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嵐山(あらしやま)風佳(ふうか)は芝の生えた河原に寝そべって、心地よい風にそよぐ前髪が額をなでる感触を味わいながら、静かに目をつぶってまどろんでいた。

時刻は昼前。

女子高生である彼女は、本来、教室で勉強しているはずなのだが、今日は学校に行く気分になれなかったので、こうして河原で一人寝転んでいる。

風佳が学校をサボるのは、よくあることだった。


彼女は不良だった。

それも、ただの不良じゃない。

この界隈では誰もが恐れる女性不良軍団<百花繚乱(ひゃっかりょうらん)>の首領(ヘッド)なのだ。

メンバーどうしの絆の深さ、自分たちにあだなす者を徹底的に叩き潰す苛烈な攻撃性、義理堅くも掟破りを決して許さない厳格さは有名な話で、<百花繚乱>に喧嘩を売ろうなどと考えるアホは滅多にいない。

……滅多にいないだけで、ゼロではないが。



……。



「ボスーーーっっっ!!!」


安眠を妨げるその大声に、風佳は眉をひそめた。

――この声は(しずか)か……。

叫声を上げながら風佳のもとへと駆けてくるのは、<百花繚乱>の副首領 山萩(やまはぎ)(しずか)

(しずか)という名前とは真逆に、声の大きなやまかましい奴で、彼女が風佳を呼ぶのは決まって何か厄介事が起きたとき。

――くそ何だよ! せっかくいい気分で寝てたのに!

風佳は軽く舌打ちして、体を起こし、服についた草を払った。


「ヤマネコ、一体どうした?」


ヤマネコ、というのは山萩静のあだ名である。

そのすばしっこさと体の柔らかさ、泥棒顔負けの追い剥ぎのような果敢な戦いぶりから、風佳が直々に名づけた名誉あるあだ名である。

このあだ名が授与されたとき、風佳を崇拝しているヤマネコは歓喜のあまり白目をむいて失神した。ぶっ倒れてなお喜びに体を痙攣させるヤマネコに、風佳がかなりひいたのはいい思い出だ。


ヤマネコは、風佳の目の前まで来ると、ここまで走ってきたせいで上がった息を整えるために大きく深呼吸を3度してから、口を開いた。


「大変だ、ボス。喧嘩を売られた」


「……相手は?」


「4人。名前は突き止めたが、バックは分からねえ」


4人か……。おとがいを指先で撫でながら、風佳は思案した。

敵として多勢ではないが、もしバックに大物がいたら、面倒なことになる。

風佳は拳で語り合うコミュニケーションも大歓迎な生粋の不良だが、自分がただの女子高生であることはきちんとわきまえている。

暴力団やマフィアのような、絶対に敵わない相手とは、決して事を構えたりはしない。


「分かった。すぐ行く」


ひとまず、状況を把握しよう。

<百花繚乱>に喧嘩を売るような奴は滅多にいない。そんな滅多にいない奴が現れたようだ。






ヤマネコに連れられて行った先は、繁華街から少し外れにあるファミリーレストランだった。昼前なので店内にいる客は少なく、ゆったりとした空気が流れていた。

窓際のテーブルには、風佳とヤマネコがよく知る2人がいた。2人とも<百花繚乱>のメンバーだ。


「よっす」


風佳は2人に軽い挨拶をして、テーブルを挟んだ2人の向かいに腰を下ろした。続いて、ヤマネコは風佳の隣に座る。

目の前に座る<百花繚乱>の首領に対し、2人は「わざわざ来てもらって、すみません」と頭を下げるが、風佳は「構わない」とばかりにヒラヒラと手を振って、おしぼりを渡しに来た店員にアイスコーヒーを注文した。

欠かさずヤマネコも「あたしもアイスコーヒーで」と店員に対して付け足した。「アイスコーヒーお二つでよろしいでしょうか? …………かしこまりました。それではごゆっくりどうぞ」と言い残して店員は去っていくのを横目で見届けてから、風佳は口を開いた。


「で、何が起こったんだ?」


「アニマルが喧嘩を売られました」


「そうなんですよ~~」


風佳の問いに答える2人は、一緒に居るのが滑稽に感じられるくらい見た目の印象が異なっている。


丁寧語で話すのは<百花繚乱>の諜報部隊長である(かん)壬生(みぶ)。あだ名はコウモリ。趣味が深夜徘徊であることと、ひったくりも顔負けの鋭い分析力を持つことから名づけられた名誉あるあだ名である。

のびやかな口調で喋るのは、コウモリ率いる諜報部隊の一員である沢野(さわの)里香(りか)。あだ名はアニマル。アホで、性に奔放で、動物も顔負けの本能丸出しの生き様から名づけられた名誉あるあだ名である。


2人の手元には飲みさしのカップがある。コウモリはフルーツミックスジュース、アニマルはバナナミルクセーキだ。


「いつ、喧嘩を売られたんだ?」


「昨日ですぅ。彼氏とデートしてるときにぃ、なーんか黒いのに囲まれちゃって、ウッキッキーされちゃってぇ。もう、意味わかんなくてぇ」


「…………わたしには、お前の話が意味分からんぞ」


「えっと……、ボス、私から説明します」


「頼む」


いつも通りのアホっぷりを発揮するアニマルに頭が痛くなる風佳だったが、コウモリの説明は分かりやすかった。

ちなみに、コウモリが説明している間、アニマルはポーチから乳液を取り出して顔に塗りたくり始めた。お前もコウモリの話聞けよ、と風佳はつっこみたかったが、相手はアニマルなのでスルーすることにした。


