グラス 五杯目
――◆――
部屋の片隅で〈念話〉を掛けていたユンさんがこちらを向き、満面の笑みを浮かべる。
そして。
「断られちった、てへっ♪」
何をトチ狂ったのか、左の口端から舌の先端をちょっとだけ出しながら、だ。
……憎しみで人が殺せるなら。
ではなく。
思わず、俺は焦って大声を出してしまう。
「ど、どうするんですか!?」
「なんでハルくんがそんなに焦るの?」
俺とは対称的に、♪ヒビキ♪さんは至って落ち着いている。
Tips:
ハルとユストゥス達
普段は共に行動し、事業を行うが実は静かな敵対関係にある。
大事なので二度言った。
なんで、って……いやだって。
「だ、だってユンさんがそんなにあっさり諦めるわけ無いじゃん!!
ねちっこいといえばユンさん、ユンさんと言えばねちっこい!!
次は戦争だよ!?」
考える。
正直、このタイミングは非常にヤバい。
今《円卓》と戦争となると、まず物資の面で不安が残る。
何しろ、今日からお祭りだ。
ヒトも、モノも、カネだって集まる。
しかも流れはアキバに集中している。
一過性のもの、として〈月光〉の倍の額で買い取る、となれば〈月光〉と関連の薄い連中は全て《円卓》に流れる。
……いや、待てよ?
今、アキバにはそこまでの現金はないんだった。いやあるけど、皆が思っている以上には、って意味でね。
何しろ、『外貨獲得』のために〈天秤祭〉やる、って側面もある。
モノが入ってくれば、カネもヒトも集まる、という寸法だ。
でも、それはあくまで裏からしか見えない事情で、アキバとコネを作っておきたい〈大地人〉はゴマンといる。
なんとか牽制しようにも、こっちには時間も余裕もないから相当に難しい。
そうすると直接的な嫌がらせ、というのもあるけど、それだけはダメだ。
基本、『やったらやり返す』は一番の対応策である以上、こっちが嫌がらせをすれば《円卓》は組織力を使って阻害してくる。
……それこそ戦争だ。
〈種子島〉だってやっと量産体制に入ったばかりだし、何より練度が低い。
それに、真似されればおしまいだ。
《円卓》には大手生産系がある。
一丁でも流出すればすぐに真似され、そして量産されてしまう。
…………あ、いや。
〈黒色火薬〉ができないから無理か。
「はい正解。
いいかい? 銃なんて中学まともに出てれば作れるの。
というか、だいたいのものはまともに義務教育を修めていれば作れる。銃だって、羅針盤だって、窒素だってね。
ホラ、文明で必要とされるものが全てできる。
でも、火薬に関してはまず無理。
そもそも教えないし、マンガとかで何が必要なのかは分かっても混合分量がわからない。
それに硝石は入手困難。便所の土から抽出はできるけど、手段は専門過ぎて大学でだって教えない。というか普通のやり方じゃ抽出量が少なすぎる。
それにマジに危険。取り扱い間違えたら吹っ飛ぶからね?」
ユンさんが、普段通りの底意地の悪い笑みを浮かべている。
「そもそもさ?
……お前はいったい、私のことを何だと思っているんだよ。確かにねちっこい攻めは嫁達に大人気ですけど。
それに、すぐ戦争したがるキャラは悠だしね?」
何言ってんだよ、そこは自重しろよ!!
「貴方も、私の事なんだと思っているのよ? 『せんそうしゅき……! しゅきなの……!』なんて言わないわよ」
言ってんじゃん、そこは自重しろよ!!
「敢えて触れないでゆっくり焦らされると、もうたまりませんね!!
……その分こっちも、ゆっくりとなぶりますけどね。こう、口に唾を」
何言おうとしてんだよ手法はいいよ!!
「……ち」
お前らの所為だぞ!! ほら変な空気!!
「おい、ハルのスーパーツッコミタイム終わったか?」
い・つ・か・らそんな時間帯できた!!
「たった今」
……あーもう揃えるの大変なんだよ!!
「言いながらも揃えたじゃねぇか。てぇかメタい発言すんな」
久しぶりだからいいじゃないですか!!
「こだわり、てぇか一種の病気だな。
んじゃ話進めるけどよ、どうすんだ、実際?」
「そうだねーって、そりゃ方法はひとつしかないっしょ。
元々そのつもりだったけど、アキバの外でやろっか。
……その方が『話』が早いし」
ユンさんの言葉に、エルヴィンさんが軽く眉を上げる。
「…………あー、なるほどな?
