アペリティフ 一杯目
――■――
〈天秤祭〉開催を明日に控え。
どことなく浮ついた雰囲気がアキバの街中を包んでいる中。
人々の衆目を集めつつ、しかし気にした様子もなくアキバの各所を行く〈冒険者〉達がいた。
――◆――
旧アキバ駅近く。
ここには、すらりとした長身の、年若い少女がたくさんのチラシを抱えていた。快活そうな彼女は、その美しさでも目を引くこと間違いなしだが、その“格好”でも衆目を集めていた。
胸の上半分が露出し、下から押し上げられている。その上には赤いチョッキのようなもの。エプロンドレスは緑を基調としており、足首までを隠す長さで、足元は茶色いローファー。
派手にも見えるが、明日から開催されるアキバのお祭りの衣装としてはおとなしい印象を受ける。
それもそのはず。
ドイツはチロル地方の民族衣装であるこのディアンドルは、そもそも農家の女性用の作業着だ。
そして。
この衣装は、現実の日本ではこの時期に開催される、とあるイベントでよく見かける。
そのディアンドルを着込んだ彼女は声を張り上げて、そのチラシを配る。
「皆さ~ん、明日から〈天秤祭〉で~す!!
いろんなイベントがあると思いますけど、こちらのイベントもよろしくお願いしますねー!!」
年頃の女性であれば物怖じしそうな服装であるにもかかわらず、彼女は気にした様子もなく、むしろ堂々とした様子だ。
まるで、奇異の目に慣れているように。
だが、配る相手を選んでいるようだ。
チラシへと手を伸ばした子供に対し、軽く手の平を向ける。
「あ、ごめんね、アタシより若い子はNGなの」
態度はやんわりと、その割に言葉ではバッサリとはねのける。
対して、
「あ、そこのおにーさんはOK!!」
彼女の顔から下を見て、だらしなく相好を崩した男がチラシを受け取る。
「お、おねーさんは強そう!! 是非参加してくださいねー」
「ん~? なにこれ? とりあえずあんがとねー」
和装を着崩している狐尾族の女性に手渡し、にこりと笑う。
「あ、おにーさんもどうぞ!!」
言われ、どこかで見たことのある少女からチラシを受け取った青年は、そこに目を通す。
そこには。
――■――
〈お酒のバッカス〉主催!! 誰が一番強いかやってみようぜ!! 飲み放題大会『大笊』開催決定!!
あの金にがめついと評判の(ほっとけ)〈お酒のバッカス〉が!!
日頃の感謝と致しまして、〈天秤祭〉の二日目に飲み放題イベントを開催致します!!
皆様からの搾取はこのためにあったんです!!
思う存分お楽しみいただけるよう、用意するお酒は全部で10種類!!
新作も放出しちゃいます!! ただしすみません、こちらは数量限定です。
また、お酒に合うつまみも用意してあります!!
普段から搾取されている皆様のご参加を心よりお待ち申し上げておりますククク!!
~開催情報~
開催:〈天秤祭〉二日目の夜
場所:未定(決定次第またチラシ配ります)
参加資格:自称20歳以上(自薦他薦問わず)
参加費 :無料 (一部を除く)
※上記大会に関しては、予告なく変更する恐れがありますのでご了承ください。
※メインは野外(予定)でのビアガーデン的な何かです。10月と言えばあれですよ?
そのテンションでお越しください。
むしろ飲みたい方は上記大会にエントリーしてください。
協賛:ギルド <月光>
※ただし《円卓会議》未承認
バレたら逃げろ!!
死して屍拾うものなし!!
――■――
最後の一文を読んだ彼は、素直に渋面を作る。
「……どういう意味だ、こりゃ?」
――△――
枯れ草色の髪の毛の上から頭を撫でると、思わず声が漏れる。
「これはまた……」
アキバの街を上げてのお祭り、〈天秤祭〉に近付くにつれて。
分かっていたことではあったのだが。
アキバの街は、にぎやかと言うよりは煩雑になっていった。
《円卓会議》発足前は、〈冒険者〉の心も、そしてアキバの街も荒廃していた。
だが、それをここまでにしたのは自分達のような年寄ではなく、一時期一緒に住んでいた若い子たちだということに、改めて様々な思いに耽る。
とはいえ。
(煩雑とは、あまり好きな言葉ではないなぁ。もう少し違う表現はないかな?)
