第二十六話 行平と荒野
「誰かと思えば、私が探していた人間に早速会えるなんて、今日はきっと良い夜だ。
そうは思わないか? 杉野行平」
荒野は俺を満足そうに見上げ、更に満面の笑みを浮かべている。
気持ち悪い。
男に微笑まれても気持ち悪いっての!!
生憎俺に男色の気は無い。
「なぜ俺の名を知っている?」
「君は自分が妖怪たちの間では、有名だという事を自覚すべきだな」
どういう事だ?
多くの妖怪が俺を警戒しているという事か?
俺の名はそんなに妖怪たちの間に知れ渡っているのか?
まさか、そんな事はないように俺は務めていた筈だ。
妖怪との戦闘は全て式神任せ。
俺は後方でその戦闘をカエデと一緒に茶菓子をかじって観戦していただけだぞ?
「君は腰抜け腑抜けをひたすら演じて来たのだろうが……
妖怪の危機回避能力を舐めて貰っては困る。
君はわずか八つにして、土蜘蛛を殺した。
その事実がただ恐ろしい」
確かに土蜘蛛を退治したのは俺だ。
だが、そこまで怖がられるような事ではないだろう?
俺からしたらお前達妖怪の方が恐ろしいわ。
「君達人間が訳が分からない者が恐ろしいように。
私達妖怪も得体のしれない人間と陰陽師だけは、例え童であっても警戒する。
本来ならば、隙を見て食い殺されてもおかしくは無い。
なのに、君は奇妙な事に幼くして式神を使役していた」
確かにあの頃は力もなく、ただの普通の子供だった。
普通、故に捨てられたのだが……
まあ、今は捨ててくれてありがとうと礼を言いたいくらいだ。
あの家を出たから俺は稲穂に会えたし、藤乃に会えたのだから。
「なんだ。
それだけの理由で俺の名は知れ渡ってしまったのか?」
「いや、それだけではない。
だから言っているだろ?
訳が分からない者ほど恐ろしいと」
妖怪や鬼がそれを言うか。
俺からしたらお前らの方が恐ろしいと思うがな?
「君はあの後も腑抜けを演じ続け、涼から姿を消した。
その事がどれ程、私達妖怪に恐れを抱かせたか……
君は知っているかい?」
長い間目をつけていた注意人物が急に居なくなった――
そう、涼にさえ近づかなければ命が保障されていが、
俺が地方へ派遣され、涼から姿を消した事により、
その保証は無くなってしまった。
涼から離れた場所にいてもいつか俺が来て自分たちを殺してしまうのではないか。
そう、思った者も少なくはないだろう。
だがそれは、ひどい言いがかりだ。
誰が好き好んで妖怪を殺しまわる奴がいるか、俺はそんなのから解放されたくて涼から消えたと言うのに。
「笑えるな。
妖怪様がちっぽけな人間風情を恐れるなんて」
「人間風情か……
確かに私もアイツに出会っていなければ、こんなにも人間が恐ろしいと思わなかっただろう。
それこそ、今すぐにでも君を頭から貪り喰う事も出来たはずだがな」
なんでコイツはさっきから震えているんだ?
先程から荒野の左腕が小刻みに震えている。
俺の視線に気付いたのか、荒野は右手で震えている左腕を掴み、震えを押えつけた。
「笑えるだろ?
私の左腕はある男によって斬りつけられて以来、強者と対じするとこうして震えるようになったのさ」
え、と言う事はコイツ……
俺が怖いってことか?
おいおい、冗談はよしてくれよ。
明らかにお前の方が強者だろうが!
それにしても、コイツを人間恐怖症にした男は相当の力の持ち主だったのだか?
一体誰なんだ?
「興味あるな。
お前をそんな風にした男って誰なんだ?」
「お前達……
いや、涼では知らない者など居ないだろうな。
そいつの名は……明野明石
――私の野望をあと一歩という所で踏みつぶした。
忌々しき陰陽師よ……」
荒野の表情が険しい物に変わった。
まさに鬼の形相である。
ああ、そう言えば。
藤姫(藤乃)は荒野と共に涼に向かっていたんだった。
そしてあと少しで涼に入るという所で明野明石の妨害が入り藤姫は刀に、荒野は痛手を負って西に逃げたんだっけ?
殺したり奪ったりした事はいままでに何度もあっただろう。
それこそ数えきれないほどに。
だが、その逆は無かったんだな。
まさか、自分が殺されそうになるなんて思ってもいなかったのではないだろうか。
それも、今まで自分が食い物にしてきた人間に。
その時の受けた衝撃は計り知れない物があった筈だ。
だが……
「なぜ今になって涼に帰って来た?」
「それはヤツが死んだと分かったという事に加え、君が涼から居なくなったという情報を得たからだ。
故に、こうして出向いたのだが……
ふむ、話が大分話が違ってきているようだ」




