第六話 マエノスソノ、稲穂、ザクロ
今日投稿するはずの五話を昨日投稿してしまいました。
なので今日は六話をお楽しみください。
俺は日の出前に起き、庭の草木に水を与える。
つつじが花を咲かせ始めていた。
あと三日ほどで満開だろう。
そうしたら花見をしなくてはな。
少し術で成長を遅らせたとして十日ほど持つが、それでは意味がない。
俺は咲く姿も好きだが散りゆく花も好きなんだ。
「行平殿は朝から庭いじりか」
眠そうな顔をした虚栄が縁側に立っていた。
まだ俺の式神は起きてきていない。
もしかしたら準備をしているのかもしれないが。
「そうだ。俺は花が好きだからな。
それよりよく眠れたか?」
「おかげさまでよく眠れた。
こんなに寝たのは久しぶりだ」
「そうか。もう少ししたら朝餉の準備をするように言うから。
それまで寝ているか帰る準備をしていろよ」
「そうさせてもらおうかな。厠はどこにある?」
「廊下の突き当りだ」
俺は朝餉の準備が出来たとヒサゴが呼びに来るまで庭いじりを続けていた。
朝餉を済ませ、涼に向かう準備が整った俺は土蔵に押し込んでいた車――
牛車を引きづり出す。
ここの前の使用者が置き去りにしたのを俺が修理し、漆を塗り直した。
主に遠出する時にのみ使っている物だ。
「これは立派な車だな。しかし……
これをどうやって動かすつもりだ。
第一この屋敷に牛なんていないじゃないか?」
虚栄の言葉は正しい。
牛なんてこの屋敷にはいない。
だが、牛など我が屋敷には不要な物だ。
「俺を誰だと思っている?」
虚栄は首を傾げた。おい。
俺は曲りなりにだが陰陽師だぞ。
そのくらいどうとでも出来る。
俺は懐から綺麗に織り上げられた牛の形をした紙を取り出す。
これはカエデが遊びで折った物だ。
俺は不器用すぎて、こんな風に折る事なんて出来ないが。
俺は術の乗った息をフッと吹きかけ地面に投げる。
モクモクと白い煙を上げて現れたのは一頭の白い牛。
「おお! おおおお!!!!」
虚栄煩い。
俺はそう思いながらも口には出さず。
現れた白い牛を車に繋げる。
これ程上質の牛を涼の都では手にすることなど出来ないだろう。
「うわ!どうしたのですかこの牛」
「優美……流石我が主」
「確かに立派な牛ね。買ったの?」
準備が済んだのか藤野、ヒサゴ、サユリ、カエデが屋敷から荷物を持って出てくる。
カエデは自分が折った牛という事に気がいていたのか走って牛の足元へ向かって来る。
俺はカエデを持ち上げ牛の背にのせた。
「この牛は式神だ。
カエデが折った牛があまりにも綺麗だったからな。
こうして使ってみたのだ。
荷造りが済んだのなら荷物を車に乗せてくれ。
出発するぞ」
俺は白い牛の頭に手を置くと涼までの行き方を術で流し込む。
これで牛を操らないでも自動的に涼へ向かう事が可能になる。
「準備終わりましたユキヒラ様」
「ああ、じゃあ出発するか」
「行平。稲穂はどうするの?
あの子一人おいて涼に向かうのはいいのだけど後が怖いわよ?」
あ、そうだった。
稲穂を迎えに行くのを忘れる所だった。
俺の使役している式神の一人が訳あってこの村の土地神の所に居る。
そいつも藤野と同じくこの式神の中で一番俺との繋がりが古く信頼のおける式の一人でもある。
別にヒサゴやサユリ、カエデが信用ないと言っているんじゃないぞ。
「……じゃあまず、マエノスソノに会いに行って稲穂の奴を迎えてから涼に向かうぞ。連れて行かなかったら後が煩いからな」
俺は牛に進路の追加を流し込むと車に乗りこむ。
全員居るのを確認し俺は牛に前進するように命令を出す。
次の瞬間――――
俺達の乗っている車がふわりと浮き上がり、空へと昇って行く――
なっ! これはどういう事だ?
牛の足は地を蹴る事はなく、空を蹴り。
俺達の乗る車は空を飛んでいた。
それも鳥が飛ぶような速さで。
「うおおおお!!!!
す、凄いすごいぞ、行平殿ぉ!!」
虚栄は大興奮。
ヒサゴとサユリ、藤野は今の状況を理解できずに戸惑っているようだ。
カエデは今も牛の背中の上で風を受けている。
とても気持ちよさそうだ。
「行平様これ飛んでいますよ!」
「絶景……流石我が主」
「これはどういう事なの?」
おお。ようやく戻って来たか三人とも。
そうだよな。
俺も驚いている所だよ。
まさか飛ぶとは流石に思わないよな。
でもそのおかげで時間の短縮が出来た。
昼過ぎに到着予定だった土地神・マエノスソノの居る神社がもう目の前に見えている。
牛は神社の上で旋回し徐々に速度を落とすと境内に降りて行く……