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剣呑天秤祭 ザ・アキバ・タイブレイク  作者: オヒョウ【検閲済】
21/66

グラス 十六杯目

 ――●――


 ユストゥスとタチアナは、祭りで浮かれる街中を進む。

 ユストゥスは一抱えもあるような樽と、その樽の三分の一くらいの大きさの樽をこともなげに持っている。

 それなのに、人と人の間をあっさりと、ぶつからないように進む。

 そして、タチアナの方は胸前に抱えられる箱と、三つの大振りなグラスだ。

 そのタチアナもまた、人と人の間をすり抜けて進む。


 二人の間に会話はない。


 だが、ユストゥスは自身の歩幅とタチアナの歩幅を考慮したかのように少しだけ歩を緩めてみたり、タチアナはその気遣いを無駄にしないようにと歩みに小走りになり、互いが互いを慮る。

 そんな二人が向かう先は、アキバの名所、〈銀葉の大樹〉だ。

 名所であり、そして雰囲気の良さではトップクラスの場所は当然のように人であふれている。

 だが、とある一角だけは誰も近寄ろうとしない。

 その、誰も近寄ろうとしない一角には先客がいた。

 頭からこ汚い色の布を被り、そこからちらり、と見えるその装備は、タウン内だというのに武器以外はフル装備、胸には投擲用の短刀が仕込まれている。

 しかもその装備はほぼ〈幻想級〉、または高難度クエストをいくつも撃破してきた廃人ヘビーゲーマーでなければ揃えられないような装備ばかりだ。

 その先客が、誰も寄せつけないオーラを放っている所為だ。

 だが。

 ユストゥスとタチアナは全く気にした様子もなく、その先客へと近付いていく。

 そこが、彼らの目的地であり、その先客こそ、彼らが求める相手だ。


「よ。待たせた?」


 ユストゥスはその人物に気軽に声を掛ける。

「……」

 対し、その人物は無言だ。

 まるで、そんな気軽に挨拶などできるか、と言わんばかりだ。

 だが。


「……これが今のアキバか。確かに、すごいな。

 ……聞いていた以上だ」


 祭りの喧噪の中でも、その低い声は彼らの耳に届く。

 だから、ユストゥスはこともなげに続ける。

「シロエくんが作ったんだよ」

 その名前に、低い声の持ち主は、

「……そう、か」

 とだけ、つぶやく。

 それに対し、ユストゥスは苦笑を返す。

「……と、言いたいところだけど、この祭り自体はアキバの住民が作り上げたんだ。

 確かに諸々計画したのはシロエくんだけど、それを受け入れ、ここまで育てたのは間違いなくアキバの住民だよ。

 〈冒険者〉だけじゃない、〈大地人〉も含めた、ね」

 その言葉に、低い声の持ち主は動きを止める。

 そして再度、

「……そう、か」

 とだけ、つぶやく。


 見る人間が見れば無礼にも取れるようなその態度に、二人とも何も言わない。

 特に、ユストゥスに心酔しているタチアナにしてみれば、タウンから出た瞬間に〈大地人〉による暗殺部隊を手配しかねないというのに、だ。

 むしろそのタチアナの方が、何かを堪えるような表情で声の主を見ている。

 ユストゥスはそんな様子を見、逆に表情を苦笑から微笑へと変える。


「……ひとつだけ、聞かせてくれないかな。

 もしも今、シロエくんから誘われたら?」


 その問いに、声の主は少しだけ悩むように黙りこくる。

 顎を引いたようで、布を被った頭の部分が軽く動く。

 だが、出てきた答えは。


「断る。

 そりゃあ、俺達が求める“新規の挑戦(レイド)”じゃないからな」


 否定だった。

 予測していた通りの答えであったことに、ユストゥスはいつも通り、笑う。

「くはは。まったく頑固だなー。

 ……もう少し長い目で見ればいいと思うんだけどねー」

 含みを持たせた言い方に対し、相手も慣れたようにため息を吐く。

「……ほっとけ、性分だ。

 第一、それを言ったらお前達だって“見えている”のか怪しいもんだぜ」

 その言葉に、

「ふぅん、“多少は”ものを知ってるわけか」

 ユストゥスは少しだけ目を細める。

「だが、そうだな……今のお前の方が、なんというか……」

 少しだけ押し黙り、そして、

「…………お前“達”らしい、と。そう、思う」

 認めるような言葉をひねり出す。

 ユストゥスは笑う。

「知ってる。でもこっちには入れてやらないからね。

 だから、シロエくんとこの大規模戦闘レイドは受けてやれよ?

