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傭兵と少女  作者: Brandish
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第十三話 山越え

 翌日、全ての準備を整え国境である北門へ向かう。

 町に入る時に通った南門とは違い、北門締め切られていて通行する人間が通るときだけ開くようになっているようだ。

 また城壁も格段に高く厚くなっている、明らかに北からの侵攻に備えるといった風に見える。


「おはよう旅人さん。北へ行くのかい?」

 門に近づくと兵士に声をかけられる。

 どうやら北門の責任者はかなり年季の入った兵士のようだ、俺とイリーナを足したよりも大分歳が上だろう。

「ええ、この子の護衛でね」

「北の国に私の遠縁が住んでいると言うので訪ねにいきます」


 兵士は右手を顎に当てると少し考える。

「それはなんという場所か判るかね?」

「はい、チェカリンという村です」

 兵士の質問にもよどみなく答えるイリーナ。


「ふむ、確かに山の向こうにはそういう村があるな――。いいだろう、こちらの通用門を通りなさい」

 どうやら大扉は開けずにその横の通用門を通って出入りするようだ。

 通用門といっても長さが10リート(約10メートル)近くある通路で、しかも通る最中に頭の上のそこらかしこに湯や溶かした鉛を落とすための穴や、鉄格子の足が見えて冷や冷やする。これがどんなものか知らないイリーナは平気な顔だが。


「それじゃ気をつけなさい。ああそうだ。この先は街道というほどのものは無いが行商人などが通る獣道ならあるそうだ。それを見失わないように進みなさい。それと順調に進めば日が落ちる前に左手に洞穴が見えてくるのでそこを宿とするのが良いだろう」

 見送りなのか監視なのかわからないが着いて来た兵士がそんな言葉で俺たちを送る。意外な情報をありがたく頂戴する。

「貴重な情報をありがとうございます。それにしても何事も無く山を越えたいものですよ」

「ありがとうございます。それではいってきます」




 兵士に別れを告げて門を出て進むと目の前に山が迫って見え、急に寒くなったような錯覚を覚える。

「それじゃさっきの兵士の言った通りに進むとしよう」

「わかりました」

 昨日もらった杖を地面に突いて答えるイリーナ。俺も杖を突くと共に普段なら背負っている円盾を下ろして左手に構える。魔獣対策としては心もとないが何もしないよりはましだろう。




 目の前に見えた山だが、実際に登りになったと感じるまでには一刻(約2時間)ほどもかかった。

「さて、ここからが本番だな。あせらずじっくり進もう」

「はい」


 小休止を挟みつつ獣道を辿って山を登っていく。下草がそれほど長くないのでさほど歩きにくくないのがあり難い。

 昼頃に大休止をとり、ついでに軽く食べるものを腹に入れる。


「日が落ちるまであと三刻(約6時間)というところか、なんとか兵士の行っていた洞穴まではたどり着きたいな」

「私はもう少し早く歩けます」

 大休止中に呟いた言葉にイリーナが反応するが俺は頭を振る。

「歩けるぎりぎりの早さで進んだらこんな山道では怪我の元だ、れるかも知れないが慎重に進んだほうが良い」

「……わかりました」

 不承不承という感じではあるが納得してくれたようだ。

 すこしふてくされたような顔が無性に可愛らしくて、つい笑みが浮かぶ。


「何が可笑しいんですか?」

「いや、なんでもないよ」

「今確かに笑っていました」

「そうかなぁ」

「そうです!」

 そんなやり取りがおかしくて更に笑ってしまう。

「ほら笑ってるじゃないですか」

「すまんすまん」

 ローブをくしゃくしゃにするように頭をなでてごまかす。

「もう、ほんとうにもう」

 さて、怒る彼女をなだめたら、午後の山登りを再開するとするか。







「あれが洞穴じゃないでしょうか?」

 大休止から二刻半(約5時間)経った頃、イリーナが前方を指差して声を上げる。確かに200リート(約200メートル)ほど先に木々に隠れるように洞穴のようなものが見える。

 この木立の間を見通すとは相変わらず良い目をしている。

 と、そのとき空から白いものがひらひらと落ちてきた。


「雪か……」

「通りで寒いと思いました。私の村じゃ雪が降るなんてまだ大分先なのに、ここではもう降るんですね」


 しばらく2人で雪を見つめていたがここでじっとしていても仕方ない。

「さあ、さっさと洞穴まで行ってしまおう」

「はい」


 イリーナを促して進もうとしたとき、右手から猛烈な獣臭と叩きつけるような殺気を感じてとっさに彼女の右横に盾を構えて飛び出す。


「え、何!?」

 いきなりのことに訳が分からなくなっているイリーナ。


 次の瞬間茂みから何かが飛び出してきて、俺の構えた盾にぶち当たる。まるで牛がぶつかったかという衝撃にひっくり返りそうになるが何とか耐える。


「イリーナ! 敵から離れた所で木を背にして武器を構えろ!」

 言いつつ杖を投げ捨てると背嚢を落として腰の剣を抜き放つ。

 3リートほど先に奴は居た。体長2リートを優に超える魔獣――、黒狼コクロウだ。


 名前だけを聞くと単なる狼に聞こえるかもしれないがれっきとした魔獣だ。俺は昔聞いた黒狼の特徴を必死で思い出す。

 奴らは群れを作らず家族単位で行動するが、巣立ちした雄は雌を見つけるまで単独で行動する。雄は大きいもので3リートまで成長するというからこいつはまだ若い個体だろう。最近家族から抜けた奴なのかもしれない。

