヌケなことを言いながら朝右衛門さんが目を覚ますまでに掛かった時間は、実際には五分程度だと思う。
受付の裏側、要はエントランスの会議室の椅子に座らせたと思ったら起きた。
頑丈そうだよな、この人。
体も、精神も。
「……僕は……一体……?」
言いながら、朝右衛門さんは真剣に苦悶の表情を浮かべ、こめかみに手を当てる。
ホント、無駄に情感たっぷりだな。
「朝ちゃん~、この指何本に見えます~♪」
ヘルメスさんは笑いながら、指を三本立てる。
「正解したら~“新たな力”に目覚める秘伝書を♪ “特別料金”で、“今”、“貴女だけに”、“オススメ”だけしてあげる~」
……詐欺じゃん。明らかに騙す文言じゃん。まっとうなこと、一言も言ってない。
しかも金取って“推薦”するだけじゃん。
何このアコギな商売。成り立つの?
だが。
「“新たな力”!!
さ、三本!! 三本です!!」
…………コイツ、ダメじゃね? あいや、女性にコイツってよくないけど、明らかに被害者の会に毎回ノミネートしそうじゃね?
しかもたいてい碌でもないような詐欺の。
「正解~♪」
ヘルメスさんはひらり、と。
例の〈契約書〉を裏返しにしたものを、朝右衛門さんの眼前に掲げる。
「金貨300枚♪」
「は、払います!! 払いますから!!」
焦ったように自分のポケットをまさぐり、そのままの勢いで会議室備え付けのテーブルに財布を手ごと叩きつける。財布の中身をぶちまけかねないような勢いだ。
何をそんな古典的な詐欺を相手に焦っている? そんなに早くドツボにハマりたい、と?
「ヘルメスさん、金貨300枚です!!」
細かく確認することなく、ちらりと見ただけで〈契約書〉を朝右衛門さんの手元に滑らせながら口を開く。
「毎度あり~♪
いい~朝ちゃん♪ 目を通したら~まず『盟約に誓って』って言うのよ~。
それが~貴女の“新たな力”を引き出す文言だから♪」
……もう新手の新興宗教かなんかの勧誘だよね、これ。
こんなん騙される
「『盟約に誓って』!!」
…………いたよ、ここに。
空いた口が塞がらないとはこのことだ。
朝右衛門さんは椅子から立ち上がると。
「これが、僕の“新たな力”……っ!!」
これまた情感たっぷりに、腰横に肘を付け、構えてみせる。
それは野菜な異星人が伝説の戦士に目覚めたみたいな感じだ。
……うん、何も起きてないけどね。金髪にも、髪の毛逆立ってもいないから。
あ、俺鳥肌立ってる。
こんな簡単に人が騙されるなんて……。
アレだな、本人が幸せならそれでいいか。
俺が納得したところで、ユンさんが会議室に顔を見せる。
「おい、“新たな力”に目覚めた『トリガラ』。話がある」
……新しい出汁が取れる程度の能力?
「それって、『僕』」
「だから貴様!!」
『ひゃっ!?』
「わっ!!」
思わず声が出てしまう。
ある程度は慣れたとはいえ、やはり種族としての恐怖は拭いきれない。
「ユンさんの前では極力その“一人称”やめてもらえます!?」
俺だって喰らうんだから!!
やむを得ず、と言うようにご自身の顔を指す朝右衛門さん。
ユンさんは頷くと、顎をしゃくってこちらに来るよう促す。
……ユンさんにしては珍しく、初対面の人にかなり失礼な反応だ。
年下だろうが、比較的丁寧に接するのに……というか単純に“呼び方”の所為だろうな。
朝右衛門さんは半分膨れて、それでもユンさんの方へと向かう。
素直な人なんだな。
……普通怖くて行けない。
――○――
僕は緊張していた。
だって普通、そうでしょ?
知らないギルドで、知らない人から、しかも男の人から呼び出されたら。
誰だって警戒する。
しかも、さっきは理不尽に怒られた。
……怒られたのとはちょっと違うけど、僕としては怒られたように感じた。
何がなんだかわからない。
……いや、この人は僕が『僕』ということが嫌なのは分かる。
でも、それは僕の自由だ。
それをなんだかんだと言われることには納得がいかない。
断固として抗議だ!!
すると、彼は足を止める。
受付から少し奥に進んだ、なんだかちょっと腐ったような匂いのする部屋の前。
さっきの小部屋からは影になっているような場所だ。
……なんでこんなところで?
こちらを向くその人は、少しだけバツの悪そうな表情をしている。
それはまるで、何か言いにくいことがありそうな感じがする。
……。
……まさか?
まさか!?
