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傭兵と少女  作者: Brandish
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第一話 傭兵と少女

基本的には傭兵と少女の2人旅になります。

戦闘シーンはなるだけ簡潔にする方向で行きます。

全部で15話くらいの予定ですのでよろしければ最後までお付き合いくださいませ。

 男が歩いていた、主要街道からそれた脇道をただ一人で。

 短く切った黒髪で中肉中背、年のころは二十五くらいに見えるが、もしかしたらもう少し若いかもしれない。

 男のいでたちは、各所を鉄で補強した皮鎧を着込み、背嚢はいのうと円盾を背負い、片手、両手のどちらでも使えるいわゆる片手半剣バスタードソードを腰に下げている。

 典型的な傭兵の格好である、ただし皮鎧の上から鎖帷子を着込んでいない所を見ると防御よりも速さを身上としているようだ。

 と、男が立ち止まる。そして首を巡らし、ある方向を向くと突如肉食獣のような鋭さで走り始めた。







 「助けて! 誰か助けてください!!」


 くすんだ灰色の髪を激しく揺らして、助けを求めながら必死に走る少女。

 その背後には粗末な皮鎧を着て、下卑たにやけ顔をした三人の男、そしてその更に後ろには一人鎖帷子を着た男が悠々と走っている。

 

 「嬢ちゃん、鬼ごっこはもう終わりにしようぜぇ」


 「叫んだってこんな所に誰も気やしねーよ」


 「仮に来たところで助けてなんてくれるかよ、っと」


 男たち――いや盗賊たちは好き勝手言いながら少女を追いかけ、最後に声を出した盗賊が手を伸ばすと逃げる少女の後ろ髪をつかみ、引きずり倒した。


 「きゃぁ、痛っ!」


 突然髪をつかまれ、後ろ向きに引き倒された少女が痛みと驚きで悲鳴を上げる。


 「ったく、手間とらせんな」


 「ようやく捕まえたか、ってこいつぁ」


 少女を押さえつけた盗賊が何かを見つける。


 「お頭、この女は魔族ですぜ、頭に角が生えてやがる」


 引っ張り上げた髪の隙間から、子ヤギのような小さな角が見える。

 魔族全てに角があるわけではないが、角が生えていればすべからく魔族であるのはこの世界の常識だ。

 そしてこの国では魔族は忌むべき存在として排斥されているのだった。

 盗賊が蔑むように笑いながら言う。


 「女がのこのこ一人で歩いてるからてっきり罠かと思って、様子見してたのはムダだったな」


 この時代、若い女性が――しかもたった一人で旅をすることなど非常にまれであるため、最初は盗賊たちも何かの罠かと警戒していたが、どうにも周囲に人の気配が無いのでついに襲い掛かったのだった。


 「魔族なのがばれてどこかの村から追い出されたんだろうな、この女は」


 「でも安心しろよ、俺達はそんな差別はしねぇ、人間でも魔族でも平等に楽しませてもらうぜ」


 「むしろ魔族の女はどんな味なのか楽しみだ」


 そう言い合い、ゲラゲラと笑う盗賊たち、その様子を見て少女は恐怖と怒りと羞恥のないまぜになったような気持ちで言葉を発することも出来ずに縮こまっている。

 そして、彼女の全財産である僅かな銅貨が入った小袋を取り上げると、いよいよ四人で襲い掛かろうとしていた。







 前方に四人の男と地面に倒された女が一人見える、状況は明白だが助ける義理は無い――しかし一切迷いは無かった。

 背嚢と円盾を地面にそっと置くと、剣を抜き再び走り始めた。

 身軽に、そして音をたてることもなくなり、するすると滑るような動きで近づいていく、これが物語なら『やめろ』だの『その子を離せ』などと大見得を切るところだが、現実でそんな馬鹿なことはしない。

