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私立秀峰(しゅうほう)高等学校

――それは、ただの高校ではない。

明治大正期の碩学たちが集って設立した、この国の初等教育の旗頭となるべき戦略的な高等学校なのだ。私立であることを強みに学習指導要領にない科目も数多く備えた名門校であり、全国屈指の進学率を誇る。

ご立派な家格を備えた令息令嬢も多く、ハッキリ言って、<百花繚乱>のメンバーたちとは住む世界が違う。


「こいつは予想外すぎるぞ……」


風佳(ふうか)は呻いた。それもそのはず。


確かに、秀峰高校の生徒と<百花繚乱>のメンバーが関わる可能性はゼロではない。

事実、秀峰高校はこの街にあるのだから。

風佳たちが今いるこのファミレスからなら、歩いてでも行ける距離に秀峰高校は立地している。

しかし、そんなゼロではない可能性を、風佳はすっかり考慮の外に置いていた。


その注意深さと慎重さで以てメンバーからの信頼を預かる風佳をして、その存在が頭からスッポリ抜け落ちていたほどに、秀峰高校は隔絶した存在なのだ。

普通なら、風佳のような不良娘は一生関わることのない人間の巣窟なのだ。


「ボス、どうしますか?」


コウモリの問いに、風佳は即答できない。


<百花繚乱>は所詮、身体的にも社会的にも非力な女子高生の集団だ。周辺の若者にいくら恐れられていても。

自分たちのできること・できないことを重々承知している風佳たちは、だからこそ、暴力団やマフィアとは絶対に関わらない。ちょっかいをかけられても、全力で逃げに徹している。

裏の世界に精通する彼らには、天地がひっくり返っても勝てないから。


秀峰高校には、暴力団やマフィアとは逆の意味で、天地がひっくり返っても勝てない。

在籍している生徒の親族には、表の世界で幅を利かせている財界・政界の重鎮が軒並み揃っている。

蝶よ花よと育ててきた大事な跡継ぎにもし害の及ぶことがあれば、<百花繚乱>のメンバーの家庭を社会的に抹殺することくらい訳ないことだろう。

秀峰高校の生徒たちに<百花繚乱>が手出しするなど、つまりは自殺行為なのだ。


「……」


「……」


ヤマネコとコウモリは、風佳の懸念がよく分かるので、風佳は答えを出すのを黙って待っている。


「ふんふんふ~ん♪」


トイレから戻ってきたアニマルはガムシロップをペロペロ舐めながら、つけまつげを付けている。

事の発端のくせに呑気に化粧しているアニマルを殴りたいと思いながら、風佳は自分の考えをまとめた。


「…………友好的な話をしよう」


それが、風佳が下した決断だった。

秀峰高校という存在に畏れはあるが、かと言って黙っているわけにもいかない。

アニマルにちょっかいをかけた連中には、無用な争いの火種になるような行為を今後よくよく慎んでもらうよう要請するのが適当だろう。


「ボス、どういうことだ?」


「秀峰高校の生徒と事を荒立てるわけにはいかない。なら、友好的に話をするしかないだろう?」


「そうですね。こちらに負傷者が出たわけでもないですし、言葉で注意すれば十分でしょう」


コウモリは風佳の案に同意した。

アニマルが殴られでもしていたら、<百花繚乱>もそれなりのお礼をせざるを得ないが、今回はちょっとからかわれただけだ。話し合いで解決できる。


「だが、ボス、どうやって相手と話をするんだ? 相手と顔を合わせたことすらねえのに」


「私が一人で話をしに行く。これしかない」


「「「え!?」」」


「何がおかしい? 相手に警戒されずに、穏便に話をするには、一人で会いに行った方がいいだろう?」


自分のアイスコーヒーを飲み切った風佳は、ヤマネコの分を奪って一気に飲み干した。


「ん? んんん……???」


風佳にアイスコーヒーを奪われたヤマネコは、仕方なく水を飲みながら首を傾げた。確かに風佳の言う通り、大勢でゾロゾロと会いに行くよりかは、一人で会いに行った方が、相手に余計な警戒心を与えずに済むだろう。

つじつまは合っている。合っているはずなのだが、ヤマネコはどこか腑に落ちない心地だった。

なにか大事な点を忘れているような……。


反論を口にしないヤマネコ・コウモリ・アニマルの様子に、これで同意は得られたと思った風佳は、右手で(ヤマネコの)アイスコーヒーのカップを掲げながら、左手の人差し指でトントンとテーブルに置かれた書類を叩く。


「コウモリの調査によれば、この4人はみなサッカー部に属している。なら、4人が下校する時間は同じはず。

 秀峰高校の校門付近で待ち構え、4人が姿を現したところで声をかければいい」


4人に声をかけて、その場で話をする。大した話でもないから、立ち話で済むだろう。


「でも、たとえボスが1人で会いに行ったとしても、警戒はされるんじゃないですか?」


「そりゃ、全然知らない人間が話しかけれてくれば、誰だって多少は警戒する。そこらへんは工夫すればいい」


「工夫、ですか?」


「何するんだ?」


「ボスってぇ、雰囲気が怖いからぁ、目の前に来られたらどんな人も怖がっちゃうんじゃないですかぁ?」


「バカ言うなアニマル。わたしなんて拳さえ引っ込めておけば、ただのひ弱な女に過ぎない。甘ったるい服でも着てれば、怖がられはしないだろ」


「ボスの言う工夫ってのは、甘くてひ弱な女の子を装うってことか?」


「その通りだヤマネコ。わたしの身長は平均並みだし、強面でもないからな。それっぽい服を着れば、触れれば折れてしまいそうな女に見えるはずだ」


「んん……???」


「そう、ですかね……?」


「そうに決まってる」


自信満々に言う風佳に、ヤマネコとコウモリは一抹の不安を覚えた。

アニマルは特に何も考えていなかった。




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