グラス 七杯目
――■――
〈お酒のバッカス〉主催
オクトーバーフェスト in アキバ 開催決定!!
皆様、10月ですね? 10月と言えばビールのおいしい時期ですね?
というわけで、開催します!!
『オクトーバーフェスト in アキバ』
開催:〈天秤祭〉二日目の夜
場所:〈ブリッジ・オブ・オールエイジス〉近く
どなたでもご参加できます。
入場料:無料
ビールがメインですが、ノンアルコール飲料も用意しております。
料理もオクトーバーフェストに合わせた料理をご用意させていただきました。
ですが、席に限りがございますのでご注意ください。
同時開催
~ 誰が一番強いかやってみようぜ!! 飲み放題大会『大笊』開催決定!! ~
あの金にがめついと評判の(ほっとけ)〈お酒のバッカス〉が!!
日頃の感謝と致しまして、〈天秤祭〉の二日目に飲み放題イベントを開催致します!!
皆様からの搾取はこのためにあったんです!!
~開催情報~
開催:〈天秤祭〉二日目の夜
(オクトーバーフェスト in アキバ の中でやります)
参加資格:自称20歳以上
(自薦他薦問わず)
参加費:無料 (一部を除く)
上記大会に関しては、予告なく変更する恐れがありますのでご了承ください。
メインはオクトーバーフェスト in アキバです。
他のお客様のご迷惑にならないようお願い致します。
協賛:ギルド〈月光〉
――●――
「……ふむ」
きれいにまとまった文言だ、という印象を持つ。
必要な情報を、適度にまとめてあるので分かりやすい。
だが、あまり“毒”を感じない。
“毒”というと悪く聞こえるがそういう意味ではなく、素直すぎて人を呼びこむための癖、とでも言うのだろうか、そういうものがない。
例えば、煽る文言などがあるといいのだが、
「お金の掛かるって部分とか、まだ決まっていない部分は小文字にして……後でぐずぐず言いそうな連中もいるだろうから、米印を文頭に、っと。
あと、結局多少は払ってもらう予定だから、そこもちょろっと触れておくかー」
……そういうのは“専門”に任せるようだ。イヴォンヌもよく分かっている。
当の“専門家”は鼻歌交じりに文言を変え、元の文言と比較する。
「うーん、こんなものかな。後は少し遊び心を加えて、と」
「遊び心って、どんなですか?」
「そう、だね……」
黙考に入るユストゥスから意識を離し、イアハートへと視線を向ける。
椅子を掴み、少しだけユストゥスから離れる。
「(お金の話ね?)」
先んじて小声で言われた内容に、軽く顎を引くことで意思を示す。
「(入る人数によって、ってさっきは言ったけど、別にそこは大丈夫)」
気分の問題だと分かっているが、こちらも小声になる。
「(……俺はいいが、他の連中はどうなんだ?)」
「(貴方がいいなら、他の連中だってそこまで文句はないわよ)」
「(……俺を基準にするな)」
「(無理ね。今の貴方の立場は“ユンの友人”であり、“理解者”よ)」
今度こそ、嘆息する。
「(……厄介な立場だ。返上したい)」
「(クーリングオフ期間は過ぎたわ)」
続けて嘆息する。
「(……)」
「(貴方に不都合はないし、あっても貴方自身でなんとかできる。違う?)」
「(……本当に厄介だな)」
もう嘆息も出ない。
だが、それだけ信頼されている、ということでもある。
単純に喜ばしいことだ。
素直に嬉しい、と思えないのはいい年した男だから、だろう。
「……全く。
まずは大まかな概算を作成、提出する。それを元に、金額と物資の計算を頼む。
で、そのための概算については、志津香」
「はい。
だいたい300名で、ちょっと高い……ユン先輩のお店くらい、と想定すると」
文言を考えているはずのユストゥスが声を上げる。
「えーとね、ウチの単価は一番高くて一人12,000円。いつもタカられるビアバーで3,600円」
「……結構手頃なんですね」
「ビールは値段抑えめだから、正直きつい。その分、食材を少し原価低めにしている」
「……15以下ですか?」
「ソダネー。モノによってはヒトケタ」
「低っ!!」
……客がいる前ではして欲しくない話題だ。
対して、志津香は紙に数字を書き込んで、計算をする。
