名無しの便箋
この小説は『散るサクラ、咲くサクラ』もあわせてお読みいただくとより楽しめると思います。
伝えたいことがあります。
卒業式のあと、桜の木の下に来てください。
卒業式の日に下駄箱に入っていた手紙は、丸っこい、震えた字で綴られていた告白する気満々の呼び出しの手紙だった。
しかも、よほど動揺したのか名前を書き忘れている。
その手紙を右ポケットに突っ込むと飄々とした顔をし、今日で最後になる教室に入っていった。
既に教室にはほとんどのやつがいた。まあ卒業式だしなるべく一緒にいたいんだな。
俺はこの学校で親友とも呼べる徹に声をかけた。
「よお徹」
「なに、康太」
こいつ、悲しそうな顔してるな。知らずに徹が視線を向けていた少女に目を向ける。ははぁ、なるほどな。
「お前さ、いいのか?」
要領を得ない顔をしたから俺は声を潜めて言ってやった。
「神無月比奈、好きなんだろ?」
「ブフッ!」
そう告げると徹は噴出した。そしてちらりと神無月のほうを向き、俺に視線を戻すと小声で俺を詰問してきた。
「なんで康太がそのことを知ってるのさ!?」
いやいやいや。
「だってお前、露骨すぎるんだよ。大丈夫だ、このクラスでは俺と女子全員にしか知られてねぇから」
「女子全員に知られてたら終わりじゃんっ!?」
実際はお前らが両思いだってことだけどな。
暖かく見守ろう、っていうのが女子たちの一致した考えで別段俺もそれでいいと思って今日まで言わなかったが、今日は卒業式だ。さすがに少し助言でもしておかねぇと。
「大体、今日で卒業だからお前に教えてやったんだよ。んで、どうすんだ?」
「どうするもなにも、僕は別に告白なんて…」
「ばか、男は度胸だ。卒業式はな、告白して成功なら晴れて恋人、フラれたらそこで終わりってきっぱりした日なんだよ。だから告白するなら今日が最後だと思え」
言いながら気づく。ポケットに入れた便箋もそういう意図なのだろうか? 告白してもバラバラになるんだったら関係が無くなる、そういう意図なのだろうか?
俺は自分の席に戻り、手紙を触りながらどうしたもんか、と考えるばかりだった。
◆
俺に好きな人は……いる、かもしれない。
白状すると俺は恋愛感情というものがまったくもってわかんねぇ。第六感? 相手を思う熱量? それとも執着心? …………だめだ、さっぱりわかんねぇ。
確かに気になる女子はいる。神無月と仲が良いやつだ。別段目を引くわけじゃあねえが、その素朴さと控えめな行動になぜか目を奪われてしまう。そりゃ、何度か話してみたが、それが恋愛感情なのか、ただほっとけないだけなのか、消極的な態度にイラついているだけなのか、答えを出すことができなかった。
てっとりばやく徹にでも聞こうかとも思ったが、これは自分で答えを出さないといけない気もする。
はぁ……なんで俺はこんなに恋愛について悩まないといけねえんだ。ラブレターのせいか。ノーネームだが、あの字の震えは本物でだれかの悪戯という線はない。もしこれで悪戯だったら、そいつをぶん殴る。卒業だからといってやっていい悪戯とだめな悪戯ぐらいの見分けがつかねえやつは鉄拳制裁が基本だな。
『卒業記念品、授与』
っと、今は卒業式中だった。下げていた顔を上げると、そこにはあの消極的な女がいた。だが、見た瞬間ドクンと不規則に心臓がはねる。いやいや、なんで跳ねるんだよ。これが恋ってやつか? 小説とかでよく読むやつなのか?
