第三話 街への道
翌朝、黒パンにチーズだけという簡単な朝食を取りながら今日の予定を話す。
「このままこの道を進めば昼ごろにはペルミの街に着く筈だ、そこでお前さんの旅支度を整える」
「ペルミというのはどのような街なのですか?」
「そうだなぁ、王都、カザンに続いてこの国で三番目に大きな街だ。人口は2万人とも3万人とも言われている」
生まれ育った村の人口が100人ほど、村から半日ほどの距離にあるパラナという町に行った時は人の多さに驚いたものだが、それでも確か800人を超えるくらいと聞いた覚えがある。そしてその二箇所がイリーナの知る全てだ。
その何十倍もの人が居るなんていうのは彼女にはまったく想像ができなかった。
「凄いですねぇ」
素直に感心する彼女に、王都は10万人以上住んでるし、他国になら30万を越える都市もあると言ってやりたくなる。
「で、そこにいけば大抵ものは揃う、流石にそのいかにも農家の娘という格好は旅人しては怪しく見えるから何とかしないといかん」
「そ、そうなんですか?」
自分の服をつまみ上げて眺めながら言う。
「そうだな、とりあえずそれまでは……、これでもかぶっておけ」
背嚢を漁るとフード付のマントが出てきたのでこれを羽織らせる、フードを使えば自然に角も隠せるので一石二鳥だ。
「あとは、イリーナは聖教徒なのか?」
胸に下げた粗末な木製の中抜きされた三角形――神と人と大地が各々の角を現す聖教会のシンボル、を見て尋ねる。
「はい、そうです。村では皆そうでしたけどブラトさんは違うのですか?」
「えーあー、まぁそれは置いておいてだな、イリーナは巡礼の旅人、俺はその護衛という事にしておきたい」
聖教会は率先して魔族を弾圧している組織という事にやるせなさを感じつつもそのような提案をする。
「わかりました、でもどうしてそのような事をするのでしょうか?」
小首をかしげて可愛らしく問いかけるイリーナ。
そんな彼女をみてちょっと和んでしまう。
「んん、残念ながら魔族というだけでちょっかいをかけてくる奴が世の中には結構居てな、それもイリーナみたいな若い女性なら尚更だ」
「なるほど」
「それに、北の国境の近くにはこの国で最も大きな教会があるから、そちらに向かっても不審を抱かれにくい、それに若い女性一人が旅をするのによくあるのが巡礼だからな」
そこまで決めたところで荷物もまとめ終わったので二人はペルミの街へ向けて歩き始めた。
「あの……ちょっと聞いても良いでしょうか?」
一刻(約二時間)ほど、なんとなく無言のまま歩いたところで、イリーナがブラトに質問があると言い出した。
「どうした、そろそろ休憩にでもするか?」
「いえ、歩くのは慣れているのでまだまだ大丈夫ですが、ブラトさんにお聞きしてみたいことがありましたので」
「俺に答えられることであればかまわんよ」
「ありがとうございます。それでは質問なのですが傭兵とはどのようなご職業なのでしょうか? お金で雇われる兵隊さんという話なら聞いたことがあるのですが」
「なんでそんなことが知りたいんだ?」
「えと……、私がブラトさんを雇ったということになっていますが、人から何か尋ねられた時などに傭兵というものを知らないとおかしな事とになるのでないのかと――それと単純にブラトさんに興味もありました」
なるほど賢いなと思わせた後に、おどけたようなことを言うイリーナ。
「――そうだな、戦争が主たる稼ぎって奴は多いけど、全部それだけってのは少ないな。理由はずっと喰っていけるように丁度良く戦争が起きてくれる訳じゃないって事だ」
「戦争が無い時は何をしているんですか?」
「良くあるのが、隊商の護衛や貴族や商家の用心棒みたいな仕事かな。あとはいわゆる冒険者に臨時雇いされたり、自分がなったりってのもあるな。結局傭兵ってのは剣を振るってなんぼの商売だからそこからは離れられない。まぁ、中には実家に帰って農作業したり日雇い人夫として働く奴も居るが人数としては少ないな」
「ブラトさんはどのような事をしているのですか?」
「ここ2年ほどは、戦争以外じゃあんまり働いてないなぁ」
自嘲気味に言う。
「それでお金は大丈夫なんですか?」
「ああ、ちょっと言い方が悪かったかもしれんな。実は戦争傭兵だけをしてても生きていくことは出来るんだが、傭兵は金遣いが荒いからもらった端からつかっちまうんだ。だからずっと稼がなきゃいけなくなる。そうじゃなければ俺みたいなしばらくぶらぶらしてても大丈夫って話だ」
「堅実に生きているってことでしょうか?」
「ははっ」
いくらなんでも傭兵で堅実って事は無い、なのにそんなことを言われてつい笑ってしまう。
「むぅー、笑うような事いってないじゃないですか」
イリーナはそんあ俺を見て少しむくれた調子だ。
「すまんすまん、どんな仕事をしていようが傭兵なんてのは明日を知れない商売だ、堅実な人間ならまず選ばないよ」