ひょろりとした〈吟遊詩人〉は苦笑を浮かべ、何かいい表現はないかとぐるりとまわりを見回す。
「だーかーらー!! 荷物の搬入はこっちじゃないって!!」
「生もの……えーっと冷蔵庫じゃない、冷蔵品扱う倉庫ってどこ空いてるー?」
「こちらでアキバマップやスケジュールの最新版配布してマース、よろしければどうぞー」
「レイネシア姫主催の夕餐会の招待状が当たるかもしれない福引はこちらー」
「レイネシア姫フィギュア予約抽選券の最後尾はこちらではありません、もう一ブロック向こうでーす」
(うーん……)
やはり煩雑で間違っていないような気がする。特に一番最後。
広場やギルド会館の催し物スケジュールが記載された、最新のパンフレットを貰いながら、大きく辺りを見渡す。
そして、アキバの街も久しぶりだな、と思うくらいには離れていたのだと実感する。
とはいえ。
〈冒険者〉によってはススキノまで行って帰ってきた人までいるくらいだし、自分の行動範囲はそこまででもないのだが。
その感覚は、約一週間前に帰ってきた時よりも、今の方が強く感じる。
そのことに気付き。
自分の目が明らかに外に向いていたことに改めて思い知らされ、ゆるゆると頬が緩み、笑みになってしまう。
だが、それもこの雰囲気の所為で誰からも奇異の目で見られることはない。
加えて、露店も多く見受けられる。
以前は素材系が多く並んでいた。だが、徐々に明日からのお祭り仕様の所為なのか、現実での屋台で販売されているような、食べ歩きができる食品が並ぶ。
『たこやき』と書かれたのれんを見たことに驚きと郷愁の思いを抱きつつ、旧アキバ駅の方へと歩を進める。
それらの屋台の並びを見ながら、のんびりと歩く。
(うん、〈大地人〉の活気が違うね。生きるために精一杯というより、その日を楽しむことに精一杯、という様子だ。
……ここまで変わるもの、なんだね。新しいものを作り上げていく、という思いが、今までのものをあっさりと塗り替えていく。
こりゃあ、もう少しアキバにいた方がよかったかな?)
少しだけ後悔のようなものを感じるが、いやいやとかぶりを振る。
(それはただ観察したいだけだね。『彼ら』のように、作り上げたい、という思いからではない。
それは、僕が邪魔しちゃいけないね)
納得したように軽く頷く。
とはいえ、他の人が創り出していく様子は見ていて楽しいのは事実だ。
ぐるり、と並んでいる屋台を眺めながら思うのは、
(高校の文化祭というよりは、大学の学園祭に近いような気がするね。
とはいえ、ずいぶんと昔のことだから明確にどう違う、とは言いにくいなぁ……)
扱っている商材にアルコールが含まれるか否かくらいかな、などと考えていると、進行方向の少し先に人だかりができている。
つい、日本人としての感覚でそちらに興味が沸く。
ちらちらと見えるのは、どうやら女性というよりは少女が近いだろうか、が何かを周りの人々に配っている、ということが分かった。
完全に興味が勝り、その集団に近寄る。
最初は雑然とした塊なのかと思っていたが、どうやら比較的順番を守っているようだ。この辺は腐っても日本人なのかな、などと思いながら自分もおとなしく待つ。
自分の番となり、少女のにこやかな顔に迎えられると同時、チラシを押し付けられる。
「是非ご参加くださいね」
「やあ、ありがとう」
簡素に礼を言い、手にしたチラシを眺める。
内容を斜め読みすると同時、彼女の格好を見て現実でのとあるイベントを思い出す。
(……そうか、今は10月か。『オクトーバーフェスト』だね。
……懐かしいな)
同時に、思う。
(ビール、か。
そういえば、ずいぶんと飲んでいないな。久しぶりにはいいけど、ひとりで飲むのもつまらないしね)
誰かいて、気が向いたら行こうか、と胸中で決めた時だった。
自分にしか聞こえない、鈴の音が頭の中に響く。
思わず辺りを見回すが、当然その相手は確認できない。
そんな間にも、リンリンリンリン鳴り響く〈念話〉のベルに耐え兼ね、着信に応じることにした。
とたん耳元に響くのは大音量の声。耳鳴りに頭を押さえながら、疲労も露に呟いた。
「……飲み会の話なら知ってる、というか……今見たけれど」
「アンタにしちゃ話が早くて助かるねぇ。行け、飲め、選んでこい」
「……『キティさん』は辛口が好きなんじゃなかったのかい」
あまりに遠慮のない指示に、流石に不満の混じった声が出る。だが、それで悪びれるのなら、自分はオーナーになんてなってはいないのだ。
