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剣呑天秤祭 ザ・アキバ・タイブレイク  作者: オヒョウ【検閲済】
13/66

グラス 八杯目

 ――●――


 一階、新條の“工房”の中。

 ユストゥスと新條、そして協力者は揃って困った表情を浮かべている。

「……困ったな」

「……困ったね」

「……困りました~」

 ユストゥスはいい焼色の付いたチキンの半身を手にしている。

 全体からゆったりと湯気が立ち上り、表面は綺麗な焼色が入っているが、問題はその中だ。

 半身に割られた中身は、まだ、ではなくかなり赤みが目立つ。切れ目からは、白い濁りや赤の液体が滲んでいる。

 生焼けなのだ。

「……どういうことかな?」

 料理は食べる専門の新條は、この状態が生焼けであること以上のことは分からない。

 そこは作る専門のユストゥスが答える。

「単純に、温度が足りていないんだろう。

 ローストチキンは200℃のオーブンで30分から一時間焼くだけの簡単な料理だ。それが焼き上がっていないとなると……」

 足を引きちぎり、口に運びながら考える。

 やはり、暖まっていない……というより冷たいことを確認したようで、顔をしかめて見せる。


 ちなみに。

 ユストゥスは事もなげに言っているが、実際は皮をパリパリに焼き上げるためには、途中で何度も鳥からにじみ出てきた油を掛ける必要がある。

 それが最も手間なのだが、彼にしてみればその程度はやって当然なのだ。


 新條はもう片方の足の先端を千切って口に運ぶ。

「……温度を上げることはできるけど、オーブンの性能上、庫内の温度はそう変わらないし」

 ユストゥスが反論する。

「いや、問題はそこじゃない。熱が食材の内側まで、特に最深部まで到達していないんだ。

 ……密閉すれば、熱がこもるから中まで火が通る」

 食べていた鳥の足、骨周りを指さしながらの言葉に、今度は新條が反論する。

「密閉は無理。だって直接火を入れているんだから、密閉したら火は燃えないよ」

 魔法脱却を掲げる〈月光キアーロ・ディ・ルナ〉技術陣は、〈サラマンダー〉を熱源とする商品を扱っていない。

 そのために〈大地人〉の富裕層からの購入が相次いでいるのだ。

 第一、〈サラマンダー〉は火力の調整が非常に厄介なのだ。

 常に安定した火力を提供できる。これが科学技術なのだ。

 ユストゥスは今度は生焼けの胸肉を引きちぎり。

 新條はパリパリに焼き上がった皮をつまみ、同時に口に運びながら、

『うーん……』

 唸る。

「味はいいよね、相変わらず」

「おう、お前の試食のおかげだ」

「うん。……うふふ」

(……部外者からすれば~、十分充実してるっぽい~? 爆発しろ!!)

 その様子を見ながら、ムッシモールは内心で苦笑する。

 だが、彼女とて今回はスタッフだ。

(今まで好き勝手にやらせてもらったし、ちゃんとしないとね)


 Tips:

  ムッシモール

  紅天狗茸の成分……ではなく、新條のゲーム時代の友人。

  〈大災害〉直後、PKに狙われたところを《黒剣》の善意ある人達に救われる。

  “こっち”に来たのは身請……じゃなく……なんででしたっけ? 使わないなら使わせて、でしたっけ?


