第九話 道雪と虚栄
「どうしたんだい僕?
母上とはぐれたのかい?」
俺は牛車を走られながら、隣を走ってくる子供に問いかける。
「私は女の子!
わかってやっているから更に質が悪いだよ。行平は!!」
「相変わらず餓鬼クセェ奴だな。
人混みに紛れたら流石に分からんぞ――道雪」
そう、コイツはこんななりをしているが涼を霊的守護する御三家の一つである所の道野家、現頭首・道野道雪。
俺が涼まで戻ってくる事になった原因を作った張本人である。
「久しぶりね、道雪」
「相変わらず元気みたいで安心したわ」
「あ、藤乃ちゃんに稲穂ちゃん久しぶり!
虚栄!
直ぐに牛車を止めるように行平に言って!
もう足つりそう!!」
必死そうだな。
アイツが必死だとつくづく笑えてくる。
俺は笑いながらその形相を堪能していた。
「行平殿、日々運動不足のアレを虐めるのは流石に心が痛むので止めてもらえないだろうか?」
虚栄そんな顔で見るな。
分かったよ。
牛を止めたらいいのだろ?
まあこれで勝手に俺の首を賭けた事は許してやろう。
俺は牛に止まるように指示を出す。
ゆっくりと牛車が静止する。
その隣では運動不足を体現している道雪が膝に手を付き、肩で息をしていた。
「まあこれで勝手に首を賭けた事は許してやるよ。
ほら道雪。
家まで送ってやるから乗れ」
「今はそれどころじゃないんだよ。
膝がプルプルガクガクしてとても足が上がらないんだもん。
だから乗せてくれないと上がれないんだよ」
「……そうか。
じゃあ歩いて帰れ」
「ちょっと!
そこはしょうがないと言いつつ私を抱え上げて乗せる所だよね!
そういう少しの優しさを私に回してくれてもいいんじゃないかな?」
俺はそういった奉仕は一切しないぞ。
一銭の得にもならないからな。
「どうするんだ?
乗るのか乗らないのかはっきりしろ」
「乗るよ! 虚栄、ちょっと手伝って。
行平が当てにならないから!!」
一人喚く道雪に虚栄は手を伸ばし牛車に引き上げて道野邸に向かう。
「まったく行平は全然変わってないんだよ」
「ふん。お前ほど変わってない奴は恐らくいないだろうな」
そう、俺が涼を発った時のまま、道雪は変わっていなかった。
身長も体型も体力の無さも。
それは、まるで時間が止まった――
いや、成長が止まってしまったかのような感覚に俺は襲われる。
このままずっと、この先コイツは童のような姿なのだろうかと思ってしまうほどに。
なにも変わっていなかった。
「う、変わった所はあるもん。
一年前より胸が大きく成ったんだよ」
俺は頭の先から足の先までざっと眺めてみたがその辺りを走って遊んでいる童と比較したとしても変わらない。
それどころか劣っているようにさえ見えてくる。
「……それはウソか勘違いか幻覚を見たんじゃないのか?」
「もー! 絶対に大きくなって見返してやるんだもん!!」
「勝手にしろ、お前の成長が止まっていない事を俺は願っておいてやるよ」
その後も道雪は自分の屋敷に着くまでの間、休む事なく喋り続けた。
「行平。
明日なんだけど御所に来てよね」
道雪と虚栄を道野家の屋敷の前に下ろす時に道雪がそんな事を言った。
は?
御所って言ったかコイツ。
あの帝が住んでいて、この国の政治の中枢のあの御所か?
なんで俺がそんな場所に行かないと行けないんだ?
「まったく何しにこの涼に帰ってきたの。
鬼退治に帰って来てくれたんだよね?」
お前の策謀でな。
お前が俺の首を差し出さなかったら帰ってきてないさ。
「分かっているって。
今更何言ってんのお前」
「えーと。
そこで詳しい詳細の説明と討伐の日取りを決めるから。
そのつもりで来てよね」
「ああ、分かった。分かった」
俺は約束の時間を聞くと後は適当に聞き流して道野家を後にした。