 ……ったく、ツンデレエルフはひとりで十分なのに」

 ユストゥスは、これまた慣れた様子で苦笑する。


 ――▲――


 〈月光キアーロ・ディ・ルナ〉のギルドホール内は、たった二人の暴走により、内紛状態だった。

 血走った眼をしたエルフが吠える。

「どこ行った?」

 答えたのはハーフアルヴだ。

「私達にも黙って行ったということは」

「私達がいると厄介な相手!!」

 とある狼牙族の嫁達は、同時に叫ぶ。


『つまりは余所の女!!』


 この状況を引き起こした狼牙族の動向を知っている〈暗殺者〉は、まさにドン引きしながら経過を見ていた。

「(……途中までは合っているんだが……既に論理的思考じゃない。

 ……果報者だな、セージュン。俺は遠慮被るが。何が何でも。全力で)」

 エルフは、嗤う。

 聞く者の精神を蝕むような、部屋中に響くほどので。

「……く、くくく、くはははははっ!!」

 その声を聞いてしまった、エルフの〈盗剣士〉は状態異常:混乱に陥る。

「しっかり!! 気を確かに持つのよ!!」

 状態異常回復魔法を投射する巨乳の〈神祇官〉の目は険しい。

 逆に、ハーフアルヴは冷静だった。柔和とも言える様な表情で、静かにつぶやく。

「●して、殺してもっぺん●す。

 ……大丈夫、死んだら硬いままだから。“出ない”からシ放題」

 表情は穏やかでも、目の色は尋常ではなかった。

 完全に濁りきった眼は、まるでドブのような色をしていた。

 それを正面から見てしまった〈森呪遣い〉は声もなく卒倒する。

 それらを見た、ほぼ全員から恐怖の叫びが漏れる。

『ひいぃ!!』

 恐慌状態に陥ったドワーフの〈守護戦士〉は、気付かせてしまった元凶に声を掛ける。

「おい!!」

 だが。

「もう定位置ですすみませんでした!!」

 既に安全地帯に逃げていた。

 隣には女装した〈暗殺者〉と〈武闘家〉の少女が並んでいるあたり、パッと見では両手に花状態だ。

「何をはしゃいでおりんす!!」

 彼女らと一緒に飲んでいた、〈吸血鬼妃エルジェベト〉の声も聞こえていない。

 だが、人間の〈守護戦士〉は気丈にも対応しようと試みる。

「……ヤツらを街に放ってはまずい!! アキバから追放されてしまう!!

 総員戦闘配置!!」

 だが。


「……そこを」

「退きなさい?」


 狂気を孕んだその声に。

 その時の戦闘要員10名は。

 かつて、トップクラスの戦闘系ギルドにおり、勇名を轟かせていた10名は。

 《大災害》により、現実化しても十分に戦うことのできた10名は。


『…………どうぞどうぞ』


 あっさりと言葉に従った。

 だが。

 二人とも同時に、ゆっくりと倒れる。

 それを見た狐尾族の〈召喚術師〉が口元を押さえて、くぐもった声で叫ぶ。

「吸うな!!」

 一人の〈吟遊詩人〉が、倒れた二人の後ろから現れる。

 彼女は口元をタオルで覆い、左手に持った小さな香炉から漂う白い煙を仰ぎながら、つぶやく。

「〈眠りの香炉〉を使いました。

 ……大の大人が。戦わずに済ませる、でしょ」

『(よぉーっし!!)』

 全員が静かに喝采する。

「うれしいですね!! 楽しいですね!! 大好きですね!!

