第二十七話 四方結界
俺はこの鬼について二つだけ分かった事がある。
それは、コイツがずぼらだという事。
そして、頭が悪いという事。
情報や状況は常に変わる。
なのに、コイツは俺が涼を去った、一年も前の情報をあてにしてこうして乗り込んで来た……と言うのだ。
「お前はどうして、涼を襲う?
なんだ、あれか?
まさか悪逆をそろえるためだけに、涼に攻め入ったんじゃないだろうな?」
残りの悪逆は謀反だけだ。
「ほう……それは、藤姫にでも聞いたのか?」
「ああ、そうだ。
お前はなんでも集める事が好きな奴だときいたぞ」
「如何にも。
私は集める事が大好きな収集家でね。
色々集めてきたが、これ程てまどったのは、この世に生を受けて以来――
初めての事だぞ」
「そうかよ。
ならこれで二度目の失敗になるな。
謀大逆は果たしただろうが、謀反は無理だ」
「失敗だと?
私は失敗などしていない。
勝手に失敗だと決めつけないでもらおうか」
あれが失敗じゃないだと?
面の皮が厚いヤツだ。
往生際の悪いにも限度がある。
明石に出くわし、殺されかけた鬼がよく言う。
俺は逃げたお前より、封印されるまで踏ん張った藤乃を鬼として評価するぞ。
元からの鬼より鬼らしいじゃないか。
「なら言ってやるよ!
お前は勢いだけで進だから失敗したんだ。
その上、自らの収集欲を満たすために動いた。
その結果、明野明石に敗れた。
涼にすら入れず、都の姿を遠くから眺めているだけだったんじゃないのか?
俺なら己の信念を、夢を、野望を、それらを貫く為に――
俺がお前の立場なら、明野明石と刺し違えても戦ったぞ」
「君に何が分かる?
あの場にいて、アイツと対じて見た事もない奴が、軽々しく俺ならできるなんて口にするな……とても不愉快だ」
荒野の鋭い眼光が俺を捕らえる。
今にも睨み殺されてしまいそうだ。
「本当の事を言われて怒るなんて器が知れるぞ」
「……君は、私を不快にさせる事がとても上手いな。
だが、謀大逆は得た。
残りは帝――龍帝を殺すだけだ」
「それを俺が黙って見ているとでも?」
「そうして貰えると大変助かるのだが……
君は私の邪魔をするのだろ? 杉野行平」
「当たり前だ。
それにあの御所には俺の式神に涼随一の陰陽師が居る。
誰であってもアイツが負ける訳がない」
「そうか。
どうあっても私たちは争わなければならないのか……
とても残念だ」
荒野はとても苦しそうな表情になる。
まるで弱者を憐れむような目で俺を見つめている。
なんだ。
かなり違和感のある言葉を使うな。
まるで旧知の仲だった友人が戦場で相対したみたいな言いぐさをする。
正直気持ち悪い。
そして、荒野はニタリと口の端を釣り上げ笑う。
コロコロと表情を変えるやつだ。
「君には悪いが、時間のようだ」
荒野の体が揺らぎ、段々薄れていく。
今まで幻でも見ていたかのように……
俺は荒野に慌てて駆け寄る。
逃がすか!!
「陰陽道術・九――捕縛草――」
荒野の足元に六芒星が現れそれが眩い光を放ち、太い蔓が荒野を束縛するために飛び出す――
だが、蔓が荒野を捕らえる前に荒野は跡形もなくその場から姿を消してしまった。
荒野の声がその場に木霊する。
「私は無駄に争うよりも、目的を果たす事に決めた。
君にいつまでも手を掛けてはいられないからな。
それに藤姫にも合っておきたい」
完全に荒野の禍々しい妖気が東門から消え、物凄い速さで御所へと向かって移動している。
これは一刻も早く結界を再構築しなくては!
「おい、安綱!」
安綱が蹴り飛ばされた。
瓦礫に駆け寄り、瓦礫をかき分け安綱を探す。
いた。
安綱の足が見える。
思っていたよりも奥に入り込んでいたな。
俺は安綱の足を掴んで引きずり出す。
頭からは血を流し、切り傷や擦り傷で全身血塗れな上。
打撲や内出血、酷い所は骨折していた。
ここまでボロボロの安綱を俺は見たことが無い。
早く治療しないと命に係わる。
俺は、懐から竜神の涙を取り出し、安綱を抱き起す。
竜神の涙を一口煽り、口移しで安綱に飲ませと、その効果は瞬時に現れた。
全身に負っていた、ケガは何事もなかったかのように無くなり、全身に合った切り傷は傷跡一つ残っていない。
そうしている内に安綱が酷く咳き込み、口から黒い塊を吐き出した。
体の中にあった瘴気だ。
「これで安静にしていれば、気を取り戻すだろう」
俺はその場に安綱を寝かせ、結界を修復する準備に取り掛かるか。
ホムラに貰った黒漆の刀を鞘から抜き放ち、地面に突き立てた。
俺は深く息を吸い、吐き出すように術を唱える。
「弱き民を守り、力ある帝を守り、美しき都を守る四方の門よ。
一切の汚れを寄せ付けず、一切の病を寄せ付けず、一切の悪逆を阻み続けよ……
陰陽道術・六十六――四方結界!!」
地面に突き立てた刀を新たな結界の憑代に使ったが、案外上手くいってよかった。
これで正兼の刀がなまくらだったら、刀が消失して危うく俺が人柱になる所だ。
それより御所へ向かおう。
道雪やアイツらが心配だ。
そうだな、安綱はこのまま置いて行こう。
お待たせしております。




