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秀峰高校には、一学年500人、3学年合わせて総勢1500人ほどの生徒が在籍している。

しかし、生徒の多さに比して、秀峰高校の敷地面積は小さい。街中にあるため、施設を拡充しようにも周囲に購入できる空き地がないためだろう。

活発な年頃の少年少女たちにとって手狭な感が否めないとは言え、しかしさすがは天下の秀峰高校といったところか、設備の質の高さはピカイチである。


そんな豪奢な棟が建ち並ぶ秀峰高校の一角にある生徒会室で、5人の生徒が長テーブルを取り囲んで、渋い顔を突き合わせていた。


その5人の生徒は、一様に、長テーブルの上に置かれた一枚のルーズリーフを黙って見つめている。


「面倒なことになったな」


低音の声で沈黙を破ったのは、秀峰高校の生徒会長 松枝(まつがえ)(よもぎ)

彫刻のような白皙の美貌を持つ美男にして、勉強もスポーツも卒なくこなす完璧超人。秀峰高校の女子生徒からは密かに王子様の異名で慕われている。


「これ、見るからに胡散くさいのだけれど、本当のことなんでしょうね?」


硬い口調で問うているのは、強気で真面目そうな女子生徒。

彼女は、生徒会庶務の津霧(つぎり)(あおい)

その視線は、やんちゃそうな雰囲気を滲ませた男子生徒に向かっている。


「本当だって。これ相談してきたのは、オレの友達で、オレはそいつのことよーっく知ってるけど、つまんない嘘つく奴じゃないよ」


葵の視線と問いかけに答えたのは、生徒会副会長 及川(おいかわ)達彦(たつひこ)


「それってさ、たっちゃんの友達は、嘘はついてない、でも本当のことを全部白状したわけでもない。――っていう可能性もあるよね?

 この人たち、裏でヤバいことやってたんじゃないの? でなきゃ、不良に脅されるなんてあり得なくない?」


達彦を「たっちゃん」と呼ぶのは、生徒会書記 白坂(しらさか)砂芹(させり)

活発で明るい表情とは裏腹に、その舌はいつも鋭い。


「<百花繚乱>ね……。名前は聞いたことあるけど……ふぁああぁぁ。名前しか知らないなぁ」


眠そうな眼を擦りながら、あくび交じりに言うのは、生徒会会計 海堂(かいどう)洋太(ようた)