 じゃあ歌いまショウ♪」

 〈首無し騎士(デュラハン)〉がポルトガル人っぽい口調でドリ○ムを歌おうとするので、

『(やめて!! 起こさないで!!)』

 全員で静かに、制止を試みた。


 ――●――


 そんなことになっているとは露知らず。

 ユストゥスとタチアナ、そして未だに布を被ったままの三人は。

 特に話もせず。

 ユストゥスとタチアナは樽からビールをジョッキに注ぎ。

 “布被り(便宜上)”は小さな樽から黒い炭酸の液体をジョッキに注ぐ。

 そして、目の前のローストチキンを摘まむ。

 しばらくは無言で、三者三様の時間が流れる。


 ユストゥスはビールを流し込み、そして豪快に切り分けたチキンレッグにかぶりつく。

「ユストゥス様!! そんな、素手でなんて!!」

「こうやって豪快に食べるのがいいんだよ?」

 脂がついた口元と指を見て、ごくり、と唾を飲むタチアナは、ゆっくりと口を開く。

「いえ、汚れた口元や手を、私に拭かせてください」

 その仕草を眺めていたユストゥスは、嫌な予感から慎重に問いかける。

「……どうやって?」

 すると。

 タチアナは頬を赤く染め、目を閉じる。

 そして、口を開ける。


 なので。

 ユストゥスは無言で、新たに切り分けたチキンレッグを突っ込んだ。


 やや不満げにチキンレッグを食べるタチアナを眺めながら、“布被り(便宜上)”がユストゥスに問いかける。

「……寒いのにビールって、大丈夫なのか?」

「それは偏見だよ。寒かろうがビールはおいしいよ。自分達で作ったから、余計にね」

 実際に醸造したのは見た目美少女の〈醸造職人〉だが、その辺は重箱の隅だろう、と流す。

 だが、“布被り(便宜上)”は思うところがあるのか、感慨深げにしているようだ。未だに布で顔を隠しているため、表情は窺い知れないが。

「そんなもんか……?」

 年上で、そしてゲーム歴も長いユストゥスはビールを飲みながら答える。

「何事もそうだよ。自分達で考えて、手を動かして、作り上げていく。

 お前だって、それが分かるようになっただろ?」

 だが、それには答えず、黒い液体の入ったジョッキを傾ける。

「…………」

 ユストゥスは面白そうに、笑う。

「くはは」


「……これ」

 “布被り(便宜上)”は黒い炭酸の液体の入ったジョッキを掲げる。

「簡単に作れるものなのか?」

「ああ、それっぽいものなら。

 現実では誰でも作れるよ? 何しろ、特許とかそれに類するもの取ってないから。あ、ガラスのビンに関しては意匠権だかを取ってた気がするな」

「は? なんで特許取ってないんだよ?」

「特許って、取得するためにはレシピを公開しなきゃいけないし、特許申請してから20年間しか特許を占有できないんだ」

 “布被り(便宜上)”はその言葉を反芻する。

「……ん? 『特許申請してから』? 取れてからじゃないのか?」

「うん、そういう仕組み。

 だからその会社は、特許は取らないことにしてオリジナルのレシピは完全に秘匿しているんだ。

 似たような味わいの商品がたくさんあるけど、やっぱりオリジナルの人気は流石だよね。

 これにはブランディングによる効果もあってね?」

 “布被り(便宜上)”は大きくかぶりを振る。

「そういうのはいい。

 ……そろそろ本題に入れ」

 ユストゥスは不思議そうな顔を作り、疑問符を放つ。

「本題?」

 すると、“布被り(便宜上)”は苛つきを隠さずに言い放つ。

「わざわざススキノから俺を呼んだ理由を言え」

 だが、この言葉にはユストゥスが大きくかぶりを振る。

「おいおい、まだ若いんだから時間を楽しめよ。お祭りなんだからさ?

 ……とはいえ、私の方ではなく、お話ししたいのが約一名いるから、進めようか」

 ユストゥスに背を押され、前に出たのはタチアナだった。


「お願いがあります、ウィリ(むぐー)」

 その口を塞いだのはユストゥスだ。

「ここまで来たら、アイツがあのこ汚い布取るまで“布被り(便宜上)”でいいから」

 真っ赤な表情で大きく頷くタチアナに満足して解放すると、

「……ユストゥス様に、後ろから手籠めになんて……好物です!!」

「おいぃ!? その言い方やめろよ!! 口押さえただけだろ!!」

「……口を押さえられて、無理やり後ろから……素敵です!!

