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傭兵と少女  作者: Brandish
14/15

最終話 旅の終わり

「さて、落ち着いたところでコイツをどうにかしないとな」

 倒れている黒狼の死体を指して言う。

「こんなところで解体したりしたら他の動物が寄ってくるのでは?」

「いや、それは大丈夫だ。魔獣の血の臭いは他の野生生物を遠ざける。手負いの魔獣が居るかもしれない場所なんかに来たがる奴なんて居ないって事だ」

「なるほど」

「なんにせよ、洞穴まで運んでいくか。イリーナも手伝ってくれ」

「はい」




「よし、俺はこいつの皮を剥いでるから。イリーナは野営の準備をしていてくれ」

「わかりました」

 洞穴の中に入っていくイリーナを横目に俺も黒狼の解体作業に着手する。といっても山でこれ以上荷物も増やしたくないので今夜食べる分の肉を切り分けてイリーナに渡すと、後は皮を剥ぎ、魔力核を取り出すだけだ。

 これを手土産にすればイリーナも落ち着く先で軽く扱われることもなくなるだろう。


 血抜きの終った黒狼の肉と皮の間にナイフを差し込み皮を剥ぎ取っていく。それが終った後は心臓の傍にあるという魔力核を取り出す。こっちの作業は初めてだが聞いていた通りの場所にあり難なく終る。

 最後に残った肉や内臓は穴を掘って埋めた。


「夕食の準備が出来ました」

 こちらの作業が一段落したところでイリーナから声が掛かる。


 洞穴の中に入ると焚き火の跡がそこらかしこに見受けられる。確かにここは良く利用されているようだ。

 イリーナから白パンに豆とタマネギそして今しがた倒した黒狼の肉の入ったスープを受け取る。


 さて、頂こうかとしたときにイリーナが手をかばうようにしているのが目に入る。

「イリーナ、ちょっと手を見せてみろ」

「なんでもないです。大丈夫です」

 そんな言葉が出る時点でどうにかなっているというが丸判りだ。


「くじいてるなこれは、黒狼に短剣を刺した時か?」

「はい……」

 難敵を倒して気分が高揚していたとはいえ、いままで気がつかなかった自分が情けなくなる。

 俺は一旦洞穴の外に出ると、草木の上に僅かに積もっていた雪を集めて戻って来る。


「とりあえずこれで冷やせ」

 そう言ってから俺は背嚢の中から旅の常備薬である打ち身や捻挫に効く軟膏を取り出し、イリーナの脹れた手首に塗りつける。その後はできるだけ清潔な布を巻きつけ、あとは冷やして脹れが収まるのを待つしかない。


