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DEAR.

作者: 流雨

クリスマス。

それはキリストの生誕を祝う日。


まず世界中にこの日を知らない人はいないんじゃないだろうか。神の子主イエスを敬い、人々は遠い昔に思いを馳せながら親しい友人や家族との食事を楽しんだりする。一部の地域では一年で最も重要な行事の一つだ。

また、その前日はクリスマス・イブと呼ばれている。夜、子供たちが年に一回だけ枕元に靴下をぶら下げて寝るという奇行をしても許される日だ。次の日起きると、靴下は足以外の何かを覆っていたりする。日本ではクリスマス当日よりこっちの方が盛り上がる。

ちなみに、どちらもキリストの生誕を祝う日であって、決してカップルが愛を満喫する日ではない。


とまあ、世間一般の人達のクリスマスの一連のイメージと言えばこんなものだろう(最後のは一部の人の一部の人に対する負け惜しみが)。その割には「ハッピーバースデーディアイエス様〜」なんて歌う日本人はいない。みんな大雑把な事しか知らなくても、今日が何を意味する日であれとにかくそれにかこつけて自分が楽しめればいいのだ。

俺もその中の一人だとは思う。


だけど、クリスマスに関しては少しだけ、周りの人と認識が違うんだ。



だって、この日は。




「ザキ。もうちょいゆっくり歩いてくんね?」

やっぱりこんな日に出掛けなきゃ良かった。そう後悔しながら、人混みに隠れて見えなくなりそうになる背中に声を掛けた。人前で大声を出すのが恥ずかしく、ギリギリ聞こえるか聞こえないかの声量だったが、相手は聞き取れたようで歩くペースを緩めてくれる。俺はここぞとばかりに人混みを避けながらザキの隣に並んだ。視界の右斜め下でふわふわと細い髪が上下している。

「お前な、早すぎ」

ちょっとはこっちの事も考えてくれよと文句を垂れるが、聞こえているのかいないのかザキは俺を見向きもせず先に進む。また引き離されそうになったので、今度は俺が早足になって彼を追い掛けた。

「なぁ、どこ行くんだ?」

「ん、さぁ」

「さぁって…」

やっと口を開いたと思えば、素っ気ない返事が帰ってきただけだ。行きたい所があるって言ったのはそっちなのに、無責任な。

「行くアテもないのにフラフラしてんのか?」

「いく宛はないけどフラフラはしてない」

「…??どーいうことだよ」

「まあ察してよ」

どこかもどかしげに、色素の薄い双眼が俺を見る。

「察しろと言われても…俺はサイコなんとかじゃないから人の心なんて読めないんだが。せめて何の目的でこんな寒空の下に俺を連れ出してるのか教えてくれね?」

「さっきから質問ばっかだなぁ」

「それは仕方ないだろ、お前が何にも教えてくれないんだから!」

「今は教えられない。ちょっと待って」

「…はぁ」

ザキが目を臥せて、思案する様に親指を下唇に当てる。何かを言い渋っているようにも見えた、ので一応文句を言いかけた口を閉じる。


そう、別に俺は何か用があるわけではない。2学期の終業式だった今日、本当はさっさと家に帰って炬燵に入って蜜柑を食べながらテレビでも見たかったのだが、いざ鞄を持って教室を出ようとした時に呼び止められたのだ。「なすーこれから暇だろ」「おい、聞く前から断定すんなよ」「暇だよな、じゃあちょっと付き合って」「暇って言ってないだろ」「あれ、暇じゃないの?」「…暇だけど」


そんなこんなで二人とも制服のまま当てもなくふらついていた訳だ。


あ、なすってのは俺の本名だ。よく初対面の人に名乗ると「え?それってあだ名?髪型が茄子頭だから?」とかよく言われるが、頭は関係ない。本名だ。


因みにザキはあだ名。尾崎だか山崎だか柏崎だかが苗字だから、ザキ。皆がザキとしか呼ばない(ザキと呼ぶ人も少ない)から、本名は忘れれしまった。今更聞こうという気にもならないのでそのままにしている。