いけしゃあしゃあと、実に嬉しそうな彼女の声は、止まることなく〈念話〉から伝わり続ける。
「旨いものならなんだってイイ、それが酒ってもんだろう? あと『キティ』じゃあないよ、『ナス野郎』」
「自分が忙しいからって僕に押し付けて……いいよ、頑張ってるみたいだし。行って選んでくるから」
「よーし、選んで買った分の酒代はアタシが払う! あの銭ゲバどもの店で品定めが出来る機会なんて滅多にないからねぇ」
それは言い過ぎじゃないかな。
そう呟いた言葉は口中で沈み、かくして〈吟遊詩人〉は酒宴のただ中に飛び込むこととなった。
――■――
白いゴスロリ服に身を包んだ〈冒険者〉は、走ることなく歩く。
時間帯としては夜に近い夕暮れ時だというのに、加えて雨も降っていないというのに、フリルの付いた小さな傘を差して、だ。
目は大きく、まつ毛ははっきりとカールしている。
軽く化粧を施しているものの、それも最低限のアイラインや口紅程度で、十分に美しさを際立たせている。
だが。
その〈冒険者〉の目の下には、薄い化粧程度では消すことの出来ない、びっしりとこびりついたような浅黒い隈が浮いている。見る人間が見れば気が付くだろうが、生憎とそれに気付くような観察眼を持つ者はこの場にいなかった。
実際、本人もそれとわからぬように振舞っているので、気付かれても気のせい、または見間違え、と思うことだろう。それだけ徹底しているのだ。
体の起伏の少なさより、細さが際立つ。
ドレープのふんだんに入ったスカートはかなり短く、そこから伸びる足からは少しだけ肌が見え、その下はこれまた真っ白なレース調のニーソックスに包まれている。
極めつけは白いブーツだ。
脛から足首に至ってはいくつものごついベルトで締められている。踵から飛び出ているのは太めの針かと見まごうばかりの細さと高さのピンヒールだ
完全に特殊な趣味の域に踏み込んでいる逸品であるにも関わらず、歩く姿はよろけることなく、優雅の一言だ。
道行く男どもは思わず足を止め、その姿と格好に見とれる。
その〈冒険者〉は、男がそんなリアクションを取るのが当然、と言った様子で、にこりと笑いかける。
その笑みも、決して嫣然としているわけでもないのに、男女問わず見た者の頬を赤く染める威力がある。
それはまるで、完全に計算しつくされ、演じているような立ち振る舞いだ。
その〈冒険者〉に、ふらふらと、身を弁えない男が一人寄っていく。
誰かが注意しようとするが、しかしその〈冒険者〉には畏れ多さが先行して近付くことができない。
だが。
その〈冒険者〉は、そんな不届き者に対してもやはりにこり、と優しく笑う。
それを見た男どもは表情をだらしなく緩ませ、一部の女性陣は頬を薄く朱に染める。
その様子を、むしろ当然のように振る舞う〈冒険者〉は、これまた白く、小さなポシェットから取り出したチラシを渡す。
相好を崩した不届き者は恭しくそれを手にする。
そのやり取りを見たその場の全員が、我先にと、しかし一列になって並ぶ。
そして〈冒険者〉から、恭しくチラシを受け取る。
それはまるで、何かの儀式のようだった。
少し歩いては列が出来、チラシを配る。時折左右の人だかりに手を振り、やはり緩やかな笑みを浮かべる。
これを何度か繰り返していたが。
突然、その白い〈冒険者〉はぴたり、と足を止める。
そこは、通称〈変人窟〉と呼ばれる、極めて尖った価値観を共有する同志が集まっている場所だ。
そこで初めて。
白い〈冒険者〉は、今までの笑顔のまま、だが少しだけ口の端をひくり、と動かすと。
くるり、と来た道を戻ろうとする。
だが。
「……匂う、匂うわねぇ~」
「……“同じ”匂いがするわぁ?」
その野太い声を聞き、動きが止まる。
そして。
その〈冒険者〉はあっさりとブーツを脱ぎ、傘を畳むと。
ポシェットを逆さまにしてチラシを放り、脱兎の如く逃げ始めた。
スカートの裾が完全に翻ってしまい、それもあって更に衆目を集める。
ニーソックスに包まれた一歩のスライドは大きく、まるで男性のようだ。
体を前傾し、更に速度を上げ、白い〈冒険者〉はそのまま生産系ギルド街の方へと向かう。
一部始終を見ていた者たちは何だかよく分からないまま、ばらまかれたチラシに目を通す。
――◇――
同僚と共に、明日からの祭りに浮かれがちなアキバの街を歩く。
やむを得ない、とは思うが、最低限の分別は必要だと思う。