でもよ、こっちからは厄介だぜ? 『知らせる』のも一苦労だしよ?」
「大丈夫、そのためのさっきの〈念話〉だよ。
で、私か、あるいはエルヴィン、ダッドリーじゃない?」
「いや、俺よりはお前かエルヴィンだろうな。あとは……」
「トモエさん、ってことも考えられるが?」
「それはないよ。トモエさんは確かに重要な位置にはいるけど、そもそも連中が〈銀の光〉のパワーバランスなんて理解していると思う?」
「ないな。それは断言しよう」
「それに、本当に理解してたならオリゼーくんじゃない?」
「そうすね。意外と俺、外に顔出してますし」
「……それと、ガーフォードか新條だな」
「ボクはないですね。何しろ〈第8〉とはどっぷりですからね」
「ボクも☆ 皆知らないだろうけど、実は〈ロデ研〉とずぶずぶなんだ☆」
「…………っは!!
た、耐えた!! 耐えられた私!!」
Tips:
過去にいろいろあって、ユストゥスは『ボクっ娘』がトラウマ。
「よくやったわ!!」
「後で『一本』!!」
『だから自重しろ』
「話戻すと、ならやっぱり私じゃない?」
「ケケケ、確かにな。
脳筋にゃー分かりやすい」
「だが、念のためだ」
「そうじゃな、余が」
『いやいやいやいや』
「一応私がいないと」
「……つまらんのぅ」
……いや、こっちにも理解できるように進めろよ。
何の話かは分かるけどさ?
というか血生臭い話になってくるのになんでウキウキしてんだよ。
「小僧、貴様にはまだ早い」
えーえーそうでしょうとも。一生そのタイミング来なくていいわ!!
「で、そっちは適当に任せるが。
具体的には、まずどこだ?」
「アキバの入り口でいいんじゃないかな? 歩いて三分ぐらいのトコで」
「……いくつかやれそうな広場はあるが、この際だ、切り拓こう。
次、どう進める? 『墨俣城』か?」
「それしかないっしょ?」
「横からすけど、もうあんまり『備蓄』ないすよ?」
「いや、裏から手を回して入手するから大丈夫」
「じゃ、俺からは以上す」
「だが、一夜城では強度が保証できない」
「や、ステージだけだから大丈夫でしょ」
「……出来てみないと分かりませんけど」
「うん、そりゃそうだ。
ただ、今話しているのは強度の問題。ステージとしては出来てから、だね」
「そうですね。その時はアタシがやります」
「後は……机や椅子、それと食器にカトラリー、グラス」
「まずは数を決めろよ。
……枠は2~300名程度というところか?」
「……採算取れるようにすると、だいたいそんなもんだろうね?」
「そこはどのくらいの質と量の料理を提供するか、になりますけど……わたし、まだ状況読めてませんから、明確なことは」
「あ、そこは後で説明するよ……というか、その話を全面的にしてないんだよね」
やっと気付いたか。これで『策謀』担当名乗るとか
「んーじゃあハル、お前実行委員」
ないわー…………え?
今、なんと?
ユンさんはにこりともせず、俺に顔を向ける。そこには、申し訳ないなぁ、といわんばかりに眉を下げた表情があった。
なんとなく、この先の話を聞かない方がいい気がする……んだけどなぜか体が言うことを聞かない!!
そんな俺の耳に、ユンさんの声が入ってくる。
「だって、最初から気付いてたんだろ? 全然話進んでないって。
やー、ホントは私進めたかったんだよ? でも、『後輩』にぶっこまれるほど理解が伴っていなかったわけだよ。
そしたら、もう『先輩』は引っ込むしかないじゃないか。そうだろう?」
……そんなわけないだろうが!! って思考でしか突っ込めない!!
第一、常にそんな殊勝な態度でいたら、この世界で生き残れるわけがない。
額に汗が滲んでいるのを理解しつつ、俺はユンさんから顔を背けることができない。
実際、ユンさんは申し訳なさそうな表情を浮かべているだけで、目は全然そんな風には見えない。
むしろ、いつも通りに何か企んでいる時の目だ。
確実に罠だ。
ああもう!! なんでこういう時ばっか俺の役目!?
もっとこう、女の子とイチャイチャする回とかごめんなさい♪ヒビキ♪さん俺久しぶりで調子乗ってた!! 視線痛い!!
