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氷菜子(ひなこ)としゃべった後、風佳(ふうか)(よもぎ)はタクシーに乗った。

蓬の手配で、タクシーが座命館高校の前に待機してあったのだ。


秀峰高校の美男と共にタクシーに乗る不良の女。それを見つめるたくさんの生徒たち。

風佳と蓬が噂話のネタになることは間違いない。

風佳は憂鬱になった。人からどんな視線を向けられても気に病むことはないが、他人のおしゃべりのスパイスになるのは気が進まない。それがコイバナであれば、特に。


「で、お前はわたしをどこに連れていくつもりなんだ?」


タクシーが発車するのを見届けてから、風佳は口を開いた。


「ロクでもないところに連れていくつもりなら、容赦なくぶん殴るからな」


「そんなつもりはない。うまい料理を出す店を知ってるから、そこに行こうと思ってる。中華は好きか?」


「嫌いなものはない」


「ならよかった。そこそこ名の知れた中華料理店だから、期待していてくれ」


「……お前は、ただ飯を食うためにわたしを連れてきているのか?」


「まさか。先ほども言った通り、俺たちは話し合う必要がある。ここでお互いに言いたいことを洗いざらい吐き出した方が、今後のためにもいいと思わないか? これ以上面倒事が続くのは、君も嫌だろう?」


「まあな」


「ならば、腹を割って話すためにも、うまいごはんは欠かせない」


「……」


まだ夕飯を食べるには早い時間だと風佳は思ったが、何も言わずにおいた。

男子高校生の食欲は旺盛だ。中華料理をオヤツにしても、夕飯は夕飯で難なく平らげられるのだろう。

この男が天津飯を食べる隣で、わたしはゴマ団子でも食べていよう。


「もちろん、君への謝罪も兼ねている。昨晩の俺の振る舞いに関してのね。

 他の人たちに対しては、他のかたちで謝罪をさせてもらうつもりだ」


「他のかたちって何だよ?」


明明軒(めいめいけん)のラーメン一食分の食事券がいいんじゃないかと思っている」


「ほう」


風佳は少し感心した。

明明軒(めいめいけん)は人気のラーメン屋だ。あそこの食事券を貰って喜ばない奴はいないだろう。


「考えの足りない男かと思っていたが、いいチョイスじゃないか」


「そう言ってもらえてよかった。確認だが、用意するのは9人分でいいか?」


「ああ、問題ない。わたしを除くと、お前と闘ったのは9人だから。……ただ、半額はわたしが払おう」


「……何故?」


「わたし個人としては、今回の件、お前だけに非があるとは思っていないからな」


静かな口調で、風佳は言った。

蓬は風佳の横顔をずっと見つめているが、風佳は運転席の方を向いたままだ。


「お前と闘った仲間は傷一つ負っていないし、本来、喧嘩は両成敗だ。だから、お前に謝罪を求めるのも筋違いなんじゃないかとは思ってる」


昨晩の喧嘩については、<百花繚乱>と蓬、どちらにも非があると風佳は思っていた。

蓬が現れなければ喧嘩にはならなかったし、ヤマネコが癇癪を起さなければ喧嘩にはならなかった。喧嘩を途中で止められなかった風佳にも責任はある。


「ただ、他の仲間たちは、このままじゃ納得しねえからな。お前から何らかの謝罪がない限り、お前か、もしくは秀峰高校に報復しようとするかもしれん。

 だからわたしも半額出して、『松枝蓬からの謝罪』としてラーメンを食わせることで、仲間には今回の件を忘れてもらう。それが一番いい」


その言葉に、蓬は表情こそ変えなかったが、<百花繚乱>を束ねる風佳の手腕に感嘆した。

――なんとしてでも欲しい。

熱のこもった目で風佳を見つめながら、蓬はこれからの計画を思い返して拳を握りしめた。このタクシーが向かう先は単なる中華料理店ではない。

目的地に着いたとき、風佳はどんな顔をするだろう?


「そうか……。君がそう言うなら、半額ずつ出し合おう。

 しかし、不良のリーダーというのは、もっと血の気が多いかと思っていたが、君は穏便に事を済まそうとするのだな」


「不良と戦争狂は同義じゃねえよ」


「不良であることは否定しないのか?」


風佳はタクシーに乗ってから初めて横を向いて、蓬の顔をしっかりと見た。


「何言ってんだ? わたしが不良なのは事実だろ」


「俺にはそうは思えないがね」


「……なら、勝手にそう思ってればいい」


「俺に限らず、<百花繚乱>を不良だと思っている人間はそう多くなさそうだが」


「……どういうことだ?」


風佳は耳を疑った。今、この男は、何て言った?


風佳の張りつめた表情を見て、蓬は愉快な気分になった。ようやく俺の話に食いついたか。それにしても、この焦った表情もいいものだ。

見下ろした先の風佳の唇は乾いていた。あれをキスで湿らせたら、どんなに晴れ晴れしい心地になるだろう?

