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傭兵と少女  作者: Brandish
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第十一話 2人の夢

 オリガ姉さんと会った日から3日間は退屈だが順調な旅路だった。

 ただ、一度街道宿に泊まれたものの、そこから先は北の国境までは街道宿がないとの事であった。北の国との交流はほとんどなく、この道はもっぱら農産物を港町に運ぶために使われているからだろうか。

 この先は少しずつではあるが進むごとに寒さが増していくので宿が無いのは正直厳しい。


 そして姉さんと出会って4日目、夕暮れが近づいてきた頃にソイツは居た。

 といっても敵だとかそういうものではなく、体長1リート半(約1.5メートル)以上、体重も100ガート(約100キログラム)以上はありそうな立派なイノシシだ。

 およそ100リート先の草原で土に鼻をつっこんで悠々と何かを掘り出して食べている。

 2人で食べきれるような大きさではないが、折角見つけた獲物を見逃すのも惜しい。

 俺は背嚢から複合弓コンポジット・ボウを取り出すと素早く弦を張り、同じく矢を数本取り出した。


 イリーナにじっとしているように手で合図すると、風下から慎重に忍び寄る。

 30リートまで近寄った所で矢を番え―ー、放った。

 矢はイノシシの背に命中したが急所を外したようで、痛みと驚きで飛び上がったイノシシが周囲を見渡す、そして俺を目が合うと猛烈な勢いで突進を開始する。

 俺は心が粟立つのを落ち着けながら2の矢を放つ。今度も命中するも頭部を外してイノシシの怒りを更に掻き立てただけで終る。

 距離は残り15リート。更に矢を放つか、弓を捨てて剣を抜くか……


 無心になり3本目の矢を番える。イノシシは10リートも無い距離まで接近してきている。最早避けることもかなわない。

 弓を引き絞り――、イノシシの脳天めがけて解き放つ……




 イノシシががくりと前のめりになると横にかわした俺の横を惰性で滑っていく、その頭部には最後の矢が突き刺さっていた。


 振り返るとイリーナが駆け寄ってくるのが見える。


「ぶつかられるかと心配しました」

 その言葉に俺は曖昧に笑ってごまかす。実際危なかった。しばらくイノシシ狩りなんてしていなかった所為か少し相手を甘く見るようになっていたのかもしれない。気を引き締めねば。




 さて、血抜きはしたものの大きすぎて解体も面倒だ、ましてや皮を剥いでなめすなんてしたら一日作業になるだろう。いっそ一部だけ切り取ってしまうかとも考えていた時。


「こりゃ立派なシシだのう」

 通りがかった荷馬車に乗った老農夫が声をかけてきた。


「ご老人はこのあたりの方ですか?」

「ああ、ここからちょいっと行ったところの集落に住んどるモンだ」


 俺は少し考えると

「このイノシシを提供しますので一晩泊めてもらえないですかね?」

「ええんかい?」

「はい、どうせ肉を一部食べたら捨て置こうと思っていましたし」

「ほっほ、剛毅なもんじゃな。そういうことなら大歓迎じゃわい」

「イリーナもいいかい?」

「はい、もちろんです」


 老農夫は荷馬車からひょいと飛び降りると。

「ほれじゃ早速シシを積んで行くかね、お前さんも頼むぞい」

 そう言って俺に一緒に運び上げるように言う。


「よいしょっと」

 老農夫は想像以上に鍛え上げられていて、イノシシを俺と2人で易々と荷馬車に積み込む。下手をすると1人でも大丈夫なんじゃないかというくらいだ。


「ほいじゃ2人ともこいつに乗った乗った」


 俺が御者席の隣に、イリーナが荷台に腰を下ろすと老農夫は馬に命じて集落へと向けて進みだした。


「2人は夫婦めおとかいの?」

 道すがら老農夫に唐突にそんな事を言われてちょっと驚く。そんな風に見る人間が居たとは。

「残念ながら違いますよ。彼女は雇い主で俺はただの護衛ですよ。」

「ほーなのか、お似合いじゃと思ったんだがなぁ」

 まぁ、老人の戯言とおもって聞き流しておくのがいいだろう。

 イリーナもそう思うだろうという思いで振り向くとなにやら不満げな顔をしている。女心というのは良くわからないものだ。






 1リロト(約一キロメートル)ほどで老農夫の住むという集落に到着した。20戸もないくらいの小さな集落だ。


「おおい、皆の集。シシ肉をもろてきたぞぉ」

 集落に入るなり素晴らしい大音量で声を上げる老農夫。

 すると各家からばらばらと人が湧き出してくる。


「おお、ほんに立派なシシじゃのう」

「こげな大物を仕留めるとは大したもんじゃぁ」

「こん2人が狩おったんか?」


 そして村人にわいわいと囲まれる羽目になってしまった。


「ほうじゃ、ほんで2人がこのシシをわしらに振舞ってくれるそうじゃ」

 何故か案内した老農夫が自慢げに言う。するとそれに素直に感心する村人たち。

 なんだかもう、どうにでもしてくれという気分になる。


「ご老人。宿泊の件をお忘れなく」

「わかっとるわかっとる。ナターリヤ!」

 老農夫が黒髪の若い女性を呼びつける。


「なんね? 爺様」

「集落の外れの誰も住まんようなってしまった家があったじゃろ、あれを今晩こん2人が泊まれるようにしちゃくれんか?」

「わかったね」

 ナターリアと呼ばれた女性はそう指示を受けると走り去る。


「ほんでどうすんね?」

「どうするとは?」

「折角のシシ肉だが今日狩ったんじゃ食うには硬かろう」

「ああ、そうですね……」


 狩りで仕留めた獲物は種類によるが、数日程度は解体せずに置いておいた方が食味が良くなるものだ。無論旅の途中で取ったようなものは気にせずその日の内に食べてしまうが。


「お前さんたちがよければシシ肉は置いておいて、こないだ潰した豚を今日は食うってことにしたいが」

 イノシシは提供すると言ったのだからどうしようと村の勝手だ、ならば美味いものを食わせてもらう方が得だろう。


「ええ、それでかまいませんよ」

「ほうこなくっちゃ」

 俺の答を聞くと、老農夫は喜び勇んで村人のほうへと歩いていった。




 それから村長宅――、意外にも例の老農夫が村長だった、へ案内されるとあれよあれよと宴会の用意がされていく。村長宅などといってもこのような小さな集落では他の家と大して変わるわけでもなく、外へもテーブルなどを並べて村民全員が楽しめるようにしていく。