最初は素っ気ないというより寧ろそわそわしていた。落ち着きがないと言うか、微妙に挙動不審というか。それが、途中で不意に金縛りにでもあったように硬直したのだ。なんの前触れもなく、電池切れのラジコンのように立ち止まったから単純に面白かった。前から覗き込むとなぜかしかめっ面だった。何やってんだ?と思っている内に、ザキがまたもや急に早足で歩行を再開して、冒頭に至る。




「…ともだちに」

おもむろに開いたザキの唇から言葉が漏れる。そこで俺の意識は現在に引き戻された。

「んぁ?」

「遠くに居る友達にプレゼントを贈ろうと思って。選ぶの手伝って欲しいんだ、おれあんまりそういうの得意じゃないから」

「なんだ、それならそうと先に言っとけよ」

ちょっと拍子抜けだ。いや、別に期待していた訳ではないが。…何に言い訳してるんだ俺は?

「あ、あー。いやごめんごめん、先に言ったらなす付いて来てくれないだろ?」

左手を頭の後ろにやって、一回掻いてから右の唇のはしだけ上げる。…むぅ。

「そりゃそうだけど、」

「じゃあ作戦成功。おれの勝ちだね。負けたなす君はちゃんと手伝ってよ」

言いたいことだけ言って会話を中断させられる。やっぱり挙動不審は初志貫徹だった。

(何が何だかさっぱりなんだが…)

いつにも増してあいつの行動が理解できねー。

「まあここまで来たんだから手伝うけどさ…」

俺は半分曇った空に向けて白い溜息を吐いた。




ちょっと状況説明をしよう。

俺達は今、大通りを歩いている。

世間は所謂クリスマスイブとかいう奴で、とにかく街は浮かれに浮かれまくっている。走り去る車のライトと色とりどりのネオンーーは、いつものことだが、それに加えて街路樹に飾り付けてある電球の光が目に痛い。

あちこちからジングルベルやらきよしこの夜やら赤鼻のトナカイやら、あとは題名忘れたけど有名なクリスマスソングが別々の場所から一気に聞こえてきて鬱陶しい。タンバリンとかベルの音はシャンシャンシャンシャン、リンリンリンリン、五月蝿い以外の何物でも無い。大通りだとさらに人の話し声や車のエンジン音なんかも混ざって、俺の耳の手前で不協和音を奏でる。

時刻は多分6時半ぐらい。終業式が終わって学校を出てから随分経っているが、恐らくザキの気まぐれに依って入る事になった古本屋で漫画を4冊立ち読みしたからだと思う。プレゼント選びをするならそんな事してる場合じゃなかったと思うんだけどな…とにかく、実際に街を歩いている時間はそんなに長くない。


「取り敢えずどっか座ろうぜ」

「おー」

ここで目的もなく歩いていても始まらない。プレゼントを買うんだから、まずこの近くでこいつのお目当てのものを売っている店を見つけないと。

丁度ショッピングモールの前のベンチで座っ(イチャつい)ていた男女が立ち上がる所だった。ザキも目を付けたらしく、小走りで三人用ベンチの真ん中を陣取りに行く。無事確保出来たので、俺はその右端に座った。



「…………」

「…………。」

座った直後に訪れる沈黙。

いやいやいやいや、プレゼント探しだろ?早くどんなものを買いたいのか言ってくれないと、店も探せない。

見ると、肌触りが良さそうな端正な横顔は人の交通をじっと眺めて、口は開かずの扉みたいに真一文字に結ばれている。こいつ…喋る気があるんだろうか。

黙ってないでなんか言えよ、という視線を送ると、分かってるよ、と返って来た。という自己解釈をしてみた。実際は見つめあっただけで終わる。ん?今、この状況で喋ることがないって事は…もしかして。

