グラス 六杯目
――●――
呼吸ひとつ分の間が空き。
銀薙はやむを得ず、という態度を崩さず。
鬼のような形相をして、まっすぐ拳を振りぬいた♪ヒビキ♪へ声をかける。
「……♪ヒビキ♪、ハルが復活したら後で説明しておけよ?」
「え、なんで…………い、いや、そういう目的で殴ったわけじゃなくて、前にアタシをきちんと見てくれるって言ったのにさっきから藍那さん口説いたり“先生”から“ご褒美”もらおうとしてたりしたから“躾けた”だけなんですけど……ええと、でも結局はそうなっちゃって……えへへ!! 分かりました!! これ以上なくしっかりと!!」
女って心底怖い。
それがこの時の、男性陣の純然たる感想だった。
(……やっちまったてぇ“過去”よりふたりきり、って“未来”を見たのか。
おっそろしいプレイスタイルだな)
斜め上過ぎる。
エルヴィンは胸中で苦笑する。
自身も、叩かれると悦ぶタイプではあるがここまでやられると少し引く。
「……話を続ける。
〈大地人〉の手伝いとして、まずはタチアナ」
「あ、待って。タチアナは“こっち”に組み込みたい」
ユストゥスの言葉に対し、銀薙は少しだけ眉を顰めてみせる。
対して。
「なんだぁ? まぁたなんか企んで…………あ、そっちの話か」
軽く文句のひとつでも言ってやろうかと思ったが、気付く。
「……そっち? どっちだ?」
間抜けな話をしているな、と思いながら答える。
「あー、《円卓》対策だろう? 〈大地人〉の方が立ち回りは早いからな」
だが。
「…………あー、そっちか」
「へぇ? そんなことも?」
銀薙と藍那が同時に、しかも少しだけニュアンスの違う返答を返すと、その場の全員が妙な表情を浮かべる。
そして。
『……え?』
ユストゥスを除く、全員の声が揃う。
その中でも、最も困惑したのは、
「え、ちょっとどういうこと!?」
「え、何隠しているんですか!?」
彼の妻妾だ。
その事態は更なる混乱を招く。
「なに? イアハートも葉月も知らない、だと?」
「何企んでやがる」
「毎回のこととはいえ、そろそろこういう“運用”やめません?」
だが、
「……なぜか機能してしまっているのがな」
「何より面白い、っていうのがねぇー」
なぜか一部からは肯定的に捉えられている。
「第一、何かあったら全部ユンユンの所為、ってことにできるしね」
『それだ』
「……あれ、そういう? そういう納得されちゃった?」
残念そうにするユストゥスに対し、念の為に聞いてみる。
「聞いたら話すのか?」
「……言える範囲で?」
なんで疑問符が付くような返しなんだ、と思うが、言わない。
ただ。
「……言うな。聞いたら最後、厄介事を背負い込まされっからな」
「くはは。よくわかってるじゃん。
……でも、さ」
ユストゥスはそこで言葉を切り、普段とは違う笑みを浮かべる。
自嘲とも取れるような、力のない笑みだ。
「今は、全部を言えない段階……要は“根回し”の最中なんだ。だから、言えない。
でも、きちんと言えるようにまとめるから、もうちょっと待って欲しい」
その、ユストゥスにしては素直すぎる言葉に。
「……殊勝すぎる」
「……また何か企んでるな?」
ほぼ全員が、逆の意味に捉える。
「怖ぇ、怖ぇよ!! おいユン、やっぱ話せ!!」
信用がない、というよりも、彼があまりにも“やらかしすぎた”所為だ。
「ちょっと待って!! 聞くのはエルヴィンだけで!!」
呼吸をするように策を練り、陥れる。
「おいぃー!! 俺だけ売り払うな!! 嬉しくなるだろうが!!」
そうして、安全を手にする。
「じゃーいいじゃん」
それが必要とはいえ。
「……そうか。よしユン、俺だけに話せ」
だからこそ。
苦笑を浮かべ、しかししっかりと頷く。
「俺は、お前のどんなことでも受け入れてやるぞ」
だが。
『……気持ち悪いな』
『……ユン×エル?』
「いやここは敢えてのヘタレ攻めは」
「お前らー!! あとメイリン全然隠せてないからな!!」
Tips:
メイリン
元〈シルバーソード〉で、ユストゥス達の派閥に所属。