 考える。

 問題は、表面を焼く温度ではなく、内部にまで熱を伝える方法だ。

 現在、〈月光キアーロ・ディ・ルナ〉で販売しているオーブンは、かなり簡単に言ってしまえばピザ窯だ。

 内部で薪を焼いて温度を上げて、入り口を狭くすることで高温を保持できるようにしている。

 原理はとても簡単だが、これはかなり繊細な工法と技術を必要とする。簡単にコピーされないし、加えて高い技術力が要される。

 現実で蒼瀧ユストゥスがピザ窯に関して調べており、その構造を覚えていた。

 それを新條やムッシモール、〈大地人〉の〈陶芸家〉を招いて再現したのだ。

 だからこそ、過信していたのは事実だ。

 人間、自分が信じていたものを切り捨てるのはなかなかに難しい。

 実際、ムッシモールはなんとかしてこのピザ窯でできないか、と考えている。

 だが。


「しゃあない、この窯じゃなくて、他でなんとかできないかな?」

「そーだね。火力を高める方法か……密閉すると上げられるんだよね?」

「そう。ホラ、圧力鍋と同じ」


 この二人はあっさりと捨てる。

 しかも、そこに一瞬の躊躇もない。

(……恐ろしいよね~この感覚。いつでも、なんでも切り捨てられる、ってことだもんね~)

 真似したくはないな、と苦笑を浮かべたその時だった。

 ふと、思いつく。

 要は、パンを焼く要領なら、と思ったのだ。

 パン窯、ではない。

 パンを焼く要領で、蓋をつければいいのではないか、と思いついたのだ。

 しかも、それに近い料理方法がある。

「あの~、“ダッチオーブン”ならいかがです~」


 ダッチオーブン。

 頑丈な金属製の鍋だが、蓋にも炭を乗せることができるのだ。

 このことで、上下からの加熱を可能とするだけでなく、密閉することもできる。

 ピザ窯のように、火力を保持するのではなく追加もできるし、しかも鍋の厚みによって熱が一様に伝わる。

 これにより、本来のオーブンと同じように食材に熱が通る。


 ムッシモールの言葉に、二人は食べる手を休める。

 そして。


「それだ!!」

「待って待って待ってどーいうこと作り方は!?」

「とにかく通常よりも分厚い鍋だ!! 特徴として、上にも炭置けるようにしてくれ!!」

「なら今ある窯でも使えるように、専用の鍋作れる!! あとは拡張機能だけど……あーこればっかりは」

「いや、今アキバにある窯の口と同じサイズで作れ!!」

「……なるほど、シェアを奪えるね!! 任せて!!」


 二人は今までとは違い、一気に動き出す。

 ユストゥスはムッシモールの前に一瞬で現れると、

「素晴らしい!!」

 そのまま、こちらに有無を言わさず抱きしめる。

「ひゃ!?」

 戸惑いが先行した声を聞かず、ユストゥスはすぐにムッシモールを開放し、肩をばんばん、と叩く。

 そして、

「私は他の窯のサイズを確認してくる。いくつかパターン作って売り出すぞ。あとで工程表の作成。優先順位は検討しよう」

 その辺に合った定規(〈月光〉仕様)をひっ掴み、外へと走る。

「……」

 ムッシモールはあっけにとられたままで、彼が出て行った扉を眺める。できればそのままでいたかったが。

 根負けしてちらり、と横を見ながら口を開く。

「……いや~、さっきのはあたしじゃないよねぇ~そんな目で見られても~」

 新條の恨みがましい視線を受けると、なんとなく口調が言い訳がましくなってしまう。

 確かに、抱きついてきたのは自分ではなくユストゥスのはずなのだが、どうしてもそれを言う気になれない。

 友人である新條の、秘めたる……いやある意味で全然秘めていない想いは知っている。それを応援したい、という思いはある。

 だが。

「だから~」

「……わかってる」

 全然分かっていないような口調で、新條はこちらから視線を外す。

 こうなると非常に厄介だ。

(……どうしよう~?)

 とりあえず、《天秤祭》は一緒に周り、目についた屋台を食べ歩きすることで機嫌を直してもらうことにする。

(……費用はユストゥスさんにツケればいいか~)

 思考を切り替える。

「ねぇ~葵ちゃ~ん、まずは仕事しよ~? そうしないと間に合わないよ~?