(まぶた)にかかる長い髪を、鬱陶しそうに手でどかしている。


以上5人が、今年度の秀峰高校生徒会のメンバーたちである。彼らは全員2年生だった。

秀峰高校では、受験勉強で忙しい3年生ではなく、2年生が生徒会メンバーを務めることになっている。


「俺も洋太と同じく<百花繚乱>については名前しか知らない。達彦と砂芹は何か知っているか?」


蓬が達彦と砂芹に尋ねたのは、その2人は顔が広く情報通であるからだ。


「あたしも、そんな詳しくは知らないよー。女子しかいない不良のグループってことくらい」


そう言いながら砂芹は、ポケットから取り出した飴を口に入れた。


「他に知ってることはないか?」


「うーん。……ひゃっかりょうらん、ひゃっかりょうらん。いやー、思い出せないよ。不良に関心はないからなあ」


「そうか。達彦は何か知ってるか?」


「いや、すまん。オレも知らない」


蓬は葵にも視線を向けるが、対して葵は静かに首を振った。長い髪が揺れて、両肩に当たる。

葵も、<百花繚乱>については何も知らないらしい。


「<百花繚乱>について何も分からない、か……。面倒だな。無視するわけにはいかない案件だけに」


「ああ。相談者は不安がってたんだ。<百花繚乱>に何かされるんじゃないかって。……生徒会としても、ソイツの友達としても、看過はできないよ」


「でも、警察に届け出るほどの大事でもないのよね」


「生徒が困ったときの生徒会だ。これこそオレたちの出番だろ」


「たっちゃん、熱いね」


「熱血男児だからな」


「汗臭そうね」


「うるせえよ葵」


「達彦そろそろ上履き洗えよ」


「洋太も便乗するなよ! 洗ってるよ! 臭いも汚れもないだろ!」


達彦の叫びに、洋太は静かに肩を震わせ、砂芹はアハハハと声を出して笑い、葵と蓬は苦笑した。


「<百花繚乱>の情報がない以上、これ以上話すこともないだろう。

 みんな、友人知人に尋ねまわって<百花繚乱>についての情報を集めてくれ。この件については、明日、また話し合おう」


「「「「了解」」」」


それから、秋の学校祭についての簡単な打ち合わせをして会議は終了となり、生徒会メンバーの5人は生徒会室を後にした。


誰もいなくなった生徒会室の長テーブルの上には、及川達彦が友人から聞いた話を書き取ったルーズリーフが残されていた。

とても上手とは言えない字で、以下のようなことが書き殴ってあった。


――――――――――

相談者:榊原壮太 相馬圭都 武田寛治 山下茂樹

日時:5月26日 19:00頃

サッカー部の練習が終わった後(相談者は全員サッカー部)、4人は校門を出た。

そこで女子1名に話しかけられる。(彼女の服装:紫のブラウス。水色の薄手のパーカー。白のズボン)

「お前たちは榊原壮太、相馬圭都、武田寛治、山下茂樹だな。私は百花繚乱のヘッド 嵐山ふうかだ。お前らの身元は掴んでいる。お前らが余計なことをしなければ、わたしらも危害を加えるようなことはしない。よーく覚えとけ。ではな」

と言って、彼女は去った。

彼女は猛獣のように怖ろしく、4人は震えることしかできなかったらしい。

彼ら曰く、百花繚乱との関わりは一切なく、恨みを買うような覚えはない。どうして脅し文句を言われたのか見当もつかない、とのこと。

――――――――――






その翌日の放課後、秀峰高校の生徒会メンバーたちは再び生徒会室に集まっていた。

今日も、蓬から話し始める。


「じゃあ、それぞれが集めた<百花繚乱>についての情報をまず共有していこう。

 まずは俺から。

 昨日、塾で顔を合わせた連中に<百花繚乱>についてそれとなく聞いてみたんだが、誰も大した情報は持っていなかった。

 ただ、ヘッドの嵐山風佳はこの界隈では有名人で、こいつは相当喧嘩が強いそうだ」


蓬は立ち上がり、「ちなみに、ヘッドの名前は、漢字でこう書くそうだ」と言いながら、ホワイトボードに、【ヘッド 嵐山風佳】と書いた。


「俺からは以上。次は、達彦が話してくれ」


「あいよ。オレが聞いた話だと、<百花繚乱>は不良の集まりってわけじゃないらしい」


「あ、それ聞いた! あたしもたっちゃんと同じこと聞いたよ!」


達彦の言葉に砂芹は同調するが、蓬・葵・洋太は首を傾げた。


「不良の集まりじゃ、ない……?」


「それは、どういうことなの?」


「うーん。例えばね、あおちゃんは、不良のグループって聞いたら、何する人たちだと連想する?」


「そうね……」


砂芹の問いに葵は考え込んだ。


「やはり、学校に行かなかったり、路上で騒いだり、殴り合ったりしてるイメージかしらね」


「そうだよねー、そう思うよね」


葵の言葉に、達彦と砂芹は「うんうん」と首を縦に振った。


「だけど、<百花繚乱>のメンバーは学校にも行ってるし、路上では騒がないし、暴力沙汰も滅多に起こさないらしい」


その達彦の言葉に、またも蓬・葵・洋太は首を傾げた。


「よく分からんな」「なら、なんでグループなんかつくってんだー?」――と言う蓬と洋太に対し、達彦は「アレだよ」と顎でホワイトボードを指し示す。


ホワイトボードには、先ほど蓬が書いた「ヘッド 嵐山風佳」という文字しかない。


「ヘッドの嵐山風佳は相当なカリスマの持ち主で、彼女に惹かれた女子が集まってできたのが<百花繚乱>らしい」


「すごい話だよねー。あたし聞いたとき、ビックリしちゃった」


「ファンクラブのようね」と葵は言い、「なら、そのファンクラブは、どうして<百花繚乱>は不良だと思われているんだ?」と蓬は疑問を投げた。


その蓬の疑問は当然だろう。

この街で<百花繚乱>の名前を知らない者はいない。実際、ここにいる生徒会メンバーもみんな名前くらいは耳にしたことがあった。それくらい、<百花繚乱>は有名な不良グループなのだ。