昨日、アニマルは彼氏と腕を組みながら、公園を散歩していたらしい。

するといきなり、公園の茂みの中から学ランを着た男子高校生4人が現れて、アニマルたちを囲むように立ちふさがった。

――「ひっ!?」

――「なんだこいつら!?」

怯えるアニマルとその彼氏。対して、下卑た笑みを浮かべる4人組。

その4人は非常に怪しい連中だったが、アニマルたちに暴力を振るったりしてきたわけではなく、ただ「ウッキッキ―」と叫びながら囃し立てて、叫び続けて囃し立て続けて、やがて声が枯れるとどこかへと去って行ったらしい。


「……なるほど。男子高校生4人に囲まれて、ウッキッキ―されたと」


「そうですぅ。あ」


ボチャン


乳液のケースが、飲みかけのミルクセーキの中に落ちた。


「あああああっっ!! わたしのバナナミルクセーキがぁあっ!」


アニマルは急いで乳液のケースを取り出すも、黄色のバナナミルクセーキの表面にはラテアートのような白い筋が浮かびあがった。


「くっそー! いいやもう! これは乳液じゃない! コンデンスミルクだ! 色は一緒! ちょっとケミカルなだけ! わたしは飲むぞこれを! んっんっんっ……ぶはっ! ごはっ! なにこれ! まっずっ! いや~っ! 鼻に奇妙な刺激が! ふぐっ! んぐっ!」


「……」


「……」


「……」


風佳は呆れ、ヤマネコはティッシュを取り出してアニマルに差し出し、コウモリは自分のジュースにアニマルの口や鼻から飛び出した飛沫(しぶき)が入らないように自分の手の甲でカップにフタをした。


「アニマルはトイレ行ってうがいでもしてこい。で、ヤマネコ、お前はこんなしょうもない話を聞いて『喧嘩を売られた』だのと騒いで、わざわざわたしを呼んだのか?」


風佳は隣に座るヤマネコをにらんだ。


「い、いや、すまない。あたしも詳しい話は今知ったところで、こんな下らないことだとは思わなかったんだ……」


「ええ~~。下らなくないですよぉ。彼氏との甘い雰囲気がぶち壊しになったんですよぉ~~」


「下らねえよ! お前と同じくらいアホな奴が4人もいたってだけだろ!! っていうかさっさとトイレ行けよ! 鼻からヘンな液体が出てるぞ!」


「しょぼ~ん」


がっくり項垂れるアニマルを後目に、風佳は付き合ってられないとばかりに立ち上がろうとした。

しかし、そこにコウモリが口を挟んだ。


「ボス、これを本当に下らないことだと思いますか?」


「そりゃそ……」


そう言いかけた風佳は、コウモリのやけに真剣な視線に思わずたじろいだ。


「……なら、コウモリはどう思ってるんだ? この件について」


浮かせた腰を再び下ろして、風佳はコウモリに向き直った。

ちょうどその時、店員がアイスコーヒーを持ってきたので、渡されてすぐに口をつけた。うむ、苦い。氷が溶けるとコーヒーが薄くなるので、割りばしで氷を取り出してはアニマルのケミカルバナナミルクセーキのカップに入れていく。


「ボス、平和ボケしてないですか? 最近とんとトラブルがなくて忘れちゃいましたか? なんで私たちが<百花繚乱>を名乗っているのか?」


風佳は黙った。

コウモリの問いは、風佳に苦々しい過去を思い出させた。降りかかる火の粉を払いのけ続けた日々。怒りと痛みで真っ赤に染まっていた日々。


「…………忘れてねえよ」


「なら、どういうやり方であれ、<百花繚乱>のメンバーに絡んできた連中を放ってはおけません。そいつらがどんなにアホっぽくても、です」


「……そうだな。お前の言う通りだ」


風佳は思い直した。

そうだ。わたしたちは、喧嘩が好きなんじゃない。バイクで暴走するのも好きじゃない。

それなのに、どうして、<百花繚乱>なんてけばけばしい名を掲げて、群れているのか?

群れた方が安全だからだ。

喧嘩を売られないようにするために、群れているのだ。「奴らに手出しすれば、こっちの身が危ない」――そう思わせなければならない。

<百花繚乱>は、誰からも、喧嘩を売られてはならないのだ。


風佳はアイスコーヒーを飲み切った。空になったカップがテーブルの上に置かれる。


「アニマルにちょっかいをかけた4人は、どんな奴なんだ?」


風佳の問いに対し、コウモリは鞄から取り出した書類をテーブルに広げた。


「これが連中についての情報です」


その4人の名前・顔写真・生年月日・住所・家族構成などなどの詳細が記された書類に目を落とした風佳は、相変わらずのコウモリの手際の良さ、仕事のきめ細かさに瞠目した。

さすが諜報部隊長である。


「さて、どんなアホなのやら……」


どんな下らないやり口にせよ、この<百花繚乱>に関わってきたのだ。どうせ、ロクでもない連中だろう。

書類の一枚を手に取り、その記述に目を走らせる。


「顔はどいつも普通だな。前科もなし。大した特徴はなさそ……っっ!!」


風佳の目が驚愕に染まった。


「…………これは何かの冗談か?」


「いえ、すべて本当です」


「ボス、何がそんなビックリなんだ?」


風佳は、ヤマネコに書類を突き出すように渡し、途方に暮れたように宙を仰いだ。


「そいつらは秀峰(しゅうほう)高校だ」


それは、風佳たち<百花繚乱>にとって、ある意味、ヤクザよりもタチの悪い連中だった。



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