第八話 おにぎり
おやすみする予定でしたが書きました。
俺達を乗せた牛車は、俺の予想どおり昼餉前に涼から一里上空へ到着した。
久しぶりに見た故郷に生憎と俺は何も感じなかったが、稲穂と藤乃は何だか嬉しそうだ。
ヒサゴとサユリ、カエデは涼を発ってから俺の式神になったので涼は初めてのはず。
「どうだ? これが俺の前住んでいた都だ」
「これが涼ですか。
藤乃さんに聞いていた通り綺麗な形をしています」
「碁盤……何故この形か……我が主」
確かに綺麗に区分され上から見ると碁盤を見ているように見える。
「これは大分昔に活躍した陰陽師・明野明石が霊的守護を高めるために帝に進言して実現した形と言われている」
「それがこの形なのですか?」
「そうだ。
お前も知っての通り、涼は負の感情が溜まりやすい場所だ。
それ故に妖怪が出現し、人を襲いう。
明石はそれらから人々を守るために大掛かりな結界を涼に施した。
それ以降力の強い妖怪は涼へ入る事さえ出来なくなったのだ」
その結界は今も働いており、八十年前の白面金毛九尾の襲来の時も起動し、涼への損害は一切なかったと言う。
流石に弱すぎる妖怪はすり抜けてしまうが、それは内部にいる陰陽師達で滅することが出来るくらい弱い者だ。
「さて、そろそろ下に降りて普通に地面を歩いてくれるか。
厄介なのに見つかりたくないからな」
俺の言葉通り、車を引く牛はゆっくりとした速度で地上に降りて行く。
なんだ。
普通に地上を歩くことも出来るじゃないか。
地上に降りると牛の速さは並みの牛と変わらないほどの歩みに変わる。
非常にゆっくりだが二日も短縮出来たのでよしとしよう。
しかし落ち着かない。
俺がそれに気づいたのは涼の東門近くになってからなのだが。
なぜかは知らないが、先程から道行く人達が立ち止まり俺の乗っている車を見ているのだ。
その中には車を拝んでいる奴もいる。
流石に居心地が悪い。
「おい虚栄。
いつから涼の人間は牛車に乗る人間を珍しがるようになった?」
「うん?
ああ、この車を引いている牛の色が珍しいからだろ。
白い獣はいつの時代も神聖視されるからな」
所詮は俺の式神なのにな。
ご苦労な事だ。
「行平様。もう昼餉をとうに過ぎております。
一応、お弁当を持って来ていたのですが……
おにぎりはいかがですか?」
人懐っこい笑顔でサユリが重箱に入っているおにぎりを進めて来た。
まったくお前はつくづく可愛い奴だ。
俺はサユリの頭を撫でおにぎりを掴み取ろうとしていると……
「手伝った……我が主」
撫でられるサユリを恨めしそうに見て自己主張するヒサゴの姿があった。
「そんな顔をするなヒサゴ。
分かっていたさ。お前も手伝ったのだろ?
おにぎりの形を見ればサユリが作った物かヒサゴが作った物か直ぐに見分けはついたさ」
ヒサゴの頭に手を置きそう口にする。
が、俺にそんな高度な事が出来るわけがない。
全て同じに見え――
なかった。
サユリやヒサゴも作ったであろう、その中に一つだけ形が歪で持っただけで崩れそうなおにぎりがあった。
「なんだ。藤乃もおにぎりを作ってくれたのか?」
性格が表れている。
それに重箱が取り出されて以降――
藤乃は落ち着きが無く。
しきりに俺の方を見ていた。
いつもはすまし顔で外を見ているか俺と顔を滅多に合わせないのにだ。
「な、なんでわ、私がおにぎ、おにぎりなんか作らないと、い、いけないのよ!」
いや、藤乃お前は動揺しすぎだ。
――しかし、藤乃が作ったおにぎりか。
俺は綺麗に整ったおにぎり達の中で一際歪な形のおにぎりを掴み上げて口に運んだ。
「ど、どう?
私が作ったおにぎりおいしいわよね?」
先程の否定は何処へ行ったのか。
おにぎりの感想を求めてきた藤乃。
まったく……面白い奴だな。
「ああ。味付けなんか斬新すぎて涙が出てくるよ」
「え、そんなに美味しいの? 行平」
詳細を知っているであろう。
ヒサゴとサユリは苦笑いを浮かべて事の成り行きを伺っている。
「そうだな……稲穂。
例えようのない味で……
俺は暫くおにぎりを見たくないくらいだ」
「おお。すごいよ藤乃。
行平にここまで言わせるなんて――」
「藤乃……お願いだから。
次からは砂糖じゃなくて塩を使ってくれ……」
「う、煩いわね。分かったわよ。
次からは塩で作ってあげてもいいわよ」
俺は砂糖で握られたおにぎりに涙を流しながら胃に押し込んだ。
牛車の中で昼餉を食べ終えている事には東門の前だった。
俺の代わりに虚栄が降りて行き書類に署名して戻ってくる。
何事もなく門をくぐり涼の中へ牛車を進ませた。
「行平殿。
まず道雪の元へ向かってもらえないだろうか?」
「ああ、かまわないぞ。
俺も言いたい事が山ほどあるからな。
それで道雪のやつは――」
「行平ァー! こっち、こっちー!!」
何やら小さい奴が手をバタバタ振り、足らない背のおかげで人だかりからは小さい手がぴょんぴょん出たり消えたりしている。
空耳だ。
聞いた事のある声だが気にしないでおこう。
「行平。あれどう見ても道雪じゃないの?」
「さあな。俺はあんなちんちくりん知らないぞ。
誰か知り合いか?」
「相変わらず行平は道雪ちゃんに冷たいのね。
その内愛想つかされちゃうぞ?」
藤乃と稲穂も気づいていたか。
まあいいんじゃないか?
なんせ俺の首を勝手に賭けたのだから。
「は、は、ちょっと!
ちょっと待ってよ!
それは、無視は酷いと言う物なんだよ!」
俺達の乗る牛舎の隣を栗毛色の髪をした小さな子供が追いかけて来ていた。