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傭兵と少女  作者: Brandish
12/15

第十二話 国境の町

次回の山登りが最後の山場になります、山だけにな!




スイマセンスイマセン

 農村を発って数日後、俺たちの目の前にとうとうと流れる大河が姿を現した。

 中央山脈から発して東の海へと注ぐレナ川だ。

 もっとも川幅が広いところでは2リロト(約2キロメートル)に達すると言われている。

 この渡し場所では1リロトといったところだろうか。


「海とは違いますが、この川も大きいですね」

「一応この国で一番でかい川らしいからな」

「ところで橋が無いようですけど……」

 川を見渡したイリーナが不審そうに言う。


「ああ、この川には橋が無い。何箇所かある渡し場所で船で渡るんだ」

「川が大きすぎて橋がかけられないんでしょうか?」

「そういう訳じゃなくてだな。北の国の魔族の侵攻があった場合に備えてという事らしい」

「そうなんですか……」

「この国が出来てから一度も攻められたことなんて無いらしいがな」

 見えない敵に怯えすぎだと思うが、実際この国はそういう方針だ。


「あ、船が出ます! あれがそうですよね」

 暗くなりかけた雰囲気を振り払うようにして、今まさに岸を離れていく船を指差してイリーナが声を上げる。


「ああ、結構大きいだろう?」

「はい。あ、馬車とかもそのまま乗せているんですね」

「そうだ、橋が無いってことは何でもあの船で運ぶって事だからな」

 そういいながら俺も船を眺める。人間だけなら50人以上は乗れそうな大きさだ。


「今行ってしまいましたが次は何時いつ頃になるんでしょうか?」

「ここはどういう仕組みなのかなぁ。前に別の川で使った時は渡し舟は2隻あって、どっちかの岸で満員になると両方とも動き出すって感じだった。ただし日没前には人数に関係なく最終便が出てたな」