「分からないわけじゃないんだがな」
女性にしつこく言い寄る男を極力言葉で諭した同僚が苦笑交じりに言う。
「祭りってのは、どうしても気分が高揚するからなぁ」
「違いない」
笑う同僚たちの言葉に重ねるように続ける。
「なんというか、文化祭の延長みたいなもんなんやけどな」
「いやいや、それがいいんじゃないか」
比較的、気の置けない同僚は力説する。
「文化祭の準備期間のドタバタ展開で芽生えるなんやかんや……青春でしょう!?」
そういえば、彼の“中身”はまだ高校生だったことを思い出し、苦笑を返す。
「せやなぁ、そんな頃もあった気がするんやが。
大体はお祭り終わったらそこでその関係も終わりやで?」
すると。
彼はがっくりと膝を地面につける。
そして、血の涙を流さんばかりの表情で慟哭する。
「分かってる、分かってるんだよそんなこと!! 少しは夢を見せてくれよ!!」
「……まぁ、夢見るんは若モンの特権やし、エエとんちゃうか?」
自分としては一応の理解を示したつもりだったのだが。
「全く!! これだから妻帯者は!!」
「本当だな」
返ってきたのは今いる半分の仲間のみで、他のメンバーからは特に反応らしい反応はない。
だが、別に無視されているわけではない。彼らも苦笑を浮かべている様子から、頭から嫌われているわけではないことは窺える。
胸中で嘆息し。
表情には苦笑を浮かべ、つぶやく。
「ほんで、責められんのは俺ってか?」
『その通り』
「なんやねん、その連携プレイは!?」
辺りに、軽く笑いが起きる。
全員からではないものの、こうしていじられる程度にはメンバーに認められている。
そのことに対しては、素直に悪くないと思える。
大げさかもしれないが、命からがらミナミを出てよかった、とかなり本気で思えるくらいには。
そして、そんな自分でも受け入れてくれる仲間が少しでもいることに対して、本当にありがたいと思う。
今、ミナミのきな臭さはアキバでも話題に上がるほどだ。
その戦闘系ギルドの代表格である〈ハウリング〉出身の自分は、もっと白眼視されてもおかしくないとは思っている。
実際、自分を知るメンバーからは、少なからず敵意が見受けられる。
否、敵意と言うよりは、どう扱えばいいのか戸惑っている、という感じだろうか。
ゲームの頃でも、そしてこの状態でも、大規模戦闘者として、戦闘の実力には自信を持っている。
先日のザントリーフの戦闘においても、先行打撃部隊の一員として出撃したことから、それは客観的事実だろう。
だからこそ、自分の立場は非常に微妙だ。
未だ戦闘系の〈冒険者〉の間では、自分が所属しているギルドは〈ハウリング〉という認識であり、〈ホネスティ〉ではない。
(こればっかりは、時間の問題やろな……)
その事実にも、胸中で嘆息する。
同時に恐怖に近い感情もある。
いずれ。
形は違えども〈ハウリング〉の末期のようなことが、自分の身に降りかかるのではないかと。
だが。
こうも、思う。
(……ある意味。そん時はそん時やろう……な)
こればかりは自分一人で何とかできるようなことではない。
それこそ、この街の総意に依るだろう、と思う。
そんな自分にも、できることはある。
少しでも、自分が好きだと思えるこの街の役に立ちたい。
偽らざる思いだ。
現実での職業からなのかもしれないが、素直にそう思えることがうれしいし、そのために頑張ろうと思える。
だが。
「明日から、〈天秤祭〉かぁー」
「なんで〈天秤祭〉てな名前なんだろうな? で、どうすんだ?」
「まだ決めてないよ。そもそも見回りのローテがあるしなー」
「俺、明日は丸々休みなんで、食べ歩きスタンプラリーとやらに挑戦しますよ」
メンバーが談笑しているのを聞きながら、さて自分はどうするか、と思っていると。
自分達の目の前を、全力疾走する白い影が横切る。
白いゴスロリ衣装に身を包み、なぜか手にブーツを持っているのに、速い。
スライドが大きく、やや短いスカートがまくれ上がるのも構っていない。
そして、その裾が大きく翻るのを見て、
『ほう……』
自分以外の同僚の声が揃う。
「白ゴスなのに、“黒”とは……」
「しかもかなりきわどかったな。あれってローライズっていうんだろ?」
「ギャップがすごいな!!」
『だがそれがいい』
よく見ているな、と思いつつ。
だが、彼は見抜いていた。
スライドの長さといい、骨格といい。
(……あれ、野郎、やったよな?)
