7
座命館高校2年A組の教室には、妙な緊張感が漂っていた。
今は1限目、古典の授業中。
しかし、生徒たちの注意の向く先は、黒板ではなく、教室の中央の席に座る嵐山風佳だった。
風佳は腕組みしながら、目をつぶっている。
サボりの常習犯である風佳は、本日久しぶりに高校に登校していたが、その目的は勉強ではなかった。
風佳は、学校という場所が嫌いではない。
勉強は嫌いだし、校則はうっとうしい。だから、サボりがち。でも、ものを考えるのには適した場所だと思っている。
特に古典の時間はお気に入りだ。50代に差し掛かった男性教師のテノールボイスは、アロマよりもリラックス効果があると思う。
「こんなにいい声なのに、どうしてみんな寝ないんだろうな? 不思議だ」
心の中で風佳はつぶやく。
この古典の教師の話し声に浸っていると、いつの間にか船をこいでいることはしょっちゅうある。
しかしクラスの大半は、授業中しっかり目を開けている。これには、風佳は尊敬の念を抱いていた。どうしてこの誘眠音波に耐えられるんだろう? それとも、この男性教師の声に眠気を誘われるのはわたしだけなんだろうか? あのシワだらけのじっちゃん教師の声が、わたし好みなんだろうか?
しかし、実状は風佳の予想とはまったく異なっている。
クラスメートたちはただ、嵐山風佳という女傑の存在感によって眠気が吹き飛ばされているだけだった。風佳自身には知りようのないことだが。
何をしだすか分からない喧嘩負けなしの爆弾のような女が近くにいて、呑気に寝られるだろうか? いや、無理でしょ。――それがクラスメートたちの共通見解である。
「う~ん」
風佳は、唸った。
考えがまとまらないのだ。
頭にあるのは、もちろん、あの秀峰高校、しいてはあの生徒会長松枝蓬のことだ。
――わたしは、松枝蓬にどう対処すべきか。
さっきからずっと頭を捻っているが、しかし考えはまとまらない。
今、考えるべきは、これからの筋道だ。
利害損得を考慮して、これから取るべきアクションを決定しなければならない。
だけど、風佳は集中できないでいた。
雑念を抑えきれない。理性的でモノトーンな思考に努めようとするほど、風佳の頭の中は他事で塗りつぶされてしまう。
脳裏に浮かぶのは、蓬の王子様のような全貌。
交差した拳。
爛熟した果実を見るような眼差し。
そして、肌で感じた熱。
松枝蓬に押し倒されたとき、風佳は活火山の火口にいるような気がした。
蓬に触れられた肌は、マグマのように灼熱した。
蓬から感じるものすべてが、風佳が抱いていた秀峰高校のイメージを裏切った。
あれは決して、育ちのよい男子なんかじゃなかった。
蓬が風佳にぶつけてきた何もかもが、感情任せだった。
……ぶるっ。
昨夜のことを思い出して、風佳は体を震わせた。
「あの男が怖いのか?」とも思ったが、風佳はすぐにその考えを否定した。これは恐怖じゃない。
でも、恐怖ではなければ、何なのか?