「そうすると、今回の客単価は…………金貨2,000枚くらいと考えていいですか」
銀薙はその数字に眉を顰める。
「……無理だろう。その額では採算が合わない」
――■――
以前、ハルとイアハート、ガーフォードが行っていた食料品の価格調査から得られた、平均的なレベルの〈冒険者〉の食費は一月で金貨3,588枚と計上された。
つまり、一食換算でおよそ金貨40枚。
《円卓会議》発足当時、〈軽食販売クレセントムーン〉の客単価とほぼ変わらない値段だ。
これは《円卓会議》が単価を下げないようにしている結果だ。
とにかく動き、稼がせる、という目的のためには、その手段となる高い料理の値段を簡単に下げる訳にはいかない。
〈冒険者〉に稼がせ、そして高い料理を食べるように仕向け、金を使わせる。
こうすれば、少なくとも金が回るために経済は活性化する。
経済が停滞しなければ、おのずとGDP(アキバにおける冒険者総生産)は右肩上りになり、“成長している”と明言できる。
結果を示せば、例え今が辛くても人はついてくる。
日本人の良い性質だ。
この性質があるからこそ、日本は本土を焦土化されたというのにあっさりと、しかも敗戦前以上の国力を持つ国家へと変貌できた。
物価を下げないようにするには、通貨の価値を上げるか、物資の流通量を意図的に減少させるか、の二択だ。
《円卓会議》には、いずれの方法も“政策”として採用することができない。
何しろ、通貨の価値はモンスターに依存しているため、そもそも現代における経済の基本理念に照らすと、通貨価値が見いだせない。
加えて、通貨を生産しているわけではないため、どれくらいが流通しているかを把握することすら出来ない。
物資も、おおよその流通量は分かっても調整することが出来ない。
何しろ、適正量が計れないためだ。
そんな状況で、できることはただ一つ。
〈料理人〉に、値段を下げないように通達するしかできない。
ただし、この方法は極めて有効だ。
何しろ、値段を下げないで済むなら自分達の取り分が増えるのだ。しかも、それは時の政府によって承認されている。
だが、露骨に上げ過ぎると誰も買わなくなる。その上げ具合をうまく見極めることで、〈料理人〉の懐は潤う。
加えて、《円卓会議》は料理の値段を下げない、という命題もクリアできる。
いいことずくめだ。
だが。
下げないことを念頭においている《円卓会議》は、当たり前すぎて忘れていた。
価格が上がりすぎること、そしてアキバの商取引でやり取りされた金銭は、その全てがアキバを潤すとは限らないことだ。
そして。
当然、敵はそこを攻める。
的確に、そして精確に。
〈月光〉は、最初から料理の金額を高い水準に置いていた。
それも、法外に。
それでも、購入者は後を絶たなかった。
むしろ、時間が経てば経つほど、購入者は増えていった。
それは、現実ではありえない考えがまかり通っていることが原因だった。
すなわち、『高いものほど高性能である』という、ゲームの都合が反映された考え方だ。
〈月光〉は狡猾だった。
顧客を掴むための方策も、つなぎとめるための方策も、最新のマーケティング理論から取られた手法であり、また群集心理を巧みに活用した。
顧客が付いたなら、露骨なまでの実質値上げと射幸心を煽る販売方法を用い、“中毒者”を排出した。
現代人が、スマートフォンのアプリゲームに課金する仕組みを思い出していただければいいだろう。
そうやって値を吊り上げ、しかし金を支払いさえすれば手に入る仕組みを構築し、そして金を巻き上げた。
しかも、〈月光〉が徹底しているのは金貨を使った取引をほとんど行っていない点にある。
取引先には現金一括払いを強い、〈月光〉からの卸すのは現物のみ。
アキバで働く者へはアキバで発生した対価としての金貨か、あるいは現物支給とし、それ以外の取引も基本的に物々交換だ。
また、ライセンスを売買することで単純供給量を増やし、頻繁に行っていたM&Aも、乗っ取りではなく合弁とした。
こうすれば多少高くても、安定して供給されるのだから顧客の不安を煽ることもなく、そしてどんどん新規顧客を生み出すことができる。
そして、その商品の大本となる物資はアサカの周りを開拓して田畑で促成栽培を行っているため、常に安定した供給源を持っていることになる。