そんな状況であっても、俺は脂汗は流せても体はおろか、指先すらこれっぽっちも動かせない。
というのに、なぜか顎が軽く浮く。
俺の意思とは全く関係なく、だ。
俺は素早くユンさんの頭を見るが、変化はない。
ユンさんが『王の力』を使っていないとなると、ヴァルケンハインさんがやっている、ということだ。
……なんでこういう時の王様は『暴君』バリバリなんだよ!! もっと臣下を信じて!!
だけど、その時。
「……待て、セージュン。
これはお前が言い出したことだ。だからお前が仕切れ。そういう決まりにしただろう?」
Tips:
ユストゥスと銀薙は中学・高校の同級生。なのでたまに当時のアダ名で呼ぶことがある。
ユストゥスの本名は『蒼瀧 潤』、『蒼』と『潤』で『セージュン』。本人は男装女子でもないし、ヨゴレ。
銀薙の本名は『山県 謙佑』、『県』と『謙』で『ケンケン』。日本サッカーのレジェンドではないし、チキチキなマシンでレースもしない。
銀薙さんが助け舟を出してくださる。
……流石、このギルドの良心!!
対して、『暴君』は。
「……ケンケンがそういうなら」
なぜか比較的素直に言うことを聞く。
同時、俺の体が動くようになる。
「ちっ。
……ハル、命拾いしたな」
……その捨て台詞がなければ尊敬に値するのに!!
その点、銀薙さんは本当に素晴らしい人だ。
常識あるし、下の人間のことも理解してくれる。
何より、こうやって面倒見がある。
どっかの人とは大違いだよ、まったくもう。
Tips:
ハルとユストゥス達、(中略)敵対関係にある。
『達』、なので当然銀薙とも敵対関係。
――●――
「(……相変わらず、ハルは疑うことを知らんな。心配になってくる)」
「(……そこがいいんじゃないか。
むしろ、ナギの方がまずいんじゃない?)」
「(……俺はポイント稼ぎも楽だからな)」
「(……おーおー、さっすがー)」
――◆――
……なんだかハメられたような気がするが、きっと気の所為だ。
だって、銀薙さんだよ? 俺に唯一優しくしてくれる大人だよ?
Tips:
(前略)(中略)敵対関係にある。
ともあれ。
……なんかメアリさんの視線も痛いけど。
「じゃあ、私が仕切るとして。とはいえ、まずは準備だね。
カディンスキーくん、キミのところの製品を言い値で買おう」
「待って下さい。いろいろふっとばさないでくださいよ。
まずは見積書を出します。あと、契約書を作成するので」
「待って待って!! そんな行き当たりばったりでやってもしょうがないわ。
きちんとスケジュール感と人員配置、それと予算を決めて。
あと、総括は潤じゃなくて銀薙、貴方がやって。サポートは私とトモちゃん」
イアハートさんが待ったをかける。
「でもそれじゃ、ユンさんが取り仕切る、ということにはならないんじゃ」
結局銀薙さんにやらせることになるじゃないか!! そんなのは許さないぞ!!
憤る俺を見たイアハートさんと葉月さんは、共に苦笑を見せる。
「潤は基本、目についたものに着手していっても、全体が見えているからなんとでもできるわ。
でも、それを全員に共有する、ということに関しては面倒臭がってやらないから」
「なんでもできるけど、基本スタンドプレイばっかりでしょ。それでミスっても、自分で拾っちゃうから。
……そういえば最近『ソロプレ」
「そーいうのはいいですから」
でも確かに、イアハートさんと葉月さんの仰る通りだ。
細かい部分に全くと言っていいほど気を配らない割に、最終的にはそこもきちんとフォローしてなんとかしてしまう。
そういう意味では、全体をきちんと見て、適時動ける銀薙さんやイアハートさん、そしてトモエさんのような人達が統括するのが適当だろう。
それに、この人達ならきちんとユンさんの『手綱』握っていられるし。
「……では、改めて。
まずは簡単な人員配置を含めての共有を行う。
全体の総括は俺、銀薙。サポートにトモエさんとイアハート、そして志津香だ」
Tips:
志津香
元〈シルバーソード〉で、ユストゥス達の派閥に所属。
〈料理人〉で、現実でも料理系の職に就いているため、手際がいい。
メアリの件で〈シルバーソード〉と袂を分かち、〈月光〈キアーロ・ディ・ルナ〉〉へ。
同じ名前の魔法使いキャラと同様、ミニスカで三角帽子。〈口伝〉はどう見ても〈白色破壊光線〉だが、本人曰く〈超電磁砲〉。
「わたし……ですか?」
急に名指しされた志津香さんが、恐る恐るという様子で声を上げる。