 ……ユストゥスさん、悲しむよ~?」

 露骨な“切り札”を使ってでも、切り替えを促す。


 Tips:

  新條はいろいろあって、自分を認めてくれたユストゥスやオリゼーが好き。

  どっちを選んでもアレだけど。


 果たして。

「…………やる」

 多少は引きずっているようだが、しかし切り替えたようで動き出す。

 こういうところで自分を主張できないところが新條のいいところだろう、と思う。

 ある意味ではマイナスなのだろうが、

(少なくとも~、あたしは好感持てるな~)

 くすり、と、新條には見えない位置で笑う。

「手伝うよ~」

 敵は強大だ。だが、勝利条件は緩い。ならばなんとでもなるだろう、と思いながら。

 また、ふと気が付く。

「ねぇ~、もしかして〈鋼〉必要~? しかも大量~?」

「……そうだね☆」

 とんでもない難題を突き付けられたことに気が付いた。

 恐る恐る備蓄を確認する。


 そこには。

 鉄板状の〈鋼〉が五枚あった。

 否、五枚しかない。

 素材である〈銑鉄〉は、新條の身長よりも低い山の分しかない。もう一つの素材、〈石炭〉は欠片もない。

 さぁ、と血の気が引く音が二つ、この広くもない空間に響いたような気がした。


 〈鋼〉は、〈鍛冶屋〉であれば必須の素材だ。だが、作成の工数が多く、加えて地味に時間も手間もかかる。

 そして、〈鋼〉は先日の〈ザントリーフ攻囲戦〉での武具修理のために使われている。

 今、アキバの街では流通そのものが少ない。恐らく、素材となる〈銑鉄〉と〈石炭〉の流通も同様だろう。

 今ここにある量を全て〈鋼〉にしても、窯用ダッチオーブンは数個しか作れないだろう。

 試作となれば、数個は作らなくてはならない。

 しかも、試作が完成すれば、今回の『オクトーバーフェスト』で使用する分も製作しなくてはならない。

 時間は、もう24時間もない。


 これから二人は、新條の進む“茨の道”よりも物質的な“茨の道”、否、“鉄条網の道”を進むことになる。


 ――□――


 〈月光キアーロ・ディ・ルナ〉のギルドホール、四階。

 ここに入居した当時はこの階全てが個人の部屋兼倉庫として機能していたが、今では半分ほどが空いている。

 常に掃除を怠っていないため、最低限の清潔さが保たれているものの。

 彼らのギルドを訪れる〈冒険者〉は滅多にいないため、使用頻度はほぼゼロだ。


 だが、珍しく使用されている一室に、陽光が差す。


 そこそこ上質のベッドの上で寝返りを打つ男がいるそばで、その陽光をあからさまに避ける女性がいる。

 彼女はその光を疎ましげに、整った美貌を曇らせる。

 忌々しい、と言いたげな表情に対して、ベッドの男の足元に寝そべる〈獅子女スフィンクス〉が少しだけ口を開けるが、結局何も言わない。


 そのまま、無言の時間が流れる。


 〈獅子女スフィンクス〉はこの時間を快いと思う。

 いつもは召喚されず、時間の流れを肌で感じることはほとんどない。

 だが。

 目の前の〈吸血鬼妃エルジェベト〉は、違う。

 ほぼ主と共におり、主との時間を共にしている。

 その事実に、以前は特に何も思わなかった。

 だが、今は。

 何とも言いようのない、胸のつかえのようなものを感じる。

 幼体コムスメでもあるまいし、その違和感の名前に心当たりくらいはある。

 だが、納得できないのは確かだ。

 〈吸血鬼妃エルジェベト〉に対して、ではなく、自分の違和感に対してだ。


 自分は、そういうものに対してもっとドライだと考えていた。砂漠の出だけに。

 当初、ヤマトがずいぶんと多湿の気候だからか、と考えていたがどうも違うらしい。


(……理解しているゆえ、構わぬとは思いまするが……)