しかも、原始的な先物取引を行うことで市場に出回る物資の金額を一定とせずに操作できるようにした。こうすれば、物資を持つ者は極めて有利になる。
そして、金貨に依存しない、独自の経済圏を造り出すことに成功した。
こうすることで、アキバで得た金貨は市場に回らず、しかしアサカに貯まる一方となる。
本来であればアキバでのみ回るはずの大量の金貨を、〈月光〉は“横取り”した。
つまり。
〈月光〉は《円卓会議》の意向を忠実に順守しながら、《円卓会議》の命題を踏みにじったのだ。
だが、それでも。
《円卓会議》はいくら目障りでも、手を出せない。
出せば、どこから不満が噴出するかわからない。
〈月光〉は、人間の根本である“食”を、しかも日本人の根幹を形成する発酵食品を押さえている。
一旦上げてしまった生活レベルを下げることができないのと同様、一度知ってしまった美食を捨て去ることはできない。
出した途端、反発が出ることは必至だ。
何しろ、《円卓会議》の一派はかつて〈月光〉相手にやらかしている。
下手な手出しをした挙句、機密情報を持った〈冒険者〉を複数名寝返らせてしまったのだ。
これ以上の“失点”をしては為政に関わってくる。
だったらどうするか。
頭を抱えっぱなしの実務担当は、至極当たり前の結論を出した。
手を出さなければいい。
関わらなければ、得点もないが失点も稼ぎようもない。
向こうも、積極的に関わってこないのだから。
……極めて後ろ向きな結論だが、それは頭脳労働ができる人間が少なすぎるためだ。
対策を練ろうにも、明らかに頭脳の数、そして質が違いすぎるのだ。
こちらは『りんごのマーク』で、〈月光〉は『窓』だとして。
性能としては、独創に優れたこちらの勝利だろう。だが、搭載されているビジネスソフトの数は『窓』の一方的な勝利となる。それに伴う結果も同様だ。
こうして。
〈月光〉は敵対ギルドと名指しされながらも、いつまで経っても《円卓会議》に粛清されることのないギルドとなった。
――●――
銀薙の言葉に対し。
「今回は採算に関しては度外視でいいよ。必要なら私が出す。
お祭りだってこともあるし、もうちょっとアキバから大きく絞りたいんだよ」
穏やかな表情のユストゥスは、こともなげにそんなことを言う。
「……イアハート、どうだ?」
「度外視、っていうのはちょっと驚いたけど……そうね、試算をしてみないと正確には言えないわ。
でも、なんとかできると思うわ。
原価を抑えることに関しては対応できるわ。そろそろ備蓄の入れ替えをする必要があるからそれを使って、足りない分はツクバ経由の物々交換で対応するわ。
できればそろそろ換金したいものもあるし、その分で購入するのは?」
ユストゥスは少しだけ考え、イアハートを見据えて答える。
「その辺はガーくんと相談して。あまり金貨をアキバに落としたくないんだけど、ロンダリングも込みならいいんじゃないかな」
「分かったわ。その計画はこちらで作るわ」
「イアちゃん、今のところはガーくんだけでいい?」
「今のところは。いざとなったらアサカの主計科を借りるわ」
「じゃあわたしから話を通しておくね」
トモエは早速〈念話〉を掛ける。
Tips:
トモエはアサカ評議会の議員のひとり。
「これで」
「ありがとうございます、ダッドリー先輩。
じゃあ俺達、行ってきます」
カディンスキー達が再度立ち上がるのを確認し、
「おお、頼むぜ。なんかあったら、シロエの名前出していいってよ」
エルヴィンが軽い調子で答え、続けて残った面々に向かって言葉を放つ。
「にしてもよ、なんつーか、居直り強盗みてぇだな?」
「それはひどい言い草だな」
少しだけ眉を顰めるダッドリー。
「そうだよ、ただの暫定支配じゃないか」
気楽なユストゥスの言葉に、
「ランクアップしてます」
葉月はたしなめるような口調で反論する。
だが、当の本人は気にした様子もなく、
「よっし、文言はこんなもんで。どーだい、ナギ」
口を動かしながらでも、同時に手も動かせるのがユストゥスだ。
こちらの手元に押し付けてくるので、手に取る。
――■――
皆様、10月ですね? 10月と言えばビールのおいしい時期ですね?