その答えを見つけられないまま、風佳の胸の鼓動がしばたつのは止まりそうになかった。
1限目の古典の授業中は迷走していた風佳も、昼休みを経て午後になると、冷静に考えをまとめることができた。
<百花繚乱>の仲間たち9人は、蓬と戦って地に伏せることになった。
けれども、ケガや打撲を負った者はいない。9人とも、蓬を殴ろうとして、そしてカウンター技で何度も何度も地面にひっくり返され、ついにスタミナを切らしてしまっただけなのだ。
(9人を軽くあしらった蓬の武の練達は、恐るべきものだ。)
「こちら側の被害はないに等しい。……この件は忘れた方がいいだろうな」
<百花繚乱>にとって、秀峰高校は得体が知れない。これ以上関わらないのが一番だろう。
秀峰高校との一件に結論を出した風佳は、これでやることは終わったとばかりに、その後の授業を寝て過ごした。
6限目の授業が終わり、帰ろうとした風佳が荷物をまとめていると、不意に廊下から騒々しい音が聞こえてきた。
まるでアイドルに向ける歓声のような、女子の甲高い声。
――うるせえなぁ。何があったんだ? 隠れイケメンでも発見したのか? 隣の席の地味男が、メガネ外して髪切ったら超絶イケメンだった、みたいな。……ま、どんなに外見の優れた男でも、あの松枝蓬の器量には勝てないだろうけど。
図らずも蓬の姿を思い出しながら、風佳は鞄を持って教室を出た。
騒ぎは避けて、さっさと帰ろう。
そう思って歩を速めたところで、「あら! フーカ!?」という声が背後からあがった。
振り向くと、風佳の気の置けない友人がニッコリと微笑んでいた。
「随分とご無沙汰ね、フーカ。会えて嬉しいわ」
「久しぶりだな、氷菜子」
風佳に声をかけてきたのは、天泉氷菜子。
黒髪の長髪をたなびかせる婉然とした美人だが、頬を釣り上げるような笑みが不気味なせいで、人を寄せ付けない雰囲気を薫らせている。とは言え、話してみれば、かなり愉快な奴だったりする。
氷菜子と風佳は、去年のクラスが同じで、氷菜子から風佳に話しかけたのをきっかけに仲良くなった。
「あなた、もうちょっと学校に来なさいよ。話し相手がいないのってやりきれないわ」
「すまんな。わたしの他に、お前を楽しませられる奴はいないのか?」
「いないことはないわよ。人見知りな私にも仲良くしてくれるクラスメートがいて、救われてるわ。だけど、私はあなたと話したいのよ」
氷菜子は風佳の頬をその長い指でなぞった。
「あなたほどユーモアの素敵な人もいないでしょう? 今日あなたが来てくれてよかったわ。今日会えなかったら、今週はずっと会えなかったことになるもの。そんなのって冴えないでしょ? わたしがどんよりした気分で週末を迎えないためにも、あなたには学校に来てもらわないといけないわけ。少なくとも金曜日にはね」
「そろそろ出席日数が危なくなってきたし、しばらくは毎日来ると思うぞ」
「本当!? ここ最近聞いた中で最も嬉しいニュースだわ! じゃあ、もし金曜日まで来ない週があったら、その週末には埋め合わせのデートをしてよね」
「暇があったらな」
「そっけない返事。あなたって、本当に友達いる? 私が言えたことじゃないけど」
「孤高の氷菜子様よりはいると思うぞ」
「やめてよ、孤高って言うの。どうしてか私、いまだによく『孤高』とか『不遜』とかって言われるのよ。大して喋ったこともない人たちからね。意味が分からないわ」
「綺麗な女に失礼なことを言う奴らだな」
「そうでしょう? 頭にきちゃう。でも、それを言うなら、あなたも失礼よ。美人の私がこんなに構ってあげてるのに、ちっとも愛情を示してくれないんだもの」
氷菜子は、さも不満そうに肩にかかった長い髪を払いのけた。
風佳は苦笑した。
「愛情のお返しは、男に求めた方がいいんじゃないか?」
「フーカ、あなた分かってないわね。男が愛情を返してくれるのは、女が恋の駆け引きに勝った時だけよ。私は、そういうおつむを使うゲームは好きじゃないの。もっと気楽にしてたいわ。やるとしたら、ボードゲームが限界。そうだわフーカ、久しぶりにチェスをしましょうよ?」
「いいけど、今からやるのか?」
「今からは無理ね。チェスボード持ってないし。次の月曜日はどう? あなた、これからは毎日学校に来るんでしょう? 当然次の月曜日にも来てくれないと嫌よ」
「おけー、次の月曜な。ちゃんと学校には来るよ。ただ、氷菜子、強くなってそうだもんな。手加減してくれよ」
「それは私のセリフよ。じゃあ、月曜のお昼休みにあなたの教室まで行くわね。ああ、久々に肩の凝らないお昼休みが送れそう。あなたはご存知だと思うけど、私ってどこ行っても誰かに見られるのよ。いい女を眺めたい気持ちは分かるけど、四六時中見せ物になるってのがどういう気分か彼らに教えてあげたいわ。この学校の一番ダメなところは、そういう配慮のきかない男が大勢いることね。ああ、そうだ。男って言えば、校門のところにいい男がいるみたいよ」
「いい男?」
「そう。おぼこな女の子たちがおサルさんのようにキャーキャー言ってるわ。私も窓からそいつの顔を見たけど、たしかに美形だったわね」
「さっき聞こえてきた甲高い声の原因はその男か。……ん? 校門?」
「ええ。校門に背中をもたれて、誰かをお待ちになってるようだったわね」
「じゃあ、その男は、この学校の生徒じゃないのか?」
「そうだと思うわ。他校の制服を着てたもの。本当かどうか分かんないけど、私の友達は『あれは秀峰高校の制服!』って言ってたわね」
「――――っ!」
風佳は、心臓が跳ね上がったような気がした。
その瞬間、昨日、蓬が言っていたことを思い出す。
―――『今日は失礼した。後日、詫びに参ろう』
『後日』って、いつだ?