 あ、排」

「ぬぐぅあぁー!!

 それマジにやめろよ!! いろいろ物議!!」

 腹の下の方を押さえ、真っ赤になって不規則言動をするタチアナと、その言動に振り回されているユストゥス。

 そんなユストゥスを見たことがない“布被り(便宜上)”は、自分の処理許容範囲をあっさりと超えたことを認識した。

 なので。

 理解を諦め、話を進める。

「……何がしたいんだよお前らは。ああもういい」

 言うと。

 “布被り(便宜上)”はこ汚い布を取る。

 そこには。

 ユストゥスにとっては昔の仲間であり、ギルマスであった、


「久しぶり、ウィリアム=マサチューセッツ」


 頭一つ大きい、エルフの〈暗殺者〉がユストゥスを見下ろしていた。


 ――▼――


 そこで。

 今まとは全く違う、真摯な表情を浮かべたタチアナが片膝をついてウィリアムの足元にかしずく。

「お、おい」

 女性が足元にかしずくことに慣れていない所為か、ウィリアムは慌てる。

 だが、それには構わず、タチアナは続ける。


「ウィリアム=マサチューセッツ野戦司令官殿。

 誉れ高き〈冒険者〉。比肩なき武勲を立てられた〈シルバーソード〉の長。戦に秀でた森の住人にして、無双の弓の使い手。

 この《円卓会議》が治世、アキバの地において御尊顔を拝謁する栄誉に浴しましたる事、 身に余る光栄に存じます。

 斯様な貴方様に、〈大地人〉の身でお願いとは言語道断、されど聞き届けていただきたく、伏してお願い申し上げます。

 ……助けて欲しい方が、います。

 イズモに囚われた、ある方を。

 敵は、強大です。ユストゥス様ですら、逃げるのがやっとでした」


 Tips:

  敵はユストゥスと相性の悪い、速度重視で心理戦を駆使する相手なので、(当時は)逃げる以外なかった。


「それ余計」

 ユストゥスが余計な茶々を入れるが、タチアナは取り合わず、そのまま続ける。

「お願いします!!

 でも、私からお支払いできるものは、ありません。

 ……ですから、私を好きに」

 言葉の途中で、ウィリアムは顔を真っ赤にしてユストゥスに文句を言う。

「おいユン!! お前何吹き込んだ!!」

「なんで私が怒られるのかな!?

 せいぜい、ススキノでは“主従逆転プレイ”がメジャーだとくらいしか」

「なんだよそれ!? ンなのデミだけだよ!!」

 その言葉に、ユストゥスは嫌そうな顔をする。

「……うわぁ」

「お前が振ったんだよこの話題!!」

「ホラ、若いんだから血気に逸るな、な?」

「ぬぐぅあぁー!!」

 頭を掻きむしりながら、はたと思い出す。

 かつては、似たようなやり取りが頻繁に行われていたことを。


 龍之介かエルヴィンの発言から火が付き、メアリやフロレンス、葉月が焚き付け、イアハートやダッドリー、アルベルトがツッコむ。

 目の前の男もまた、皆を率いるのではなく、引っ掻き回していた。

 自分もよく絡まれた。自分だけでなく、今いる仲間や、元いた仲間もそうだった。


 だが。

 今は。

 絡む奴らは誰もいない。


 自分が、追いやった。

 “この状態”を幸いと無茶を強い、幹部の一人を“再起不能”に追い込み、そして頼れる幹部を含め、大勢が去っていった。


 だが。

 ユストゥスは、にまり、と笑う。


「……どうした? 昔でも(・・・)思い出し(・・・・)ちゃった(・・・・)?」


 その言葉に、逆に冷静になる。

(そういえば、こういう奴だった。

 ……《道化師トリックスター》、か)

 袂を分かってから付けられた、似合いすぎる二つ名。

 それだけ、〈シルバーソード〉にいた頃は評価されていなかったということだ。

 それだけ、彼を縛っていたということだ。

(……いや、昔は昔。今は今だ)

 切り替え、ユストゥスを睨みつける。

 だが。


「お願いします!!

