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七話 後輩 真柩 絆②

 

 

 真柩の家に着く。

 とある事情で両親とは別居。祖父母もいなければ親しい血縁者もいない。そんな天涯孤独の真柩が暮らしている住居は、小さな二階建ての家。

 格安の家賃の裏には色々どす黒い噂が付きまとうがそんなもの真柩が気にするはずも無く、気楽にのうのうと暮らしている。

 二階の窓が開いているのか風が吹くたびに淡い空色のカーテンが揺れる。

 多分、真柩はまだ寝ているだろう。

 久々に躊躇なんて言葉を覚える。

 死んでしまえば人は物だ。どれだけ生前立派でも、憎くても、死んでしまえばそれはもう人じゃない。元人だ。蛋白質の塊に過ぎない。

 死人よりも人のほうが俺の中で価値は重い。

 そうだろう?死体なんか人形劇の代役にも持て余す。

 だから、神和の事はもう触れずに置いておくべきだろうか?

 暫し、考えてみる。

「………やっぱ、駄目だな。」

 ため息を飲み込み、いつも通り人を小莫迦にした笑顔を浮べる。それでも少し漏れてしまうため息はご愛嬌。

 メンタルトレーニングは丹念にしてある。いつだって自分の気持ちや感情、表情を自由自在に操られる自信があった筈だ。

 けど、今日は少し自信がない。

 多分俺は「信じたい」とか「願いたい」とかそんな気持ちと一緒に本当に久しぶりに、少しだけ怒っているんだろう。


 チャイムを鳴らすが返答は無い。

 大方まだ寝ている。低血圧で朝には弱い真柩の事だ、まず間違いない。

 玄関は開いている。ノブを捻り開けた瞬間独特な匂いが鼻を衝く。

 どんよりと粘っこく、それでいて俺にとっては嗅ぎ慣れた生々しい鉄臭さ。

 血の匂い。

 朝から何度覚えたか分からない嫌な予感を抑えつつ靴を履いたまま家に上がる。

 短い廊下の向こうは木枠に曇りガラスが嵌められたドアを通して台所。その台所のほうから何か荒い息のようなものが聞こえてくる。

 足音を消してゆっくりとドアに近づいていく。聞こえてくるのは間違いなく荒い息を吐く音。曇りガラスのせいで鮮明に見えないが何か人影がごそごそと動いている。

 そっとドアを開け中の様子を覗いてみる。そこには見知った人影。

「…黒限…」

 黒限がドアに背を向けナニかをしている。

 ナニかというか、その姿はどう見ても自慰しているようにしか見えない。

「……お前、なにやってるんだよ。」

 話しかけようかと思ったが、なにやら鬼気迫るオーラが体中から迸っているのでとりあえず保留。

 急に真柩が心配になってきた。

 階段をそっと上り二階へ。

 綺麗好きの真柩らしく磨き上げられた廊下は無残に汚れていた。

 血塗れだ。

 足跡、滴った跡、引きずった跡。総て血だ。

 真柩の部屋のドアを開ける。

 ベッドの上に真柩はいた。

「真柩………」

 返事が返ってこない。


 当然だ、真柩はどう見ても死んでいる。


 静かに寝ているような安らかな顔のまま真柩は死んでいる。


 血塗れで。


 首筋が、腿の付け根が、手首が、太い血管のある箇所がざっくりと切り開かれている。


 雑音。


 ノイズがちらつく。


 真柩・・・真柩・・・真柩真柩真柩真柩真柩・・・・・・・・・・・


 『海へ行きませんか先輩!』


 よし、夏に海なんて健康的過ぎる事をやってみようか。

 真柩の体を持ち上げる。

 もう冷たくて、軽い。

 丁度隣の家の車がある。

 ガソリンはまだ十分入っている。

 助手席に真柩を乗せて、俺は運転席へ。数える程にしか運転はした事が無いが、まあ何とかなるだろう。

 『先輩、車の運転出来るんですね。』


 ハッハッハ、俺に出来ない事なんて………沢山あるなぁ。


 『いいじゃないですか、少なくとも何でも出来るなんて人より好感持てますよ。』


「ありがとな、真柩。」

 海までの道。

 誰もいない。

 ただ、俺の運転する車の走行音だけが聞こえる。

 明るいのでも聞いていこうか?


 『そうしましょう!』


 カーステレオに入りっぱなしのCDを再生する。流れてきたのはどこまでも明るいスウィングジャズ。

 海に着く。

 車のまま砂浜に入り、海の家から拝借してきたビニールシートを広げビーチパラソルを差し真柩と座る。


 『海が綺麗ですね………』


  ああ………


 『空が青いですね………』


  ああ………


 『先輩、ああ以外に何か言えないんですか?』


  ───ああ。

 真柩の顔を見ながら笑ってそう言う。


 『・・・・先輩って時々脳が歪む位殴りたくなりますね。』


 真柩に殴られるならそれもまた良し!

 真柩の肩を抱く。

 潮の香りと水の匂いが混ざった海の匂い。

 空気は熱いのに、真柩の体は冷たい。

 ゆっくりと日が暮れていく。


 『ありがとう、先輩。』


  何がだ?


 『うふふふふ。』


 真柩の体を持ち上げる。

 そのまま海の中へ入っていく。


 『先輩?』


 どうした?


 『私先輩の事が本当に大好きですよ。』


 そっか………悪いな俺は素直にお前の事が好きだって言えないや。


 『良いですよ、そういう正直な所も好きですから。』


 腰の辺りまで海に入った所で、真柩からそっと手を外す。


 『先輩、大好きですよ。』


 真柩が水の中に消えていく。

 波に攫われてどこかに行くのだろう。

 振り返らず海から上がり、そのまま車に乗り込むとCDのボリュームを最大にして発車する。


 真柩 絆


 初めて、初めて俺の事を好きだと、愛していると言ってくれた女の子。

 何か大声で叫んだ気がする。

 どこかで何かが切れた気がする。

 心の中に真っ黒な炎が燃え立つことを抑えられない。

「……ハハハハ、良いだろう黒限、久しぶりに俺は怒ったよ。」

 笑いが抑えられない。

「ハハハハハハハハハハハハハハ、ハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 留め止め無く笑いが溢れ出る。

 目の前は真っ暗だ。

「あー……楽し……」

 自分が壊れている事を再認識したのは、何だか、楽しかった


 

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