「そうですか……」
そんな話をしていると前方からガラガラと荷馬車が音をたてて向かってくる、どうやら近隣の農民のようだ。朝摘みの野菜を街に売りにでも行った帰りだろうか。
イリーナが身を硬くして俺に背に隠れるようにする。そんな彼女に「大丈夫だ」と声をかける。
近づいてきた荷馬車を良く見ると、中年の人の良さそうな農夫が一人で機嫌良さそうに鼻歌交じりに手綱を握っているのが判った。
「よう、商売帰りか?機嫌よさげなところを見ると懐が暖まったのかい?」
声をかけると農夫は荷馬車を止めて答える。
「わかりますか? ええ、そうなんですよ。旦那達はこれから街へ?」
そしてちらりと俺の背後へ眼をやる。
「ああ、彼女の北の神殿へ巡礼の途中でな、俺はその護衛だよ」
「へぇ、お若いに偉い事だ。俺も女房にせっつかれてるからそのうち連れて行かないとなぁ」
口やかましく言われているのを思い出したのか、少し辟易した顔で答える農夫。
「それで街にいい宿屋でもないか? 俺じゃ傭兵向けの宿しかわからんのでな」
「それなら、ナゴールナヤ通りの白いあひる亭ってところがいいですぜ」
「ほぅ」
「綺麗だし、値段も安い!」
「随分推すねぇ」
やたら絶賛する農夫にそう言うと。
「実は女房の妹がそこの女将なんですよ」
と、種明かしをした。
「おいおい」
「いや、いい宿なのは間違いないですぜ、それにアレクセイ――俺の名前を出せばちっとはまけてくれる筈です」
「そりゃありがたいね、それじゃ宿が埋まる前に街に向かうとするか、色々ありがとよ」
そういいながらイリーナの肩を軽く押すと。
「ありがとうございました」
彼女も頭を下げつつ礼を言う。
「いやいや、それじゃ良い巡礼になるのを祈っていますよ」
農夫は軽く頭を下げると、荷馬車で去っていった。
思ったよりイリーナが健脚なこともあり、ペルミの街の南門へは昼前にたどり着くことが出来た。街は西を川に面していて、残りの三方にそれぞれ門を持っている。
街は城壁に囲まれているが、規模的には戦争用というよりも盗賊団を寄せ付けない程度のものといったところだろう。
門のところには衛兵が二人立っており、出入りする人間のチェックをしている。といっても名前を聞き取って鑑札を銀貨5枚――並の宿に2食付きで2晩泊まれるくらいの金額だ、で引き渡しているだけだ。
妙に高いように思えるが、街を出るときに鑑札を返却すれば銀貨4枚は返されるので差し引き払うことになるのは銀貨1枚、入市税だと思えば我慢できる金額だ。無論、鑑札をなくしたり街で騒ぎを起こして追い出される場合は銀貨の返却はされないが。
「お二人さん、ペルミへはどんな用事だい?」
二人の衛兵のうち、年かさの方が尋ねる。
「ああ、この子の北の神殿への巡礼への途中で寄らせてもらうだけだ」
衛兵はちらっとイリーナに目をやるが、目深にフードをかぶった彼女を怪しむことも無く。
「それじゃ鑑札2枚で銀貨10枚だ、街をでるまで大事にしろよ」
「ああ……、そうそうナゴールナヤ通りってのはどこだ?、白いあひる亭っていう宿に行きたいんだが」
二人分の銀貨を渡しつつ、先ほど農夫から聞いた宿の場所を確認する。
「ナゴールナヤ通りなら中央路をこのまま進んで二度目の十字路を右に入ったところだ、白いあひる亭はしばらくそのまま行けば右手に見えるはずだ」
「ありがとよ、それじゃイリーナ行こうか」
「あ、はい」
衛兵にぺこりと頭を下げると俺の後に続く。
街の中に入ると今まで見たことも無い人の数に圧倒される。
そして、そんなわけも無いのに誰もが自分の頭を、そこにある角を見ている気がする。
ぎゅっとフードを押さえ、ブラトの背中に隠れるように歩く。
と、頭の上に手が乗せられたと思ったら、フードの上から乱暴に撫でられる。
「そんな縮こまってる必要はない、それにあんまりそうしてると返って目立つってもんだ」
イリーナが顔を上げると、そこにはいたずらっぽく笑いかけるブラトの顔があった。
たったそれだけのことで肩の力が抜けていく、ありがたい気持ちで一杯になるが何故か素直にそれを言うことが出来ずに、邪険に頭を撫でる手を払う。
「大丈夫です。ちょっと人が多すぎてびっくりしていただけです!」
「そうか、そういう事にしておくか」
「そういう事じゃなくてそうなんです!」
「はははっ、わかったわかった」
さっきまでとはうって変わって軽い気分で道を進む、そしてやがて目的の白いあひる亭が見えてくる、考えてみれば宿に泊まるなどというのも生まれて初めてだ。
「さて、部屋がまだ空いてるといいがな」
これが生まれて初めて大きな街を見た日の話。
久しぶりに文章を書いてる所為か、文体がまとまらない感じが
それとちょっと説明的な文が多いですかね?
どこまで世界を理解できるようにするべきか悩み所で