二十八話
「遅くなっちゃったねえ。」
校舎から出てグラウンド脇の道を歩き乍らみなちゃんと話す。
「遅くなった原因が言う事じゃないよね?」
みなちゃんがてへぺろと謝ったので取り合えず叩いておいた。
「うう………痛いよきーちゃん」
「気持ち良かったら変態じゃない。」
「冷たい、きーちゃんが冷たいよ───」
何か言いかけてみなちゃんが足を止める。視線の先は朝と同じように不自然に一人分開いた私との間。
そこに目を向ける。
どうしても違和感が拭えない。
そもそも前から私とみなちゃんの間にこんな隙間はあったのだろうか?思い出そうとしても何故だろう、頭の中全体に靄がかかったようにぼやけてしまう。
「きーちゃん………」
みなちゃんが何か言いたそうに此方を見ている。
「此処にはさ、誰か居たんだよね?」
そう、誰かが居たのだ。
全く覚えが無く、心当たりだって無い。けれど確かに誰かが此処に居たはずなのだ。
朝と同じように私達は立ち止まってしまう。
「あれっ?」
みなちゃんの声に顔を上げる。校門から誰か出て来る所だ。
日が暮れて歩道を照らす街灯の明かりにでさえ輝いて見える赤みの強い長い髪。完成された其の体型は男女問わず魅了し、それでいて美麗な顔には愛想笑い一つ浮かべない。ウチの学校の有名人でもある八重波先輩だった。
「何時みても綺麗かつおっかない人だねぇ、クールビューティーの極み何て前騒がれてたよ?」
みなちゃんがこそこそと耳打ちしてくる。
「うん、でも前にからかうと結構可愛い所があるって先輩が───先輩?」
先輩?
誰?
私はそんな人知らない………否、知っている?
「………みなちゃん、先輩って誰?」
「誰ってきーちゃん、先輩は……あれ?先輩?あれ?」
みなちゃんが頭を抱えだす。「知ってる?あれ?知らない?先輩?あれ?あれ?」ぶつぶつ言いながら頭を抱えて首を捻っている。
そう、先輩だ。
でも、先輩?
私たちにそんな知り合いは───いない/いる。
「………貴女達」
何時の間に近付かれていたんだろう、直ぐ傍に八重波先輩が立っている。でも、何だろうその表情は。困っているような、怒っているような。どう見てもクールビューティーなんて称えられた先輩の表情には程遠い、混乱とか動揺が見て取れる表情
「真柩、絆」
そんな八重波先輩が私の顔を見て私の名前を呟く。ゆるゆると視線をみなちゃんに向けて「神和、海那緒」とみなちゃんの名前を呟く。
その視線は茫漠としていて、何だか危うい。
只ならぬ気配の先輩に私とみなちゃんが顔を見合わす。
「どうして、どうして私は貴女達の事を知っているの?」
それは疑問と言うよりも、思いもせず口から零れてしまった言葉の様で───
「八重波先輩、もしお時間があったら少し付き合って頂けませんか?」
思わず?それとも意識的になのだろうか?私の口から自然と八重波先輩を誘う言葉が出ていた。
私達三人が訪れたのは「ドミナント」とチェーン店でありながら可成り挑発的な店名を持つ喫茶店。生意気にもコーヒーが美味しい。
私はエスプレッソ、みなちゃんがエスプレッソ、そして八重波先輩もエスプレッソ。三人でただどす黒く苦い液体を啜る。正直美味しさが解らない。そもそもこの店のコーヒーが美味しいというのも伝聞だ。前先輩にしては珍しくコーヒーを飲みながら「絶望の様に黒く地獄の様に熱いとは言うけど、俺は絶望の色って無色だと思うんだけどどうだろう?」と言っていた………だから先輩って誰?
何をしていても絵になる仕草で優雅にカップをソーサーに下して八重波先輩が一言。
「不味い。」
………この人は声を抑えると言う事を多分知らない。
「───正直私コーヒーの美味しさが全く分からない人間なんだけど、如何なの?貴女達に聞いているんだけど?コーヒーはこういうモノで、コレは美味しいの?もしそうなら貴女達糠か大鋸屑が常食なのかと疑うんだけど?」
え、何、私達ナチュラルに貶されてる?
「いやぁ、正直私もコーヒーって何が美味しいのか解らないんですよね、そもそも紅茶党ですし。」
みなちゃん!?
「………実を言えば私も解りません、緑茶党ですし。」
「じゃあどうしてこんな所に来たのよ、ああ、私はウーロン茶党よ。」
「だって此処って───銀月堂じゃないでしたっけ?」
みなちゃんの何気ない言葉に私たちの時が止まる。
そうだ、学校から歩いて15分弱、海沿いの通りに忘れ去られたかのように建っていて、性別年齢共に不詳のマスターが一人でやっていて、甘味とお茶が妙に美味しくて、注文さえすれば本格的な料理もそれなりの値段で出してくれて───
そんなお店は───
「………そんな店は無いわ、此処は確か去年の末に開店した覚えがあるもの、それまでは………それまでは?」
それまで何があっただろう。そもそもこのお店に来ること事態が初めての筈なのに、どうして私達は迷いもせず当たり前の様に此処に来たのだろう?
………違う、私は何度も此処に来ている。けれど私が通っていたのはドミナントなんて人を馬鹿にした様な無粋な名前のチェーン店じゃなくて、銀月堂だった筈だ。学校が終わってから先輩とみなちゃんの三人で何度も何度も訪れては馬鹿々々しい話に明け暮れたあのお店が───あのお店が?
「───もしかして、貴女達も?」
八重波先輩のか細い声が問いかけてくる。
「………先輩も、ですか?」
普段の快活さが何処に消えたのか、静かな、恐る恐る踏み出すようなみなちゃんの声。
「………此処は、銀月堂でした、よね?」
意識したわけでもないのに擦れ、少し震えを帯びた私の声。
パシンッと店内に乾いた音が響く。周囲の目も気にせず八重波先輩が自分の頬を叩いていた。
「先ず、そう、先ずは私たちの認識を、記憶をすり合わせましょう。」
頬を少し赤くして、真っ直ぐな目をした八重波先輩がそこには居た。
先輩がいたらきっと「ヤダ、男前」なんて茶化す姿がありありと幻視出来てしまい、幻視出来てしまった知らないはずなのに知っている先輩の笑顔を何故か私は無性に嬉しく感じていた。
色々ありましたが、書き続けてはいます。




