二十七話 Happy Birthday
「さて、キミは一体ダレなのかな?」
場所はもう何度来たのか、正確には何度も数え切れない程に来た事があるという記憶だけがある屋上。
フェンスに寄りかかったクインが俺に問いかけてくる。
「誰も何も、さっきまで一緒だったろ?」
俺の答えにクインが眉根を寄せ首を傾げる。
「それは有り得ない、何故ならボクはキミを知らない………もう一度聞くよ、キミは誰?」
クインの纏う空気が変わる。
表情は笑顔のままだ、ただその視線に籠められた圧倒的圧力。気温が下がったような感じすら覚える。
まあ覚えるからと言って別にどうという事も無いのだが。
「一つ確認したいんだけどさ、お前クインだよな?」
クインの目が細くなる。顔こそ笑顔だが威圧感に殺気が混ざり出す。怖くないのは何故だろう?麻痺しているのか、それとも対処可能だと俺が何処かで判断しているのだろうか?
「………どうしよう、久しぶりに気分が悪いな、ボクはキミの事を知らない。なのにキミはボクの事を知っている。アレかな分解かな。」
ぼそっと聞き流すには抵抗を感じる台詞。そしてクインの手には何処からか現れた医療用メスがずらり。
どうにも冗談を言っている雰囲気ではない。つまり今俺の目の前にいるクインは俺の事を本当に知らない?
メスに注射器、鉗子に糸鋸等等を両手ににじり寄って来るクインに流石に寒気を覚える。
「あークインサン、落ち着いて、今説明───」
「良いよ良いよ、態々そんな手間の掛かる事してくれなくてもちょっとキミ解体して直接読み取らせて貰うから。」
「待て、頼むから落ち着け、っていうか寧ろそっちの方が手間っひゃういッ」
ゆらりと倒れ込むようにクインの姿が掻き消えた瞬間。頭の中で緊急アラートが大音響に鳴り響き、それに従い身を竦めれば今まで首の在った所をメスの刃が通り抜けて行く。というか掠った、又血が噴いてる。二度目だよ首切られるの。
そして俺の命を張った追いかけっこが始まった。
バラス事前提らしく気持ちが良いまでにあからさまに急所目掛けて飛んでくるメスを筆頭にサージカルステンレス製の器具を避けながら事情を話しつつ逃げ回る。
俺が記憶している中でも尤もハードな時間は過ぎていった。
どうにか話し終え、周囲の光景が剣山のようになった頃、漸くクインの暴虐な猛攻は終わりを見せた。
「御免ね何だか楽しくなっちゃって。」
清清しく笑顔で言われて殴ろうかと思った。
俺の話を聞き終わった後、パチリとクインが指を鳴らせば辺り構わず突き刺さっていたメスは跡形も無く消えさり、代わりに木製の椅子が二脚とテーブルが現れる。先に座ったクインに進められ向かい合って腰掛けた所で何処かで見覚えがあると思えば銀月堂の椅子とテーブルだった事に気がつく。
「結論から言ってあげよう。」
いつの間にかテーブル上に現れていたガラス製のティーカップに入った赤い液体を一口飲んだ所でクインがそう切り出す。赤い液体が満たされたティーカップは俺の前にも現れており、飲んでみればルイボスティーだった。
「キミは世界を渡ったんだよ。」
「いや、それはおかしいだろ?」
「うん、おかしいね。」
あ、やっぱりおかしいんだ。
「本当なら終焉なんて観測したんだ、この終焉は正確には全ての終焉なのだからキミだって当然含まれる。だから終焉を観測した=キミだって終わりを迎えていなければおかしい。にも関わらずキミは此処にいる、さて、コレはどういう事なんだろうね?」
ニヤニヤ笑いながらお茶を口に運ぶ。
「それは俺が聞きたい、こっちはお前に───違うな、前の世界でのお前に終焉を見届けて世界を終わらせてくれって頼まれただけだからな。」
「さっき聞いたけど、キミ知り合いの娘に触れなかったんだよね?」
「ああ、綺麗にすり抜けた。」
フム───とクインが顎に手を当て何やら考え出す。
俺は何だか手持ち無沙汰で───空を見上げてみる。
太陽こそ山の向こうに隠れてしまったけれど、空は未だ明るい。目を凝らすまでも無く満月に近い月が薄っすらと浮かび上がっている。