というわけで、〈お酒のバッカス〉が主催致します!!
『オクトーバーフェスト in アキバ』
開催:〈天秤祭〉二日目の夜
場所:〈ブリッジ・オブ・オールエイジス〉近く
どなたでもご参加できます。
入場料はなんと無料!!
※席に限りがございますのでご注意ください。
優先席を設けましたので、全力で楽しみたい方はご利用ください。
二時間:〈冒険者〉金貨300枚
〈大地人〉金貨10枚
※お酒は楽しく飲むものです。
あまりにも目に余る言動を繰り返される場合、強制的に排除する可能性が御座いますことをご了承ください。
※飲み会だと思って甘く見ないように。
楽しく飲むのは大前提、暴れたり絡んだりがあまりにも目に余ると強制的に排除する可能性が御座いますことをご了承ください。
※上記イベントに関しましては予告なく変更する可能性がありますこと、ご了承ください。
同時開催
~ 誰が一番強いかやってみようぜ!! 飲み放題大会『大笊』開催決定!! ~
あの、金にがめついと評判の(ほっとけ)〈お酒のバッカス〉が!!
日頃の感謝と致しまして、〈天秤祭〉の二日目に飲み放題イベントを開催致します!!
皆様からの搾取はこのためにあったんです!!
~開催情報~
開催:〈天秤祭〉二日目の夜
(オクトーバーフェスト in アキバ の中で実施)
参加資格:自称20歳以上(自薦他薦問わず)
ただし、簡単な試験を実施の上、参加者を決定します
参加費 :無料 (一部を除く)
※上記大会に関しましては予告なく変更する可能性がありますこと、ご了承ください。
※メインはオクトーバーフェスト in アキバです。
他のお客様のご迷惑にならないようお願い致します。
※多くの皆様のご参加を想定しておりますが、備蓄にも限度がございます。
品切れとなる可能性もありますので、その点ご了承ください。
むしろそんだけ飲んでみろ!!
※飲み放題だからって前後不覚になってやらかしても、当方は責任を負いません。
そのために年齢制限を設けております。
※とはいえ、流石に目覚めが悪いので、ある程度の救護班は用意致します。
人数には限りがございますので、くれぐれも飲みすぎには注意しましょう。
協賛:ギルド〈月光〉
――●――
ざっと眺め、簡単に感想を告げる。
「……悪くないな」
先程は足りなかった“毒”の要素が加わった。
適度な煽り文句は、人間誰しもが持つ攻撃的な部分に作用する。露骨では火に油を注ぐことになるし、弱腰では関心を持たれない。
競争を強調することでも、興味を引くことができる。
しかも、〈お酒のバッカス〉の商品を飲み放題で飲めるとなれば、これ以上の広告効果はない。
集客に関しては問題無いだろう。
問題なのは金額の部分だが、
(……タダの部分と、そうでない部分を明確に書いていないことだな)
参加費は無料。それは最初から決めていた。
だが、
(……席料を取らない、とは書いていない)
銀薙は珍しく、苦笑を見せる。
そう。
用意する全ての席が、優先席なのだ。
参加費はなくても、席料は取る。
要はチャージ代、ということだ。
それに、
(……この、米印の部分がなんとも)
銀薙の視線は、新たに設けられた幾つかの米印のうち、ひとつに注がれる。
『※上記イベントに関しましては予告なく変更する可能性がありますこと、ご了承ください。』
この一文はどんなようにでも解釈できる、“魔法の言葉”だ。
例え、状況が変化して参加費を取るようになっても、この文言があれば感情的な文句は受け付けても法令上の違反にはならない。
法令がないのでどうでもいいが。
だが、全てを円滑に進めるためには、もうひとつ文書が必要となる。
「ダッドリー、どうかな?」
ユストゥスは出来上がったチラシの文言を既に専門家に見せていた。
Tips:
ダッドリーの現実でのお仕事は弁護士で、本当は著作権を手がけたいがなぜか離婚調停の専門になっている。
「問題無いだろう。
“予告なく変更する可能性”がある、と明記してあるからな、この一文でだいたいはクリアできる。
あとは、この文言を認識した上で、違反したら出て行く、ということを契約させればいい。