 うだうだ考えず、それだけ思うと。

 彼女は主が起き出すまでの微睡みに興じることにした。

 だが。

「……うぅ……ん」

 その目論見はあっさりと破られてしまった。


 彼女は鼻から短く息を吐き出して、次の機会を待つことにした。


 ――◆――


 よく見たことのあるような拳が顔に触れた……いや素直に♪ヒビキ♪さんに殴られたと言うよ。

 で、伸びていたわけですが。

 ……気が付くと椅子に座らされていた。

 そして、俺が気付くや♪ヒビキ♪さんのお説教兼状況説明が始まった。

「いい? 前ハルくんは言ったよね、


【割愛】


 いや、うん。

 俺が悪い。

 ♪ヒビキ♪さんという女性がいながら、俺が他の女性にいい顔をしたからだ。

 ……と思っておかないと、また♪ヒビキ♪さんの“教育”を受けることになってしまう。

 二人きり、というのは嬉しいんだけど、♪ヒビキ♪さん結構ガチだからなぁ。

「……というわけ。分かった?」

 あやべ、全然聞いてなかった。

 怒っている♪ヒビキ♪さん、かわいいんだよな。つい見とれてしまった。

 だからといって、聞いてませんでした、となるとこれまた厄介なので、聞いていたことを伝える。

「とりあえず……♪ヒビキ♪さんがまたディアンドルで街中を歩きに行く、というところは」

「うわーん!!」

 じろじろと見ないように、♪ヒビキ♪さんの格好を見る。

 それはもう、零れ落ちそうな立派なオパ……ではなく、チロル地方の民族衣装だ。

 どうやら、往年の“お約束”によって決定したらしい。


 Tips:

  ♪ヒビキ♪

   「ちょ、ちょっと待ってください!! 朝から“あの格好”は無理です!!」

  藍那

   「大丈夫よ、新しいチラシできてだから……夕方? なら大丈夫でしょ?」

  ♪ヒビキ♪

   「でも……」

  藍那

   「じゃあおねーさんが。昨日着れなかったし」

  フロレンス

    「じゃああたしが。同じく」

  イヴォンヌ

    「作った本人だし、あたしが」

  メイリン

    「普段からとあまり変わらないから、私が」

  ファウルベ

    「あれこれぼくもやっていい流れ?」

  ♪ヒビキ♪

    「……じゃあアタシが」

  ♪ヒビキ♪以外

    『どうぞどうぞ』

  ♪ヒビキ♪

    「やっぱり!!」


 Tips:

  この後、銀薙とトモエによってフロレンスとメイリンは「仕事をしろ」と怒られた。


 ――◆――


 新しいチラシが完成し次第行くらしい。あと……20分くらい、だという。

 ちなみに昼前だ。

 ……“また”、騙された形だ。

 ……俺もそうだけど、♪ヒビキ♪さんも騙されやすいよな。

 もっと気を付けないと。

 そう思いながらも、俺は♪ヒビキ♪さんの格好をこっそりと盗み見る。


 ♪ヒビキ♪さんはスタイルがいい。きちんと出るところは出ている。

 大体、似合っているんだからそんなに嫌がらなくても、とは思う。

 それに……あまり他の人に見せたくないのは事実だ。独占欲というかなんというか……あるじゃん、俺しか知らないんだから見せたくない、みたいな奴。

 ……独占欲か、それ。

 他の方もスタイルいいけど、やっぱり♪ヒビキ♪さんだなー。

 でも藍那さんとか新條さんは見てみた……いけども♪ヒビキ♪さんの目が怖い!!