「キミは完全という言葉を知っているだろ?」
やがてクインが口を開く。
「それは、知ってるな。」
「完全という言葉は何も欠けている物が無いという意味なんだ、つまり矛盾している。何も欠けている物が無い。という事は全てを含むという事になる。けれどそうなると不完全という概念も取り込んでいる事になってしまう。もし完全に不完全を取り込んでしまえば完全では無くなってしまう。けれど不完全を含まなければ完全では無い。つまりはそういう事なんじゃないかな?」
「どういう事だよ?」
うわぁ、何言ってんのコイツって顔で見られた………
「だからさ、世界も同じなんだよ。ありとあらゆる可能性が無限に広がっていく。それは終末を迎えて終わった世界があると同時に終わらなかった世界もあればこうしてキミがいる世界もある。それで良いんじゃないかな?」
「………ええーーー」
「何かご不満?」
「いや、だってさ、散々終わりが来る終わりが来るってさっきまで言われてたのに………えー何だろこの遣る瀬無さ。」
そんな俺を見てクインがクスクスと笑う。
「良いじゃない、キミは貴重な存在だよ。終末を観測したにも関わらず終わっていないなんて。間違いなく存在としての階梯を幾つも越えているね。此処で人に触れられないのもたぶんそれが原因だよ。」
「どういう事だ?」
「そうだね、例えば此処に一冊の本があるとしよう。キミは初めからでも終わりからでも何処でも好きな所から読む事が出来るけど、本の内容には介入できない。それが今のキミとこの世界の関係さ。」
───クインの言う事は良く解った。
が、理解と納得は別物だ。何だろうこの投げっ放しにされた様な感覚は?
晴れているにも関わらず気が付けば下着までびしょ濡れになっていたようなべったりと張り付いてくるこの感覚は?
「けれど凄いねぇ、キミの階梯をカバラ風に言ってみれば物質界から形成界を飛び越えて創造界に至った様な物だよ、このまま経験を積めば神性界にも届くかもしれない………ク、クフフフフフフッ良いね!実に良い!こんなに楽しいのは随分久しぶりだよッ。逢う事も無かった何処かの《ボク》よキミは実に良い仕事をしたッ!コレだから世界は面白い。全てを知悉している筈のボクにでさえ想像の埒外にあった事象が起こる。今日は何て良い日なんだろう!!」
此方の心境何か知る事もないのだろう。クインが興奮したように文章に起こせばさぞかしエクスクラメーションマークの多そうな口調で捲くし立てる。
「そうだッ!キミには贈り物をしないとね。」
満面の笑みで、なのに何か猛毒めいたモノを秘めた笑みでクインが告げる。
「贈り物?」
「そうさ、昔から突破者や候補者には贈り物をしてきたんだ。とある王には剣を、とある聖女には槍を、そしてキミには───名を贈ろう。」
空に満月が青白く光っていた。
「キミは世界を越える者、風渡る者、星間宇宙を歩む者、両性を備えた者であり見えないものの海。キミの名は───」
すとんと何かが体内に落ちて来たような感触。
今まで欠けていた物が埋まったような、地面を転がっていたら唐突に納まりの良い場所に嵌ったような、そんな感触。
「ボクはキミに名を与えた、つまりキミの存在が世界に認識され受け入れられた。」
そうか、そういう事か、さっきの感触は俺に何かが納まったのではなく、世界に俺が納まった感触。
「───なぁ?」
「何だい?」
「俺はコレからどうしたら良いんだろうな?」
「それこそ好きにすれば良い。キミは何処かのボクが創った存在かもしれないけれど、そんな事ボクには関係ない。まあ個人的な希望を言わせてもらえれば生きている限りは陽気に笑って過ごせばそれでいいんだよ。」
クインが笑う。
「最後に一言だけ───誕生日、おめでとう。」
俺も笑う。
「ありがとう。」
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