「もしかして、どんなのを買うかって所から悩んでるのか?」

「…そんなとこ」

すっと視線をそらすザキ。

「そんなとこじゃねーよどんだけ無計画なんだよ!」

「だからなすに手伝ってもらおうと思ったっていったじゃんー」

「って…」

そんな初めの初めから行き詰まっているなんて聞いてないし、手伝うにしてもそこまでいくと殆ど俺がプレゼントしてるようなもんじゃないか。

と言っても、本人が無計画極まりないのは今更どうしようもない。人に贈り物をするのは慣れていないが、ここは一つ友人として案を出してやるのが良いだろう。

まずプレゼントを選ぶ時ってどうしてたっけ…

「そうだ。贈る相手って幾つぐらいなんだ?」

「えと、同い年」

「性別は」

「…男」

男同士でクリスマスプレゼント交換でもするんだろうか。なかなか寂しい奴だ。人の事は言えないが。

「だったら、自分が貰って嬉しいものとか考えて見たらいいんじゃないか?」

「ふむ、ふーむ。富と名誉と地位と権力」

「身も蓋もねぇな」

これは却下だ。


「てか、事前に相手にどんなのが欲しいかとかリサーチして来いよ」

「それは駄目だろー。贈られる側からしたら何もらえるんだろっていうドキドキ感が無くなるじゃん?」

「そ、そういうもんなのか」

「そういうもんなの。サプライズだよサプライズ」

わかってないなぁとでも言いたげにふっと息をつかれる。悪かったな、人の心がわかんなくて。国語は苦手分野なんだよ。

「でもな、こんなことになるんだったらもっと前に俺を誘うとか」

「なすだったらなにが欲しい?」

「話聞けよ!」

話すべき時に話してなかった癖に、どうしてこう人が話し出している時に平気で口を割れるのかが理解できない。

「え?ごめん」

「ごめんって言うならもうちょっと悪びれろよ…」

でも確かに、ザキと同い年で男なら俺も同じな訳だ。俺が欲しいと思うものなら、よっぽど趣味が違わない限りは恐らく相手も貰って悪い気はしないだろう。ほとんどボヤキのような突っ込みを入れて、反論を諦める。

「…俺だったら…」

最近のクリスマスプレゼントは何を貰ってたっけと過去を遡り、去年の今頃を思い出す。


ちょうど一年前のこの日の夜は、遊びに誘える友達もなく彼女もいる訳がなく、家に帰って家族でささやかなパーティーをした。今年は父親が出張で母親も忙しく、やる予定はたっていない。テーブルの真ん中に置かれたキリストの誕生を祝うケーキと、七面鳥の肉にシャンパンやお洒落なパンも食卓に並んで、何を話したかは忘れたが笑いながらケーキのジャンケンをした事も覚えている。CDで音楽なんかも流したりして。恐らく日本人の二人に一人は同じような事をして過ごしていただろう、普通の家庭の普通のクリスマスイブ。楽しかったわけではない。

だけど、俺は満足できなかった。

それじゃ駄目なんだ。



だって、この日は。



口を開きかけてまたとじる。そしてまた開くまでに、一つ目の言葉を飲み込んでおいた。

「貰えるんだったら、なんでもいいかな。大事なのは何を貰うかじゃなくて、誰から貰うかだし」

ごめん嘘ついた、と心の中で謝っておく。もらいたいものならある。けれどそれを口にするのは躊躇われた。

「ふーん…」

ザキが前に向き直って下唇を軽く噛む。俺もそれに倣って、なんとはなしに目の前を交差する人々を眺めた。


歩く人々を眺めて、葉の代わりに電球を纏った落葉樹を眺めて、流れない雲を眺めて、そうして何分かが経った。

ふっと寒気を感じて、思わず身震いする。やはりマフラーだけじゃ足りなかったか。今日の最高気温は何度だっけ…覚えてないが、液晶の向こうで厚化粧のお姉さんが「今日はマフラーと手袋が欠かせません」と言っていたのは記憶に残っている。その欠かせない彼は今家でお留守番中だ。