 今なら“妹達”、そして特殊な性癖である可能性も考慮して“弟達”もお付けして、イズモへの旅費を全額負担!!」


 どこの通販だ、ではなく。

 厄介なのはもう一人いた。

 見た目は幼い女性……なのだが、先ほどはビールを飲んでいたので年齢は分からない。以前も似たようなメンバー(トモエ)がいたので気にならないが、無下にもできず、言葉で何とかしようと試みる。

「か、体は大事にしろ。それに“妹達”に“弟達”って、そんなのは本人の承諾を」

「いいんです!! 私達にとっては、あの方は命の恩人です!! あの方を助けるためなら、なんでもします!!」

「い、いや、そんなのはダメだ!!」


 にやにやしながらビールを飲み続ける大人ユストゥスを睨みつける。


 ――●――


 その視線に気付きながらも、目元を弓のようにしならせ、飲み続ける。

 ユストゥスは違うことににやつきながら、喉奥に炭酸を流し込む。

「(……微妙にけなされてるの気付かないのかー)」

 青少年じゃこんなもんかー、と思いつつ、今度はチキンの胸元を切り分け、かぶりつく。


 ――▼――


 いくつかのやり取りのあと、ウィリアムが息を吐く。

「……分かった。

 検討はしてみるが、」

 その途中で、

「おおきに!!」

 小柄なタチアナが長身のウィリアムに抱き着く。

 完全に意表を衝かれたウィリアムは分かりやすく周章狼狽する。

「う、うわ!?」

「おおきに!! ホンマおおきに!!」

「い、いいから離れろ……」

 見た目が幼いとはいえ、タチアナとて女性だ。やはり無下には扱えず、何となく肩を手で軽く押す程度だ。

「タチアナ」

 その様子をビールの肴に飲んでいたユストゥスが止める。

「あ、す、すみません。つい……」

 助かった、と思ったが。

「ちょっと待ってね……」

 言いながら、樽からビールを注ぐ。

 どうやらビールがなくなったので止めたらしい。

「よし、はいどうぞ。あ、私に気兼ねせず、続けて続けて?」

 注ぎ終わると、続けるように促す。

 根本的な解決には程遠いことを実感する。

「で? 具体的な数字は出せる? っていっても、〈月光ウチ〉からどれだけ出せるかは分からない。

 そもそも、この会合そのものが非公式だからね」

 ユストゥスが話し始めるとタチアナが離れる。

 ……これはこれで腹が立つ。つい声に出る。

「それはこっちも同じだ。

 それに、あくまで検討段階だ。そっちだって、ほとんど情報を出す気はないだろう?」

 ユストゥスはジョッキの中身を一口含み、飲み込んでから口を開く。

「いンや? 推測ベースでいいならいくらでも共有するよ?

 ただお前の場合、変な先入観与えると『聞いていたのと違う!!』て平気で言うからさ?」

「……」

 かつてのレイドコンテンツで言っていた気がするので、反論しない。

「んで、欲しい?」

「……いや。

 それに、やはり越えなくてはならない部分も多い。特に、心境だな。それに関しては完全な同意が必要だ。

 …………俺だけなら構わないが、何しろレイドだからな、一人ではどうにもならねぇ」

 こちらを向かずに言う言葉に、思わず苦笑が漏れる。

 そのユストゥス以上に大きなリアクションを起こしたのは、

「ウィリアムさん、おおきに!!」

 やはりタチアナで、やはり躊躇なく抱き着く。

 そして当然。

「う、うわっ!! や、やめろ離れろ!!」

 やはり周章狼狽する。


 ――●――


 焦りつつも、しかしウィリアムは確かに感じていた。

 自分の腹に当たる、柔らかく、そして温かいものを。

 〈幻想級〉、〈影王狼の革鎧マジェステ・デュ・ジェヴォーダン〉で固めているというのに、だ。

 あらゆる攻撃に耐性を持つというのに、この柔らかさと温かさは伝わってくる。

 ぐいぐい、と押し付けられてくる頬骨の固さ、そして頬のやわらかさまで伝わってくる。

 思わず、声が出る。


「うわ、女の子ってやわらかいな……」


 ――▼――


「変なアテレコすんなユン!!