――◆――
「でも、なんだろうね? あの“呼び方”の人と話なんて絶対したがらないのに」
戻ってきた♪ヒビキ♪さんとの話に加わる方々がいる。
「ふぅん?」
「……ああいうのがお好み、とかではないですよね?」
先ほど紹介を受けた、狼牙族の義盛さんと法儀族のサツキさんだ。
義盛さんはでかくて、でかい。整った顔立ちをこちらに向け、話に耳を傾けている。
……軽く見上げなくてはならないのはちょっと悔しいし、そのままにしているとでかいのが……そのままでもいいいやよくないね♪ヒビキ♪さん!!
対するサツキさんはちいさくて、ない。顔に入れ墨のような文様が入っているのだが顔立ちそのものは愛らしく、そしてひとつひとつの所作がきれいだ。
「それはないですね。ユンさんの“公式”な奥さん“達”は……ふつうで、ない方と、でかくて、おおきい方ですから」
『……は?』
お二人は声を揃え、怪訝な顔をする。
「え? おかしいよね? “公式”? “達”って……どういうこと?」
……そりゃそうだろう。これが普通の反応だ。
「ですわね、ちょっと特異すぎますわよ?」
……慣れちゃったな、このおかしい状況に。
――○――
まさか、この僕にも
「ないから。そんな状況はないから。
……いや、お前の場合、少し黙ったらいいな。何か話す前に、少しだけ待て。考えなくていい、少しだけ待て。
それだけでずいぶん印象変わるぞ」
……何を言ってるんだろう、この人?
「……違う。いいか、ちょっと大事な話をしたい。できるだけ、質問だけに答えて欲しい。
あの、エンクルマさんとストレリチアさんの関係は?」
思わず叫ぶ。
「剛速球キター!!」
「い・い・か・ら・こ・た・え・ろ・よ!!」
「ええと……」
ちょっと難しい。
確か、エンクルマ先輩のお客さん、だったっけ?
ん? それをそのまま言うとよく分からないか。
ええと、ちょっと長くなるけど、ちゃんと伝えるか。
「エンクルマ先輩は現実では美容師さんで、」
「で、あるか。
でーあーるーかー」
また話の途中なのに!!
というか、なんで鼻をひくひくさせて、笑いを堪えているような表情をしているんだろう?
「おい、『トリガラ』」
「名前覚えろぉ!! 『トリガラ』じゃなくて『朝右」
「うるさい『トリガラ』。
くはは、お前、あの二人の仲が進展するのを望むか?」
……え?
ユストゥスという狼牙族の男性は、笑みを浮かべている。
「見たところ、どうにも中途半端じゃないか。
二人とも互いに気にかけているみたいだし、それに“この状態”も好機と言えば好機。
どうだ? こっちで多少のおぜん立てはするが、いかんせん私は二人のどちらとも初対面だ。
対して、お前は両方と顔見知りだし、ある程度の無茶をしてもお前のキャラなら大丈夫だろう?」
悪巧みをしていて、それを誰かに明かしている時に浮かべるような、やや黒い笑みだ。
でも、そんなことを気にせず、僕は考える。
……確かに。
この人があれやこれやと世話した揚句、『さーくっつけ』なんて言ったらうまくいくものも行かなくなる。
対して。
その無茶振りを、僕がフォローしつつ、そしてうまく導くことができれば!!
皆、僕のことを見直すに違いない!!
そんなことを思ったタイミングで、声がかかる。
「……さて、どうする? 単純でいいよ。イエスか、ノーだ」
その笑みに、僕は。
――◆――
「……“英雄は色を好む”、なんですかねぇ~♪ 毛沢東なんかあっちこっちに奥さん居たみたいだし~♪」
後からひょっこり顔を入れてきたのは眼鏡の女性、ヘルメスさんだ。
……うん、この人はおかしい。この状況でそんなことあっさり言うのは、どっかおかしい人だ。
間違いない。
ちなみにユンさんにはそんな権力はない。
しかも偏った右側の人だし。
それに資本主義の狗だし、御飯だけは絶対に食べさせてくれるし、新しいもの大好きだし、子供はたくさん欲しいとか言うから“”『レコードホルダー』とは全然違う。
そういえば、と思い出す。
「♪ヒビキ♪さん、こちらの六名様なんだけど“G-26”と“E-13”、あと“K-15-2”にだって」
俺の言葉を聞いて、♪ヒビキ♪さんは動じることなく笑顔を浮かべる。
「“G-26”は結構当たりですね。そっちに……ヘルメスさんとお三方ですね? で、“E-13”がお二人で、“K-15-2”が朝右衛門さんと」
的確過ぎる席割りに、義盛さんが訝しげな表情を浮かべる。
「あ、ユンさんから〈念話〉で聞いてましたから」
♪ヒビキ♪さんは問われる前に答える。
その答えを聞いた面々は、ため息のようなものを漏らす。
「相当訓練積んでいるんだな」
「的確ですわね」
「……なるほど」
「僕結局独りは変わらないんですね!?」
ひとり、なんでこうもマイペースか。
ああ、だから……。
……知りたくもない社会の真理を知ってしまった。
というか、すんなり流したけどいつの間にか復活してた。
「待って!! 行きます、『ぼ……も行きますって!!」
かろうじて“呼び方”を自粛した朝右衛門さんだが。
「す、すみません!! 『ユンさ」
「貴様が俺を『ユン』ば呼ぶな」
常にユンさんの“地雷”を踏み抜く。
その都度。
『ひゃっ!?』
「わっ!!」
俺達にしわ寄せが来る。
だから少しでいいから慣れて!!