「おいおいおいおい! まさかまさかまさかっ!!」
氷菜子をその場に置いて、風佳は走り出した。
「ちょっと! どこ行くのよ!」と背後から氷菜子の怒声が聞こえてくるが、風佳は気にしてられなかった。
風佳は階段を駆け下り、下駄箱で上履きからローファーに履き替え、校庭に出る。
「――やっぱりか!」
風佳は頭を抱えたくなった。
風佳の視線の先、秀峰高校の制服に身を包み、輝かんばかりの白皙の美貌がきらめかせている男がいる。
首をもたげているさまは、美麗な絵から飛び出してきたかのように幻想的で、辺り一面の乙女の脈を速めている。
間違いない、奴は松枝蓬だ。
「何やってんだよアイツは!?」
考えなしとしか思えない。
そりゃ、昨晩の宣言通り、詫びに来たのかもしれない。
だけど、事の発端は昨日起きたばかり。
昨日の今日で、<百花繚乱>のメンバーと出くわしたら、またトラブルになるだろうことは火を見るより明らかだ。
なのに、どうしてあの男はのこのこやって来てるんだ!?
――ここでこうしていても仕方ないか……。
風佳は疲労感に満ちた溜息をついて、蓬に向かって歩き出した。
すると、向こうも風佳に気付いたようで、ふんわりととろけるような笑みを浮かべた。その美しさに、風佳の胸には嘆美よりも苛立ちが募る。
「憎らしいくらいイイ男だな」
昨晩会ったときも美男だと思ったが、昼間に見ると、余計にその美しさが際立つようだ。
校庭にいる他の生徒たちは、いきなり現れた謎の美男と、学校一の問題児である嵐山風佳が互いに近づいていくのを、固唾をのんで見守っている。
「お前、よくここが分かったな」
「調べた。もちろん、君が学校に来ているかどうかは賭けだったが」
蓬はやけに嬉しそうな表情を浮かべている。
――昨夜の彼女も美しかったが、陽の光を浴びている彼女の姿もまた美しい。風になびく髪のキラキラとした輝きが、この胸を射抜いてくる。
「賭けに勝ってよかったじゃないか」
「本当にな。これほど分の悪い賭けをしたのは初めてだ。だが、時の運は俺にあった」
そこまで言って、蓬は頭を下げた。
「今日は詫びに来た。昨日のことは済まなかった。君たちの大事な集まりを台無しにしたことは、本当に申し訳なく思っている」
こうも潔く謝られるとは思っていなかったので、風佳は少し面食らった。
語気や頭の下げ具合から、蓬が本気で謝罪しようとしていることだけは分かる。
ならば、風佳は蓬を許さなければならない。しつこく相手の非を責めないのは、<百花繚乱>のルールだ。
「顔を上げろよ。一発殴らせろ。それで許してやる」
蓬が静かに顔を上げる。
風佳は容赦なく拳を突き入れた。
「――ごふっ」
風佳のパンチが腹に刺さり、蓬は痛みのあまり歯を食いしばった。
「仲間も傷を負ったわけじゃないから、これで許してやるよ」
「……あり、がたい」
顔をひきつらせながら、それでも蓬は立ち続ける。
風佳としてはそこまで力を込めたつもりはなかったが、案外ダメージは大きいようだ。ちなみに、風佳は蓬を殴らずとも謝罪を受け入れられたが、いざ面と向かってみると暴力衝動がムラムラして、おもむろにパンチしたくなったのだった。