女子高生がただ寄り集まっただけでは、不良とは認知されない。

<百花繚乱>が不良だと見なされているのには、何か理由があるはずなのだ。


「悪い。そこまでは分からんかった」


達彦はお手上げとばかりに両手を上げて、「オレがゲットした情報はこれで全部」と言った。

達彦が話を終えたので、次は砂芹が口を開いた。


「あたしも、<百花繚乱>はファンクラブみたいなものって話は聞いたよ。

 メンバーのほとんどは、ちょっと派手な女子高生ってだけで、真面目に学校に言ってるし、アブない遊びにはまってるわけでもないみたい。

 ただ、<百花繚乱>の上層部は、派手な喧嘩をいくつも起こしてるんだって」


「ああ、だから<百花繚乱>は不良だと思われてるのか」


合点がいった、とばかりに頷く達彦。


「あと、<百花繚乱>は100人くらいいるみたいだよー。すごいよねー」


「それは……多いな」


蓬は内心「本当に100人もいるのか?」と疑った。

生徒会長としてリーダーシップを発揮する場面が多い蓬は、だからこそ、同世代で100人もの人間を魅了するカリスマの持ち主がいるとは信じられなかった。

生徒会長として活動してきたからこそ強く思う。――100人も集めるなんて、俺には絶対無理だ。嵐山風佳とは一体どんな人物なのか?


「葵は何か掴んだか?」


蓬に問われ、葵はふるふると首を横に振った。


「そうか。……洋太は?」


「今日の21:00、河川敷に集まるらしい」


「…………誰が集まるの??」


「<百花繚乱>のメンバーが」


「「マジ!?」」――驚きのあまり、砂芹と達彦は叫んだ。


「……よくそんな情報掴めたもんだな」


「知り合いが<百花繚乱>のメンバーだった。と言っても、下っ端みたいな感じらしいけど」


そんな重大な情報を掴んできた洋太は誇ってもいいはずだが、さも眠そうに伸びをするばかり。


「<百花繚乱>は週1回ほどの頻度で集会っぽいものを開いてるらしいが、別に参加は強制じゃないそうだ。

 場所と時刻は、毎回メーリングリストで告知されるらしい」


「で、今週の集会は今日の21時に河川敷ってわけか」


「そういうこと。ふわぁ、ねむ……。

 蓬、どうする? <百花繚乱>のヘッドに会いに行くのも、一つの手だと思うぞ」


洋太は、長テーブルに昨日から置かれているルーズリーフを摘み上げる。


「ウチの生徒は脅し紛いの事を言われたわけだが、嵐山風佳って女が何を求めているのかはサッパリだ。

 このルーズリーフを読んでるだけじゃ、らちが明かない。

 達彦と砂芹が仕入れてきた話を聞く限り、<百花繚乱>は話の分からない連中ばかりじゃないみたいだし、直に会って話をつけた方がいいだろ。後々にトラブルの種を残しておかないためにも」


「……一理あるな」


「え? それって危険じゃない? <百花繚乱>はファンクラブみたいなものとは聞いたけど、その情報が確かかどうかも分かんないじゃん。

 もしも、実際は超危険な人ばっかりだったらどうするの!?」


砂芹の言うことはもっともだった。蓬は腕組みしてしばらく思案した。


「洋太、<百花繚乱>の集会は週1回あるんだよな?」


「そうらしいな」


「来週以降の集会についても、情報は手に入りそうか?」


「たぶんね」


「なら、直に会うのは今日じゃなくてもいいな。

 現状、<百花繚乱>についての情報は少なすぎるから、もう少し情報収集を続けた方がいいだろう。

 各自、知り合い筋を辿って、引き続き<百花繚乱>について探ってくれ」


「ま、そうなるわな」と洋太は首をすくめた。

「そりゃそうでしょ」と砂芹はつっこんだ。

「情報収集なんてできないわよ。不良な友達なんていないもの……」と葵はぼやいた。


達彦は何も言わずに、蓬を見つめていた。友人の様子が常と違うことに、達彦だけが気付いていた。




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