「カイロでも持ってきたら良かった」

気休めにとズボンのポケットに両手を突っ込むと、指先だけ暖かくなった。気がする。

「…んー」

無駄に綺麗な撥音でザキが相槌をうつ。なんだ、聞いてたのか。俺は恨めしげに声を上げた。

「お前にはわかんねーよなこの寒さ」

「そだな。冷え性は大変だねぇ」

手袋をしていなくても温そうな手のひらをぱっと掲げて見せてザキが笑う。学校を出てからは初めての笑顔だ。

「…ほんとにな」

釣られて俺も口角をあげる。こっちはちょっとばかり皮肉げだが。


「冷え性ってさ、寒い時は体の芯から冷えてく感じがするんだよ。そこら辺の奴がさむーいとか言ってる間俺らは…なんつーかもっと真剣にさむーい!なんだよ」

「わっかんねーよー」

真剣に寒さを伝えようとする俺の心は届かなかったみたいだ。

「だから女子がすげぇスカート短くして寒い連呼してるのはなんか許せないんだよ!こっちの寒さも知らないでだな、そんなに寒いならスカート長くしろよ暖かくする努力をしろよって!」

「そういうなすも今はマフラー持って来てないじゃん?」

「き、今日は偶々忘れたんだよ」

「あーそー。そういえば手袋とかも持ってなかったよね?」

「…金が…もったいないから」

「そんなに言うほど寒いんなら、あったかくする努力をしろよ」

ついさっき俺がいった事を真似て、ザキがくつくつと笑う。むかつくが、確かにマフラー以外のこれと言った防寒具は持っていないので言い返せない。


「〜、もういい!」

俺が照れ隠しにいち早くベンチから離れて、遅れてまだ笑いを引きずっているザキが足で反動をつけて立ち上がる。

お互い顔を見合わせる。今はもう、いつものザキの顔に戻っていた。

「決まったのか?」

「お陰様でね。なすの意見が役にたった」

ザキは一つ頷いて、軽く深呼吸してから言う。

「ん。よし、行きますか」

「おう」

やっと行動開始か、起動するのにやけに時間がかかったな。

制服のポケットに両手を突っ込む。心にまとわりつく冷たい"何か"に気づかない振りをして、やっぱりこいつは「ん」の音が綺麗だなと思った。




大通りの本筋から分かれると商店街がある。一応、大規模な駅の近くという事でそこそこ賑わっていて、主にチェーン店を初めとした食べ物屋や、時代の流れを追おうとしているのが目に見えるアクセサリーショップやらが軒を連ねる。ここにお目当ての物があるのかは言わないので分からないが、お陰で「先々歩くザキを見失わない様に前を見ながら立ち並ぶ店をチラしながら人とぶつからない様に足元を見ながら歩く」という上級者向けコマンドを発動させる羽目になったことは確かだ。

すれ違う人々の顔がどれもふわふわ浮きそうなくらい楽しそうでイラっとくる。逆に時々疲れ切った顔のサラリーマンなんかを見かけると、仲間意識からか同情からか微妙に嬉しくなる。そうだよな、日本は元々仏教の国なんだからクリスマスなんて関係ないよな。うんうん、仕事がんばれよおっさん。心の中で声を掛ける。もちろん彼らに届くわけが無く、俺の世界の中で「すれ違う人々」の分類のまま生涯を終わらせる。

車の音が無くなった代わりに、あちこちの店員の張り合うような呼び声が幅を聞かせている。クリスマスセール今日まででーす。車が無くなれば人、人が無くなれば車。お前らは反比例か。あー、どうも駄目だ。他人に八つ当たりしても意味が無いってわかってるのに。


「…とっ」

どうでもいい事を考えている間にまた見失いかけた。茶色がかった黒髪がまだ俺の視界に収まっている内に、小走りで追いつく。隣に並んでもこちらを見ない。気づいていないんじゃなくて、あえて反応を示さない。元はこういう奴だ。

「もっかい訊くけど、何処行くんだよ」

「そこ」

目線で店を示して伝わると思ってるんだろうか。俺が黙って睨みつけると、今度は人差し指を掲げる。その延長線上に見えたのは、

「…えーと?」

焼肉屋だった。まさか焼肉を贈呈するのか?焼いたのを贈るのか?