「好きな女からのパンチは、痛いものだな」
「お前、まだ言ってんのか?」
「まだ、とは?」
「わたしに惚れたとかほざいてたことだよ」
「もしかして冗談だと思ってるのか?」
「冗談でしかないだろ」
「本気だよ」
目の前に立つ男の表情を見て、風佳は答えに詰まった。
「……あ、そう」
風佳はかろうじて出せた言葉は、それだけだった。
「……」
「……」
他に返す言葉が見つからなくて、沈黙が辛くなって、そして蓬から視線を外そうと横を向けば、こちらに近付いてくる氷菜子の姿があった。
そこで風佳は、氷菜子と話していた途中でいきなり自分が走り去ったことを思い出した。
氷菜子は、見るからにおかんむりのようで、荒々しく肩を弾ませている。
「もうフーカったら! 私を置いてどこへ行ったかと思えば、男と逢引きだったとはね!! このやりきれない想いはどうしたらいいのかしら!?」
案の定、置いてきぼりにされた氷菜子は怒っていて、風佳に抱き付くような恰好でしなだれかかり、風佳の頬を引っ張った。
「浮気者ね、あなたは」
「しゅ、しゅまんしゅまん……」
頬を引っ張られながら、その手を払いのけることなく謝る風佳に、蓬は目を丸くした。
昨夜の苛烈な彼女の闘気が印象深く、他人のされるがままになってる姿なんて想像できなかったから。
説教しながら風佳の頬を3分以上は引っ張ったところで、ようやく氷菜子は手を放した。風佳の頬は真っ赤に染まっている。
「ふん、お仕置きはこれくらいにしてあげるわ。それで、あなたの大親友に、そちらの男性を紹介してくれない?
素敵なパートナーを見つけたのね。ふむふむ。中身はどうだか知らないけど、第一印象は最高だと思うわ」
「なんか勘違いしてるようだが、パートナーじゃねえぞ」
「あら、そうなの?」
「初めまして。俺は秀峰高校2年の松枝蓬だ。君は、風佳の友達?」
「そうよ。私はフーカの大親友である天泉氷菜子。あなたは……パートナーじゃないとすると、フーカのパトロン?」
「そんな訳ねえだろ。そもそも、わたしは男から金を搾り取るような悪女じゃねえ」
「パトロンは冗談にしても、随分と仲がいいのね? 下の名前で呼び合う仲だなんて」
「コイツが勝手に言ってるだけだ。わたしはコイツの名字すら知らない」
風佳がフンと鼻を鳴らすと、氷菜子は呆れたように眉尻を下げた。
「この人、さっき『松枝蓬』って名乗ってじゃないのよ……。ヘンな強情張ってると、いつか捨てられちゃうわよ?」
「捨てられるも何も、わたしとこの男との間には何の関係もないからな」
「俺の片想いだ、今のところは」
「今のところは、じゃねーよ。なんだその『いつか両想いになる』みたいな言い方は」
風佳は吐き捨てるように言った。
対して蓬は笑みを崩さない。その目は愛おしそうに、負けん気な風佳へと注がれている。
氷菜子は、んー、と不思議そうに首を傾げた。蓬は風佳に好意を寄せており、風佳はそれを拒絶しているが、その拒絶の理由は何だろう?
