第五話 酒膳童子
「では行平殿の膝に乗っている童と隣に居るお綺麗な女性は式神なのだな」
「そうだ」
しかしなぜ霊視が出来ないようにされていたかは謎だが。
取り敢えずは良いとしよう。
もともと出来ない者にその術を施したりすると最悪失明してしまう可能性が高いからな。
そこまで面倒見きれないし。
「しかしなぜ妖怪は人を襲うのだろうな?」
「つくづく変な奴だな。
妖怪は人を食らう者だぞ。
人の憎しみ、怒り、憎悪、嫌悪、嫉み、恨み等の負の感情が妖怪を強くするのだ。
その辺の話は道雪に聞いているかと思ったが?」
「いや。道雪はオレにそんな話をしてはくれないからな。
そんな話も初めて聞いた。
そうか。人の負の感情……
では涼はその宝庫と言う訳だな?」
「そうだ。あそこはそれらが常に渦巻いている。
なんとも胸焼けがする話だろ?
だから俺はそんな都を出たくてここに来たのだ」
俺が涼を出る三年前から何日も日照りが続き作物が育たず、近年稀にみる飢饉が涼を襲った。
その為、作物の値段が高騰した。
涼では貧富の差が激しく。
米を買えなくなった人々が続出し餓死者が大量に出てしまった。
それに重なるようにして伝染病や流行病が人々を今も襲っている。
生きたいと願う者は、貴族の屋敷を狙った強盗や殺人をして食いつないでいるという。
まさに負の苗床だ。
涼は負の感情が溜まりやすいのか常に妖怪が出没している。
そんな都に居てみろ。
常に妖怪を討伐するために駆り出され魂まで擦り切れるほど使われて終わる。
だがそんなのは絶対に嫌だ。
俺の人生を他人のために使うなんて絶対に嫌だ。
「失礼します。
行平様お酒のご用意が整いました」
サユリとヒサゴが用意を済ませ戻ってきた。
二人の手には盆が握られ、その上には徳利と杯が乗っている。
俺の前と虚栄の前にそれらを置く。
ヒサゴが俺に杯を渡し酒を注ぐ、サユリは虚栄の杯に酒が溢れるほど注ぎ虚栄がオロオロしている。
「もう結構ですよ!」
「いえいえ、酒は溢れるほど注ぐ物ですよ。
そうですよね? 行平様」
「そうだぞ。飲めよ、虚栄。
俺とお前がこうして出会い、こうして話をし、俺が蒸留した酒を煽る。
最高の事ではないか。
だから虚栄、今ここに居る事を楽しめ」
虚栄は少し溢しながらも口に持っていく。
「――これは本当に酒なのか?」
「ああ、俺が気に入った素材を使って造った物だ」
「癖もなく、甘みがあり、透き通った味わい……
オレはこんな酒は初めてだ……」
「クハハハハ!! そうだろう?
まったく藤乃やはり俺の造った酒は上手いのだぞ!!」
「ふん。あんな甘い酒など飲めないわよ。
私は舌が痺れるほどの辛みの効いた酒が好きなの」
お前は大酒飲みだしな。
ヒサゴとサユリには好評なんだぞ。
俺達が今飲んでいる酒はただの井戸水に術を施して酒のような味に仕上げているだけの術酒だ。
普通の酒もあるにはあるが、雑味が強く癖がある上、いざと言う時に酔いつぶれ動けなくなるからな。
「それで、俺が討伐する鬼……酒膳童子と言ったか?
そもそも俺にお鉢が回ってくる前にも陰陽師による討伐が行われたのではないのか?」
「良くわかったな。その通りだ。
行平殿が引きずり出される前に酒膳童子が住処にしている大賀山へ陰陽師の集団五十人。
武官三百人が討伐に向かい。
帰ってこなかった」
おい。それはかなりの痛手じゃないか?
陰陽師五十人だと?
毎年陰陽院を卒業者が大体十五人から二十人と少ないのにそんな大勢の陰陽師を無駄にしたのか。
それは人手が足りなくなる――
「更にその後もう一度討伐が行われた。
陰陽師百人。
武官五百更に倍の兵力を整え再び討伐に向かったが前回と同じく帰っては来なかった」
開いた口が塞がらないとはこの事だな。
陰陽師が百五十人も一気に減っているのなら涼での人手が不足しているのも頷ける。
これは思っていたよりも大変そうだ。
「後に引けなくなった陰陽師と武官の上層部は、陰陽院にて修行中の陰陽師見習いを討伐に向かわせようとしていた。
そこで道雪がまだ卒業課程を終了していない者を
向かわせるよりも、確実に討伐するならば最下位で地方に飛ばされた者を召喚して討伐に向かわせた方がよいのではないかと進言したらしい」
まあ、仕方ないか。
陰陽師見習いが行ったとしても結果が知れている。
どのみち呼び戻されていただろうな。
最下位なら居なくなったとしても困ることはないからな。
「つくづく道雪らしい。甘い考えだ。
陰陽師の御三家が出張って行けば討伐は容易い事だろうに」
「それがそうでもなくてな。
最初の討伐と二回目の討伐には御三家の者も同行していた。
春日と赤子だ」
涼の霊的守護を任されている御三家――
春日、赤子、道野。
今はこの御三家が表だって涼を守護している。
帝の居る内裏を守護するのが道野。
涼の北を守護するのが赤子。
涼の南を守護するのが春日だ。
その他に東を中江、西を崎村が守護している。
なぜ御三家と言う物が存在するのかはただ歴史に名を残すほどの事をしているからである。
八つ首の龍討伐と白面金毛九尾の封印にもこの御三家はかかわっている。
まあ、お飾りではないくらい強い霊力を持つのだが。
その御三家の春日と赤子が帰ってこなかっただと?
「当主が赴いたのか?」
「春日の方はな。
赤子の方は弟子と長男坊が出向いたそうだ」
一体何があったのかは知らないが、並みの妖怪なら何日も掛かる事無く討伐して帰って来てもおかしくはない人選だ。
まあいい。
行ってみてダメなら逃げ帰るさ。
「そうだな。明日の出発で良いのか?」
「え、ああ。だが本当にいいのか?」
「なにがだ」
「いや、何でもない。明日だな。
用意は済ませてあるのか?」
「そんなもんは明日やるさ。
それより少し早く出たい。よりたい所がるからな」
俺はサユリに虚栄の使う部屋を用意するように言い。
後片付けをヒサゴに任せ俺は自室に向かう。
明日の準備を済ませその日は直ぐに就寝した。