蓬はすっかり風佳に()()れていた。


「例えば、俺は一昨日、塾でいつも一緒に勉強している友人に聞いたんだ、<百花繚乱>についてな。

 そしたら、4割くらいは<百花繚乱>が不良だとは思ってなかったぞ」


「どうして!?」


(いわ)く、『知り合いに<百花繚乱>のメンバーいるけど、彼女たち普通にいい人』だそうだ」


「……マジかよ」


風佳は、文字通り頭を抱えて、膝につっぷし、くぐもったうめき声をあげ、それきり黙り込んでしまった。

<百花繚乱>は、不良だと思われないといけない。「奴らに手出しすれば、こっちの身が危ない」――そう思わせなければならない。安全のために。

だが、事は風佳の思う通りには進んでいなかったらしい。


蓬も、何も言わない。

沈黙が続く方が、蓬にとっては都合がよかった。

タクシーに乗っている時間はまだ30分ほどある。風佳には、考え事に耽ったまま、行き先が遠いことに気付かないでいてもらいたいのだ。不審に思って、途中でタクシーを降りられる事態は避けたかった。


「どうしたらいい……どうしたらいいんだ……」と膝に額をつけたままボソボソ呟く風佳の隣で、その露わになったうなじの美しさに蓬は感激しながら、計画通りな現状を鑑みて満足げにほくそ笑んだ。







「お客さん、着きましたよ」


タクシーの運転手の言葉に、風佳は俯いていた顔を上げた。

どこだ、ここは……?

タクシーに備え付けられたデジタル時計は、17:42と表示していた。


「え?」


何分タクシーに乗っていたんだ?

6限目の授業は15:00に終わる。そこからホームルームを手短に終えて解散に至るのがいつもの流れだが、今日は6限目の授業が20分延長した。

その後、氷菜子とおしゃべりに興じたことを踏まえても、タクシーに乗り込んだのは16時を回ったくらいの頃だろう。

すると、風佳と蓬は1時間以上もタクシーに乗っていたことになる。


そして、メーターを見ると、料金は福沢諭吉2人分くらいだった。


青褪める風佳をよそに、蓬はやすやすと万札2枚を出し、レシートとお釣りを受け取る。

風佳は呆気にとられて何も言えずにいたが、すぐに蓬がタクシーから降りたので、風佳も慌てて蓬を追うようにタクシーを出た。


そこには、宮殿のような絢爛豪華なホテルがそびえ立っていた。

ガラスと金枠の回転扉の両脇には、シークレットサービスのような頑強な男性が立っている。

そのガラスの奥には、白大理石に敷かれた毛氈、紫檀の調度品、意匠の凝らされたシャンデリアが見える。

タクシーは、ホテル前のロータリーを抜けて、走り去っていった。


風佳は口をぽかんと開けて、ただその光景に唖然とする。


「渋滞に巻き込まれたのは災難だったな。途中から無言だったが、もしかして酔ったか?」


蓬は軽口を叩くが、風佳の耳には入らなかった。

2人の背後――つまりホテルの前――には、大きな入り江が広がっており、心地よい風が(いそ)の香りを運んでくる。

風にゆらめいた髪の毛の先が、開いたままの口に入ったけれど、風佳は払いのける気にもならなかった。


「きさまは……中華料理屋が行き先だと言ったよな?」


「ああ、そうだが? ここの中華はうまいと評判でな」


ああ、そうだが?――じゃねーよ!!

風佳は叫び出したい衝動を必死に抑えた。

ここは明らかに高級ホテル。中華料理を出すレストランも入っているだろうことは想像に難くない。

蓬はウソは言っていない。うん、中華料理店なんだろうさ。

だが、住宅街の一角にあるようなショボい店を想像していた風佳にとって、これは騙されたも同然だった。


「どうして黙っている? 不満なのか?」


不満です。

そう答えたかった風佳だが、口には出せず、ただ首を横に振った。それは、蓬の問いに答えるためではなく、ホテルの雰囲気に飲まれてしまった自分を目覚めさせるためだ。


風佳は拳を握りしめた。

ここに連れてきたのは、他でもない、蓬だ。そして、彼の思惑通りになったアホが、このわたし。

蓬がこの場の支配者で、風佳はまんまとはめられた獲物というわけだ。


「……ふっ」


風佳はニヤリと頬をゆがませた。

わたしはまたも、この男に勝負を挑まれている。昨晩は格闘の勝負、今は威勢の勝負。

ここで(きびす)を返して帰るわけにはいかない。そんなことをすれば、嵐山風佳の名折れだ。


「いいだろう」


風佳は小声でつぶやいた。

ここは蓬の思惑に乗ってやろう。

そして、わたしを謀った蓬よりも、この状況を楽しんでやろう。


「こんな素晴らしいところに連れてきてもらえるとは、光栄だな」


「その言葉を聞いてホッとしたよ。是非楽しんでくれ」


「もう十分楽しませてもらってる」


風佳は蓬の手をとった。


「っ!」


驚いて頬を赤らめる蓬に優越感を覚えた風佳は、手をつないだまま、やんわりとはにかんだ。内気で無垢な乙女が、精一杯の勇気を振り絞って大胆なことをしでかしたかのように。

だけど、その正体は、凶暴で、甘くて、底の見えない競争心だ。


「さあ、わたしを連れて行ってくれるのだろう? 素敵な王子様」


「もちろんだ。ついてきてくれ、美しい姫君」



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