「なるほど」

「まぁ、ここはどうなのかな。とりあえず船着場に行ってみよう」

「はい」




 船着場には傍にラバを繋ぎ止めた中年の行商風の男が、ひとり腰を下ろしてパイプでタバコをくゆらせていた。


「お二人さんも乗り遅れたかい」

 行商人はこちらに気付くと声をかけてきた。


「ここは初めてでね、時間毎の運行なのか?」

「おやそうだったのか。そうさ、ここは1隻の渡し舟が半刻(約1時間)ごとに行ったり来たりさ。つまり次の船は一刻(約2時間)後だよ」

「色々教えてくれてありがとよ」

「いいって事さ。懐に余裕があるならそこの茶屋にでも行きな」

 行商人がそう言って顎でしゃくって指した先には小さな小屋が建っていた。


「そうだな、小腹も空いたしそうするか。行こうイリーナ」

「はい。ご親切にありがとうございました」

 行商人は丁寧に礼を言うイリーナに一瞬目を丸くするが、直ぐに破顔する。

「兄ちゃんには勿体無い良い女だな。大事にしろよ」

 そしてそんな言葉を投げてきた。




「いらっしゃいませー。お2人様ですね、こちらへどうぞ」

 茶屋の中に入ると小柄で元気一杯という感じの少女が席へ案内する。

 といっても4人がけのテーブルが4脚あるだけのこじんまりとした店だが。


「冷えた茶と何か軽く食べられるものを2人分頼む」

「はい、しばらくお待ちください」


 どうやらこの店はあの少女が1人で切り盛りしているようで、注文を受けると自ら厨房へ入っていった。


 やがて木製のカップになみなみと注がれた冷茶に黒パン、そして豚肉が盛り付けられたキャベツの漬物が運ばれてきた。

「ごゆっくりどうぞ」


 パンを焼く設備が無く、どこかでまとめて焼いて保存してるのか、黒パンがかなり硬かったが、漬物は豚肉も併せてかなり美味い。


「ブラトさん」

「なんだ?」

 茶で黒パンを喉に流し込みつつ食べているとイリーナが声をかけてきた。


「国境の町まであとどのくらいなんでしょうか?」

「うーん……」

 このあたりまでくると流石にどのくらいと言えるほどの知識が無い


「おーい、茶屋の姉ちゃん!」

 そんなときは知ってる人間に聞くのが一番だ。


「はーい。なんでしょうか?」

 奥に引っ込んでいた少女が小走りにやってくる。

「呼びつけてすまないが、北の国境の町まであとどのくらいか教えてくれないか?」

「北の町ですね。そうですね……。川を越えたら朝から歩けば日が落ちる前にはたどり着くというくらいでしょうか」

 意外と近くまで来ていたようだ。


「川向こうには泊まれるような所があるのか?」

「はい、向こうにもここの同じような茶屋があるのですが、そこの横にある大きめの建物に寝泊りすることは出来ます。中は間仕切りも無いですし、食事も出ませんが」


 要は雑魚寝ができるだけの大部屋がひとつだけあるということらしい。それほど泊まる人間も居ない上に、茶屋は近隣の農村からの通いの女が日の出てる間だけやっているからとの事だった。


「なるほどな、しかし風雨がしのげるだけでもましってもんだ」

「そうですね」







「お客さん。もう少しで次の船がでますよ」

 食事も終えしばらくのんびりとしていた所に、茶屋の少女から声をかけられる。

「おっと、もうそんな時間か、お代は幾らだ?」

「お2人で小銀貨6枚になります」

 俺が財布を出そうとした横で、さっとイリーナが代金を少女に差し出す。


「えへへ、たまには私が払います!」

「ごちそうさん」

 言いながらいたずらが成功したという表情をしたイリーナの頭を軽く小突く。




「よう、来たな」

 船着場に行くと先ほどの行商の他に、船頭と客が10人程既に渡し舟に乗っていた。


「渡し賃は1人小銀貨2枚だぜ」

 恰幅の良い船頭が声をかけてくる。

 俺たちが料金を支払って乗り込むとそのあとは時間まで渡し客は乗ってこなかった。




「それじゃ出すぜ」

 船頭がそういって竿で岸をぐっと押すと舟が川へと滑り出た。

 水面は穏やかでちょっとした船旅気分にひたる。


「なんだか眠くなりますね」

 僅かに揺れる船は確かにその通りだ。波があるような日はこうは行かないのだろうが。

「寝ててもいいぞ」

「いえ、折角だから風景を楽しみます!」

 そういうとイリーナは対岸に着くまで飽きることなく周りを見続けていた。




「それじゃなお2人さん」

「あれ、商人さんはここに泊まられないのですか?」

「日暮れまではもうちょいあるからいける所まで行くさ。商売は時間が勝負だからな」

 対岸の茶屋に入ろうとする俺たちにそう挨拶すると行商人は去っていった。

 良く見ると泊まりを選んだのは俺たちの他に3人だけのようだ。あとはこのまま北の町を目指したり、道を外れて自分の村へと帰るなりしている。


「まぁ、俺たちはここでゆっくりして明日町を目指そう」

「わかりました」

 そう言って茶屋に入ると代金を払って寝床を使わせもらうことにした。







 翌朝早くに目を覚まし、かまどを借りて朝食を取ると俺たちは北の国境へと向けて歩き始めた。


「今日でやっと着くんですね」

「その後がまだ大変だ、山越えが待ってるからな」

「山ですか……登るのは初めてです」

「上るといっても山頂まで行くわけじゃなくて峠道を通るんだがな。だが、そのためには町で少々買い込まないとだめだな」

「そうなんですか?」

「ああ、この辺りまで来ると夜は唯でさえ冷えるのが、山を登るともっと寒くなるから防寒着や毛布の追加が必要だな」

「太陽が近くなるのに上ると寒くなるなんて不思議ですね」

「その辺の理屈は俺にもわからんがな。オリガ姉さんが言うには山で一晩と泊まる必要があるらしいが、泊まるような施設は無いから野宿だ」

「確かに今より寒くて野宿は辛そうです」

 それに魔獣が出る心配もあるしな、と俺は内心だけで呟く。


「まぁ、今日の所は北の町に泊まれるだろうから、がんばって歩こう」

「はい!」







「あれが北の国境の町ですか……」


 19日目にしてついに、日が落ちるにはまだ少し時間があるという時間に北の町にたどり着く。門の前に兵士が2人、その上の見張り台にも2人立っていて、流石にその辺の町よりは警備も厳しいようだ。


