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第四話「昔の女」

 バスは信号で止まる度にガタガタと音をたてる。雨は相変わらず降り続いている。

 男はラプンツェルの長い髪の事を思った。そして、昔、愛した女の事を思い出していた。

 男がまだ若かった頃、情熱的な恋をしていた女で、それ以来、男が出会ったどんな女よりも魅力的だった。彼女は男を何人も変えたが、男は気にしなかった。ただ一度だけ、その女を殴った男を半殺しにしただけだった。

 気がつくと女は金をおろして消えていた。男はそれでもいいと思ったが、それから何をやってもやる気が出なかった。その反動で仕事だけは異常なほどに真面目にこなした。


 女は窓の外を見ていた、流れていく景色は見慣れた住宅地から、あまり足を運ばない市街地に変わっていた。雨なのと休日なのとで歩く人はほとんどいなかったが、車だけは異様に多かった。夫と同じ型の車を見つけると、中の様子をさりげなく盗み見た。

 もちろん夫がいるはずがない事は分かっていたが、自然とそのように眼は動いた。

 バスは駅の方に向かっているが、車は反対方向に流れていく。女は夫の顔をよく思い出せなかった。そして、目の前のニット帽の男の背中を見つめた。

 男は何か物想いに耽っているようだったが、何故か女は声をかけたいという思いに駆られた。

 抑えがたいという程ではないにしても、意識してみると、それは簡単なことのように思えたが女は声をかけなかった。男が急に立ち上がったからだ。


 バスは駅前のロータリーに入り、間もなく止まった。大きな駅ではないにしても、人通りは多かった。男は、お金を払ってステップを降りた。それに続いて他の客が降りる。

 一番最後に女が降りると空っぽのバスは、静かに走り去った。

 男が喫茶店に入るのを確認すると女は迷わずにその喫茶店に入る。後を付ける気はなかったが、自然と足はそちらに向いていた。


 男が席に座ると、若いウェイトレスが水を持ってきた。白いパーカーの男は、店の中では少し浮いていたが、男は気にするそぶりも見せずにアメリカンを頼んだ。

 チラッと男の方を見た客達も、すぐに何事もなかったように、コーヒーを飲み、話を再開した。ニット帽を脱いで、テーブルの上に置く、バックパックは隣の椅子に置いた。

 男は水を一口、含むように飲んで、息を吐き出した。

 男の座った席は、店の窓際のちょうど奥まった所にあって、入口が簡単に見える位置だった。

 長袖のシャツの女が入ってくると、男はすぐにあのときすれ違った女だと思い出した。

 男は他人に関心を持たないように生きてきた、それほど印象に残らない人間であれば思い出す事は、ほとんどない。昔の恋人にそっくりな長い黒髪をしていた事が記憶に結びついていたのかもしれない。




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