男女で筋肉のつき方や骨格の特徴から、走り方は微妙に違う。
最も大きいのは、骨盤の形状だ。
女性は体内で子供を支える必要があるため、動きより安定を重視した骨盤の形になっているのに対し、男性は動くことを前提とした形状になっている。そのため、女性アスリートはその辺から矯正していくと聞いたことがある。
そこ行くと、先ほどの白ゴスはアスリートでない限り、男性的な走り方だった。
加えて。
女性にはない股間のものが邪魔になるため、スライドが大きく、そして足先は外側に向く。
そこで、ふと。
先日、ザントリーフで共闘した知り合いを思い出す。
(ユウさんとは逆パターン……あ、いや。野郎が女性の格好しとるだけやな。
……そういや、あの後また旅に出るてクニヒコさんと行ってしもうたけど、今どこで何しとるんやろか?)
――◇――
ウェストランデ。
ミナミから遠く離れた、ロカントリという小さな村。
女性の足でも、村の端から端まで15分とかからないような規模の村だ。
そんな村を、長い黒髪を背に流しながら走り回る、妙齢の女性の〈暗殺者〉は突然、
「っくしゅ」
外見に見合った、女性らしいくしゃみをする。
Tips:
くしゃみ芸はもはやお約束。
だが。
本人はその場で足を止め、愕然とした表情で今の現象について省みる。
「……そんな、くしゃみまで女性っぽくなっている!?」
その口からこぼれる声は、外見に見合ったややハスキーヴォイスだ。
通りかかった〈大地人〉は、そんな彼女を見て首を傾げている。
それはまるで、女性が女性らしいくしゃみをして何がおかしい、と言わんばかりだ。
その表情を見て、更に愕然とする女性。
今の自分の顔はさぞ間抜けだろう、と思う間もなく。
「……そうだ、飲み水。
昨日は井戸の確認をしなかったな。今日は全ての井戸を確認してみるか」
何かに取りつかれたかのように。
女性がしてはいけないような目つきで。
彼女はあきらめることなく、足を動かすことにした。
――◇――
(……やることあって、元気やったらええか)
先ほどの白ゴスについて、あれこれと話すメンバーに加わることなく、だが苦笑しながら思う。
(……あれを許容できるんなったんは、この街が平和だからやろなー)
自身の胸中での発言に対し、胸中でツッコむ。
(ンなわけあるかい。
……いや平和なんはホントやけども)
先ほどの白ゴスについて、ステータスを確認できなかったために悔しがるメンバーや、勝手に『白薔薇の君』などと命名するメンバーに『乙女か!?』とツッコみ、軽く引く自分を自覚しながら思う。
(俺のことはいったんおいといて。
……このお祭り、成功させなな)
決意を新たに一歩を踏み出すと、靴が紙片を踏んんだような軽い音がする。
「……なんや、コレ?」
つぶやきながら拾ったものは、どうやらチラシのようだ。
そして、今日何度目かの感想を胸中で洩らす。
(またか……)
〈天秤祭〉を明日に控え。
急に突発イベントを企画するギルドは多い。
そのため、実は警邏というよりはそのような突発イベントの情報を集め、《円卓会議》へと報告するのが自分達の役目だ。
だが、今拾ったチラシの内容を確認する表情が少しだけほころぶ。
(ほう、ビールイベントかいな。ええなぁ、そういうんも)
つい、現実でのビアガーデンを思い出してしまう。
キンキンに冷えているわけではないし、料理だって冷凍食品のような味気ない物ばかりだが、仲間と飲むビールは格別だ。
(……せや!!
この街を守る、てのも俺の仕事やし、せやけどせっかくのお祭りやからな。何人か誘って、参加しよか)
軽く表面をはたき、チラシを懐にしまい込みながら。
今を共に生きる“仲間”と共に、警邏の道中を進む。