第十話 黒夜 正兼
「ここが行平様のお育ちになった屋敷ですか?」
「荒屋……ここか、我が主?」
二人が驚くのも無理はない。
俺が牛車を止めている目の前には一軒の大きな廃屋が物悲しく存在していた。
屋敷の周りを囲む塀は漆喰が剥がれ落ち赤土の土壁がむき出しになりヒビや亀裂が走っている。
その奥にある屋敷は大きく傾き屋根の瓦は半分が落ちていた。
俺はそのまま牛車を進め中に入っていく。
庭は雑草が伸び放題。
長い間剪定されていない木々は伸びきり騒然としている。
「ふん。まあ、うまい具合に結界が効いているようだな」
盗賊や流民の住処になっていたらと少し心配だったがそんな事はなかったな。
サッサとこの結界を解いてのんびりしたい。
「藤乃頼めるか」
「分かっているわよ」
藤乃は俺の前に進み出て、右手を横に払う。
たちまち俺達の前にある建物が、視界が、空間が歪んだ。
大きく歪みそして、その歪みは静かに収まっていく。
次に姿を現したのは新築のような屋敷の姿だった。
周りを囲む塀も漆喰を塗り直したかの様な鮮やかでヒビも亀裂も入っていない。
雑草が生い茂っていた庭も伸び放題の植木も綺麗に手入れの行き届いた庭へと変貌していた。
「――これは。どういう事なのですか?
何が起こっているのですか行平様」
「劇的……我が主」
二人は驚いてくれているようだ。
カエデは早速走り回っている。
稲穂も藤野も俺を置いて屋敷の中に道具を持って入っていた。
「簡単に言えば、結界を張っていたんだ。
人払いと認識出来ない結界をな」
長い間留守にする……。
それどころかもう戻ってこないと思っていたので施した結界だったのだが。
一年足らずで戻ってきてしまったな。
「よう行平。久しぶりだな!
元気そうじゃないか」
「おう。久しいな正兼」
聞き覚えのある声に振り返ると、目つきの悪い男が門の所に立っていた。
黒夜 正兼。
俺の幼馴染で刀鍛冶屋の一人息子だ。
それもただの刀鍛冶ではない。
正兼の家は、陰陽師専門の刀鍛冶だ。
平たく言うならば退魔刀を専門に造っている。
最初に退魔刀を造り実戦で用いたのは明野明石だと言われている。
明石は多才で好奇心旺盛な方でその当時、退魔刀という物が存在しなかったらしく。
明石は退魔刀を自ら造ったらしい。
明石の手で造られた退魔刀は今でも数本は現存しており、その中でも大業物として五本の名刀が名を残している。
明成、昇華、平正、大正、海淵……この五本だ。
しかし、この中で昇華だけが所在が分からず現存しているか不明である。
他の四本は御所で丁重に保管されているそうだ。
だが、これこそ宝の持ち腐れだろ。
退魔刀を使わずに飾っておくなんて、制作した明石が知ったら腹を抱えて笑うだろう。
そんな明石には弟子が居た。
名は黒夜 金元……正兼の祖父にあたる人物だ。
明石は技術、技法を全て金元に教えたとされ。それらの技術は今も大切に受け継がれている。
「道雪から聞いたぞ。
今度はお前が鬼の討伐に駆り出されるんだってな」
「ああ。まったくいい迷惑だ」
「そう言うなよ。
涼に戻りたいと思っても戻って来られない陰陽師だっているんだから」
まあ、涼に思い入れのあるやつならそうだろうな。
だが生憎、俺にはそんな物ないだ。