普段は清楚を装っているが、実際はやや“腐りがち”な“兼業作家”。
メアリの件で〈シルバーソード〉と袂を分かち、〈月光〈キアーロ・ディ・ルナ〉〉へ。
やや露出の気があり、チャイナドレスで大股開きや見せパンちらりは常に行っている。
――●――
ユストゥスは、しょうがない、というように相好を崩す。
「…………ある意味、人望に溢れているね?」
隣に座るイアハートがくすり、と笑う。
「“オオカミ少年”、って部分でね?」
その逆側の葉月は、にこやかにユストゥスの腕を取る。
「大丈夫です。私達は、信じていますから。
ただ……潔白を証明するために私と小一時間」
「ちょっと、“達”に訂正よ!!」
掴んだ腕を引きながら立ち上がる葉月、そして遅れるように立ち上がるイアハート。
そして、ユストゥスの後ろに控えていたタチアナが真顔で続く。
「お伴」
『しなくていい』
「……話を戻す。いいからエルヴィンはそこで意味もなく正座して、膝の上に石を乗せておけ」
「そりゃ拷も」
「……というか、お前らどこに行く? まだ全然決まっていないぞ」
銀薙に窘められ、やっと騒ぎが収束する。
エルヴィンが正座に入り、ユストゥス達が着席したことを確認して、銀薙が話を進める。
「……ユンについては、まぁいい。ただし、後ででいいから、詳しいことは全員に話せよ」
「時期が来たらねー」
気楽な調子で返す“親友”に対し、銀薙は嘆息で答える。
実際、逐次報告なんてされたら、それこそこっちの精神やら何やらが保たない。
隠されている方が安心する、というのも重症な気がするが、気にしたら負けだ。
「……今度こそ話を進める。
〈大地人〉の諸君の話だな。
タチアナはユンの方だから……ラリサとヨナタンは会計。
ゲルベルトとマルカントニオはフロア」
ちらり、とラリサを見ると、本人は仏頂面で手を振る。
「わーっとるわ。てことは、私は戻ってもエエんやな?」
「……護衛を付ける。ファウルベやキラーネ☆が手すきならいいんだが……今は“バカ兄妹”だけだな」
「げ、あいつらかいな……」
「じゃ、じゃあラリサ、よろしくね」
「姉様!? 逃げるん!?」
「ち、違うん、私はアキバに泊まるさかい、帰るゆーなら、ね?」
完全に視線を外し、“地”の似非関西弁になる“姉”に対し、“妹”は裏切られた、という様子で詰め寄る。
その理由に“親友”を使わない辺り、本気で嫌がっているのを繕えていないことがまるわかりだ。
Tips:
なぜかタチアナはユストゥスの子供を産みたいとご執心で、常に股間を狙う。ラリサはその暴挙を諌め続けている。
ちなみにタチアナとラリサの“妹”、ファビオラはタチアナ派で、むしろ“下克上”を狙う。
正直、家族の諍いをこちらに持ち込まないで欲しいが。
「……ああいうの、いいよね」
本当に小さな声でつぶやく“親友”に対し、
「……そのために、努力しているんでしょ?」
現実での恋仲にあるイアハートは蒼瀧の肩に頭を預け。
「……任せて下さいね、私元気な子産みますから!!」
この世界で恋仲になった葉月は蒼瀧の腕に自身の腕を絡ませる。
いろいろすっ飛ばしているが、それでもいい。
この世界から脱出するためのモチベーションなんて、なんだって良い。
葉月はでかい声で続ける。
「その前段階から任せて下さいね!! そりゃもう、こ
【検閲】
……ハルが起きていなくて本当に何よりだ。
ちなみに♪ヒビキ♪とイザヨイもこの言動でダウンした。
葉月のエロ系言動は、“清い体”であり、男性とのお付き合いもないJKとJDには少々というか、非常にきつい。しかも繰り返すので情操教育には非常に悪い。
あれで小学校教師だというのだから、
(…………日本の将来はある意味明るい)
明るすぎて昼間は直視できない。
少子化対策にはなるだろうが、全く安心できないクオリティだ。
むしろ“子作”
【検閲】
……つい良からぬことを考えてしまったことに対しては素直に反省し、とにかく話を進める。
