八話 黒限 音弥①
黒限はまだ真柩の家に居た。
相変わらずドアに背を向け何やら一人でやっている。
近づくまでも無く何かぼそぼそと呟いているのが聞こえてくる。
「海那緒…海那緒…これで生き返るんだね……生き返ったら何処に行こうか?今なら何処にでもいけるよ、誰も止めたりしない、僕と海那緒の二人だけで何処までも行けるよ…」
……良い感じに少しキている。
「やあ、黒限。」
ドアを開けながら呼びかけると黒限の体が大きく一つ震えた。
恐る恐る此方に振り向く全身血に染めた黒限。そしてそんな黒限の向こうにに異様な物が見える。が、それはおいといて先ずは黒限から行こう。
「──お前…何でここに…?」
「面白い事を言うな、可愛い後輩の家に優しい先輩が遊びに来るのは当然だろう?それより黒限、コレやるよ。」
風呂場から拝借してきたタオルを一枚投げ渡す。
「……はっ?」
思わず受け止めてしまったであろう黒限が怪訝な顔を浮べる。
「いやなに、直ぐに必要になるからな。」
その言葉が終わる少し前に俺の体は動いていた。
胴体を回し腰を回転させ足に捻りを加え爪先に力を込めた蹴りが黒限の顔面ど真ん中に突き刺さる。
見事に決まったらしい、つま先から何かが砕けた感触が伝わってくる。
鼻血を噴出し悲鳴なのか喚き声なのか判別不可能なものを上げながら黒限が倒れる。
「うん、鼻血は早く拭いたほうが良いぞ、詰まれば気持ち悪いし何よりみっともないからな。」
言いながら蹴りをもう一発。
今度は先ほどよりも手加減したが、それでも見事にサッカーボールキックがこめかみに食い込む。我ながら惚れ惚れする。
「黒限、まだ意識はあるかい?」
ぐったりとした黒限の胸元を掴み上げる。
鼻が折れ曲がり頬骨は歪んで鼻血塗れ。口からは泡立った涎が垂れ、白目を向いている。
心臓は………動いている。
よろしい。そうでなくちゃ困る。
取りあえず黒限はガムテープで巻いて放置。
「さて、どうしたもんかな………」
異様なモノを目の前に少し困った。
プランターだ。
あの白いプラスチック製の奴だ。ホームセンターや園芸店に行くと季節の花がギッチリ植えられているあれだ。
中身が違う。
神和の首だ。
赤黒い液体、おそらくも何も間違いなく血が染み込んだ布切れが詰め込まれ、その中に神和の首が植えられているというか据えられているというか。その上神和の顔は精液で汚れている。気分が暗澹かつ惨憺としてきた。
神和の事は黒限が済んでから考えるとして先ずは黒限だ。
黒限をさっきまで俺の乗っていた車道に出しっぱなしの車の運転席に乗せ、体をしっかりとガムテープで固定する。右足はアクセルを踏込んだ形のままで固定。両手もしっかりとハンドルに固定。耳には海からの帰りに調達してきた高性能なヘッドセット型トランシーバーを直接固定してチャンネルを合わせておく。ついでに鼻血も止めといてやろう。少々息苦しいかもしれないが、知ったことじゃない。口にもギグを入れておこう。
そうそう、忘れるところだった。左手の拘束した部分に少し切れ目を入れておく。全力で引っ張ればハンドルから手が離れる程度に。
さて、準備は出来た。
「おーい、起きろよ黒限。」
運転席側の窓から手を突っ込み、びたんびたんと両頬を往復ビンタ。赤くはれ上がる頃になってやっと黒限が目を開ける。
「やあ、ご機嫌いかが?」
暫く何も言わなかったが、漸く自分の状況が分かったらしい。黒限が暴れだす。
「元気だね、あれだけ大量に出してその元気、若いって事は素晴らしい!」
黒限は暴れ続ける。
俺の皮肉も耳に入らないようだ。
仕方がない。
顔面に拳を叩き込む。
歪んだ頬骨が更に歪み、折れ曲がった鼻は更に折れ曲がり、黒限が鳴声交じりの悲鳴を上げる。正直耳障りだ。続けてもう一発、さらにもう一発。合わせて五発程叩き込んだ所で漸く静かになり動きが止まったので今のうちに済ませてしまおう。
「いいかい、黒限、二つだけ俺の質問に答えなよ、答えないなら今度はコッチだ。」
髪を掴み顔を上げ、もう片手に持った金槌を見せながら笑顔でにっこりと優しく話しかける。
ほら、素直に頷く。
視覚的に恐怖を覚えさせるのは解りやすくて良い。
「まず一つ目、神和を殺したのはお前か?」
途端に黒限が喚きながら首を左右に振る。
とりあえず、嘘をついている様子は見えない。
「・・・・わかった、じゃあ二つ目の質問だ。真柩を殺したのはお前か?」
喚き声が止み、びくりと黒限が震える。
「答えろ。」
台所から持ってきたバーベキュー用の串を黒限の顎に当てる。
少し間が空き、黒限がゆっくと首を振る。
「殺していないんだな?」
黒限が涙目で激しく頷く。
何か言おうとしていたが聞く気は無いので黒限を黙らせる。
簡単な事だ。少し串に力を込めただけ。
殺していない事が解ればそれで、今は良い。
「いいさ、済んだことだ。けどな黒限、お前は俺の本当に大切なモノを汚したんだ。それなりの代償は覚悟してもらわないとね。」
何か言い募ろうとする黒限を無視し窓から腕を突っ込みエンジンを掛ける。
車が猛烈な勢いで発進する。
さて、トランシーバーの出番だ。
「聞こえるか黒限?」
くぐもった喚き声が聞こえてくる。聞こえていると認識しよう。
「頑張って運転しろよ、ガソリンがなくなる前に事故らなきゃ助かるからさ。」
既に車は俺の視界から消えた。
けど、お楽しみはまだ終わらない。
「ああ、ブレーキは壊しておいたから。」
トランシーバーからの喚き声が大きくなる。今頃絶望しているんだろう。
実に楽しい。
遠くからだがまだ車の音が聞こえる。
結構頑張っているようだ。
トランシーバーに耳をすます。
荒いエンジン音に喚き声、それに混じってぶちぶちとテープを引き千切る音が微かに聞こえる。
そう来なくちゃ面白くない。
「そうそう、ハンドブレーキも壊しておいたから。」
楽しい、楽しすぎる。
黒限の心境を考えるだけで笑いが止まらない。
トランシーバーから衝突音が聞こえてくる。
さて、止めだ。
「言い忘れていたが、その車のトランク、ガソリンと灯油を入る限り詰め込んどいたからな、良かった良かった。火葬の手間が省けて。」
「………お────まえ………」
どうやら衝突のショックでギグが外れたらしい。
くぐもった声が雑音に埋もれながら微かに届いてくる。
「────このっ!!あぐまがッあぐまがっ・・・悪魔がッッッ───!!!!!」
爆発音。
「………もう少し気の利いた末期の台詞は無いもんかね」
トランシーバーを放り捨て真柩の住居に身体を向ける。
まだやる事は終わってないのだ。