もう一度見ると、今度は目が合った。また跳ねる。
その相手は心なしか顔を赤らめ立ち去るように歩を速めた。
恋愛感情……か。
本当にわかんねえもんだ。だがもし、この早鐘をうつような心臓が正しいなら、……って俺は乙女か……。
はぁ……、とため息を出すと同時に答辞者である神無月が呼ばれた。
◆
卒業式も終わり教室に戻るすがらふとグラウンドをみると一本背の高い木が目に入った。
またポケットに手を入れて便箋を触る。たしかこの手紙には桜の木とあった。多分あの木のことなんだろうな。それ以外にもあるが桜の木といえばあそこしか思いつかねえ。
それを一瞥して教室に戻ろうと職員室を素通りしようとしたとき、神無月が職員室とも教室に帰る道ともずれた場所で一人悩んでいる姿を発見した。
「どうしたんだ、神無月?」
「え? あ、ええっと……」
「……康太だ」
「そう! 康太君! ご、ごめんね。忘れていたわけじゃないんだけどどういうわけかなかなか頭に名前が出てこなくて」
「ど忘れっていうんだろうが……まあさっきあんなに盛大に泣いていたんだからな。気が動転してんだろ」
「わわっ。そ、それは今言わないでぇ~……」
半泣きで俺に詰め寄ってきて服を掴み揺さぶってくる。
「わかったから離れろ。……それでなにに悩んでるんだ?」
「え? ええ、ええっと……」
ははぁ、この反応は。
「お前いいのか?」
「ふぇ?」
「好きなんだろ、徹のこと」
「ふぇ? えええええ!! な、なななななんで知ってるの!?」
「そりゃあな。大丈夫だ、このことは俺とクラスの女子全員しか知らねぇことだ」
「全然大丈夫じゃないよぉ!」
徹とほぼ一緒の反応だな。こりゃ相性も良いかもな。さて、ここはもうひとつ後押しするか。
「それで、お前もしかして告白とかしないつもりか?」
「う、うぅぅ。い、言います……。全部言います……。こ、告白は、し、し、したいです」
「それで?」
顔を赤らめながら必死に言葉を紡ぐ神無月。俺はそれを根気強く聞き続けた。
「でも、あの、一人になってもらうように仕向けるのがなかなか難しくて。あ、あと告白場所とか。そ、それに! 受け入れてもらえるのかな、って」
なるほど。女子もそれなりに苦労はあるんだな。手紙の主もこんな感じなのだろうか、っていまは神無月のほうを優先にしないとな。
頭を切り替え脳みそを回す。
「あいつを呼び出す場所は桜の木がいいんじゃねえか?」
「桜の木って、背の高いところ?」
この学校の生徒の認識はやはりあの背の高い木らしいな。
「そうだ。告白は、そうだな、回りくどいのは好きじゃないだろ?」
「う、うん」
「じゃあ率直にいけ。そうすれば自分の思いは伝わる」
告白の成功率は100%だしな。そう心の中で呟く。
神無月はまだ少し納得していないようだったが、「うん」と頷き教室に行こうとしたが、ガバッと振り返りまたさっきと同じところにまで戻ってきた。
「どうやって呼び出せばいいの!?」
「あ、あー……」
手を顎に当て考える。桜の木に呼び出す方法…。
「手紙なんてどうだ?」
「手紙…便箋とか紙とか持ってないよ……」
それもそうか。
「なら、卒業式だし卒業アルバムに書くってのはどうだ? それなら今日もらうから媒体にもなるじゃねえか」
「そ、そうだね。じゃあ卒業アルバムに書いてみるよ。ありがとね康太君!」
「おう。そうだ、呼び出すのは15時ぐらいにしてくれねえか?」
「え? なんで?」
俺は便箋を取り出しひらひらと振って言った。
「呼び出し食らってんだわ」
◆
最後のホームルームも終わり、隣のクラスで少し駄弁って教室の扉に手をかけると、ちょうど徹と神無月がお互いの卒業アルバムに文字を書き込んでいた。早速実行してやがるな。というか、徹よ、お前きょどりすぎだわ。女子たちがめっちゃニヤニヤしてやがんぞ。
暫く見守っているとようやく書き終わったらしく、お互いに返しあうと、神無月はささっと自分の席に戻っていった。
そのタイミングを見計らって徹の後ろにつく。
「よかったな徹くぅん」
「うわっ! びっくりさせないでよ康太。あと、それやめて!」
「いいじゃねえか。それより、神無月から書いてもらえたんだな」
「う、うん」
神無月も上手く作戦はいったようだな、と同時に思う。ま、作戦の発案者は俺だしな。
「そうかそうか。後はお前次第、ってところか」
「そう、だね…」
なんだ、歯切れの悪い。
「頑張れよ」
それだけでいいんだから。だが、それじゃあ言葉が足りないと思い、苦笑しながら言葉を付け足す。
「そう気負うな。あとは勇気だけだぞ」
……この言葉はもしかして俺にも当てはまるのか?