「……すまんがカディンスキー、数を決めてからになるが机や椅子の発注を行う。そのつもりでいてくれ」
「了解です。
そういや、設営の指揮はどなたを想定しています?」
問われ、少し考えるが、
「カディンスキーがやっていいぜ。あ、ステージに関しては後でキリー向かわせる」
なじられから復帰したエルヴィンがあまり考えた様子もなく告げる。
だが、今回エルヴィンは人員面での発言権はない。とはいえ、確かにその方が面倒がなくていい。
銀薙は円滑に進めるべく、視線をトモエに向ける。
「……で、よろしいですか?」
人員面を統括するトモエは小さく頷く。
「うん、その方が面倒なくていいね。
一応、数字感は300人動員を想定したものにして? 多い分にはなんとかできるけど、少ないと帳尻合わせが難しいからね。
キリーちゃんはステージ作ってからの出番だけど」
「いえ、最初から行きます。アタシ特に何もないので」
「うん、じゃあお願い」
「分かりました。じゃキリー頼む。あと、ロク、ワタル、手伝ってくれ」
カディンスキーとキルエリーヒ、そして名指しされた権六とワタルノフが立ち上がる。
「先に動いてもらう人達はそんな感じかな。
あとは必要となる人間を適時配置する、って感じになると思うから。
……今のところ、わたしってこのくらいしかやることないね?」
「分かりました、では」
「あ、待て待て。まずは土地の権利関係をなんとかしとこう。そうすりゃ特にいざこざは起きねぇだろうし、なんだかんだで〈大地人〉だって来るだろうしな。
会場までの道もちょっと整備しといてくれ。分かりやすく、な」
Tips:
土地の占有を宣言する〈契約術式〉により、〈月光〉はアサカを作成した。
エルヴィンの言葉に、ちらり、と“親友”の顔を見る。
だが、その表情には特に変化はない。
「そうなると、一時的な占有としよう。そうすればそこまで高レベルの素材を使用しなくて済む。
文言はアサカの時と同様、“土地賃貸借契約名義変更承諾書”でいいだろう。俺が書くから、少し待ってくれ。
名義は……」
言いながらダッドリーは全員を見回し、復活したばかりの“義理の妹”に視線を止める。
「普段ならイザヨイ、と言うのだが」
「……ああ、忘れ去られているわけじゃ……いやそうじゃなくて、もうイヤですよわたし!! なんで毎回毎回」
「今回はユンで」
名指しされたユストゥスは全く考えることもなく、
「ま、そだね。
言い出しっぺは私だしね。うん了解」
……イザヨイが悲しそうな顔をしているが気にしない。
というかやりたいのか? どっちだ?
銀薙は深く考えず、今度は復活したばかりの♪ヒビキ♪の方を見る。
こちらの視線に気が付いたのか、しっかりとした表情で軽く頷く。
「ハルくんはしっかり躾け……じゃなくって、教育しておきますから!!」
「……それはそっちの都合だ。俺が言いたいのは、きちんとハルに伝えておけ、ということだけだ」
「え、ああ!! そっちの話ですよね!?
大丈夫です、アタシちゃんと覚えてますから!!」
不安すぎるが、そっちはそっち。深入りしても面倒だ。
Tips:
銀薙達とハルは便宜上、敵対関係にある。
大人は流石に覚えている。
「あ、そうだ」
話題がひと段落したのを見計らってか、イヴォンヌが声を上げる。
「イザヨイさん、エルヴィン先輩、チラシ新しく作りましょうよ」
「あん? なんでだ?」
エルヴィンの言葉に対して、イヴォンヌの話題に乗る形で反論したのはメイリンだ。
「……そうね。昨日のって『大笊』の話がメインで、『オクトーバーフェスト』の宣伝全然できてないし」
確かに一文しかなかった、と思い出す。
誰が書いたか、と言われれば……思い出せない。きっと気にする程じゃないんだろう。
「っくっしゅ」
「あら? 風邪?」
「大変、熱を測らないと」
「だからってここで下を脱がせようとするのはやめてよ。
私はいいけど、ショックを受けるのが多そうだよ?」
……まさかの人間だったことに、少しだけショックを受ける。
(……なんで言い出しっぺがやりたいこと蔑ろにする?)