 折角まだこちらに気が付いていないのにわざわざ相手に自分を教えてやる必要など無いからだ。


 二十歩のところまで近づく、盗賊はまだこちらに気が付いていない。

 盗賊四人を見比べて、鎖帷子を脱ぎ捨てようとしている盗賊が頭と判断、狙いを定める。

 あと十歩、盗賊の一人がやっとこちらに気が付く、警告を発して慌てて身構えようとするがもう遅い。

 あと五歩、鎖帷子の盗賊は中途半端に脱ぎかけていた鎧を投げ捨てると腰の剣を抜こうと手をかける。

 相手が複数の場合は武器が抜けなくなる恐れがある刺突は極力避ける。

 その基本に従い、頭と思わしき男の横を勢いを殺さずに駆け抜け、すれ違いざまにわき腹を存分に切り裂く。

 頭は剣を半ばまで抜いた状態で、臓物を撒き散らしながら倒れる。

 間髪を居れず残りの三人に肉薄する、三人とも大した腕ではなさそうだが、だからといって囲まれれば危ない。

 目の前の敵と切り合いつつ、背後の敵の攻撃を気配だけでかわすなんて伝説の勇者か、そうで無ければ化け物にしか出来ない芸当だからだ。


 不意を突かれた盗賊達も、それは承知しているようで我に返ると包囲しようと左右の盗賊が両側面に回り込もうとする。

 しかし、足を止めた状態ならばうまく行ったであろう包囲も、既に全力で駆けている男の前には戦力の分散にしかならない。

 男は左右の盗賊を置き去りにして正面の盗賊に駆け寄ると、掬い上げるようにして剣を跳ね上げ、更に走る勢いそのままに体当たりで吹き飛ばす。

 吹き飛ばされた盗賊が衝撃に呻きながらも身を起こそうとするが、その時には既に二の太刀により喉がぱっくりと切り裂かれていた。

 呆然と倒れていく盗賊を横目にして、男が振り返ると残りの盗賊二人が慌てて切りかかってくるところだった。男は今しがた倒した盗賊の剣をもぎ取ると片方の盗賊の足元へ投げつける。


 幸いに刃の部分は当たらなかったが、それでも鉄の塊を脛にぶつけられて地面に転がる盗賊、そして痛みにこらえながら身を起こした時には既に残りの一人の仲間も動かなくなっており、自分には冷たい目をした男が油断なく剣を突きつけていた。


 「へ、へへへ……、降参するから助けてくれよ」


 それを聞いた男の剣がゆっくりと下がっていく


 「マヌケが、死ねやっ!」


 盗賊は勝利を確信して、握り締めたままだった右手の剣を突き出す。

 がそこにあるのは相手に突き刺さる剣ではなく、肘から先の無くなっている己の腕だった。


 「降参するときは、まず武器を捨てるんだな」


 それが盗賊の聞いた最後の言葉になる。







 全てを呆然と見ていた少女に、今しがたの惨状を引き起こした男が近づいてくる。

 返り血を浴びた恐ろしげな姿だが、何故か恐怖を感じない。


 「大丈夫か?」


 ぶっきらぼうだが、少し困ったような声だと少女は感じた。

 引き倒された時の髪と体の痛みの他は、少し服の胸元が破られただけで、少し前に感じた絶望的な状況からすると無傷といっても状態だった、そしてそれを男に伝えようとした時に、はっと思い出したように自分の頭――角を手で押さえて隠す。


 「別に隠すことは無い、魔族ならそれなりに知ってる奴も居る」


 「そ、そうなんですか!?」


 魔族というだけで殺されたり、自分のように追放されるのが当たり前だと思っていた少女にとっては思いかけもしない言葉で、思わず問いかけてしまう。


 「ああ、傭兵をやってると意外と出会うものだ、味方でも敵でもな」


 少女が無事であると確認した男――傭兵は倒した盗賊の懐を漁りながらそう答える。

 魔族の血を引くものは、魔力が高く魔法を使えるものが多い上に、身体能力も人間を上回る事が多いため、実力勝負の傭兵の間では頼りにされることが多く、さほど忌避されたりはしない。