「おはようさん」

 そんな言葉を口にしながらリビングに入ってきたのは、お客様なんだか厄介な人なんだか判断しづらい、西武蔵坊レオ丸さんだ。

 苦笑しながら、挨拶する。

「おはようございます、って時間じゃありませんけどね」

 いやまぁ、俺もさっき起きたばっかりだけど。

「まぁまぁ。久々の布団、堪能させてもらい、おおきにな」

 低いながらもしっかりとした口調と声で、聞いているこちらが落ち着く。

 同時、ダッドリーさんとはまた違う雰囲気に少しだけ恐縮する。

 失礼がないようにと思いつつも、相手を観察してしまう。


 背は俺とそう変わらないくらいで、がっしりしているように見える。

「(あんこ体型、だっけ?)」

 ♪ヒビキ♪さんが耳打ちする言葉に、俺は慌てて首を振る。

「(それはお相撲さんみたいな体型!!)」

 ♪ヒビキ♪さんの発言を小声で否定する。

 すると、レオ丸さんが押し黙る。

 やべ、聞こえた!?

 だが、発言内容はやや違った。

「……なるほど?

 ユストゥス君トコは誰も彼もこうか!!」

 ? こうって?

 ♪ヒビキ♪さんと揃って首を傾げると、レオ丸さんの後ろの女性がたまらず、と言った様子で、口元を押さえて笑う。


「くふふ、流石の一言でありんす。

 面白いの、主殿?」


 どことなく古風な言葉遣いを紡ぐ声は、透き通って響いて耳を打つ。

 レースがふんだんに使用されている、明らかに貴族調のドレスだ。黒一色だというのに、その白磁のような肌も相まって非常に似合っている。

 そして、その姿は。

 まるで人間ではないような、とんでもない美貌だ。

 つい見とれてしまうが、それは♪ヒビキ♪さんも同じだったようだ。

「きれいだねー……」

 頷きながら、返す。

「釣り合わないねー……」

「余計なお世話や!!」

 ツッコミが早い!! 流石は関西の人だ!!

 俺が底知れぬ恐怖を感じていると、向こうから声がかかる。

「……えぇーっと、ハル君やったかな?

 ちぃーっとばかし、小腹がエエ感じにひもじぃんやけど、何ぞ恵んでくれへんかいな?」

 つい、お腹を見る。

 ……小腹、という感じではないけど、朝から何も食べてないんじゃ確かに。

「(あんこ体型?)」

 笑いを含んだ調子の♪ヒビキ♪さんの言葉に、きちんと反論する。

「(違うから!! もー!! 真面目に!!)」

「……ホント自分らは!!」

 レオ丸さんは怒り心頭、そして奥の女性はもはや爆笑だ。ばしばしとレオ丸さんの肩を叩いている。

「く~っ!! 来てよかったでありんすな!!」

 ……? やはりよく分からない。

 とりあえず、先ほどの内容に関しては答えておかないと。

「えっと、ごはんは流石にないです」

 その言葉に、やや肩を落とす。

「さよか……」

 そりゃそうだよな。せっかく来ていただいたのに。

「三食タダメシ、とはいきまへんか……」

 そっち!? え、ホントに関西の人ってそんな感じなの!?

 だが、俺の顔を見て、レオ丸さんはにまり、とばかりに笑う。

「冗談やって。自分、ユストゥス君と違って真面目やな?」

 ……比べられてもぉ!?

 それにユンさんだって真面目ですよ、お金とお酒と嫁さん達と候補達に関しては。特に最後は管理しとかないと自分が死ぬんで。

 しかもすごいことに、死因:腹上死。

 ……あれ、もしかして街中で暴力以外で死ぬ、初めての〈冒険者〉になる? あいや、ある意味暴力か。明確に減るし。

 でも、その場合って〈大神殿〉で復活できるのかな? だって、冒険関係ないよね。そういう死に方って想定されていないから、もしかしたら……って、考えてて悲しくなってきた。

 何が悲しくて、他人の情事について考えてなくちゃならないんだ。俺なんて清い体なんだぞ? くそぅ。

 そんな中、♪ヒビキ♪さんは半笑いのまま、レオ丸さんに話しかける。

「皆さんお昼になったら戻ってくると思いますから」

「……何やて、戻ってくる?