「すいません、お手数をおかけします」

「何を謝ることがあるんだ。お前がそこまでしてくれたからこそ黒狼を倒せたってもんだ。中途半端な攻撃じゃ恐らく通用しなかったはずだ」

 する必要も無い恐縮するイリーナに言う。それは名誉の負傷であって誇るべきものだと。


「しかしその手じゃ食べにくいだろう。食わせてやるぞ」

 そう言ってスープを掬ってイリーナの口元に運んでやるが。

「だだだ、大丈夫です。1人で食べられます!」

 と頑なに拒絶されてしまった。傭兵団では腕を怪我をしたような奴には他の奴が食べさせてやるのが普通だったのだが。そのへんは風習が違うのだろうか。


「無理はするなよ」

「……はい」

 断っておきながらなぜか恨めしそうな視線をよこすイリーナを気にしつつ自分の食事を進める。


「意外と狼の肉も美味いな。残りを埋めたのが少々もったいないくらいだ」

「そうですね」

 思わぬご馳走に舌鼓を打ちつつ食事を終える。


「それじゃ入り口の火を絶やさないようにして寝よう。先に俺が見張りに立つから寝ておけ」

「わたしが……。わかりました」

 イリーナが何か言いかけるが、おとなしく毛布を体にひっかけると眠る姿勢になる。




 ぱちぱちと焚き火の中の枝がはぜる音だけが響く。

 辺りに獣に気配は無い、やはり黒狼の血の臭いがある種の結界のような役割を果たしているのだろうか。


「ブラトさん」

「なんだ、眠れないのか?」

 毛布をかぶったままのイリーナが声をかけてくる。


「もうすぐこの旅も終わりなんですね」

「そうだな、多分明日か、明後日には姉さんの言ってた村に着くだろう。イリーナに出会ってから大体20日くらいか、短いようだが色々あったなぁ」

「…・・・ブラトさんはこれからどうするんですか?」

 なんだか微妙に会話が噛み合っていない気がする。


「どうといわれても、変わらぬ傭兵家業ってやつだ」

「そうですか」


 それきりイリーナは寝てしまったのか。静かになった。







「それじゃあ今日は降りだが、登り以上に足元に気をつけろよ」

 山は降るのは楽だと思われがちだが、慎重に進まないと登り以上に足をとられて転倒する危険性があり、結果として登るのと大して変わらない時間が掛かる場合が多い。

「はい」

 昨日の戦いの場から回収した杖を突いてイリーナが答える。

 俺は色々ガタの来てしまった盾を諦めて、代わりに黒狼の毛皮を背負う。

 毛皮を背負っていると濃密な獣臭がするが、しばらくするとそれにも慣れてしまった。




 2人で慎重に山を降りていく、ここまで来て怪我をするなんて馬鹿らしい限りだ。

 しかしイリーナが今日は妙に口数が少ない、昨日の戦いの衝撃から立ち直れて居ないのだろうか。


「腕は大丈夫か?」

「はい、腫れも殆ど引きましたし、痛みもありません」

 それきり会話らしい会話も無く、休止を挟みつつ山を降りていく。







 そんな状態でもやがて山の麓まで降りてくることが出来た。

 既に日は大分傾いている。目の前には森が広がっていて村がどこにあるのか見通すことはできない。

 今日はここらに泊まって村は明日探すかと思ったとき、周囲に人の気配を感じる。


「イリーナ!」

 イリーナを背にかばい剣を抜く。イリーナも短剣を抜いて俺と背を合わせる様にする。

 具体的な人数は判らないが既に囲まれているようだ。

 突破すべきどうか、と考えていると。


「驚かせてしまってすまない」

 前方の木の陰から1人の男が姿を現す。するとそれが合図の様に他に5人ほどの男女も出てくる。全員武装しているようだ。

 俺が警戒を解かずにいると。


「森に狩りに出ていた者から魔獣の臭いがするという報告があってね。それで様子を見に来たのだが、どうやら君の背負った毛皮を勘違いしたようだ」

 その言葉に嘘はなさそうに見える。


「ところでこんなところに何の用だい? 行商人や狩人という風にも見えないが」

 俺がなんて答えたものかと考えていると。


「私たちは南から国境を越えてチェカリンという村に向かってきました」

 そう言ってローブを下ろしてスカーフも取り外して角を男達に晒す。


「それは……」

 イリーナの姿を見て隊長格の男が僅かに驚く。


「はい、最近角が生えて来て、生まれた村を追い出されました。それでその、北の国に行けば魔族でも受け入れてもらえると聞いてやって来ました」

「……事情はわかったが、どうして私たちの村を知っていたのだ?」


 どうやらチェカリン村の連中だったらしい、ということは村はもうすぐだったのか。


「ああ、村の住人の、といっても傭兵で各地をほっつき歩いているようだが、オリガって人の紹介だ」

 そういって、イリーナに目で合図すると彼女は急いで懐から借り受けた指輪を取り出して隊長格の男に見せる。


「これは確かにオリガさんのだ。旦那さんから初めてもらったものだと何度も自慢されたから間違いない」

 