 魔法を使ったりはしないが魔獣の名の通り魔力を有する核を持ち、それにより身体能力の強化や毛皮の硬化を本能的に行っている厄介な敵だ。

 正直言って俺1人じゃ厳しい相手と言わざるを得ない。


 ちらりとイリーナに目をやると俺の言った通り木を背にして短剣を構えている。

 と、俺が視線を外したのに気がついたのか、黒狼が体を素早く沈めると再び飛び掛ってくる。

 再びなんとか盾で防ぐ、跳ね飛ばされそうになりながらも剣を振るうが体勢の崩れた攻撃はやすやすとかわされてまた距離を取られる。

 

 その後も2度、3度と攻撃を防ぐが、こちらの攻撃もかすりもしない。

 距離を詰めるにも相手のほうがよほど素早い。攻めあぐねていると黒狼が再び飛び掛ってくる。

 先ほどまでと同じように盾で防ごうとするがどうも少し様子が違う。

 奴の目的に気がついたときには盾に両前足を掛けられていた。慌てて振りほどこうとするが、力任せに盾を引き剥がされる。

 握りを掴んでいるだけで、腕に固定していない盾は魔獣の力に負けて簡単に奪われてしまった。

 想像以上に知恵の回る動きに戦慄しながら剣を両手で構えなおす。もう盾で防ぐことは出来なくなった。

 こうなったら――。


「いやああぁ!」

 打って出るしかない。

 脇構えから横薙ぎに一閃――、かわされる。

 返す刀の攻撃もこちらをあざ笑うかのようによけられる。


「くそっ!」

 更に技巧の限りを尽くして攻撃するが黒狼は巨体に似合わぬ動きで剣をかわす。2度ほど体に触れる事に成功するが僅かに毛を散らすだけで終った。


 そして、連続攻撃で腕に疲労が溜まったのか、振り下ろした剣の勢いを殺しきれずに、ガンッっと音を立てて地面を叩いてしまう。

「しまった」


 その隙を見逃さずに黒狼が飛び掛ってくる。最早剣を持ち上げて防ぐ余裕は無い。

 とっさに剣を捨てて俺の喉笛を噛み千切ろうとする黒狼の頭を両手で押さえるが、そのまま地面に押し倒されてしまう。

 こうなったらもう時間の問題だ。


「逃げろイリーナ!」

 万感の思いを込めて叫ぶ。

 せめてイリーナだけでも逃げ延びてくれ……。








「逃げろイリーナ!」

 狼と戦っていたブラトさんが押し倒されて、私に逃げろと叫びました。

 

 逃げる? 誰が? 私が? ブラトさんを見捨てて?


 頭の中が一旦真っ白になり、そしてブラトさんと旅をした20日間の出来事が次々と思い出されます。

 助ける必要も無い私を助けてくれたブラトさん。

 いろいろなことを教えてくれたブラトさん。

 そしてここまで守り通してくれたブラトさん。

 

 そんな親切にしてくれた人を見捨てていいものだろうか……。

 いや、そうじゃない、私が見捨てられないのはそんな理由じゃない。


 私はブラトさんが好きなんだ。

 優しく、強く、ときどき私をからかうブラトさんが。


 私はブラトさんを助ける。それは恩返しとかじゃないこれからもブラトさんと一緒にいたいという自分のわがままで。


 ブラトさんを助けるために今まで教わったことを思い出します。

 体に両手をつけて短剣構えて、相手の向こうまで走りぬける勢いで捨て身で体ごとぶつかる!







 眼前に巨大な口が迫る。姿を見る余裕も無いがイリーナは無事逃げただろうか。

 最早これまでと観念した時。


「いやああああああああ!」


 甲高い声がしたと思ったらその声が黒狼に重なった。


「ギュイン」


 次の瞬間に黒狼が悲鳴を上げたと思ったら俺の手を振り払い後ろに下がる。その横腹にはイリーナに渡した短剣が深々と突き刺さっていた。

 その少し離れた所に自分の手を呆然見つめるイリーナの姿がある。

 馬鹿野郎が!


 そう毒づきながらも状況を冷静に判断する。

 短剣を突きたてられたものの黒狼は致命傷には到底及んでいないだろう。

 しかし、今まで無視していたイリーナを脅威とみなしてどちらに襲い掛かるか逡巡しているようだ。

 今しかない、落とした剣を素早く拾い上げると突きの構えを取り、地を這うようにして黒狼に駆け寄る。

 黒狼も俺の動きを見て目標を俺に定めたようだ、間に合うか。

 後ろに飛んでかわそうとすればそのまま串刺しになるのを理解したのか、黒狼はその場で腕を振り上げてその爪で俺を切り裂こうとする。


 魔力で強化され、板金鎧すら切り裂く爪が俺の頬を撫でる。

 俺は一段と体を沈めると、両手を突き出す。




「――――――――!!」

 喉を貫かれた黒狼が声無き叫びを上げる。

 更に容赦なく剣を捻り上げて傷口を広げる。黒狼は一度体をびくんと震わすと再び振り上げようとしていた腕をだらりと力なく下ろした。

 そして剣を引き抜くと地面に音をたてて倒れ伏す。

 僅かに痙攣した後、黒狼は動かなくなる。


 俺は黒狼の周りに血溜まりが広がっていく様子をただただ見つめていた。


「ブラトさんっ!」

 どれほど経ったのか、飛びつかんばかりにしてくるイリーナを無意識に抱きとめる。


「勝った……、のか?」

「そうです勝ちました。私たち勝ったんです!」

「イリーナのお陰だな」

「違いますブラトさんのお陰……、ううん。2人の力で勝ったんです」

「そうか、2人の力か」

「そうです」

 抱きしめる腕に力を込めるとイリーナも抱きしめ返してくる。







 いつの間にか雪は降り止んでいた。

少しは緊迫した戦闘シーンとして書けてたでしょうかね?

次回が最終話になります。

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