恋愛という感情をしると、自分自身が変わるから? 変わることを恐れている? 誰かと支えあって生きていくのが面倒だから?
ちがう。
本当は恋という感情は知っていたんだ。
本当はあいつのことが好きだったんだ。
そしてこの手紙の主の正体は――。
「康太は帰るの?」
「いーっや、なんか呼びだしくらってんだわ」
「え? 今日で卒業なのに?」
「今日が卒業だからだよ」
気づけ、それぐらい。じゃあな、と手を振って教室を出た。
◆
春のにおいを運ぶ温い風を身に浴びながら背の高い桜の木に歩む。一人なのに緊張を紛らわせるために伸びをしたり欠伸をする。別にあせる用事でもないから歩いて向かったが、少し早足だったかもしれん。変に気がはやったのかもな。
とにかく、桜の木まで近づいたが、手紙の相手はまだいなかった。
「そういや、時間まで指定されてなかったな」
もう一度確認しようとすると、何度か触っていたせいか便箋が半分ポケットから出ている状態になっていた。この状態でずっと歩いていたのかと思うと恥ずかしくなる。
まあ最後だし恥ずかしい思いをしても別にいいか。そう思いなおし桜の木に寄りかかって空をぼぉっと見ていると遠くから足音が聴こえた。
なんとなしに目を向けるとそこには神無月の友人で消極的な女、寺林里菜がいた。心臓が俺の意思とは関係なく早鐘を打ち始める。急激に体温が上昇し汗も噴出し始めた。
「よ、よお」
「あ、えっと平賀くん…」
「相変わらず苗字で呼ぶんだな、里奈」
よし、会話はスムーズだ。
「それで、お前はこの手紙の主か?」
「え? あ、も、もしかして名前書いていなかった?」
「ああ。書いてなかったぞ。だからお前が来るまで男子の悪戯かと戦々恐々としていたぜ」
「ご、ごめんね」
「まあいいぜ」
沈黙。妙に気まずい空気が流れてなにも言う言葉が見つからない。
「………」
「………」
自分の心臓が脈を打つ音だけが嫌に耳朶を打つ。
「な、なあ。そろそろ本題入ろうぜ? 伝えたいことってなんなんだ?」
茶化さずに聞こう。俺にできるのはそれぐらいだ。
「あの…私……」
俯いて必死に言葉を紡ごうとする。自分の中のなにかを必死につなごうとしているようにも見えた。
「私…は、私は……」
そこでガバッと俺のほうを向き言葉を放った。
「私は、貴方が好きです!!」
「…………」
「ずっと、前から好きでした!!」
一生懸命に自身の気持ちを俺にぶつけてくる。それをすべて受け止めようと里菜の顔を見つめた。
その綺麗な瞳は少し涙がたまっていて。
その女性らしい頬は限界まで好調していて。
そのぷるっと口はまだ俺に何かを伝えようと開いている。
そのとき俺はすべてわかった気がする。
さっきまでの俺はわからないフリをしていただけだったんだ。最初から、わかってたんだ。
だから。
「それで?」
「えっと、私と付き合ってください!」
「……そうか」
里菜は一生懸命伝えてくれた。なら、俺も伝えなくては。
「俺も言いたいことがある」
「な、なにかな?」
「里菜、お前のことが好きだ」
俺はそういうと里菜の身体を引き寄せ抱きしめた。女性特有の甘い匂いがふわりと鼻をくすぐる。混乱する里奈の耳元に口を寄せた。
「俺はあんまり良い彼氏になれる自信はねえ。お前に執着するし、もたれかかる。独占欲を隠さない。それでも、お前に対する気持ちは変わらねぇ。大学は違うからあんまり会うこともできないけど、それでも最大限お前を優先したい。だから、俺と付き合ってくれ」
「……うん。こちらこそ、よろしくお願いします………」
少し涙声だったけど俺の告白を受け入れてくれた。その瞬間に心に湧き出てきたふわふわとしたこの感覚。噴水のように湧き出てくるこの奇妙な感覚に包まれながら暫くの間俺らは抱き合ったままだった。