 そんな自慢をしていたのか……


「簡単に倒したり物を盗めるような相手じゃないし、オリガさんの紹介と言うのは間違いないな。それじゃあここでずっと立ち話もなんだし付いてきてくれ」

「村は近くなのか?」

「ああ、四半刻(約30分)もすれば着く」

 俺たちはそう言って先導するように進む男に付いて行った。







「ここがチェカリン村だ」

 男の言う通り四半刻も歩くと森を抜けて村にたどり着いた。

 ざっと見て100戸ほどだろうか、村としては結構な規模だ。


「あそこの家がオリガさんと旦那さんの家だ。事情は先には行かせた奴に知らせてもらってあるからとりあえずそこに行ってくれ。俺は村長に話をしてくる」

 男が指差す先には2人で住むにしてはやや大きめに見える家があった。


「わかった」

「ありがとうございます」


「後で顔を出すから待っててくれ」

 男はそういい残すと村の中に走り去っていった。


「さて、ついにオリガ姉さんの旦那さんを拝めるのか」

 いつもならここで何かしら答えそうなイリーナだが今日はおとなしい。俺は軽く肩をすくめるとオリガ姉さんの家に向かった。




「ああ、話は聞いてますよ。ささ、入ってください」

 俺が扉をたたくと、すぐに扉が開けられて、こちらが名乗る前からそんな風に招き入れられる。


「それではお邪魔します」

「お邪魔します」

 旦那さんは細面の優しげな風貌の人だった。


「君たちがおーちゃんの知り合いか」

 おーちゃん……。一瞬理解に時間が掛かったが、オリガ姉さんのことかと思うとつい噴出してしまった。良く見るとイリーナも笑いをこらえている。


「ん? どうしたんです」

「失礼しました。あのオリガ姉さんをおーちゃんなんて呼ぶ人が居るとは思わなかったので」

「そうなのか、可愛い人なんだけどなぁ」

 どうやら姉さんは家庭では違った顔を見せていたようだ。


「改めて初めまして。オリガの夫でヴァシリーと言います」

「俺はブラトです」

「私はイリーナと申します」

「簡単には話を聞いていますが、詳しく話してもらえますか?」

「はい、それでは……」

 イリーナが村を出たことから、今までを話し出す。







「なるほどね、そういう事情だったのか。良く頑張ったね」

 事情を話し終えたイリーナを優しくねぎらうヴァシリーさん。

「ブラト君も大変だったね。よく黒狼を倒せたものだ」

「イリーナの協力があったからこそです」


 とそこまで話したところで玄関の扉を叩く音がした。

「ゲラーシムです。客人に伝えることがあって来ました」

「どうぞお入りください」

 そう名乗って入ってきたのは先ほどの隊長格の男だった。


「村長に伺ったところ、詳しい話は明日聞くので今日はヴァシリーさんの所に泊めて貰ってくれという話でした。でも、もし寝床が確保できないなら村長の家に来ても良いとのことです」