文言は俺が考えておく、というか、このチラシの一番下に“以上を順守することを契約する”とでも書けばいい」
「……なるほど、簡単でいいな」
「でー? あたしがいない間に、大概は済んだ感じ?」
フロレンスが大きめのキャンバスや定規、何本もの筆が刺さったペン立てを持って現れる。
元は彼女の席であったことを思い出し、いそいそと腰を浮かして座るように促す。
「ハイどーも。あ、これ完成版ね。
ふーん…………文字の大きさはこれで行くのね?」
「その予定だけど、レイアウトと入れる絵によって変えちゃっていいよ。
この文字数と情報量だと、ちょっと難しいかな、と思うんだけど」
「じゃあこっちでやるわ。メイリン、手伝いお願い」
「はい」
絵とレイアウトの“外注”が終わったので、後は決定稿を確認するだけだ。
それ以外を決めるために、再度ダッドリーに向き直る。
「……で、どのくらいのレベルに換算になる?」
「そうだな、およそ40から50、というところだろう」
「ということは、レベル50の紙を300枚、か。
それとチラシ用の通常の紙を……」
「昨日複製していただいたのは800枚ですね。今回は会場も決まったので、多めにしましょう。具体的には1.2倍、960枚……キリよく1,000枚で」
ガーフォードの言葉に全員が押し黙り、続いてエルヴィンを見る。
視線に対し、エルヴィンは両手を肩まで上げ、ひらひらと振る。
「俺の手持ちはねぇし、イザヨイも」
「そんなにありません」
サブ職を〈筆写師〉にしているイザヨイもまた同様に否定を返す。
それを聞いたそれぞれが、口々に自身の伝手についてつぶやき出す。
「じゃあカラシンさんに……できなかったな、あぶない」
「足りなきゃあたしが集めてくるけど?」
「あ、俺持ってるかも……いや流石に量はないすね」
「……朧と龍、俺で取りに行く」
「ス」
「銀薙様、もし取り扱っているようなら店長に掛け合いますよ?」
「いやありませんて姉様、こいつらのいらんもん流してるんやから」
「……もしかしたらお爺様がお持ちかも知れません」
そこで。
今まで黙っていたシエナが、困ったような表情で告げる。
「皆様。文書館には〈筆写師〉の方にお願いするための素材があります。
レベルも60くらいまでなら量も揃えておりますけど……そちらでは不足でしょうか?」
その言葉に、エルヴィンが眇になる。
「お前なぁ……早く言えよ」
対して。
「……今、なんと仰いました?」
シエナの目が細まり、声が固く響く。
ガーフォードをはじめとした、人の感情の機微に詳しい人間達は思わず居住まいを正す。
だが、彼女の正面におらず、どちらかというと人間関係に疎いエルヴィンは気が付いた様子がない。
「だからよ、もった」
「『おーっとぉ!! 手が滑った!!』」
ガーフォードが棒読みの台詞を言いながら、
「いぶるあぁぁっ!?」
エルヴィンの頭を後ろから押し込み、机に叩きつける。すると当然、ごつん、という痛々しく鈍い音が響く。
「……なぜ“若本節”なんだ?」
Tips:
殴られた時は遠慮なく叫ぶと効果大。
ただし“完全体”の時はダメ。
銀薙のどうでもいいことと共に、エルヴィンが沈黙する。
それを確認したガーフォードが、ダッドリーに目で「謝罪とお願いを」と告げる。
「(なんで俺なんだ!?)」
「(一番近しい人間だからです!!)」
ユストゥスは、
「あ、ちょっと修正しなくちゃ(棒読み)」
無理やり仕事に逃げ……戻った。この辺の危機管理は流石の一言だ。
次にイアハートやトモエに振ろう、と思ったのだろう、すがるような目で見るがイアハートは席を立っており、トモエの目は据わっている。
自分がやれ、と彼女の目が語っている。
それを見て、意を決するというよりは、諦めの気分が優っているダッドリーが口を開く。
「あー、その……持っているなら、それを譲って欲しい」
しばらく、机に突っ伏したエルヴィンを眺めていたが、
「…………しょうがありませんね」
溜めに溜めたため息と共に、許可の言葉を吐き出す。
「恩に着る」
「では、流石に私一人では持ちきれませんから、どなたかお手伝いをお願いできますか?」
