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五話 同級生 國嵜 師朗

「ねえ、赤ずきんって童話知ってる?」

 ソイツは突然唐突に何の脈絡も無くそう話しかけてきた。

「ボク昔から不思議だったんだよ。どうして赤ずきんは狼とお婆さんを見分けられないんだろうって、キミもそう思わない?だって赤ずきんはちゃんとお婆さんに化けた狼にこう質問している。「どうしてそんなに耳が大きいの?」「どうしてそんなに毛むくじゃらなの?」「どうしてそんなにお口が大きいの?」つまりね、赤ずきんは明らかに狼の姿を認識している筈なのに、どうしてそれを狼だってわからなかったんだろう?赤ずきんはおばあさんの所に行く途中で狼に逢っているから狼を知らなかったっていう仮説は通らないしね。」

 金色の、柔らかな夕焼けを思わせるような金色の瞳が俺の意見でも求めるようにじっと見てくる。

 知った事じゃない。

 俺が赤ずきんなんて読んだのはもう遥か昔、物心つくかどうかの頃だ。その頃の感想としては最後に狡賢い狼が成敗されて良かったなと思ったぐらいだ。

 いまさらそんな事を聞かれても俺には何とも答えようが無い。

 そもそもコイツは誰だ?

 真冬の雪原のような銀髪に金目、蒼白な肌に真紅の唇。そして整いすぎた貌。俺が知る限りこんな生徒はいなかった筈だ。第一世界がこんな事になっていたというのにコイツは今までどこにいたんだ?

「そこでボクは考えてみた。」

 金目が話を続ける。

「ボクが色々読んだ童話に関する文献だと赤ずきんが視覚障害だったなんて説がある。つまりそのモノが見えているのにモノとして認識出来ない。例えば人と人にそっくりなマネキンを見せられた場合相似の部分が多いとマネキンと人の区別が出来ない。赤ずきんはコレの酷い場合で部品の数が同じだったから狼とお婆さんの見分けがつかなかった。でもこの考えには一つ前提がある。それは赤ずきんがお婆さんに一度も逢った事が無いと言う事。そうしないとおかしいんだよ。視覚障害であって記憶障害を患っていないのだからお婆さんを覚えていれば狼と見分けがつかないはずが無い。それに親が記憶障害のある娘を一人でましてや森の中の一軒家なんて所にいかせるだろうか?好意的に見れば答えはNOだよ。それにこの方向で考え出すと色々嫌な想像が湧いてくる。どうしてお婆さんが森の中で一人暮らしなのかとか、そもそも森の中で一人暮らすような存在が本当に只の老婆なのか………とかね。」

 金目が貌の前で指輪を嵌めた細く長い指をちっちっちと左右に振る。

「それでね、ボクはもう一度考えてみたんだ。そしたらあったよ全く無理の無い解決が。」

 そこまで言うと金目はついと立ち上がる。俺の目線は動かす事が出来ないので目には金目の細い腰が入る。

「さてと、國嵜クン、ボクは結構キミの事を買っているんだよ。何しろ残ったメンバーの中じゃ二番目に冷静だしね。」

 ………コイツはどうして俺の名前を知っている?

「ボクの名前は玖音。赤ずきんの事に関してはキミへの問題にしておくよ。ヒントは赤ずきん側からすれば実に問題なく見えるけど、狼側から見た場合は………って事かな。」

 ────分からない。玖音と名乗ったコイツは何者なのか、その意図も質問の内容も何もかも分からない。やっと何も考えなくて良い体になれたと思ったのに何でコイツは邪魔をするんだ。

 どうして俺の心をかき乱すんだ?

「世の中は不条理、条理は不条理の側面、悪が栄えて正義は滅び、善は衰退の道を辿り個は優遇され全は干される。ま、失敗した世界じゃそんな所さ。」

 扉の開く音が聞こえる。

 玖音が出て行ったらしい。

 扉も閉めずに。

 風が流れ込んでくる。涼しいのは悪くないが俺の体が霧散していくのを見るのは何とも妙な気分だった。


 俺は再び屋上にいる。

 別に馬鹿と煙は高い所が好きなんて言葉を実践しているわけじゃない。

 ここがなんとなく好きなだけだ。

「ほら、飲めるかどうか知らないけど一杯行けよ。」

 日も大分傾き当りは夕暮れ。

 芝生の上に座り込んだ俺の前には國嵜が置かれている。

 今日一日で國嵜も大分減ってしまった。朝見たときはそれでも大体上半身があったのに今はもう胸から上しかない。

 今日で逢うのも最後かも知れないと思うと俺も何となく思うところがあり、最後に酒の一杯でも酌み交わそうかと屋上まで運び、こうして差し向かいに座っているのだが、國嵜のグラスの中身はちっとも減っていかない。長いストローを差し込んではいるものの肺だって半分以上無いのだからそもそもが無理な話なのかもしれない。

「仕方ないな。」

 ウイスキーを口に含む。銘柄はマッ■ラン18年。本当はラガー■ーリンとかが良かったがあの癖の強すぎる胃腸薬の様な風味は好き好きがあるので個人的に飲みやすいと思われるモノにしておいた。