 ゲラーシムさんの言葉に俺はヴァシリーさんの顔を見る。


「それなら大丈夫ですよ。お二人くらい泊める場所はありますよ」

「お世話になります」

 頭を下げる。


「それなら一安心ですね。ではその旨を村長に伝えておきます。それでは」

 そう言ってゲラーシムさんは去っていった。


「とは言ったものの、寝所の用意をしないといけませんね。私は夕食を作りますので場所を教えますからご自分たちでお願いできますか?」

「もちろんです」




 夕食はこの辺りの特産だというジャガイモをふんだんに使った料理で非常に美味しかった。

 どうやらオリガ姉さんが戻ってきてる時もヴァシリーさんが料理をしているらしい。

 そういえば姉さんが料理をしている姿なんて団に居た時から見たことが無いなと思った。




 客間にはベッドがひとつしかないので俺はヴァシリーさんの隣のベッド、つまり姉さんの普段使っている場所を借りて眠ることになった。

「朝になったら村長さんの家まで案内しますね。それではおやすみなさい」

「おやすみ、イリーナ」

「おやすみなさい」


 ぺこりと頭を下げたイリーナが客間に消えていく。

「それでは我々も寝ましょうか」

「そうですね」

 連れ立って夫婦の寝室へ行くと各々ベッドに入る。



 すっかり夜もふけた家の外からはリーリーという虫の鳴き声がしている。

「ところでブラトさんはこれからどうなさるのですか?」

 つい昨日も聞かれたような質問をされる。

「傭兵家業を続けるつもりですが」

「イリーナちゃんは多分ここに残ってほしいと思ってるんじゃないでしょうか」


 それはなんとなく感じてはいたが、あえて無視していたことだ。

「俺には剣を振るうことくらいしか出来ませんから」

 だからそう答えるしかなかった。


「そうですか、ではこれ以上言うのは止めて置きます。ただ、お2人が最善の選択をされるのを願うばかりです」


 最善の選択とはなんだろうか、眠りに落ちるまで俺はずっとそのことを考えていた……。







「あんたらがオリガの知り合いかい」

 翌朝案内された村長宅で待っていたのは、年の頃は30をいくつか超えたくらいに見える、豹の様なしなやかさと艶かしさを感じさせる女性だった。

 ただし、赤く肉食獣のように輝く目とコウモリのような黒々とした翼、そして皮のムチのような尻尾が常人とは違っていたが。

 大胆なスリットの入ったスカートを穿き、足を組んで椅子に座っているので、見えてはいけない場所が見えそうになる。


「はい、傭兵団でお世話になってました」

「私はこの旅の道中で一度お会いしただけですが」

 俺はさりげなく視線をそらせつつ答えが、イリーナは気にした風もない。


「それで私たちのことなんですが……」

「ああ、それなら聞いてるから言わなくていいよ」

 続けてイリーナが事情を説明しようとするとそういって制止される。


「朝早くに呼び出されて私が説明させられました」

 と、一緒に来てくれたヴァシリーさんが苦笑して種明かしをする。


「まぁ、ぶっちゃけ今までどうだったかなんて本当はどうでもいいんだよ。お前さんはこれからどうしたいんだ?」


「私は……、受け入れられるならここに住みたいと思っています。畑仕事なら一通りできます」

 うつむき加減に答えるイリーナ。


「あんたは?」

 どうもここの所同じことばかり聞かれている気がする。


「見ての通りの傭兵を続けますよ」

 そして答もいつも同じだ。


「そうかい。イリーナの件はわかった。黒狼の毛皮と魔力核はちょっとしたお宝だよ。あれをもらった以上家と畑はなんとかするから安心おし」

 多分手土産なんて無くても、この人はなんとかしてくれただろうなと内心思う。


「とは言っても流石に家は直ぐには建たないからね、それまではウチに泊まりな。ずっとヴァシリーのとこって訳にもいかないし」

「私は別に良いんですけどね」

「村長の面子ってモンがあるんだよ。貰うだけ貰って世話はしないなんてな」

 そう言うと思ってましたよと言いたげに笑うヴァリシーさん。


「それじゃあ話は終わりだね」

 そう言って村長は話を終らせると、人を呼んで早速家や畑の手配をする。


「部屋は2階の客間をつかっておくれ。狭いが一応個室だよ」

「それではこちらです」

 そう言って傍に控えていた女性使用人――この人も魔族のようだ、に案内される。


「良かったな」

「はい」

 どうにもイリーナが素っ気無いままだ。このまま別れるのもなんだか物寂しいが、世の中そんなものなのかもしれないと思うことにした。







 夜になった。食事を終えて借り受けた自室に戻ると出立の準備を始める。

 どうやらこの国で傭兵の需要は少ないらしい。

 戦争も無く、戦闘力の高い魔族が多く居るため魔獣の駆除なども外部に依頼するまでも無く片付けてしまうとの事だった。

 南に戻るべきか、それとも山は避けて遠くなるが西の国へ向かうべきか……。


 と、今後のことを考えていると扉を叩く音がする。

「イリーナです。入ってもいいでしょうか?」

「イリーナに閉ざす扉は無いよ、どうぞ」


 部屋に入ってきたイリーナは、俺が旅の準備をしていることに気が付くと悲しそうな顔をする。

「いつ、ここを出るつもりなんでしょうか?」

「明日足りないものを譲ってもらったりして準備して、明後日かなぁ」

 そう答えると、何かに耐えるようにぐっとうつむく。




 どのくらいそうしていただろうか、やがてイリーナは決意に満ちた目で顔を上げる。

 そして、俺に飛び掛るようにして抱きついてきた。


「好きですブラトさん。どこにも行かないで一緒にいてください……」

 鎧越しでない彼女の体はどこまでも柔らかく、そして暖かかった。

 俺は彼女を妹のように思っていた、いや思い込もうとしていた。

 しかし旅の間に俺は彼女に惹かれていったがそのことから目をそむけていたのだ。

 ……彼女は何時の時か家族が欲しいと言った。その時俺もそう思ったのだ。


『お兄ちゃん、女の子を泣かせちゃダメだよ』

 もう面影しか覚えていない妹がそんな事を言った気がする。

 俺はまた、大切なものを手放すところだったようだ。


「イリーナ」

「は、はい」

 涙を流すイリーナを改めて愛しいと思う。


「こんな剣を振るしか能が無い男だが家族になってくれるか?」

「はい!」

 喜びに輝くイリーナに口付けをする。







 家族を失った2人は、北の地でお互いを家族としてその旅を終えた。


これにて傭兵と少女は完結です。

今までお付き合いくださいありがとうございました。

評価や感想、ご意見などあれば是非お願いします。


このあと蛇足かもしれませんが後日話を一回投稿したいと思ってます。

RPGとかでクリア後の話とかが好きなので、どうしても書きたい。

その後は序盤のおかしい点を改稿する予定です。

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