今までも、そこまでメインとして動かなかったこともあって、多少の不安もあるんだと思う。
銀薙さんは軽く頷きを返すと、再度口を開く。
「……まず聞いてくれ。
今回皆に頼みたいのは設営と、当日の接客や料理だ。経験者を優遇し、未経験者は誰でもできることに回ってもらう。
特に〈料理人〉はとにかく動いてもらう必要がある。どこかの命令系統に入って動くより、独自に動いて欲しい。
そのためには、現実でもこの世界でも店舗での経験を積んでいる者のトップダウンで動ける組織であることが望ましい」
「なるほど、理解しました。
拝命致します」
少しだけおどけるように、敬礼のように手を掲げる。
それを見てから、銀薙さんはこちらに向き直る。
「……ハルとファビオラにはサブとして動いてもらう」
「はい」
「かしこまりました。ですが……よろしいのですか?」
俺と〈大地人〉のファビオラさんが順番に返事をする。
「よろしいも何も、お前の手腕は素晴らしい。是非に活躍してくれ」
「あ、ありがとう、ございます……」
あすげー照れた。
でも分かる。
俺だって褒められるの嬉しい。単純だけど、がんばろう、って気になる。
Tips:
(前略)(中略)(後略)。
「……このように、〈大地人〉諸君にもできる部分では十分に活躍してもらう」
「私にできることならなんなりと」
「承知しております」
「存分にお使い倒しください」
他の三人、カティアさん、シエナさん、そしてタチアナさんが順番に了解を示す。
「……何しろ、料理イベントだからな。
事前準備もさることながら、イベント最中も働き詰めになることを承知しておいてくれ」
……ん? あれ?
「あの、銀薙さん。アタシは『キッチン』じゃないんですか?」
♪ヒビキ♪さんが焦ったように声をかける。
♪ヒビキ♪さんはサブ職〈見習い徒弟〉で、今はユンさんを師匠としている。だからある程度の料理が可能だ。
だが。
「……悪いが、♪ヒビキ♪には今回、『広告塔』となってもらう」
「『広告塔』って……」
小首を傾げる♪ヒビキ♪さんに、銀薙さんが頷きを返す。
「……開催まで、ディアンドル姿でいてもらう。そして、当日も目立つところにいてもらう。
そのため、『キッチン』ではなく特定の客の接客だ」
指名入って接客って……なんかやらしいな。
「……そういう発想に辿り着くのがおかしい」
いやだって、そういうことじゃ……おい向こうで何人かが向こう向いたぞ!!
「……あー、そういう。
ややこしいこと考えて、一瞬分からなかったわ」
「……好きよねぇ、男ってそういうところ行くの」
「……基本、財布くらいにしか見られてないのに」
「……ダーくん、エルくん、こっち向いてみなよ」
「……いや、違うんだ」
「……そう、俺は別に」
『サイテー』
その場の女性陣から罵られ、二人が突っ伏す。
俺関係ないけどぞくぞくするな!!
「……続けるぞ。あ、♪ヒビキ♪の件は終わったな。
まず、ヴァルケンハイン殿とご老体は結構」
「うむ。当然じゃな」
「……こやつと同列とは、何となく癪じゃ」
ヴァルケンハインさんはいつものように鷹揚に頷き、ウォードさんは渋面を作る。
……まぁ、『結構』の意味はたくさんあるよね。
ヴァルケンハインさんは畏れ多いから動かないでください、に対して、ウォードさんは後が面倒だから首突っ込むな、って意味だしね。
Tips:
ウォードはいろいろ残念。元〈古来種〉なのに。
「陛下はともかく、ご老体はちょっといろいろ残念なのでご遠慮いただきたい。というかなんで来たんでしょう? 使えないのに」
あガーフォードさんあっさりと、しかもはっきり言っちゃった。
Tips:
……たまにこの項目が要らない気もしてくる。ハルのくだりとか、特に。
「……お主らには老人を労わる、という心がないのか!!」
『ないな(ですね)ー』
「お主らー!!」
……確かになー。
銀薙さんの話は続く。
「……相当話が飛んだな。
実務面での話になるが、志津香のところの〈料理人〉も借り受けたい。そのためには志津香がトップである方が都合がいい、という事情もある」
「はい。その点も理解しています。
正直、お祭りでは店舗での展開は少々分が悪いですし、それにこちらに注力すれば普段のお客様も呼び込めますから」
「あ、お客増やせるならもっと会場でかくしちゃおっか?」
余計なことを言うな、『暴君』。
「待って。規模感に関しては私が試算してからよ」
「分かった」
早速機能している!! 流石!!