「なんだか大事になっていますね」

「まぁ、イノシシが嬉しいってのもあるだろうけど、それにかこつけて騒ぎたいだけだろうなぁ」

「……それはなんとなくわかります」

 2人とも元は同じような農村の出身だ、娯楽に飢えている気持ちは良くわかる。

 やがて、様々な料理や酒が運び込まれてきて宴が始まった。






「ほうかほうか、北へ行きなさるか」

「はい、まぁいろいろありまして」

「生きてりゃいろいろあるもんさぁ」


 ここではイリーナが北の国にいるという身寄りを訪ねるという話にしておいた。

 北の国へ巡礼というのもないし、かといって巡礼帰りと言い張るには北の事を知らずにボロを出してしまう。


「ところでご老人は元は兵士か傭兵だったのですかね?」

 歳の割りにどころではなく鍛えられているように見える体といい、良く通る大きな声といい、そんな印象を受けて気になっていたので聞いて見る。


「ようわかりましたな。もう25年近くも前に辞めましたが、こん国で兵士をやっちょりました」

 やはり、という感じだ。

 だが、見たところ60歳くらいだろう、それで25年前といえばまだ現役の年齢だ。

「どうして辞めてしまったんですか?」

 同じことが気になったのかイリーナが尋ねる。


「そん頃にこん村の村長をやっていたててが亡くなりましてな。わしは次男じゃったんだが、わしが兵士をやってる間に兄はどこかへいってしまったそうな。そんでわしに村長のお鉢がまわってきまして」

「お兄さんはそれから?」

「兄はそれっきりですわ、どこで何をしているやら」


 奔放な兄だったが、優しいところもあり自分は好きだったと老農夫は懐かしい目をして語った。







 やがて宴も終り、2人はナターリアという女性が寝床を整えてくれたという家に案内される。


「ごゆっくりどうぞぅ」

「ありがとうございます」


 イリーナが案内してくれた女性に礼を言うのを聞きつつ部屋の中を見る。

 藁をたっぷりつめ、亜麻布のシーツををかぶせたベッドが置いてあるのが目立つ。


「なんだか少し前まではこういうので寝ていたのに懐かしいです。家でベッドを整えるのは私の仕事だったんですよ」

 イリーナが自分の村の事を話すのは珍しい。

「まだ村を出てから半月しか経っていないんですよねぇ」

「……戻りたいか?」

「弟のことはちょっと気になるけど、あそこにはもう私の居場所はありません」

 首を振って答える。

「そうか」

 俺はそんなつまらない返事しか出来なかった。


「でも、オリガさんが言ったように今は結構幸せです。ブラトさんと一緒の旅は見るもの聞くもの全て新鮮ですし、出会う人も皆良い人で」

 イリーナは俺の目をじっと目見つめてそう言う。

「そうか、それなら良かった。護衛冥利に尽きるというものだ」

「これからもよろしくお願いしますね」

「ああ、まかせておけ」

 2人で笑う。笑えるというのは希望があるということだ。


「さて、そろそろ寝るか」

「そうですね」

 田舎の農村にランプなんて洒落たものが各戸に、しかも今まで無人だった家にあるはずも無く。獣脂を固めたろうそくですら貴重となるとやることは二つくらいしかない、その一つが寝ることだ。






 しばらく目を閉じていたが中々寝付けない、ついでに喉の渇きを覚えて水差しを手に取るが飲みきってしまったようだ。

 俺はイリーナを起こさないようにしながら水差しを片手にぶら下げて家を出た。

 夜空を見上げると太目の三日月と数多の星が浮かんでいて、慣れれば歩くこともさして難しくはなさそうだ。




「ふぅー水が美味いな」

 井戸から水をくみ上げ、水差しに移して一気にあおる。

 そのとき見慣れた人影が俺の横に立った。


「私にもお水をください」

「起こしちまったか」

「いえ、眠れずに居たので」

「お前もか、ほら」


 水差しを渡すと美味そうに口をつける。




「ねぇ、ブラトさん」

「んー、なんだ?」

「ブラトさんの夢ってなんですか?」

「藪から棒にどうした?」


「……私は村に居る時は、普通に結婚して、子供を作って、仲良く家族で暮らせれば良いと思ってました」

「村を出てそれは変わったのか?」

「いえ、むしろ家族が欲しいという思いは強くなりました」

「そうか……」

 俺の夢とはなんだろうか、世の中から盗賊を無くす? それは無理な話だ、そんなことは神様にでも任せるしかない。

 傭兵時代も楽しかった。それは間違いない。でも幸せだったといえるのはやはり貧しくでも両親と妹と暮らしていた時だろう。


「俺もそうだな、いつかは腰を落ち着けて暮らしたいもんだ」

「それなら私と同じですね」

「そうかな?」

「そうですよ」






 2人で夢の話をした日。



なんかイリーナのおまけ感がひどくなってきている感じが……

なんとかそのうち活躍させてあげたいところです

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