 無論、蛇蝎だかつのように嫌う人間も中に入るが、どちらかというと少数派に属する。


 「それでこれからどうするんだ。村に帰る途中、という訳でもないんだろう?」


 金目のものを回収し終わったのか、傭兵が再び少女に近づいてくる。

 そう問いかけられると少女は俯いてしまった。


 その姿を見た傭兵は、ため息をつくと。


 「ちょっと置いてきた荷物を取って来る」


 そう言って、先ほど向かってきた方向へ歩みに去っていった。


 「あ……」


 顔を上げると去っていく傭兵の姿が見えた。

 置いていかれてしまった、そう感じて再び俯いてしまう、いっそのことここにうずくまってしまいたい。

 無性に悲しくなって、涙が溢れてくる。


 「何を泣いてるんだ?」


 「え?」


 しばらく泣いていると、そこには立ち去ったと思った傭兵の男が怪訝な顔をして立っていた。


 「やはりどこか怪我でもしているのか?」


 「ち、違います、そういうのじゃないんです」


 「そうなのか、まあいいや。それでどうするのかは決まったのか? 近場なら一緒に行ってやっても良いが……」


 男はそう言いつつも、そんな場所は無いだろうと内心思う。

 魔族に対する差別や偏見は農村ほど大きく、生まれたときにそれと判る印があるようなら大抵の場合は産婆がその場で殺してしまうくらいだ。

 少女がこの年まで生きていたのは、恐らく魔族の印となる角が生えてくるのが遅かったからだろう、それがついに見つかって追放されたというのが恐らく実情だろう。

 そして農村生まれの少女に自分の村以外で知人が、それも魔族をかくまってくれるような人間が居るはずも無い。

 しかし――


 「あります、行きたいところがあります!」


 予想に反して少女は勢い込んで答えた。


 「前に旅芸人が村に立ち寄った時に、北の国境の先には魔族の国があるという話を聞きました。もしそれが本当なら私を受け入れてくれるかもしれません。だからそこに行って見たいです……」


 北の国境はここからだと旅慣れた者でも十数日、少女の足では二十日近くかかるだろう、着の身着のままで追い出された少女にそのような旅に耐えれるような備えが――金銭的にも、能力的にもあるようには思えなかった。


 「確かに、北には魔族が治める国があると言われている。俺も行ったことがあるわけじゃないが恐らく間違いないだろう。」


 「それじゃあ」


 傭兵の答を聞いて目を輝かせる。


 「ただし、ここから北の国境までは二十日近く掛かる。お前にたどり着けるのか?」


 「え……」


 今まで自分の村の中だけの狭い世界で生きてきた少女には想像も出来ない日数だった。なんとなく数日歩けばたどり着けるんじゃないかと漠然と考えて居たのだ。


 「世の中にはさっきみたいな奴らも多い」


 追い討ちをかけるように言うと、再び少女は俯いてしまった。


 男は苦笑するとこう言った。


 「そこでだ、護衛に傭兵を雇うというのはどうだ?」


 傭兵、少女の知る限りではお金をもらって戦争をする人という職業だ。

 しかし、二十日も人を雇えるほどのお金が先ほど取られた小袋にも入っていないことは世間知らずの彼女にもわかる、それに自分の旅費も必要だろう


 「そ、そんなお金私には……」


 泣きそうになりながら答えようとした少女の言葉をさえぎるように五つの小袋が手渡される。


 「あの、これは?」


 「これはお前があいつ等に盗られた金だ、返しておく」


 その中の一番小さく軽い小袋は確かに自分のだが、他のは違う。

 そう言おうとした彼女を無視するように。


 「それで、この金の、そうだな半分ももらえば十分だろう」


 そう言うと適当にその中から二つ小袋を取り上げて中も見ずに自分の背嚢にしまう。

 恐らくこんなけちな盗賊の財布二つじゃ雇い賃――護衛の場合は護衛の旅費も含まれる、にはまったく足りないことは判っていたけどそんなことはどうでも良かった。

 ただ、口実が欲しかっただけだからだ。


 「それじゃあ、これからしばらくよろしくな――。えーとなんて呼べば良いんだ?」


 「イリーナ、私の名前はイリーナです」


 「そうかイリーナか良い名前だ、俺はブラトだ」


 そう言ってブラトが手を差し出すと、イリーナが慌てたように自分も手を伸ばして契約の握手を交わした。殆ど詐欺みたいな契約だが。




 これが二人の旅の始まりだった。

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