「……トモエさんの下で実際に動く面々のマネジメントはフロレンスが行う」
「……分からないことがあったら、何でも聞いてね?」
フロレンスさんが、何やら妙な声色で返答する。
「はい『チーフ』」
間髪入れず、なぜか妙な返答をするユンさんに。
「分かったよ、『とd……『チーフ』」
「……ッ!!」
いつもとは全く違う、黒く朗らかな返答をするガーフォードさんと、何か気まずそうに顔を背ける銀薙さん。
……あれ、何か入った?
「……話を進める。
『やt……フロレンスのサブとしてメイリン。経験者枠としての採用だ」
……何言いかけた?
追及する前に、トモエさんが割って入る。
「で、今回はお酒の会合だから、酔客対策もしておかないとならないの。
その要員として、イザヨイちゃんと龍くん、朧ちゃん、メアちゃんとアルくん」
「あ、覚えててくださったんですね」
それは卑屈過ぎないかな?
……確かに、誰も彼もギルマスだ、なんて信じていないけど。
Tips:
コラボの際、毎回訂正する。
「〈月光〉のギルマスはユストゥスですよね」
「チガイマス。イザヨイです」
「……誰?」
「ス」
「了解」
お二人は純然たる武闘派だから良いとして、問題はメアリさんだ。
「ええ、わかりました」
あっさりとした口調なんだけど、その顔を見ると少しむくれているようにも見える。
「(ハル、気にしないで)」
「(本当は実行委員やりたいけど、やれないから不満なだけなの)」
イアハートさんと藍那さんが小声で教えてくれるけど、それにしたって……大人げない。
「(本当はやりたいことをやらせてあげたいけど、今回ばかりはメアにゃんには荷が重いのよ。
説得するの、苦労したわー)」
あれ、それじゃあ俺にだって荷が重い、ってことになりませんかね?
なのになんで俺に振ろうとした?
しかも、メアリさんを説得する時間はあった?
……あれ、何か気が付かなきゃいけない気がするんだけど……いや、今は話を進める。
「(やりたいことって……そんな気楽な考え方で大丈夫なんですか?)」
すると藍那さんは、考えるような表情を見せながらも、あっさりとした口調で教えてくれる。
「(少しでも前向きになれるなら、それが一番いいの。むしろあれはダメ、これはダメ、って制限し続けることはやっちゃいけないのよ。
ホラ、おねーさんは会社でそういう人を見ているわけなんだけど、大人ってそんな簡単に会社を辞められないでしょ? まぁ、辞めちゃう人もいるんだけど。
辞められないからこそ、余計に悪い方向に行っちゃうの。
だから、対処として辞めるまで行かなくても、少しでも会社から物理的に距離を離すのはいいことなのよ。
だから、旅行とか、普段滅多に行けない高いお店に行くのはオススメ。一種の『非日常』が味わえるからね)」
そういうもの、なのか。
でも。
「(……そこで言うと、ここがある意味非日常ですけどね)」
藍那さんは俺の言葉に憮然とした表情になる。
「(……だから困っているんじゃない。
え、ナニ、ハルルン? おねーさんにいじめられたいワケ?)」
そういう意味で言ったわけじゃないんだけど……いや、そんな凄まれても、藍那さんてかわいい感じの方なんで怖くないというか。
「(年下からかわいいって、ちょっと萌えるわ)」
「(ハル、やっぱり後で葉月に〆られなさいね)」
「(言葉責めがいい? それとも直接痛いの?)」
……どれも惹かれるけどダメです。♪ヒビキ♪さんに引かれてしまうから。
「(……最近ハルがうまいわね)」
貴女のギャグがその……ええと、
「(笑えないのよねー、イアっちのは)」
俺の言えないことを言ってのける!! そこにシビれる憧れる!!
「(股間殴ったら『メメタァ!!』って音がしそうですね)」
しねぇよ!! それ蛙だよ!! しかも『波紋』関係ない打撃だから確実に潰れる!!
「そこ。『私語』……あ間違えた、『死後』は慎むように」
なんで言い換えたの!?
「……骨は拾ってやるからな」
いやこの世界じゃ骨残んないから!!
「おててのしわとしわをあわせて」
はせ○わ!?
「……しわしわ、だよなぁ」
誰がそんなことを……たぶん最後のは龍之介さんだよなぁ、と確認しようとした、次の瞬間。
振り向いた俺の眼前にあったのは、見慣れた感のある、やや小ぶりな握り拳だった。