國嵜を持ち上げ口移しにする。

 ───────

 國嵜を芝生に置く。

 頭を軽く一発殴る。

「國嵜、お前意識があるだろ?」

「…………ばれたか?」

 擦れて小さく聞き取りづらい声だが、國嵜が答えてくる。

「当たり前だ。ったく舌入れやがって、ばれたかも何もないだろ?」

「俺が………生きている内で最後のキスになりそうだったからな、ほんの出来心だ、許せ。」

 許せなんて言っている割に、反省の色は全く無い。

「意外だよ。」

「何がだ?」

「少なくとも初めてキスする相手に、それも男にいきなり舌を入れてくるとは思わなかった。」

「………俺も思わなかったさ。」

 國嵜が自嘲のような苦い笑みを浮かべる。

「リアリティが無くてな、こんな体だってのに痛く痒くも無い。在りがちな表現だが本当に悪い夢でも見ている気分なんだよ。」

「夢の中なら普段からなら考えられないような事をしても良いと?」

「ま、そんなとこだ。」

 多分、嘘だ。

 誰よりも冷静で客観的で状況把握が出来ているのであろう國嵜のこと。

 だから、これは───

「嘘だろ。」

「………分かるか?」

「わかるさ、お前と二年も同じクラスだったんだ、いい加減思考パターンぐらい予想がつくよ。」

 國嵜が自嘲めいた笑みを浮かべる。

 國嵜がそんな表情を浮べる事に、またそんな感情を持ち合せていた事に俺は少し驚く。

「今だから言うけどな、俺、結構お前の事気に入ってたんだよ。無鉄砲で軽薄で非論理的で非合理的で、底抜けに明るくて、俺の対照を見ているようでな………」

「止せよ、そんな台詞好きな女にでも言ってやれ。」

「────もう、消えたよ。」

「………そっか、誰だったんだ?」

「相葉だ。」

「………一寸待て、相葉ってあの相葉か?相葉エルンスト?」

 國嵜がゆっくりと頷く。

 正直、國嵜の自嘲なんてものより驚いた。相葉エルンスト。俺たちの元副担任。

「相葉とは、意外だな。」

「俺もだ、まさか教師と教え子なんて関係が、それも自分自身にあるとはな、思いも寄らなかった。」

 相変わらず顔に苦い自嘲めいた笑みを浮べたまま國嵜が言葉を続ける。

「………実を言えばな、俺は世界がこんな風になって嬉しかった。」

「どうして?」

「エルのヤツ妊娠してたんだよ。」

「妊娠───例の法案か?」

「ああ、だからこそ世界がこんな風になって俺は本当に嬉しかった。」

 人口調整法。

 クローン法と共に国際連盟で可決された新しい法律。

 この法律が生まれた原因は地軸が傾いたために他ならない。

 実に地表は約半分が水没し、人類は生活の場を一時的に失う事になった。その為制定されたのが人口調整法。どんな内容かと端的かつ噛み砕いて言えば成人男子及び成人女子の全てが世界連盟により作成された多岐にわたるテストを受け、合格した者に限り、出産を許されるというモノ。

 一歩間違えればそのまま優生保護法になりかねない法律。

 それ以外、つまり無許可で妊娠した女性は全員堕胎。生まれてしまった子供は能力検査にかけ一定数を超えなかった場合は処分。さらに自治法に定められた税だけで連盟法に関しての税が支払えない成人男性及び女性は全員不妊治療。

 かなり反論もあり、もめにもめたが、新たな生活の場として水上都市、地下都市の設備が完全に整うまでの限定として定められた法律。

 國嵜の場合、未成年で、無許可で─────つまり生まれてくる子供は検査を受けることもなく───処分。

「エルもな大喜びしていたよ、あんな悪法を可決したから天罰が下ったんだってな。」

 淡々と國嵜が話す。

「二月頃からエル学校に来なくなったろ、もう臨月が近かったんだよ。幸せだったんだぜ、俺とエルでさ、名前考えあったり、洋服見に行ったり………本当に幸せだったんだ。」

 國嵜の目が遠くを見る。

 もう、俺の姿は映っていないんだろう。

「………丁度バレンタインだったよ、エルが急に産気づいてな、医者なんかどこに居るのか分からない、しょうがないから俺が取り上げたんだ。医学書片手にな。」

 國嵜が黙り込む。

「………なあ?」

「何だ?」

「もう1口飲ませてくれないか。」

 ウイスキーを口に含み國嵜を持ち上げ口の中に流し込む。

 喋るたびに加速度的に体のほうは崩れていき、もう頭と胸半分しかない。

 口に含んだウイスキーを一息に飲み下し荒い息を一つ付くと、真っ直ぐ前を見て國嵜が口を開く。ウイスキーは何処に消えていくのだろう?