「……そうは思うけどな、ハル。長年の癖は抜けなくてさー。
ほら、お前だってあるだろう? 一度パターンに入った抜きどこ」
「おわぁ!! 女の人いっぱいいるのになんてこと言うんだ!! 確かに変わらないけどさ!!」
早めに言っておかないとずっと言われるから!!
『へぇ~……』
初対面の女性達からいろいろと混ざり合った感嘆の声をいただく。
いっそのこと殺して!!
……生き返って生き恥晒すだけだからやっぱなし!!
「……」
奥の方にいる狼牙族の〈吟遊詩人〉のおねーさんはちらり、と狐尾族の男性を見た後、ふるふるっと頭を振り顔を真っ赤にして恥ずかしそうにうつむく。
……〈月光〉ではあんなリアクションの人はいないからすごく新鮮だ。
年上なのにかわいいと思ってしま♪ヒビキ♪さんほどではないよ!? ♪ヒビキ♪さんの方がかわいい!!
そんな時。
朝右衛門さんは急に、何の脈絡もなく♪ヒビキ♪さんの着ている服、つまりディアンドルを指す。
「す、ストレリチアさん!! あ、あのお洋服かわいいと思いませんか!!」
……なんでそんなに棒読みなんだ?
「ひぇ!? びっくりした……」
そりゃそうだ。俺もびっくりだよ。
だが。
「えっと、うん、かわいい……かな?」
困ったような笑顔を浮かべて答えるストレリチアさん。
この無茶振りに合わせてくれる……この人の方がよっぽどかわいいよ♪ヒビキ♪さんとはまた違う意味で!! その目は今やめて!! 今は俺のダメージ倍加するから!!
「確か~、ディアンドルですねぇ~♪ ドイツかどっかの民族衣装ですよ~♪」
おっとりとした口調でヘルメスさんが注釈を加える。
そこに。
「ぷふー、ドイツだけに!!」
……なぜか余計なことを言う朝右衛門さん。
しかも意味が全く分からない。
『……え、どういうこと?』
思わず、ユンさん以外の全員が聞いてしまう。
非常に残念そうな表情を浮かべるサツキさんが、いたたまれないようにつぶやく。
「……黙らせておきましょうか」
ユンさんは表情を消して、静かに頷く。
「是非に頼むよ」
焦るのは当然朝右衛門さんだ。
ユンさんにすがりつかんばかりに懇願する。
「待って!! お願いだから!! それに」
「それ以上は言うな。
……仕方ない、特赦」
「ありがとうございます!! ありがとうございます!!」
……なんだ、この茶番?
「そ、それより!!
ね、かわいいですよね!! コスプレみたいで!!」
だからなんで棒読みなんだよ、この人。
だが。
サツキさんとヘルメスさんは、♪ヒビキ♪さんの胸元を見て、顎を引く。
……うん、ノーコメント。
義盛さんが何気なくつぶやく。
「……朝ちゃん、その胸じゃ無理だよ?」
朝右衛門さんは顎すら引かず。
女性がしてはいけないような目をして、♪ヒビキ♪さんの胸元にターゲットしていた。
「………………はい。くそ、“クシャトリア”め」
♪ヒビキ♪さんは苦笑しつつ、否定する。
「い、いえ上には上が……アタシ“ヴァイシャ”ですから……じゃなく、だ、大丈夫ですよ、各種サイズありますから興味あれば!! ねぇユンさん?」
「ええ、いいですよ? 興味あればぜひ。違う一面を見せるチャンスですよ?
……貴様以外ならな」
ぎろり、と朝右衛門さんを睨む。
「風当り強い!!」
朝右衛門さんはたはー、などと言いながら、まんざらでもないような調子だ。
……少しは反省してほしい。
だから。
ほぼ全員が、聞き逃した。
とある方の、ほんの少しだけ、前に出る一歩となる言葉を。
「違う、一面……」
そして。
それを聞くことのできた人の、いつも通りの、安定のクオリティの言葉を。
「“第一条件”はクリア。あとは“動く”だけだ」