 で、頼むから離れてくれないか……」

 当の本人は焦っているものの、やはりユストゥスの語り口調の通り、柔らかさを感じているようで顔を真っ赤にしている。

 だから、聞く。

「でも、柔らかいよね? それは真理だと思うんだよ。

 男とは違う感触。それを否定することが間違っていると思わないかい?」

 果たして。

「…………まぁな。

 って!!」

 ダブル・ミーニングであったことに気付いたが遅い。

 ウィリアムは腹にいる温かい塊が動きを止めたことが分かる。

 恐る恐る顎を引くと。

 目元を赤く染めたタチアナが、目に液体を溜めてこちらを見ていた。

 その視線は熱っぽく、そして色気を感じてしまった。

 固まるウィリアムに、嫣然と微笑むと。

「こんな貧弱な体でよければ……」

 更に体を密着させる。

「だ、だからダメだ!! 大事にしろ!!」

 もはやウィリアムは恐慌状態だ。

 その姿がまた、ユストゥスのドS心をくすぐりまくり、結果としてビールが進む。

「くはは。

 (……私にもこんな時期があったんだろうか……ハルとはまた違う面白さだなー)」


 ――▼――


「……ご馳走になった」

 やや疲れを見せつつも、ウィリアムはジョッキの端の一滴までを流し込み、きちんと挨拶をする。

「お粗末さまでした。どうだった?」

「……俺はもう少し、香辛料が利いていてもいいと思う」

 素直に答えてしまい、ウィリアムは少しだけまずいと思うが、ユストゥスは軽く笑ったままだ。

「なるほど、ね。

 ……せっかく来たんだし、祭りは?」

 ユストゥスの言葉に、微かに頭を横に振る。


「……いや、帰る。ここは俺の居場所タウンじゃない。

 俺の居場所タウンはススキノだからな。お前に“披露”できないのがもったいないぜ」


 口の端をぐい、と上げるような笑い方を見せるウィリアムに対し、ユストゥスは、

「……サッポ○ビール園のない札幌なんて、私には価値を見いだせない。

 あと大通り公園の焼き唐黍もないし、狸小路もないだろ? ニ○カは飲まないけどニ○カおじさんのいないススキノ交差点なんてススキノじゃないし、布○や奥芝○店もラ○イも、○玄もす○れもない札幌など不要!!」

 現実の有名な観光地や隠れた名物を口にし、“志”は変わっていないことをアピールする。

「……よく分からないが、よく分かった」

 理解は放棄したものの、“理解”を示した。

「それに、本拠地タウンをあまり空けていられないからな」

「そっか。気を付けて」

 あっさりと、何の気負いもなく言われたことに対して。


「……ああ。“また”、な。

 それと“そっち”の……その、あの時はすまなかった」


 そうとだけ答えると。

 ウィリアムは来た時と同様、こ汚い色の布を被り直し。

 そして、そのままその場を後にした。


 ――●――


 ユストゥスは苦笑する。

「うん、バレるよね、そんな殺気プンプンじゃ」

「……面目次第もございません」

 ユストゥスの後ろから姿を現したのは、かつて〈シルバーソード〉に所属、今は〈コンドッティエーリ〉という正統派・・・傭兵集団・・・・に所属するアンジェリーナだ。

 緩やかなウェーブの利いた黒髪を背中で遊ばせるその顔には、しかしいつも通りの緩やかな笑顔が張り付いていない。


 Tips:

  アンジェリーナ

  元〈シルバーソード〉で、《微笑みの悪魔デモンズスマイル》という二つ名を持つ。

  本隊がアキバを去る中、他所の戦闘系ギルドに移籍していた。

  〈ザントリーフ戦役〉の際、《円卓会議》を見限り〈コンドッティエーリ〉に入団した。


 その目には、隠しようのない憎悪の色が浮かんでいる。

「お言葉ですが、いくら“旦那様”がなんと仰っても、あの男だけは許せません。

 あの男がしでかしたことは、私だけでなく他のメンバーも同じく、許せるものではありません」

 しかし、その言葉に返答をしたのは、

「アンジェリーナさんや他の方達は私情挟みすぎですよ」

 ユストゥスに仕える“執事”、ワインベルグだ。


 Tips:

  ワインベルグ

  元〈クニェーガ・ツェーピ〉補給要員、現〈月の子・SS〉のサブマス。

  ポーランド上空から棺桶と一緒に、パラシュート無しで降下可能な『ゴミ処理係』に近い外見をしている。

  サブ職が〈執事〉であるため、今は“体調不良”のユストゥスの護衛を生業としているが、ススキノが混乱している当時は暗殺専門だった。


 その顔にはアンジェリーナとは違い、普段のように貼り付けたような笑みが乗っている。

 その笑みを、濃くする。

「“我が主”は、アレを重用する気など欠片もありませんよ。ただの数合わせの“クイーン”です。

 ……使い潰しても、何の呵責もないただの“クイーン”なんですから、“好き”だの“嫌い”だの、そんな下らない“感情論”を振りかざさないでくださいよ」

 はっきりと言い放つその言葉に、ユストゥスは少しだけ笑みを濃くする。

「そこまで露骨には考えていないけど……でもまぁ、確かにね。“クイーン”とは言い得て妙だ。ただ強いだけの“無駄駒クイーン”か、くはは。

 ……敵の“首魁キング”を取りに行くには、少なくとも“捨て駒(クイーン)”は必要だよね。それが付け入りやすい、こちらに弱みがあるならなおさら使いやすくて、捨てやすい」

 笑顔を絶やすことなく言い切る二人に対し、

「……失礼しました。わたしの浅慮を恥じております」

 アンジェリーナは素直に頭を下げる。

 そして、普段のように緩やかな笑顔を張り付け直す。

「それでは、わたしは本来の“任務”に戻りますね」

「ああ、急に呼び立てて悪かった。明日も頼むよ」

「ええ」

 言うと、現れた時のようにユストゥスの後ろへと進み、そのまま気配を消す。

 アンジェリーナの気配が完全に消えたことを確認したワインベルグは、笑みを張り付かせたまま、ユストゥスに報告する。

 しかし、その笑顔はやや翳りが窺える。

「……やはり駄目ですね。先ほど、〈鋼線〉を張り巡らせようとしたら“主”と顔見知りの〈衛士〉にくどくど怒られました」


 Tips:

  アキバで、ユストゥスが関連している騒ぎに動員される〈衛士〉。

  カティアに惚れており、彼女が危機に瀕した際に“暴力”として認識されなかったために何も出来なかったことを悔いている。

  そのため、カティアが無事保護されたことを素直に喜び、ユストゥス達のやることを比較的大目に見ている。


 手にしたのは契約書だ。それをユストゥスに差し出す。

 ユストゥスはその契約書に目を落とす。

 その文頭、見出しには“殺人許可証マーダーライセンス”と書いてある。

「難しいね。たぶん文言としては問題ないんだろうけど……というか、アイツ私専門なのかね? むしろ一緒に飲んでみたいわー」

「“システム”に直接干渉するからではないでしょうか?

 やはり、エルヴィン様の仮説の通り、意思が問題になってくるかと」

「……ふん。抜け漏れしかないくせに、そんなところだけ拡大解釈しやがって。

 これだから使えないんだよ、この世界はさ」

「“暗殺”という『極めて分かりやすい政治的手段』が使えないなんて、そんな馬鹿げた世界はありえないと思うのですけどね」

「毒のみなんだろ? だから“解毒”のスキルが溢れすぎている。だってのに、なんで〈冒険者〉には〈暗殺者〉なんて職業があるんだろうね。

 …………あ、ゴメン自分で答え言ってた。ぷげら」

「やはりつまらないですね、この世界。

 ……首にナイフを突き立てるのがいいのに」

「後ろから腎臓を抉りあげるのもなかなかいいよ」

 人の効率的な殺し方で一通り盛り上がると。

「……ともあれ、この段階では、タウンでの武器使用は無理だと判明しました」

「やはり量産しておこう。例え“諸刃の剣”であっても、ね」

「〈偽宝級(・・・)〉装備、〈マン・イン・ザ・シェル〉も完成を急がせます」

「よろしく」

 ワインベルグは一礼して、そのままあっさりとユストゥスに背を向ける。

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