いまいち理解が出来ず、口を半ば開けて見ていると「そっちじゃない。こっちこっち」と腕を掴まれて、強引に引っ張られる。


「え、ちょ、何だよ!」

ザキのやろうとしている事が予測出来なくて、慌てて手を振り払ってストップをかける。

連れ込まれたのは人が一人通れるくらいの細い幅の裏路地だった。俺とザキが道を塞いでいる為通る人はいない。そんな細い道だからか、さっきまで満ちていた雑音や音楽がほとんど聞こえてこなくなっていた。


だからその後ザキが発した言葉ははっきりと聞こえた。

「何って。サプライズだよ」

建物と建物の陰になっているので商店街の主流と比べて薄暗い。目を凝らしてやっとザキの顔を見ると、微かに赤くなっていた。

「…サプライズぅ?」

ますます意味がわからない。意思疎通が出来ていなさすぎて日本語で会話している感覚を失いそうだ。更に疑問をぶつけようと口を開いた俺を、ザキが手のひらをかざして止めさせる。そして眼は俺をしっかりと捉えていて。

一回息を吸って、吐いて、もう一度吸って、



「はっぴばーすでーとーゆー」

突然歌い出した。表の通りから微かに聴こえてくるジングルベルよりも大きな音量で、ザキの唇から音楽が紡ぎ出される。それは紛れもなく、この世に生を受けた事を祝福する、あの定番ソング。急に路地裏に連れ込まれた上に歌い出された俺は、だけど驚きよりも疑問が体を支配してした。


まさか、と思った。


だってあの事は先生にも今のクラスの奴にも去年のクラスの奴らにも誰にも話していない。だから彼が知っているはずがないのだ。

(最初に誘われた時に、もしかしたらって思ったけど)

途中で目的が違うのだと分かって、諦めて、でもだったらどうして今これを歌うんだ?……え、サプライズって…これが……?


「はっぴばーすでーとーゆー」

俺の頭の中で様々な憶測が飛び交っている間にも、ザキの下手くそな歌は続いている。拙い英語で、羞恥から顔を紅潮させて、でも一生懸命に。


「はっぴばーすでーでぃあ…」

そしてその最後の歌詞を聞いたその瞬間疑惑は確信へと変わり、

「…ッ!」

痺れと共に、俺の中を熱い何かが駆け巡った。


「ハッピーバースデートゥーユー!」


「…なんで」

血液のように足を巡り胴を巡り手を巡り頭を巡り、心を巡り目の裏まで巡ってきたそれが、水滴となって溢れ出さないように、眉を歪めてザキに尋ねる。

歌い終わった彼はまだ熱の残る顔でにやり、と得意げに笑ってみせた。

「愚問だなぁ。"ともだちにプレゼント贈る"って言ったじゃん」

本当はちゃんと用意してあったんだけど家に忘れちゃってさ。ちっとも悪いと思っていないザキに俺は二の句も告げない。

「本人に忘れましたって言うわけにもいかないからほんと焦ったよ」

「まさか、ずっと挙動不審だったのって…」

「そだよ。んで、何でもいいっていうから歌でも贈ろうかなと」

信じられない。信じられないけど、事実なんだ。

「は、はは」

全身の力が抜けて、そのまま地面にへたり込みそうになる。それを堪える代わりに、口からは気の抜けたため息が漏れた。

「お前な、ほんと、妙なところに拘りやがって」

「妙じゃないよ。サプライズはお祝いをする上で一番重要な所だよ。拘って当たり前」

「その所為で俺はクリスマスイブの午後を丸々潰された訳だ」

「潰れたのは最後に立て直したじゃん?」

「ははっ、確かに」

狭い路地裏で、最後の最後に立て直された"今日"。ザキらしいな、とつくづく思った。


「あとはまあ、改めて」

そこで勿体ぶって一旦口を閉じる。先に続く言葉が何かは、俺でもわかった。


それは、俺がプレゼントに一番欲しいもの。友達も母親も、クリスマスのおまけぐらいにしか考えてなかったであろう、一度は言いかけたけど、結局恥ずかしくて飲み込んだ言葉。


「誕生日おめでと、なす」


"おまけ"じゃなくて言ってくれたのは初めてかもしれない。

焦茶色の眼を見つめ返す。口は自然と笑みの形を象る。手袋とカイロがなくても、俺の体はもう寒くはなかった。

「最高のプレゼントだよ」


だってこの日は、



俺にとって年に一度の、特別な日なんだから。





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