 自分ら残して、この祭り堪能しとるんか?」

 少しだけ眉根を寄せる仕草をする。

 ……あれ、こちらのことを考えてくださるんだ? ちょっとだけ意外だ。

 ……そうすると、エルヴィンさんの言ってた、要注意人物、って評価とかなり違わないかな?

 ……うーん、どういうこと?

 それは後でエルヴィンさんを締め上げればいいとして、レオ丸さんの問いに答える。

「いえ、〈月光キアーロ・ディ・ルナ〉上げて、飲み会を開催するんです。

 ……えっとー」

 すると、♪ヒビキ♪さんが少しだけ顔を赤らめて、俺にチラシを渡してくれる。ちなみに、新しいチラシは目下作成中、とのことなので、昨日配っていたものだ。

 なんとなく、自分が受け取った気になるのは……俺がちょっと安くなっただけか。


「のう主殿……“あの三人”と違って、こちらはこちらで趣が異なるでありんす」

「……“天然”て、恐ろしいなー」


 何を言っているかよく分からないので、こちらの話を進める。

「こちらです。

 あ、レオ丸さんもいかがですか?」

 だが、途端に渋面になる。

「アカン。多少は飲めるようになったんやけど、自分とこのユストゥス君みたいな飲み方はできひんよってに」

 ……うーん、そこ行くと女性陣の飲みっぷりを見ると卒倒しちゃうんじゃないかな?

 口には出さず、その代わりに♪ヒビキ♪さんが進めてくれる。

「というわけなので、申し訳ないんですがお昼まで待っていただけますか?」

 その言葉に、レオ丸さんは素直に首肯してくださる。

「委細了解やで♪

 せやったら少し、散歩させてもらいまっさ。リアルのアキバがどないなっとんか、興味あるし。

 ……せやけど考えたら、現実のアキバも、ゲームん中のアキバも、ワシは詳しい知らんなぁ。

 ……まぁ、エエか! 全ての道は何処かへ通ず! って昔の誰かが言うてるし!

 近所をぶらつくくらいなら、ええやろ」

「ここらへん、ちょっと入り組んでますから、迷子にならないでくださいね」

 気を遣ったつもりだったのだが。

「……自分、今のワシにその単語は抉るからやめてや」

 微妙に肩を落としながら、階段を下りていく姿は、なんというか……この先も、きっといろいろあるんだろうな、と思わせるには十分だった。


 ――□――


 レオ丸は〈月光キアーロ・ディ・ルナ〉のギルドホール前で、太陽の光を体中に浴びていた。

 〈月光〉というギルド前で、太陽光を浴びるというのもなかなかに情緒があって面白い、と思いつつ、行先を簡単に考える。

 とは言え。

 真剣に何処か、決まった場所へ行こうと考えているわけではない。

(ぶらりとできればエエか)

 普段であれば、そのような思考で立っていれば何らかのツッコミやら物理的な干渉が起きるものだが、本当に珍しい事に、誰ひとりとして〈従者〉を連れていない。

 たまには一人で歩きたい、という思いもある。

(……アキバは安全、みたいやしな?)

 その思いに、ふと、ミナミを思い出してしまった。


 《大災害》直後であったとはいえ。

 ホームタウンであっても、〈従者〉という名の“護衛”がいなければ恐怖が勝り、歩けなかったことを思い出す。

 ホームタウン内で殺害されかけた、ということも記憶と、そして魂に刻まれているためだろう。

 下手人というと重いが、その彼とは和解というか、しこりというか。

 淀んでいたわだかまりは消せた、と思っている。

 だが。

 軽く、胸を押さえる。

 まだ、何かが残っているような気もするし、気にしすぎだとの思いもある。

(……メシ食うてないから、胃酸がよう出とるだけや)

 そう言い聞かせて。

 下でも、上でもなく。


 前を向く。

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