「愛されてるのね、フーカ。どうして付き合わないの?」
「は? いやいや。どうして?って言われてもな……」
考えるまでもない。
わたしが、この男と、付き合う……だと? 論外だ。
「フーカをからかってるわけじゃないから、真面目に聞いてね。
事実として、この男性の器量は一級品だわ。……ねえ、あなただって、自分がどんなにモテるかは自覚してるでしょう?」
氷菜子は、蓬の方を向いて尋ねた。
「そうだな。自分の見目が良いことは十分理解しているつもりだ」
そこで、蓬の話すトーンはいくぶんか沈んだ。
過去に自分の容貌が引き起こした数々のいざこざを思い出したからだ。それは愉快な思い出ではないし、女性絡みの揉め事の引き金になる自分の美貌をうざったく思ったことは何度もある。
しかし、今は、この器量をもたらしてくれた両親にありったけの感謝を捧げたい気持ちだった。欲しい女を手に入れようとするなら、己の器量が良いに越したことはない。
「ねえフーカ。こんなイイ男に言い寄られて、悪い気のする女性はいないわ。大半の女性にとっては、夢のようなことじゃないかしら? そうでしょう?」
まあ、そうだろうな。
決して口には出さないが、風佳は心の中で同意した。
松枝蓬は、本当に王子様のような人物だ。見初められた女性は、正真正銘のシンデレラだろう。輝く美貌に、秀峰高校という知力の象徴を以てして、口説き落とせない女性なんぞいるのだろうか?
「なら、あなたは、この男性のどこが嫌なの?」
「……やけに熱心に聞いてくるんだな」
「そりゃそうよ! 気になるもの! 考えてもみなさい。自分の親友が、とってもハンサムな男性の求愛を拒絶している――これほど興奮することってないわよ。
私はその親友の素晴らしいところを知ってるから、その男性がどうして恋に落ちたのかよく分かるわ。けれど、私の大事な親友は、その男性の伸ばした手を振り払ってしまうの。
どうして? どうして2人は結ばれないの? 何が2人の愛を阻んでいるの!? ハラハラドキドキ! オーディエンスの私は、つたない想像力を頼りに、あせる心を慰めるしかない!
こんな身近で感情移入しやすいメロドラマを見逃す手はないでしょう!!
もしもここで無感動でいられるなら、おお、とっても恐ろしい話よね、その時私は人間をやめているわ!! 神様もお認めになるでしょう。私という人間が感動を捨てることはできない!! 私はロマンチストとして生まれたんだもの!! すべてはロマンスの嵐の思し召しのままに!!」
一気にまくしたてる氷菜子。
気圧された風佳は「う、うん。ま、まあ、そうだな」としか返せない。
蓬も、口では何も言わないものの、その腰は若干引けている。
「だからこそ! フーカ! あなたの気持ちを聞いておきたいのよ!
彼があなたを見つめる瞳はとっても優しいわよ。年中無休で男の見世物になってる私が言うんだから間違いないわ! 彼のあなたへの愛は本物よ! たぶん!!」
「……」
風佳は何も言えなかった。
わたしは、学はないが、人を見る目はあるはずだ。実際、わたしが選んだメンバーで構成された<百花繚乱>は、組織として問題なく成り立っている。
松枝蓬という男は、性格に少々難あれど、下らないウソはつく人間には見えない。
だから、蓬の愛のささやきを疑っているわけじゃない。わたしは、わたし自身の“人を見る目”を信用しているから。
しかし、蓬に惚れられているからと言って、わたしに何をしろと?
「そういえば、松枝さんはここに何しに来たのかしら? フーカをデートに誘いに来たの?」
「いや、デートではないが、風佳を迎えに来た」
「あら。それなら私はとっとと退散するわ。お邪魔してごめんなさい」
「いや、別に謝ってもらうことはないぞ。氷菜子は邪魔じゃないし。っつうか、迎えって何だよ?」
「お互い分かっているはずだ。俺と君は、話し合わないといけないことがある」
「……」
蓬の言いなりになるのは気に食わない。だが、話す必要があるのは確かなので、風佳は不承不承頷いた。
秀峰高校との件については忘れようと思ったが、こうして生徒会長自ら足を運んでくれたのなら、二度と面倒事が起こらないようきちんと話し合っておくべきだ。
これ以上、<百花繚乱>と秀峰高校の関係がこじれるのは、得策ではない。