「・・・・・・・・・・・死産だったよ・・・・・・生きてるはずが無いんだ!無頭児だったんだよ!脳が無かったんだ・・・・この世に出た瞬間、あのカエルみたいな目で俺を見て、うめき声一つ上げて、死んだんだっ!!エルのヤツがそれをみた瞬間けたたましく笑い出して・・・・笑って笑って・・・・泣いて・・・・・俺に何度も謝るんだ!「許して・・・・許し・・・・って!」・・・・・エルは叫んで、謝りながら消えた。赤ん坊も一緒にっ・・・・」

 國嵜が泣いている。絶叫に近い声を出し、國嵜が泣いている。

「・・・・・・その時さ、俺の体にヒビが入ったのは・・・・・・・・・」

 憑物でも落ちたかのような顔だ。

 すっきりとしているようで、その実空っぽのようにも見える。出逢った頃の真柩がよく浮べていた顔だ。

「なあ、赤ずきんって童話知ってるか?」

「そりゃな、知らない奴見つける方が難しいんじゃないか?」

「じゃあさ、お前この質問の答えが分かるか?」

「何だ?」

「赤ずきんがさ、お婆さんの所に届け物に行くだろ?」

「ああ、それで?」

「その時、ベッドに寝ていたのは既におばあさんじゃなくて狼だった。ここまでは良いか?」

「問題ない。」

「赤ずきんはお婆さんに質問するだろ、どうしてお耳が大きいの、目が大きいの、口が大きいの?つまり赤ずきんはその時狼を見ていたからこう質問したんだよな。」

「そうだな、お婆さんに初対面じゃない限りはそんな質問するとは思えない。」

「じゃあ、どうしてそんな質問をしたにも関わらず赤ずきんはそれが狼だって分からなかったんだ?だってそうだろ、赤ずきんはお婆さんの家に行く途中で狼本人に遭っている。それにも関わらず赤ずきんは狼をおばあさんだと認識していた。それが何故か分かるか?」

 ・・・・・・・・一体何のつもりで國嵜はこんな質問をしてくるんだろう?

一言喋るたびに体は崩れてもう頭と肩しか残っていないのに、どうして俺にこんな質問をしてくるんだろう?

「そんなの───簡単だ。赤ずきんもお婆さんも狼も、最初からこの話の登場人物はすべて狼だったんだよ。」

 國嵜が笑う。

「………そうか、そんな馬鹿げた答えで良いのか………」

 体が崩れるのも構わず國嵜が笑う。

「………礼を言うべきかな、お前のお蔭で色々すっきりしたよ。」

「そりゃそうだろ、あれだけ言ってすっきりしないようならよっぽど何処か屈折している。」

 俺の軽口に苦笑を浮べるが、もう、頭しかない。

「………まあ、何だ、そろそろサヨナラみたいだな。」

「ああ………こんなに晴れ晴れとするのは久しぶりだよ。」

 國嵜の目だけが夕日を見る。

「───こんな世界なのに夕焼けだけは綺麗だな………」

「そうだな。」

「なあ、俺もエルの所に行けるかな?」

「俺に聞くなよ………まあ行けるように祈ってやる………一回だけな。」

「………お前…………いい奴だったな………もっと早く…話しかけてれば・・・・・良かった……………」

 國嵜が崩れた。

 後には夕日を反射して輝く粉末が一握り残った。

 その粉末を掬い上げる。

「國嵜、実はな、赤ずきんに関してはもっと的確な答えがあるんだよ。」

 そう、赤ずきんは盲目だった。

 あの話における全ての現象は視覚を通したものじゃなく、聴覚と触覚を通したものだった。こう考えればお婆さんと入れ替わった狼に関して疑問の余地はない。他に関しては疑問だらけだが。因みに登場人物が、狼も含めて皆人間だったなんて考え方もできるが、そんなカニバリズム的なのはちょっとどうかと思うのでパス。

「・・・じゃあな、國嵜。約束通りお前がエルと逢えるよう一回だけ祈ってやるよ。」

 ・・・・・それが必ずしも良い事かは知らないけどな。

 その言葉は飲み込み、國嵜を柵の向こう側へばら撒く。

 風に舞って散っていく國嵜を俺はしばらく見ていた。

 チパチパチパチパ

 後ろから聞こえてきたやる気のない拍手の音に俺は振り向く。

「・・・・またお前か。」

「お前なんて呼び方は駄目だね。ボクにはちゃんと名前があるんだからクインって呼んでくれないと。」

 ちっちっちと人差し指を振りながら注意してくる。

「ったく、俺は今久方ぶりに少しセンチな気分なんだ。話し相手なら他の奴にしてもらえよ。」

「駄目駄目、どうやらキミが一番素質ありそうなんだから。」

「素質?」

「いえいえ、コレはまだ極秘事項。それにしても見事だったね、キミカウンセラーの素質があるんじゃないの?」

「・・・何時から見ていた?」

「耽美的なキスシーンあたりから、二人とも美形だからちょっと興奮しちゃった。キミがヘタレ攻め國嵜クンが鬼畜受けって感じで。」

 自分を抱きしめてくねくねと身もだえするクイン。

 少し、負けそう。

「コレで残りは六人だね、頑張ってよボク結構期待してるんだから。」

 消えた。

 一瞬クインの輪郭がぼやけたかと思うと、もういなかった。

 ・・・なんにせよ、國嵜師朗はこうして消えた。


 主人公はバイです。

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