いつも通りの大雑把さと適当さが出たか、と思って流す。
「……なるほど、確かに扱いは小さいし適当だな。『大笊』のついで、みたいに取られかねない」
ダッドリーの言葉に、エルヴィンも納得がいったように言葉を作る。
「言われりゃあそうだな? おい“広告系”、ちょっと知恵貸してくれ」
指名されたイアハートはしかし、
「私? 全然方向性違うんだけど? 私は分析がメインで、作成系じゃないのよ」
Tips:
イアハートの現実でのお仕事はマーケターで、広告系の企業に勤めている。
「じゃあ言い出したイヴォンヌが」
「“専門家”の手も借りたいんですよねーユン先輩?」
エルヴィンの言葉を遮るように、イヴォンヌはユストゥスを名指しする。
葉月に半分脱がされかけていたユストゥスは、必死の形相になりながら答える。
「専門家って。私チラシ作ったことないよ? ちょっと待って、待てって!!」
「いえいえ、ユンさんとこって、手作りメニューでしたよね? 抜け漏れないかチェックお願いしたいんです」
Tips:
ユストゥスの現実でのお仕事は飲食店の経営で、新宿に複数店舗を保有している。
意外にまともな意見に、ユストゥスは表情を改める。そして葉月の肩を乱暴に掴む。
「痛っ!! なにす」
抗議しようと顔を上げた葉月の唇に、自身の唇を強引に押し付ける。
そこに配慮や何かはなく、本当に押し付けている。
数秒そうしていただろうか。
キスをしておきながら、ユストゥスはやや憮然とした表情で葉月を叱る。
「抗議は後で聞く。今はこっちの話がしたい」
「はい、私の配慮が足りませんでした」
対して葉月は、唇を奪われたにも関わらず非常に殊勝な態度で謝罪する。
(……エロが関わると真面目になるのは、なんというか……)
気にしない。気にするとドツボだ。
ユストゥスは少しだけ顔を赤くしたイヴォンヌに向き直る。
その表情は先の憮然ではなく、実業家らしい真剣さと真面目さを漂わせている。
「あーなるほどね、そんな形式でいいなら手伝うよ」
「じゃああたし文言考えるので」
「そういうお前こそ、経験あんのかよ?」
「いえ。ただ、結構引き立てるための文言は読み漁ってますから」
「何だぁ、そりゃ?」
「旅行情報誌とかですよ。あれ、お金突っ込まれているか払っているかで文言違うから面白いですよねー」
Tips:
イヴォンヌの“中の人”は旅行や、イベントに参加するのが好き。
……どっかで活躍しているかもしれない?
言うなり、イヴォンヌは紙片に絵のような文字を描き始める。
それを何気なく眺めていると、何かに気付いたような様子でエルヴィンが声を上げる。
「てぇかよ? おいデザイナー、なんでオマエが出しゃばらないんだよ?」
その視線の先には、藍那と共にお茶を飲んでいるフロレンスがいる。
Tips:
フロレンスの現実でのお仕事はデザイナーで、小さなデザイン事務所でディレクターなるものに就いている。
その声に、フロレンスはきょとん、とした顔を向ける。
「え?