◆
「あ、おい。里菜、ちょっと隠れるぞ!」
ふと時間を確認すると時間が2時50分をさしていた。あれからいろいろと照れながら駄弁っていたらこんな時間になってしまった。
「な、なんで?」
「いや、神無月と、たぶん徹が次に来るからさ」
「え? 比奈ちゃんが? あ…もしかしてついに告白するのかな?」
「そそ。里菜みたいにな」
「う、…そうだね。卒業式だもんね」
里菜が納得したように何度かうなずく。それがどうしても愛おしくみえてその場でまた抱きつきたくなる衝動に駆られたが、もう時間が無いから近くの茂みに隠れた。
数分後に現れたのは神無月だった。少し不安そうな表情をしているが鼻歌歌っている様子をみると心に余裕はありそうだな。
「比奈ちゃん、本当に告白するのかな? 私には鼻歌する余裕なんて無かったのに……」
「里菜はな。だいたい、あいつらなんてさっさとくっつけばよかったのにな。俺は1年の夏ぐらいからあいつらが両思いだって事に気づいていたぞ?」
「あ、私は2年のときかな。比奈ちゃんがね、一時期徹くんが、徹くんが、ってずっと徹君の話しかしなかったからね」
「……あいつら、本当になんでくっついてなかったんだろうな?」
ほとほと疑問だわ。
暫く監視してると何を思ったのか神無月は桜の木の後ろ側に回り込み、校舎から隠れた。
「なにやってんだあいつは?」
「たぶん、『おそいよー徹くん』っていうデートのときにやるあれをやるつもりなんだと思うけど……」
「……あいつ、なにやってんだ?」
なんという珍生物なんだよ。面白すぎるだろ。
「あ、きた」
里菜の言葉に校舎のほうに視線を遣ると、徹が一直線に桜の木に向かっていた。
それから少し話をしていたかと思うと、急に徹が叫んだ。
「すきだっ!!」
「おー。あいつから告白するとは思わなかったな。あのヘタレがなぁ」
「なんだか私たちの行為ってかなり罪悪感を感じるよ……」
「気にするなよ」
そう申し訳なさそうにする里菜の顔を見ながら言い、視線を戻すと、キスをしていた。
「「…………………」」
俺らは顔を見合わせ赤らめた。まさか、あいつらがあんな行動に出るとは……。
またしても気まずい雰囲気が流れること数分。徹たちは手をつないで仲良く校舎に向かった。
その後のそのそとでて再び桜の木の前に立ち、向かいあったが、なんとも気まずい。
「あの、ね。康太くん。私の家ってき、キスはあの婚約の証ってことになってるから、その……」
そうか。ならしょうがない。
強引に里菜の身体を引っ張り、唇を奪った。
「……! ……!」
甘い味が口の中に広がり、もっと、という欲が湧き上がってくる。
しかし、それ以上は嫌われるかもしれない。そう自制して唇を重ねるだけにとどまった。
数秒、数十秒と経過し、お互い唇を離す。
「あ、あの、こうた、くん……。私のいったことはほんと、だよ?」
「そうだろうな。それほど俺も本気だってことだ」
「えっ! そ、そうなの」
「おー。さて、そろそろ行こうぜ? あいつらからかいによ」
誤魔化すように俺が一足先に校舎に足を向けると後ろから小走りで里菜が追いついてきた。横目で顔を見るとなぜか微笑んでいる。
「なんで笑ってるんだ?」
「ん? ふふっ。気持ちが通じるってこんなに幸せなことなんだって思うとね」
「……そうだな。手、つなぐか?」
「うんっ!」
手を絡ませながら笑いあい、校舎に戻った。
どう徹たちをからかおうかと二人で話し合いながら。
お読みいただきありがとうございます。
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