切り替えは早く、あっさりと立ち上がる。
そんなシエナに続き、焦ったように腰を上げる。
「では行ってくる。何かあれば連絡をくれ」
慌てて、自分より頭一つ小さい背中を追いかける。
それを見て、
「なんか、事あるごとに彼女に引っ掻き回されている気がしますね」
ガーフォードが苦笑を見せる。
対する銀薙は複雑な表情を隠さずに返す。
「……言うな」
実際のところ、その通りなのだ。
特に、“教官組”の男性陣がひどい。
全員に“様”を付けて呼ぶ割に、扱いは極めてぞんざいで適当だ。
どうやら彼女の中で、“英雄”をこき使えることがステータスなのだろう。
(……あいつらが文句も言わず従うから、というのもあるだろうな)
S、というよりは姫、あるいは女王の気質だ。
だが、それは彼女に始まったことではない。
この〈月光〉の女性陣は総じて強めで、男性陣の弱みを着くのが得意だ。
例えば。
「あ☆ ナギくん、ユンくんを借りてもいいかな☆ というか寄越せ☆」
新條からご指名がかかったユストゥスは明確に嫌そうな顔を見せる。
先程は逃げることができたが、既に自分の座っていた席に戻っている。
そして、今のところ銀薙の請け負った作業にユストゥスを必要とするものはない。
第一、新條の話は聞いておかなくてはならない。
「……いいぞ、行って来い」
「(引き止めてよ!! ヤだよあのテンションのアイツと話すの!!)」
だが。
「ユン。それはお前の仕事だと思うが? それとも、お前は好悪で仕事を選ぶのか?」
トモエが普段とは異なる、醒めた声でたしなめる。
その表情、そして声色に対して、ユストゥスは取り繕うような、引き攣った表情を浮かべる。
“策謀担当”、などと嘯いているが、実際にはユストゥスの“策”など大したことはない。ただの世迷い言や思いつきを、それらしく振舞っているだけの話だ。
実際に形にし、表に出して実行しているのはイアハートやガーフォード、エルヴィンやダッドリー、そしてトモエだ。
特にトモエの活躍はまさしく八面六臂。
穴蔵に引っ込んでごそごそやっているだけのユストゥスはトモエにだけは頭が上がらない。
しかも、今の表情、そして声色の時のトモエは完全な“指導教官”モードだ。
自分が弱い立場にいる時は長いものに巻かれがちなユストゥスには、反抗という気持ちそのものがない。
(……この辺がハルとよく似ている部分だな)
「……ワカリマシタ」
「よし、行け」
「……ハイ。イッテキマス」
なぜか片言のまま、重い腰を上げる。その様子は物理的に重いかのように、
「……よっこらセッ○ス」
……無駄な掛け声はあったが、力の入ったものだ。
不思議に思い、見ると。
「……葉月、ユンの腰から離れろ」
だから余計な一言があったのか。
自重しろ。
「だって潤さんが葵さんの毒牙に!!」
「毒牙ってナニ、毒牙って。葉月ちゃんとチガイマスー。
(そりゃかけたいけど)……ローストチキン用の竈を作っているの。その性能確認」
「あ、もう焼けた? うん、それは行かなきゃ」
するり、と葉月の手を外すと、ユストゥスはいそいそとリビングから出て行こうとする。
だから、一応言っておく。
葉月の手に残ったパンツとパンツを眺めながら。
「……セージュン、尻丸出しで行くな。
風邪を引くだろう」
「おっと」
尻をぴしゃり、と叩くと、ぶらぶらさせながら戻ってくる。
その様子は、最上位は逃げも隠れもしないと言わんばかりだ。
Tips:
ユストゥス>オリゼー>ダッドリー>……これ真面目に考えなきゃダメ?
……♪ヒビキ♪とイザヨイがまた卒倒したが、彼女達には現状すぐに動いてもらうことはないので気にしない。
……ただ、新條が瞬きもせずガン見しているのはどうしたらいいのだろうか?
それと、
「……メイリン、手を動かせ。ああいや、こっちじゃなくて自分の方だ」
手元のスケッチブックに熱心に“一部”を描き上げていくメイリンもまた、視線を外さずに抗議する。
「こっちも自分の方です!!」
「……いや仕事しろ」
今度こそ。
銀薙は疲れ果てたようにつぶやく。
「……やれやれだぜ」