……いや、あたしお金貰わないと描けない人で」
……こいつも大概だな、と思わなくもないが“親友”の関係者だ。このくらい図太くなければ長く付き合っていられないだろう。
そこに自分も含まれるが、自分は大丈夫だ。まだ常識から外れていない。
――●――
「(……そういうことを思う奴が一番、ってのが“常識”なんだけど)」
「(……銀薙は本当に常識的だからな)」
「(……不思議だよねぇ)」
「(……ホント、ユンの類型だなんて思えないわね)」
「(……いちいちこっちに遠征してくんなよ。お前のことだろうが)」
「(……いや、類型って。使い方間違ってるしそもそも血縁関係ないから)」
――●――
こちらを見ながら、かつての“教官組”の連中がぶつくさ言っているのを横目に、こちらはこちらのことを考える。
Tips:
“教官組”
かつて〈シルバーソード〉の前身である、“ギルドのようなもの”を作り上げた時の中心人物達のこと。
具体的にはエルヴィン、ダッドリー、トモエ、イアハート、フロレンス、ユストゥス。
〈シルバーソード〉になっても、彼らは幹部格として後進の教育に尽力したため、後から入ってきた幹部格と区別するためにそう呼ばれた。後にアルベルトとメアリが参入する。
実際、やらなくてはならないことは多い。
その最も大きなものは、実のところ《円卓会議》を始めとした、有象無象の牽制だ。
『やりたいことをやる』。
それがこの〈月光〉、そして〈街に静かに降り注ぐ銀の光〉の理念だ。
だが、当然この世界にいるのは“自分達”だけではない。
“自分達”のやりたいことをやっていれば、おのずと“自分達”以外の誰かとぶつかる。
微妙な話だが、“自分達”の中であってもぶつかることはあるのだが、それはそれでいい。
何もかも全てが同じだなんてことはありえないのだから。
(……確かに、組織は一枚岩であった方がいい。
それは、理想だ)
だが、個人は異なるものだ。
どこまで行っても、交わることはない。本来、交わることなどないのだから。
例えば、組織であるなら道端に咲く花を見て、「きれい」と思う人間ばかりでなくてはならない。
“自分達”は、確かに「きれい」と思う人間は多いだろう。
だが、単純に「きれい」と嘯く者ばかりではない。
流石に「汚い」というメンバーはいないが、「いくらで売れるか」、「薬効はあるのか」、「なんかで使えないか」とばかり思う連中だ。
だからこそ、この世界に適合し、生きていける。
傍から見れば、一枚岩からは程遠い。
だが、たった一つの目的のためにだけ動いている。
この世界から、脱出すること。
皮肉なことに、脱出しようとすればするほど、この世界に適合してしまうことが問題だ。
それだけ親和性が高い、ということもあるだろう。
そうではないのだ。
(……違う。
この世界が、あまりにも簡単過ぎるんだ)
この世界を牢獄、という人間はいるだろう。それも少なくない数がいることは推測できる。
だが、そこで諦め、牢獄に囚われるのであれば。
そんな連中には、確かに牢獄であり、牢獄のままだ。
(……“自分達”は、違う)
“自分達”は、抗い続けた。
抗えば、抗った分自分達に帰ってくるのだ。
努力をしても報われない現実とは、全く違うのだ。
だからこそ、
(……セージュンは、否、俺達もまた、飽きてきた)
胸中で嘆息する。
蒼瀧が“嫁”を増やしているのは、苦手な人付き合いの機会を増やすことで、その退屈と戦うためだ。
当然、倫理的な云々はあるだろうが、“最後の一線”は超えないと決めているのだから文句は言わない。
(……第一、不倫だの浮気だの、自然界でも普通に起きる正しいこと、だからな)
“一夫一妻”なんてただの宗教上のナンタラだろうが、と思うのは山県が宗教に特に何か特別を思わない日本人だからなのだろう。
蒼瀧の行為というか、考え方に対する理解はあるし、正直今蒼瀧が退屈に負けてしまうと非常にマズい。
(……中心人物だからな。もう少し分別が付けば、国だって手玉に取れそうなのに)
もったいない、とは思わない。
山県にとって、蒼瀧は最も身近にいる友人なのだから。
らしくないことを考えていたな、と反省したところで。
「よしできた!!」
どうやらイヴォンヌの仕事が終わったようだ。
「この辺、イラスト入れればいいかしらね?」
「よっろしく~♪
あ、ちょっと待って、その辺はユン先輩とフロレンス先輩に聞いてからで」
「よし、ちょっと見せて」
「ご指名? えーと、金貨200枚で」
「高いなぁ」
下らないことを言いながら、ユストゥスはイヴォンヌの書き上げた紙片を手に取る。
真剣な視線が上から下へと、淀みなく動いていく。
読み返しているのか、数度上下を繰り返し、そして、
「……うん、いいんじゃないかな?
あ、いくつか文言直すね。あと、文字の大きさを弄ろう」
「ちょっと待ってユン、状態保存しながら。この世界に“Ctrl + Z”なんてないんだから。
エルヴィン、複製してー」
「ほいよっと」
「ありがとー。都度お願いするからここにいて。
ユンの方で文言確定したら、あたしがデザインするわね。
……あ、やっべ、〈画家〉の仕事は久しぶりすぎて道具どこやったか忘れたわ」
フロレンスが自分の部屋に戻るために腰を上げる。
少しだけ気になったので、フロレンスの座っていた椅子に移り、ユストゥスの隣から覗き込む。
「ナギ、見てみる?」
「……少しだけ」