「なんだか町っぽくないですね」

「そうだな、それに規模も小さいな。あれだと1000人いるかどうかってところか」

 確かに町というより砦と言う感じがする。あまり北の国と交流が無い上に、どちらかというと防衛目的の町なのだろう。




「そこで止まれ。女はローブを取って顔を見せろ」

 門の前まで行くと、居丈高いたけだかな声で止められる。幸いスカーフまで取るように言われなかったのでイリーナは素直にその言葉に従った。


「何の用で来た?」

「北の国にちょっと用がありましてね」

「具体的に言え」

 こいつは来る人間全てにこんな疲れる応対をしているんだろうか。さてなんて答えたものだろうと考えているとイリーナが自ら話し出した。


「あの……、両親が亡くなったので母の縁者が北の国に居るとやって来ました。この方は道中の護衛を引き受けてくださった方です」

 少し震えてそう言うとうつむくイリーナ。


「あー、そうか。それは大変だったな。もう入っていいぞ」

 そんな彼女をみて少し居心地を悪そうにする兵士。

「ありがとうございます。お仕事頑張ってくださいね」

 顔をあげてにっこり笑って答えると兵士は少し顔を赤らめてそらす。イリーナがこれを計算でなくやっているとしたらちょっと怖くなる。いや、計算でやってても怖いが。

 なんにせよお咎め無く通れたのでよしとしよう。




「最初は少し怖かったけど、話したら良い人でしたね」

「うん、まあそうだな」

 少し歯切れが悪くなるのは許して欲しい。


「この時間ならまだお買い物ができますね」

「そうだな、さっさと宿を取って買出しに行こう」

「はい」




 それから北壁亭という宿に部屋を取ると再び町へと出て衣料品を取り扱っているという店へ向かう。


「らっしゃい」

 出迎えたのは熊のような逞しい親父だった。口ひげ、顎ひげを生やして身長は2リート(約2メートル)はあろうかという大男だ。


「これから北の山を越えるのですが、毛布を買い足すほかにどのようなものを買ったらよろしいのでしょうか?」

 物怖じせずに問いかけるイリーナを見てたくましくなったと感心する。


「そうだな、そんなうすっぺらいマントじゃなくて毛皮で裏打ちした奴が必要だな。あとは毛糸の長靴下なんかも良い。チュニックとズボンは中々良いやつを着てるから、まぁそれで大丈夫だろう」

 俺たちをじろりと見ると買うべきものを教えてくれる。見た目は置いておいて、流石と言うべきだろう。


 親父の意見を聞きつつ買い揃える、その途中で手袋もあったほうが良いと言う話になったが、俺は武具が滑るので代わりに手に巻きつける布を買い、手袋はイリーナの分だけ買う。


「全部で銀貨105――少しまけて100枚だな」

 流石に毛皮の裏打ちされたマントや目の詰まった長靴下は値が張るが、ここは金を惜しむ場所じゃないのでおとなしく支払う。


「まいど。っとそうだ。ちょっとまちな」

 支払いを終えて店を出ようとしたときに親父が呼び止める。そして店の奥で何事か探していたと思ったら胸ほどまである長さの棒を2本投げてよこす。


「これは?」

「山ん上るなら杖があったほうがいい。そいつは餞別だ」


 なんでそんなものがこの店にあるのかわからないが、確かに言う通りなのでありがたくもらっておく。

「助かる」

「ありがとうございました」

「何、いいってことよ。俺のことを見てもびびんなかった嬢ちゃんは珍しいからな」


 俺たちは再び礼を言うと店を後にする。




「この町も良い人が多いですね」

 人の良さを引き出してるのはお前さんだよと言いたくなる。

「それじゃ後は食料だな、流石に山に登るには荷物になるから保存食だけだが」

「わかりました」

「ああ、せめて白パンでも買っていくか、そのくらい楽しみがあってもいいだろう」

「本当ですか。やった!」

 黒パンの数倍の値段の白パンを普段食べることがないので喜ぶイリーナ、それを見て俺も口元がほころぶ。







 明日からの峠越えの準備は整った。あとは無事に全てが終ることを祈ろう。



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